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第三十九話

 シロクマ王国の、とある村。

 そこには子供と怪しい小説家しか住んでおらず、昼夜問わず平静としている。時折子供の遊ぶ声が聞こえてくるが、それも一時的な物。最終的には、両親に会いたいと寂しがってしまう。そしてそのまま家に閉じこもるのが通例となっていた。


 そんな村の怪しい小説家は静かな環境が好みとは言え、ここは静か過ぎると項垂れていた。今朝も近所のシロクマ、ミドが遊びに来てくれたから良かったものの、そうでなければ静か過ぎて眠れもしない。


 怪しい小説家は思う。村の子供達を両親に会わせたいのは山々だが、今大人達はレジスタンスに参加している。しかし参加とはいっても、半ば強制的な徴兵というのが正しいかもしれない。今、シロクマ王国の王家は全面的にレジスタンスに協力し、こんな小さな村からも戦える者をかき集めているのだ。


 そこで怪しい小説家は考えた。子供達に元気になってもらうにはどうすれば良いか。一番手っ取り早いのは楽しい遊びを教える事だ。しかし長年引きこもりの彼女には楽しい遊びなど、画面と睨めっこするアレしか思い浮かばない。だがこの世界にはそんな物は無い。


「どうするか……。あー、劇団はまだかぁー、劇があれば多少は……」


 その時、小説家の家の扉がノックされた。またミドか? しかしノックの音が可愛いな、と思いながら小説家は玄関の扉を、不用心にも一気に開け放つ。


「ごきげんよう、ライカ」

「ごきげんよう、小説家さん」


 そこに居たのは二人の女子。瓜二つの二人は双子で、小説家がこの村に住まう事になったのも、この双子の紹介があったからだ。


「あぁ、マリスにラスティナ。どうしたんだ、いきなり」


 二人を家へと招き入れる小説家。その家は巨大な木をくり抜き、洞窟のようにしたような家屋。部屋は一部屋のみで、その部屋にベッドから仕事場から炊事場まで揃っている。


「相変わらず可愛い家ね」

「とても素敵な狭さね」


 明らかに皮肉を言われている。だが小説家は気にすることも無く、二人をテーブルの前の椅子へと招き、ホットミルクを。


「ありがとう、小説家さん」

「ミルクだけは好きよ、ライカ」


 二人は交互に、小説家の呼び方を取り換えていた。何か意図があるのか、それともただの気分なのか。それすら気にするだけ無駄だと言いたげに、小説家は対面するように椅子に座る。


「で、今日はどうしたんだ?」


「あら、なんだか疲れてるわね、ライカ」

「きっとスランプなんだわ、小説家さん」


 スランプ以前の問題だ、と小説家は思う。仕事場の机の上に置かれた原稿紙は、数日前から真っ白なままだ。


 二人はホットミルクを一口。

 すると姉の方、マリスから来訪の理由を話し出した。


「実は頼みがあってきたの、小説家さん」

「そうそう、とても重要な頼みよ、ライカ」


「頼み? まあ、私に出来る事なら……」


「貴方にしか出来ない事よ、だって、私達の周りに劇団の知り合いなんて居ないもの」

「そうそう、あの空を駆ける素敵な劇団」


 劇団? と小説家は首を傾げる。もしかして入団希望なのだろうか。確かに二人は可愛いし、キャラも立っている。ここまで変な二人なら、いい見世物になるだろうと。


「何か失礼な事考えてない? ライカ」

「ちょっと面白い玩具を見る目だわ、小説家」


「そんな事ないですわよ。で? 劇団に何のようなんだ」


「ちょっとつまみ食いしたいのよ」

「そうそう、ほんのちょっとだけ」


 その言葉で小説家は頭を抱える。

 二人は普通の人間ではない、それは知っていた。小説家の世界感で言う、吸血鬼やサキュバスと言った空想上の怪物に似ている。二人の食事は基本的に、人間そのものだ。


 突然頭を抱えだした小説家を、二人はニヤ付きながら眺める。この反応を見れただけでも、来たかいがあったと言わんばかりに。


「ちょっと……勘弁してやってくれ。奴らはあれでも私の友達なんだ。それは勿論二人も同じだし、変なトラブルになるのは……」


「大丈夫よ、ほんの少しだから」

「そうそう、ネズミの涎ほどよ」


「それはスズメの涙な。というか、劇団には怖い連中も乗ってるんだ。特に黒蛇っていう男は……心血武装持ちだぞ。君達だって昔は心血武装持ってたんだから……分かるだろ?」


「あら、それを聞いたら……余計に興味出てきたわ」

「とても素敵な響きよ」


 二人は元々心血武装を持っていた。だが魔女が中立を謳いだして、心血武装を取り上げられたのだ。二人はその影響で人間以外のモノになってしまった。神化とはまた違う、奇怪な存在に。


