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第四十話

 ラスティナとマリス。シロクマ王国の魔女、キズナの元側近の姉妹であり、かつては心血武装を持たされていた。かつて、というのが何年前かは分からない。何故なら、心血武装を取り上げられた二人の時間は止まり、人間以外の何かへと変貌してしまったからだ。


「た、助けっ……」


 武装し、村を襲った集団。ざっと二十人程の集団が、たった二人の幼女によって制圧される。傍目から見れば微笑ましいかもしれない。幼女はただ人形遊びをしているだけなのだから。


「ふふ、この人は猫のぬいぐるみになったわ。きっと猫を飼っていたのね」

「こっちの人は鳥よ。きっと空に憧れてたのね」


 二人に襲われた人間は物質化する。まるで魔法のような現象だが、悲しい程にそれは死を意味している。二人にとって、人間は食料でしかない。全身の血液を飲み干す事もあれば、小さく折りたたんで丸呑みする事もある。今回は人形にして魂のみを食す方法を取ったらしい。


「助けてもらっといて何だが……いい趣味してるな」


 村の広場でその様子を見た小説家は、顔を真っ青にしていた。無邪気に人形遊びをする姉妹。しかしどれもこれも、元々は人間だった物。魂は食われ、それは悲しい程に物でしかない。


「あら、御不満? 別に細かくして食べても良かったのだけれど、村の子に配慮して可愛くして食べたのよ」

「そうそう、あの子達には少し刺激的すぎだもの」


 それを聞いて小説家は考えを改める。控え目に言って狂っていると思っていた姉妹が、その実、子供に配慮する事が出来たのかと。しかし事情を知っている身としては、残酷な事に変わりはない。


「というか……全部食ったのか?」


「あら、貴方もそういうの食べれるの?」

「意外だわ、人間だと思っていたのだけれど」


「違う、事情聴取したかっただけだ。私は……いや、なんでもない」


 お前達とは違う、と言いかけた小説家は口を噤む。この二人とて、好きでこんな事になっているわけでは無い。全ての元凶は魔女だ。魔女に関わった物の末路なのだ。


「それなら一つ残しておいたわ。あとでオヤツにしようと思っていたのだけれど」

「丁度良かったわ。貴方の役に立てて私達は幸せよ」


 いいつつ熊のぬいぐるみに変えられた、元人間を受け取る小説家。非情に愛くるしい反面、妙に暖かいのが複雑な気分にさせてくる。

 ぬいぐるみを受け取った小説家は、二人の傍で広場の丸太に腰かけ、事情聴取を開始する。


「……あー、突然の事で混乱しておられると思いますが……お喋る事は出来ますでしょうか……」


「何それ、敬語のつもり?」

「小説家にしては勉強不足ね」


 ほっとけ、と心の中でツッコミを入れつつ、小説家は熊のぬいぐるみに話しかけ続ける。

 すると頭の中に悲鳴のような声が響いて来た。


『……助けて、助けて……! 俺、一体、どうなって……』


「……ラスティナ、この人……元に戻せるのか?」


「魂の入れ替えは可能よ。元の体は、そのぬいぐるみだけど」

「可愛い姿になれて喜んでくれてるかしら?」


 魂の入れ替えは可能。それは人間に戻る事はとりあえず出来ると言う事。しかしそれは、既に死亡した人間の体に入れるか、もしくは誰かを犠牲にする必要がある。どちらにしてもあまり気が進まない。


 小説家は余計な希望を持たせぬ様、しかしかといって、混乱したままでは困ると折衷案を。


「え、えっとだな、とりあえず自分の意思で動ける物には戻れる? と思う……例えばエレメンツみたいな……」


『エレメンツ……? 俺、エレメンツになれる?』


 なんだか喜んでいる? と感じた小説家は、きっと妙な性癖を拗らせたのだろうと思いつつ、交渉に出る。


「そうそう、エレメンツ……。私の質問に答えてくれれば魂移動してあげない事もない。というわけで……まずお前は何だ」


『本当に……? 本当だな? 俺は……レジスタンスのメンバーだ……』


 レジスタンス? と首を傾げる小説家。襲ってきた連中の中に、シロクマは居なかった。この国出身の大人ならば、シロクマに神化している筈だ。と言う事は国外の人間と言う事になる。


「何故……レジスタンスがこの村を?」


『それは、この村に心血武装があるって情報を聞いて……』


 それを聞いた瞬間、小説家は真っ青だった顔を、さらに不味そうに。ラスティナとマリスは様子の変わった小説家の顔を覗き込むように近づいてくる。


「小説家さん? どうかした? その子、何て言ったのかしら」

「ライカ、顔色が悪いわ。もしかして、ぬいぐるみに言い寄られてるのかしら」


「なんでもない……」


 小説家は妙に顔の近い二人のオデコを抑えつつ、自身に冷静に状況を分析しろと言い聞かせていた。この村に心血武装がある。


 何故だ、何故それを知っている?


