第四話
警報が鳴り響くメラニスタの街。ヴァイオレットは団長へと黒蛇が任務を完了した事を告げ、更にオズマがここに居るとも。そのオズマが今、メラニスタの警備兵と戦っていると。
「状況が良く分からんが……分かった。モニカ、幕を降ろせ。出港準備、俳優陣は中に戻せ」
「了解」
モニカは淡々と指示を受け入れ、それを全団員へと共有させる。
一方、舞台の上では、強制的に劇が終わらされる。劇場船の舞台を覆うように、ドーム型の壁がせりあがっていく。
「……は? ちょ、何してんのよ! これからがクライマックスなのに!」
今まさに舞台の上に立っていたリエナは、裏方のスタッフへと抗議。だが数人で羽交い絞めにされ、そのまま船の中へと。
「ちょっと! わかった、分かったから離して! 黒蛇は? あの人は戻ってきたの?」
「ま、まだっす。でも三分で戻るって……」
「今まさに銃撃戦してるじゃない! あんな中をそんな早く戻ってこれるわけ……」
「そんな中で演技続けようとしてたくせに……」
ボソっと愚痴を零す裏方スタッフを睨みつけるリエナ。
するとそこへ、同じく劇場船の俳優、ラスア・モーメントが。
「落ち着きなさい。貴方は俳優陣の中心なのですよ。元々、この劇団はこういう目的で作られた組織。貴方がそれを分かってないでどうするのです」
ラスアは、先程の劇“リア王”で父と妹を陥れた姉妹の内、一人を演じていた。
リエナよりも年上で、落ち着いた雰囲気の女性。劇場船では団員達の姉的な立場であり、リエナにとってもそうだった。
「……わ、分かってます。でも……私は劇の中でしか生きられない……現実なんて嫌……少しでも私は……」
「酷な事を言うようですが、私も貴方も実在する人間なのです。嫌でも私達は“現実”に生きねばならない。でもそれを一人で抱える必要はどこにもありません。もっと私や他の団員に甘えてもいいのですよ」
言いながらリエナの頬を両手で包み込み、優しく微笑みかけるラスア。
リエナは途端に大人しくなってしまう。ラスアの前では、何故か自分が途轍もなく子供だと実感させられてしまう。
「はい……申し訳ありません、取り乱しました……」
「私も大人気無かったわ。流石にこんな状況は稀だもの。私の可愛い妹に心配させるだなんて……あの黒蛇……どう落とし前付けて……」
ラスアの不気味な黒い笑顔に背筋を震わせる団員達。
この姉に逆らってはならない。そして黒蛇は戻ってこない方がいいかもしれないと思ってしまった。
※
黒蛇は牢の鍵をいとも簡単に開錠する。持っていた針金を使い、一瞬で。
「立てるか? ん? この血は……」
少女の額に残された血。傷は無いのに、まるで額を撃ち抜かれたかのような血痕が残っていた。そして牢の地面にも、夥しい血の海が。
一体何があったのかと思う黒蛇だが、今は脱出が最優先。
「……あの、本当に私を助けに……?」
少女は震えた声でそう黒蛇へと告げてくる。
黒蛇は「ああ」とだけ答え、少女を抱き上げた。その際、あまりに重さを感じない。まるで少女の体の中には綿しか入っていないのかと疑ってしまう程。
「……もう大丈夫だ。安心していい」
そのまま地下から脱出する黒蛇。いまだ銃声は途絶えていない。それどころか激しくなっている。オズマ一人が暴れているにしては不自然な程。
「まさか……瀆聖部隊まで引き連れてきたのか?」
「え?」
「いや、こっちの話だ。……目を瞑っていろ、死体がある」
黒蛇の言葉に固く目を瞑る少女。
そのまま少女を抱いたまま掛ける黒蛇。ホールを抜け、その正面出口から一気に外へ。この混乱に乗じて劇場船へと真っ先に向かう。
「おい、誰……誰だ! とまれ!」
その時、警備兵に補足される黒蛇。
だがその瞬間、その警備兵の上半身が吹き飛ぶ。そして遅れて銃声が聞こえてきた。その銃声はメラニスタが使用しているサブマシンガンとは明らかに違う。
それは狙撃。しかも銃声からして対戦車ライフル。警備兵が撃たれた角度からして、狙撃手は城塞の屋上に居る。
「まさか……ゼマか」
こんな夜間に、しかもあんな場所から。
黒蛇はそんな事が出来るのは“奴”しか居ないと直感する。オズマの部下にして“神化”と呼ばれる現象で異形の姿へとなってしまった人間。かつて黒蛇がオズマと対峙した時、同時に襲い掛かってきた者でもある。
「奴に援護されるとは……」
「ど、どうしたんですか?」
「気にするな、目を閉じてろ。すぐに安全な場所に連れていく」
黒蛇は少女を抱え直しながら劇場船へと走る。
その時追ってくるメラニスタの警備兵は悉く撃ち抜かれた。何処か複雑な気分で、黒蛇は一応、心の中で狙撃手へと礼を言った。
※
“人として生まれた筈なのに、僕の体はいつの間にか獣になっていた。何故だ何故だと困惑する日々が続き、ある日気づいた。何故僕は人だったのだろうかと”
瀆聖部隊。ミシマ連邦が誇る精鋭部隊で、その長は他ならぬオズマその人。
オズマの号令のみで動く彼らは、皆人間離れした姿をしていた。
今、メラニスタの城塞の屋上から黒蛇を援護する彼も、全身を爬虫類のような鱗で覆われた獣だった。対戦車ライフルを構えるその姿は歴戦の兵士のようだが、彼の年齢は若干十五歳。
『ゼマ、そのまま黒蛇を援護して。ちゃんと任務遂行したらナデナデしてあげる』
「…………」
無線でゼマ、と呼ばれた彼は無言を貫き、引き続きライフルの引き金を引き続ける。
彼が瀆聖部隊へスカウトされたのは二年前。三年前までは、彼は普通の少年だった。だがある日体は変異し始め、人間離れした姿へと。
その姿ゆえ少年は村を追われ、山で狩りをして空腹を凌いでいた。
彼は問い続けた。何故自分だけが、と。
しかしそんなある日、いつものように獣を狩り食事の準備をしていた時だった。太刀を担いだ軍服姿の男と出会ったのは。
少年は怯えた。きっとこの男は自分を狩りに来たのだと。
だが男は少年の予想に反し、気さくに話しかけてきた。今から飯なのか、なら自分も一緒に食卓を囲んでいいかと。
少年と男は焚火を二人で囲み、それぞれが狩った獲物を食す。
自然と少年の目に涙が浮かんだ。こんな自分とまともに会話し、ましてや共に食事をしてくれる人間がいるのかと。
男はそんな少年へと、また来る、そう言い残して去っていった。
結局何しに来たのだと少年は思ったが、それから数度、男は姿を現した。
そして一年程たったある日、男は自分の素性を明かし、少年と同じような境遇の人間を集めた部隊を設立していると話した。そしてその部隊へと、少年も誘われた。
少年に断るという選択肢は存在しなかった。
こんな自分も受け入れてくれるならば、なんでもすると。
「お前が必要なんだ。そういえば名前、聞いてなかったな。あぁ、自己紹介が遅すぎるか。俺はオズマ。お前の名前は?」
「……ゼマ」
少年は引き金を引き続ける。
自分の価値を見出してくれた恩人のために。