第二十五話
突如劇団船の甲板に落ちてきた人物。それはミシマ連邦のマギス・バールだった。
劇団船の面々は知らない。まさかオズマ達と一戦交え、瀕死の傷を負い命からがら逃げてきたという事など。
マギスの事を知っているのはヴァイオレットを始めとした軍出身の団員達。
彼らは皆、マギスの危険性を知っている。ミシマ連邦の心血武装持ちであり、軍の大佐。そんな人物と関わるなど危険すぎる。
しかしもはやどうしようもない。ここでマギスを劇団船から捨てることも出来ない。何故なら心血武装持ちは魔女の側近だ。彼らは皆、魔女のお気に入り。そんな人物を殺したとなれば、魔女に対して宣戦布告をしているような物。事実、黒蛇はアルストロメリアの魔女に溺愛されているのだから。
だがそんな事情はさておき、団長は瀕死の傷を負っているマギスを当たり前のように保護した。医務室へと運び、船医グラントへ応急手当を要請する。
「あー、なんでやねん……」
グラントはせっかく新しく変えたシーツを早速血まみれにされた事に深く溜息を。医務室でグラントと雑談していたリサも、突然血まみれの人物が運ばれてきた事で言葉を失っていた。
「グラント、助かりそうか?」
団長はグラントへと尋ねる。グラントはマギスの軍服を脱がせ、傷口を見ながら顔を顰めた。
「常人だったらとっくに死んでるな。こいつは……強化人間だったのか」
「強化人間……? アルストロメリアのD2部隊みたいな物か?」
「それとはまた違うな。D2部隊は脳内にエレメンツを移植して脅威的な力を発現させる物だが……コイツは内臓や皮膚を人工物と取り換えてるんだ。輸血する必要があるが……確か強化人間の血液も特別な物だった筈だ」
つまりは輸血しようにも団員達の血液は使えない。
このまま見殺しにするしか無いのかと、団長とグラントは悩むが……
「医師よ、この船にエーテルは積んであるか? とりあえずそれで血液の代用は効くのだが」
「エーテル? 確か倉庫の中にあったよな、団長」
「あぁ、多少なり備蓄は……」
団長とグラントは顔を見合わせ、同時に首を傾げる。今喋ったのは誰だ。
「……リサ? 今の渋い声はお前か?」
「いえ、私じゃありませんけど……」
「ちょっと待て、今エーテル云々言ったのは……」
その時、団長はリサの腕に一匹の犬が抱かれている事に気が付いた。真っ白なマルチーズが、尻尾を振りながら団長を見つめている。
「……リサちゃん? そのワンコは何処で拾ってきたんだい?」
「え? 倉庫に居ましたよ。この子も団員じゃないんですか?」
団長はなんとなく、その犬に違和感を覚えた。目が知性を持っているような気がする。
「……おい、グラント」
「俺も知らん。いつの間にか拾ってきてたんだ。恐らくニア東国かメラニスタで紛れ込んだんだろう。それより今はコイツをどうにか……」
「医師よ、エーテルにHC型の血液を混ぜ、二倍に希釈してくれ。それでとりあえず代用は出来る筈だ」
再び聞こえてくる渋い声。
そして団長は確かに見た。犬の口が動き、声を発している所を。
「おい、犬が喋ってるぞ」
「団長……悪いが冗談はあとにしてくれ。疲れているのは分かるが……」
「本当だって! なあリサちゃん! その犬今喋ってたよな!」
リサは団長の指摘に目を泳がせ、吹けもしない口笛を吹くマネを。あからさまに何か誤魔化そうとしている。
「おい、犬、観念しろ。お前なんなんだ」
「すまん。説明が遅れた」
リサの抱かれている犬は、ペコリ、と頭を下げながら団長に詫びの言葉を。
その瞬間、団長は自分の常識が崩されていく感覚を覚える。人間が獣に変貌し言語を操るのとはまた違う。まさに犬そのものが喋っているのだ。何かの冗談としか思えない。
「誰だ、お前……名前はあるのか?」
「私の名は……ウェストン・バール。そのマギス・バールの父親だ」
※
船医グラントは、とりあえず犬の要請通りエーテルを調合し、マギスの応急手当を。幸いグラントには強化人間の知識があり、なんとか命を繋げる事には成功する。
その様子を眺めながら、団長は犬と会話していた。グラントは気が散ると額に青筋を浮かべている。
「ウェストン・バール……あんた、確か殺されたって黒蛇から聞いたんだが……」
「あぁ。メラニスタの王様の機嫌を損ねてしまって……危うく死ぬ所だったが、なんとか助かった。私はこれでも覚醒体なのでな」
「覚醒体……?」
「あぁ、君たちの世代は知らないか。神化した人間の成れの果てとも言うべきか。まあそこに到達する者はごく一部だが、私は自分の体で実験を幾度も繰り返している内に……こうなってしまったのだ」