 小説家は冷や汗を垂らしていた。この会話がラスティナとマリスに聞こえてなくて良かったと、心底思った。小説家は今、心血武装たる鍵、つまりは魔女の心臓を所持していた。魔女から預けられたそれは、小説家の家、ベッドの下の木箱に隠されている。心血武装は使用しなければ、二人のように魔女の呪いに侵される事は無い。というか使う事など出来ない。心血武装は魔女から託された人物しか使用できないのだから。


 使わなければ、魔女の匂いが体から発せられる事は無い。アギスが黒蛇の持つ心血武装に気付いたのも魔女の血の匂いによる物。ラスティナとマリスが心血武装の気配に気付かないのも、小説家が使用していないからだ。


「……何故、それがこの村にあると分かった?」


『し、知らない。ただ、ロギンがそういっただけで……』


「ロギン……? あのテロリストが……この国に居るのか?!」


「あら、テトリストですって。物騒ね、マリス」

「ええ、ラスティナ。とても不快な存在だわ」


 小説家は思考を巡らせる。ロギン、それは革命家と自称する犯罪者。今までも各国で多大な犠牲を出し、レジスタンスから英雄視されている男。しかしまだ分からない。何故そんな男が心血武装を求め、尚且つ、この村にそれがあると知っているのか。


「どちらにせよ……ここは危険だ。あんなテロリストに狙われたら……子供達が……」


 ラスティナとマリスが居れば守り切る事も出来るかもしれない。だがこの姉妹も、完全に味方というわけでは無い。飽きればすぐに姿を消すだろう。


「王都に向かうか……いや、人混みは逆に危険か? テロリストがまず狙う場所だろうし……かといって別の村に行った所で……」


「何を悩んでいるの? 小説家さん」

「そうそう、私達にも共有してちょうだい、ライカ」


 小説家はどうするべきかと悩む。二人に心血武装の事は話せない。魔女からそう言い聞かせられたからだ。ラスティナとマリスに、心血武装の事は知られてはならないと。


「……子供達を守りたい。一刻も早くこの村から離れるべきだ。でも……次の行き先に検討が付かないというか……」


「あら、そんなの簡単よ。私達の家に行けばいいのだわ。もう十年近く帰ってないけど」

「ちょっと埃っぽいけど、広いし良いところよ。玩具もあるから、子供達も大喜びだわ」


 十年近く帰っていない家。小説家はそれを聞いて、まさにお化け屋敷のような物を想像するが……他に行く当てもない。それに少しでも二人に子供達を守ってもらうには、それ以上の選択肢はないかもしれない。そう思った小説家は、首を縦に振る。


「わかった、じゃあそこに行こう。案内頼めるか?」


「いいわよ。でも……ライカ、大事な事を忘れてない?」

「そうそう、とっても大事な事」


 小説家の背筋に寒気が走る。二人は八重歯をむき出しにしながら、無邪気な笑顔を向けてくる。


「あ、あぁ、もしかして……私の血か?」


「大正解よ、小説家さん。私達の家に招待するんだもの。それなりの謝礼はすべきだと思うのだけれど」

「今すぐ啜りたいわ、不味い魂食べて、口の中が変な後味残ってるもの」


「わ、わかった、わかったから……歩けるくらいにしてくれよ」


「大丈夫よ、あのシロクマの子に抱っこしてもらえばいいじゃない」

「そうそう、もう我慢できないわ。私は首筋から頂こうかしら」


 涎を垂らしながら、マリスが抱き着きながら首筋に齧りついてくる。不思議と痛みは無い。そして同時に、ラスティナは手首へと齧りつく。


「ちょ、ま、まて……落ち着け……」


 眩暈に襲われる小説家。そのままマリスに体を預けるように抱きかかえられる。


「美味しい……夢中になっちゃうわ。あと少し……あと少しだけちょうだい。こんな美味しい血、他の誰にも渡したく無いわ」

「そうね、だから私達は貴方のモノよ、小説家さん……」


 そのまま意識が途切れるまで搾取される小説家。

 次に気が付いたのは、ミドにおぶられ夜の森を歩いていた時だった。




 ※




 「はっ!」

 「わっ、びっくりしたっ」


 ミドの背中がモフモフで、気持ちよく寝ていた小説家。

 目が覚めた時、そこは夜の森の中。ミドは小説家をおぶって歩き、子供達は馬車に乗せられていた。ちなみに馬車を引いているのはラスティナだ。見た目とは裏腹に、十数人あまりの子供を乗せた馬車を、まるで買い物に赴く主婦のような足取りで引いている。