「なんだったら私の血をやるから……それで勘弁してくれ」


「貴方の血も美味しいけどね。まあ、そこまで言うなら……今日は貴方で勘弁してあげる」

「素敵な夜になりそうね、これでまた貴方に借りが出来たわ。もう私達は貴方のモノよ」


 二人は椅子を降り、小説家へとにじりよる。覚悟を決める小説家。だがその時、再び家の扉がノックされた。そのノックの音は柔らかい。きっと毛皮で叩いているからだ。


「ちょっと待て、近所の子だ。いいか、あの子には手を出すなよ。っていうかこの村の子には手を出すなよ」


「分かってるわ。そこまで節操無いわけじゃないもの」

「そうよ、私達だって心まで売り渡した気はないもの」


 それを聞いて安心しつつ、小説家は扉を開ける。

 来訪者はやはりミドだった。シロクマの体を持つ少年。


 だが


「ご、ごめん……ライカさん……」


 ミドの後ろには二人の人間が。それぞれがアサルトライフルをミドの背中に突き付けており、小説家はそれを見た瞬間、今何が起きているかを悟る。


「……マリス、ラスティナ……不味い飯で悪いが……頼む」


「あら、お安い御用よ、私達はあなたのモノだもの」

「そうそう、こうしてコキ使われるのも、何故だか嬉しくなってしまうもの」


 静かな村で、虫が鳴くよりも静かな悲鳴と共に、二人の食事が始まった。




 ※




 “大丈夫、逃げられる。私は自由になるんだ。決行の日は劇団がやってきた日。その日、私は王族を辞めて一人の人として生きていく”




 この王宮から逃げる算段を、頭の中で作った。とはいっても、変装してなんとか船に乗り込む、としか考えていない。変装のための服も用意はしたけれど、一番質素な服は一着しかなかった。これだけで大丈夫だろうか。もっと着替えとか持っていかないとダメだろうか。


 王宮は日に日に物々しい雰囲気になっていく。先程、武器を持った男達が王宮に招かれていた。おかしい、どう考えてもおかしい。王宮にあんな物騒極まりない鉄砲なんて持ってくるなんて。


「大丈夫、大丈夫……きっと……大丈夫……」


 逃げる準備を、一人部屋の中で。

 こんなのは初めてで、少しワクワクしてしまう。でもそんな気分なのも今日が最後かもしれない。劇団が来るまであと二日。いざその日が来ると、尻込みしてしまうかもれしれない。


 その時、何かが倒れる音がした。

 何か花瓶か何かが割れる音も。


「……?」


 なんだろうと、部屋の扉へと近づく。するとその音は、立て続けに何度も聞こえてきた。

 そして次の瞬間、凄まじく大きな音が。鼓膜をやぶらんとするような、そんな音が。


「……何、何?」


 扉をあけて、恐る恐る廊下を覗いた。すると赤い液体が、廊下を満たしているのが見えた。その中心には、私のお世話をしてくれている女中さんが。


「アネッサ……? え、ど、どうしたの?」


 何で倒れてるの? その赤い液体は何? お酒? それとも……


「アネッサ、ねえ、アネッサ……そんな所で寝てたら……」


 するとアネッサは私の声に反応したように、少しだけ動いた。顔だけを動かして、私を見てくる。

 

「逃げ……て……」

「アネッサ、アネッサ?!」


 赤い液体はお酒じゃない、そんな事にようやく気付いた私は、倒れるアネッサへと駆け寄る。そしてその頭を抱きかかえるように。私の体が赤い……アネッサの血で染まっていく。


「アネッサ……アネッサ! どうしたの?!」

「……にげ……て」


 それからアネッサは動かなくなる。

 目を開けたまま眠ったように、体からは力が抜けて……


「誰か……誰か! アネッサが……!」


 助けを呼ぶけど、誰も来ない。

 すると、先程の大きな音が立て続けに。

 思わず耳を塞いで蹲る。アネッサの血が、暖かい。


「何……何……?! やだ……お父様……お母様……!」


 怖い、怖い、怖い、やだ、なにこれ、なんでこんな……


 そして、私の番が来た。

 後ろに人が居るのに、初めてその時気が付いた。


 ゆっくり振り向く。そこに立っていたのは、王宮に度々出入りしていた男達の内の一人。


「……なんで?」


 それしか言葉が出てこなかった。

 なんでアネッサを殺した、一体ここで何をしている、問いたい事は山ほどあるはずなのに。


 男が引き金に指をかけた、その瞬間。

 男の頭が無くなった。正確には食いちぎられた。突如現れた大きな虎によって。


「……ッペ、見つけたわ、王様の娘よ、おやっさん。ちょっと、聞いてる?」

『一足遅かったな。こっちは駄目だ。とりあえず王宮内で武装してる奴は全員始末しろ』


 何、何で虎が喋って……というか大きすぎ……いや、それよりもアネッサが……


「了解、とりあえずこの子は保護しとくわよ」


 すると虎が私を見下ろしてきた。

 やだ、今度は私が食べられ……


 意識は簡単に闇の中へと落ちていった。


 そしていつまでも……アネッサの顔が私の中で……ただひたすら笑顔のアネッサがそこに居た。






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