「と言う事は、あんたは神化した人間なのか。こんな本物の犬になるなんて……」
「それが覚醒体という物だ。失われた魔女へと心臓を捧げ、その扉を開いた者達の事だ」
団長はなんだって? と首を傾げるが、その意味深な言葉は理解出来ないと分かっているため、深く追求する事はしない。そしてリサは犬とかしたウェストンを大事そうに抱きしめながら、その後頭部に顔を埋めていた。体を震わせ、泣いているようにも見える。
「ウェストンさん……あのバカ王子に殺されたって聞いてたのに……生きてた……良かった……」
「リサ、そう締め付けないでほしい。ちょっと苦しくなってきた」
「ぁ、ごめんなさい」
リサは抱きしめる力を弱め、椅子に座りながら膝の上へとウェストンをお座りさせる。
「ところで医師よ。ずいぶん手際がいいな。強化人間を弄った事があるのか?」
「黙れ、今は話しかけるな。というか出て行け」
グラントはマギスの治療を進める。出血は止まり、かすかに顔色が戻ってきているように見える。
リサはそんなグラントを気遣ったのか、ウェストンを抱っこして医務室の外へと。団長も続いて出る。
「ウェストンさん、グラントさん怒らせちゃ駄目だよ」
「そんなつもりは無かったのだが……彼はいい腕をしているな。しかも強化人間の治療をも熟してしまうとは。一体何者だ?」
団長はグラントの素性を知っている。何故強化人間などという物に詳しいのかも。
しかしそれはグラント自身から口止めされてた。何せグラントは、元ミシマ連邦の軍医。強化人間と言われる物に詳しいのも頷ける。
そして団長はウェストンの疑問を流しつつ
「ウェストンさん……でいいのか? とりあえずこちらとしては、あんたの立場を明確にしておきたい。もしオズマのスパイなら……船からあんたを捨てる」
団長の言葉に、リサはいっそうウェストンを抱きしめ、抱きしめられたウェストンは苦しそうにタップ。
「だ、だめ! ウェストンさんの世話は私がするから……お願い!」
「ペットを飼うのとはわけが違うんだぞ。で、どうなんだ。ウェストンさん。あんたは自分がスパイでないと証明できるか?」
「それについては……少々こちらかも聞きたい事がある。ここでは何だ、何処か別の場所に移動しないか?」
いいだろう、と二人と一匹は例の物置へと移動。
いつも団長と黒蛇が内緒話をするときに使っている場所だ。
「で? 聞きたい事とは何だ、ウェストンさん」
「ウェストンでいい。まず、オズマは君たちにとって敵か? まあ、あの男はコロコロと立場を変えるから、この質問自体意味がないかもしれんが……」
団長はオズマが敵か? と問われて考察する。
とりあえず黒蛇はオズマの事を警戒していた。黒蛇は殺されかけた経緯があるため、それは致し方ないとは思うが、劇団自体は今の所オズマに攻撃された事は無い。しかしミシマ連邦の軍人だ。敵か味方かと問われれば、どちらかと言えば敵だと言わざるを得ない。
「他国の軍人としては敵だ。しかし彼個人に敵視される覚えは無い。たぶんな」
「成程。ならば私も君たちを敵視する理由は無いな。しかし身の潔白を証明しようにも、私は今それを持っていない」
リサは真っ白なマルチーズと化したウェストンを抱きしめながら、再び後頭部に顔を埋める。
「ウェストンさんは……私を守ってくれたもん……敵じゃないもん……」
その様子に団長は「分かった分かった」と降参するように両手を掲げる。
そして団長は肝心要の、今目の前にいる少女について尋ねたい事があった。リサは本当に魔女なのかという事を。
「……リサちゃん、悪いがウェストンと二人きりにしてくれるか。心配しなくても黙って捨てたりしないから」
「え……で、でも……」
「頼む」
リサは渋々、団長へとウェストンを託した。今度は団長の腕に抱かれるウェストン。そのままリサは物置を後にする。
「ふむ。男に抱っこされるのは初めてだ」
「そうか。で? 単調直入に聞くが……リサは本当に魔女なのか? あんたはリサを開発していたんだろう?」
「いきなりの核心だな。まあ、結論から言ってしまえば……彼女は魔女と同じ存在、またはそれに近しい存在だ」
団長はウェストンを物置の樽の上へと鎮座させ、目を合わせるように自身も荷物の上へと腰を下ろす。
「教えてくれ、魔女になったとはどういう事だ。魔女は異世界から渡り来た存在だろう。どうやってリサを魔女として開発したんだ」
「簡単な事だ。リサも異世界から渡り来た人間だからだ」