「ら、ラスティナ? いや、マリスか? ここどこ……」


「ラスティナであってるわ、ライカ。今移動中よ。ちなみにマリスは馬車の中でおねむよ」


 小説家は馬車を眺めつつ、何か思い出したかのように


「や、やばい! ミド! 戻れ! 私の家に!」

「えっ、なんで?! また戻るの?! 結構歩いたのに!」

「私の家のベッドの下に……」


 そこまで言いかけて口を噤む小説家。まさか言える筈がない。そこに心血武装があるなどと。


「ベッドの下? あぁ、ライカさんの荷物、適当に持ってきたんだ。ベッドの下に入ってた奴も持ってきたよ」


 ミドの言葉に安心する小説家。ホっと胸を撫でおろしながら


「木箱あっただろ? それは持ってきてくれたか?」

「あぁ、あの……ちょっと刺激的な本が入ってる……」

「ち、違う! そっちじゃなくて……!」


「あら、小説家さん。そんな趣味があったの? ミドが刺激的って言う事は……小説家さん、同姓が好み? もしかして私達、狙われてたのかしら」


「違う! そんな命知らずな事するか! ミド! そっちじゃなくて……えーっと……もっと小ぶりな……」

「あぁ、こっち? なんか厳重に鍵かけてあるから……きっと大事な物だと思って持ってきたけど」


 ミドは毛皮の中から小さな木箱を取り出す。どうやって毛皮の中に収納されていたのかは分からないが、とりあえず小説家はホっと一息。


「これ、なんなの? ライカさん」

「あぁ、大事な……物だ。ありがとな、ミド」


 小説家はそれを受け取ると、自身の上着のポケットへと。

 その様子をラスティナは意味深な目で見つめる。その視線に気が付いた小説家は、もしかしてバレている? と思いつつ


「な、なんだ、ラスティナ」

「別に。まあ、小説家さんは色々と大変だからね。そういう玩具も必要よね」

「ややこしい事を言うな! 年齢制限引っかかったらどうする……」


 と、その時、前方に何者かの気配を感じたラスティナは馬車を止める。

 そしてミドも持ち前の耳と鼻で、前方にいる者が少なくとも常人でない事を悟った。


「どうした? ミド」


「なんか……怖い人がいる」


 ミドのその言葉に、小説家は嫌な予感が。

 まさかもう、そこに革命家を名乗るテロリストが居るのでは……と。


 しかし小説家の感情を読み取ったかのように、ラスティナは溜息混じりに


「そんな可愛い物じゃないみたい。そこに居るのは……誰?」


 暗闇へと話しかけるラスティナ。

 その声に答えるように、月明りの下にその人物が現れた。


「どうやら気軽に襲える相手では無かったようだ。失礼……」


 三人が男の姿を捉えた瞬間、銀色の閃光が走る。

 男が背の太刀を抜き、ラスティナへと斬りかかった。


「……あら、人外だとおもったけども。貴方、普通の人間だったのね」


 ラスティナは人差し指と親指で、まるで汚い物を摘まむかのように……その男の太刀を止めていた。

 突然の事で頭が追い付かない小説家とミド。男が只者でない事は分かるが、それ以上にラスティナが化物だと改めて認識する。


「悪いけど、貴方に構ってる暇は無いの。消えてくれると助かるわ」


 その言葉に、小説家は目の前の男が異常だと気づいた。ラスティナならば容赦なく食う筈だ。だがそうしない。出来ないのだ。それほどまでに、その男は強い。


「……ここにもこんな怪物が居たか。アリア! 出番だ!」

「あいさー!」


 その明るい声が聞こえた瞬間、月の真下に現れる丸いシルエット。だがその丸い形が、一瞬で巨大な何かに覆われていく。それは巨大な鎧のような物。夜の森を、その巨大な何かの影がすっぽりと覆っていく。


 それを見て、ラスティナは一言、呟いた。


「心血武装……」


 小説家はその呟きを聞き、息を飲む。

 これが心血武装。初めて見る光景。巨大でとてつもない力。魔女の心臓にして、反則級の兵器。


 しかし、何故ここに心血武装を持つ者が?


 そんな疑問すら考える暇は与えられない。巨大な影は腕を振りかぶり、そのまままっすぐに……



 小説家に選択肢は無かった。

 魔女の指示よりも、今ここにいる子供達を守らねば、という思いが優先される。


「ラスティナ! 使え!」


 上着のポケットから木箱を出し放る。

 それを受け取ったラスティナは、全て分かっていたかのように木箱を握りつぶし、中に入っていた鍵を握り締めた。そして同時に鍵が回される。


 何かが開錠される音が聞こえた。

 

「あぁ、魔女様……この時を、ずっと、ずっと……待ってました……」


 辺りが光に包まれる。

 その光に、巨大な影は振りかぶった腕を引いた。そのまま振り下ろさなかった事を……彼ら、瀆聖部隊は後悔する事になる。





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