「……それは証明できるのか?」
「出来るさ。彼女は我々の知らない世界の事を知っている。あとで色々と尋ねてみるといい」
だがそれはただの妄想に過ぎないかもしれない。それだけではリサが魔女だと証明できるわけでは無い。
「しかしあんたは……リサを開発したんだろう? というか、異世界から来たと本気で信じているのか?」
「そうだな。では順を追って説明しよう。まず魔女というのは、君の言った通り異世界からの渡来人だ。その始まりは二千年前とされ、暴走するデジョンシステムから世界を救ったと言われている。それは知っているな?」
あぁ、と頷く団長。
「魔女は七人。それぞれが国を統治しているが、魔女達が現れる以前のこの世界は、残酷な神が支配していたという。語り継がれている昔話ではそうなっていたな」
「あぁ、で?」
「これはおおやけにはされていないが、実は魔女は……もう一人居たのだ。八人目の魔女が」
「……何?」
「本来魔女は八人居たのだ。しかしその八人目の魔女は、七人の魔女によって殺害された。何故なら……八人目の魔女の持つ心血武装が暴走してしまったからだ」
団長は昔話と照らし合わせてウェストンの説明を聞いていた。
暴走した心血武装。しかし昔話では確か……
「ちょっと待て、暴走したのはデジョンシステムじゃないのか?」
「そうだ。そのデジョンシステム、それ自体が……八人目の魔女の心血武装だったのだ」
言葉を失う団長。団長は心血武装の知識は一通りもっている。黒蛇が母国の魔女から引き継がれる時、その場に居たからだ。そして一緒に魔女からその知識を授かった。
「デジョンシステムが心血武装? いや、あり得ない」
「ふむ。その根拠は?」
「根拠も何も、今世界中で稼働してるだろ。心血武装は引き継がれた者だけが行使できる兵器だろ?」
「その通り。しかし一部だけなら、他の者でも使用する事は出来る。分かりやすい例を言うならば、マギスの心血武装だ。あれは無数に戦艦を召喚し、戦地を蹂躙する物。だが戦艦以外にも銃器の類も召喚する事が出来る。そしてその銃器は、心血武装を持たない者も使用可能だ」
団長の額に冷や汗が。もしかしたら、自分は今、とんでもない話を聞かされているのではないかと。
「疑問はまだある……心血武装は魔女の心臓を材料にしているんだろう。デジョンシステムが八人目の魔女の心臓を材料にしているなら、何故まだデジョンシステムは動いているんだ。八人目の魔女は殺されたんだろ?」
「そう、それがこの話のキモだ。あんな優秀な医師が居るのなら気付いていると思うが、リサには心臓が無い。いや、正確には別の所にあるのだ」
「……別の所?」
「リサの心臓はこことは別の次元……とでも言うべきか。そこにあると私は推察している。そしてその心臓が、デジョンシステムを動かしている」
「いやいやいや、ちょっと待て、こんがらがってきた……。八人目の魔女の心臓はどこに行ったんだ」
「破壊された。だがデジョンシステムが、その破壊された心臓を……補填したのだ」
デジョンシステムとは、無くなった物を補填するシステム。無から有を作り出す永久機関。
「まさか……その補填された心臓が、リサの物なのか?」
「その通り。二千年前からずっと、デジョンシステムは心臓を補填し続けている。別の世界の住人からな」
「どういう事だ」
「これは推察に過ぎないが、恐らくデジョンシステムが補填する心臓は既存の心血武装とは違い寿命があるのだ。その心臓が使えなくなれば、次々と別世界の住人から心臓を補填し続ける。その一人がリサというわけだ。恐らく過去にも、リサのような人間は居た筈だ」
「つまりこれまでも……リサのように異世界から渡り来た人間が居たという事か?」
「あぁ。その選ばれる基準があるかどうかは分からない。ただリサが偶発的に選ばれただけかもしれない」
「なら……あんたはどうやってそれに気付いたんだ。リサの心臓がデジョンシステムの材料になってるという事に……」
ウェストンは樽の上で鎮座しつつ、俯くような姿勢に。
この先を語るには勇気がいる。しかしリサの運命を救うには、彼らに賭けるしかない。黒蛇という、この世界で唯一、リサを救える人間の、その仲間達に。
「ミシマ連邦の魔女……魔女と言っても男だが、彼は……その八人目の魔女と恋仲だった。だが彼は世界を救う為、泣く泣く恋人を殺した。そして今、彼は……その決断を後悔しているのだよ。世界よりも彼女を選ぶべきだったと。世界を滅ぼしてでも、彼女を救うべきだったと」




