第二十四話
劇団船、操舵室。
ニア東国からなんとか抜け出す事に成功した劇団船の面々。
しかし逃げたのではなく逃がされたという事実を察した団長は、操舵室の無線を使い母国に連絡を取っていた。アルストロメリアの軍部、つまりは黒蛇に暗殺を指示している人物の元へ。
「……以上が事の顛末です。黒蛇はニア東国に拘束されているでしょう。開発された魔女云々についてはまた……」
『了解した。しかし貴殿らを今アルストロメリアに入れるわけにはいかない』
状況を説明した団長は予想外な返事が返ってきたと顔をしかめる。
今は一国も早く母国の魔女の力を借りたいというのに。
「何故ですか。今我々は不安要素をいくつも抱えてる。魔女様の知識が必要なのです」
『本気で言っているのか? 開発された魔女というのが、仮に本当だとして何をどうするつもりだ。何故我々が最小限の被害で戦争を繰り返していると思っている。全ては魔女を表舞台に立たせないためだ』
最小限の被害、という言葉に団長は思わず舌打ちしそうになる。団長の両親もその戦争で死んでいるのだ。もっと言えば前任の団長も、二十年前に起きた戦争のあおりを受けて、本来受けれる治療を受ける事が出来ずに病死した。
「しかし……我々では対応しきれない状況なのです。彼女が魔女なのはグラントも確認しています。心音が無いのです。心臓無くして生きていられる存在など、魔女以外には……」
『ヴァレス、これは未確認の情報だが、ミシマ連邦でクーデターが発生した可能性がある』
突然の情報に言葉を失うヴァレス。ミシマ連邦でクーデター? 確かに驚くべき事案なのだろうが、今それと自分達に一体何の関係がある、そうヴァレスは歯ぎしりする。
「一体、それが何の……」
『お前達の前に現れたのだろう? ミシマ連邦のオズマが。あの男がメラニスタに居た時、ミシマ連邦でクーデターが起きた。可能性は二つだ。オズマの不在を狙った不祥事……またオズマ自身が首謀者かだ』
それを聞いてヴァレスは黒蛇との会話を思い出していた。オズマは独断でメラニスタに現れたかもしれないと。
「しかし……それはあくまでミシマ連邦の事情でしょう、我々には関係ない」
『ならば問おう。先程お前は言ったな、予めオズマが襲撃する可能性を考慮していたと。なのに何故その少女の救出を強行した。団員の身の安全を訴えるならば、それは矛盾しているだろう』
「それは……オズマが関わっているなら拷問されている少女が実際に居る可能性が高かったからです。齎された情報の信ぴょう性が、オズマの存在を考慮に入れると高まったと……」
『たった一人の少女のために、お前は団員を危険に晒したのか?』
ヴァレスは御尤もだ、と無線越しに頭を抱える。
本来ならば無視すべきだった。そこまでして少女を助ける義理など無い。
しかしあの時は団員を思うが故の行動だった。
「……貴方ならご存じでしょうが、この劇団船に乗っていては私の半生など大した不幸自慢にもならない。そんな連中ばかりがこの船に乗っているんです。彼らはそれぞれが絶望を知っています、そんな奴等が目の前で拷問されている少女を見て見ぬふり出来るとでも? 貴方方軍人ならそれも致し方ないと判断するかもしれない、しかし私達は……」
ヴァレス自身、最初はリサを助ける事を反対していた。それは団員の安全を優先したからこそ。しかしリエナが状況を知ってしまった。
『そんな事はどうでもいい』
しかし無線越しに会話する軍人は、それを一刀両断する。
『私が危惧しているのは、その船にオズマの部下が侵入している可能性があると言う事だ。オズマの部下の大半は神化した人間だ。神化とは何も姿形が変わるだけではない、特殊な力を芽生えさせる事もある。お前が気付いていないだけで、その船には何者かが侵入した可能性があるのだ』
なんだそれは、何故そんな発想が出てくる。
劇団船に何者かが侵入している? 母国に帰還させないのは、その何者かを招き入れない為という事か。
『それにそもそも、黒蛇が居ない時点で我らが魔女様は激怒するだろう。そうなれば魔女様自身がニア東国に殴り込みかねん。そうなれば世界は終わる。帰投した所で、お前は魔女様にどうやって黒蛇が居ない理由を説明するつもりだ。ニア東国に拘束されていて、自分達はそれを見捨てて戻ってきたとでも言うか? そうなれば今度はお前達が魔女様の生贄にされるだろう』
「それを言うなら、劇団船が戻らない時点で魔女様は不満を持っている筈です。魔女様はそこまで子供じゃない、冷静に話を詰めれば分かって下さる。その上で今我々が抱えている問題を……」
『黒蛇はこちらの特殊部隊が救出する。お前達はそれまで、開発された魔女とやらをそのまま保護しつつ潜伏しろ。以上だ』
そのまま一方的に切られる通信。
ヴァレスは思わずマイクを投げ捨てそうになるが、貴重な機材の為、静かに元の位置に。
「くそ!」
そして代わりにと、思い切り棚を蹴り上げる。その際小指を打ち悶絶するヴァレス。
「く、くそ……何なんだ、一体……」
「駄目だったみたいね。まあ、こうなるだろうとは思ってたけど」
悶絶する団長へと近づく女性。ヴァレスはその女性を涙目で見上げつつ、悔しそうに頷く。
「ラスア……リエナはどうしてる」
「あんまり五月蠅かったから、グラントがお薬を飲ませて今はぐっすり眠ってるわ。元々疲れも溜まってたんでしょうね、見事に熟睡してるわ」
ニア東国を抜け出した際、リエナは戻るべきだと喚き散らしていた。それをヴァイオレットとラスアが宥め、最終的にはグラントが睡眠薬を投与。だが他の団員も本心ではリエナと同意見だろう。それはラスアやヴァレスも含めて。
「母国には帰れない。リサを保護しつつ潜伏しろだと。この船にオズマの部下が侵入した可能性があるからだそうだ」
「それは大変ね。歓迎パーティーでも開いたほうがいいかしら」
「……ラスア、ミシマ連邦でクーデターが起きたらしい。オズマがそれを率いている可能性があるって話だったが……あり得るのか? オズマはミシマ連邦で中枢を担う人物なんだろ」
「……なんですって。そんな事になってたの?」
ラスアは流石に驚きを隠せない。元軍人である彼女は、オズマの事は勿論知っている。二十年前に起きた戦争にもラスアは赴いていた。その時にオズマを見たわけでは無いが、その名を聞かない日は無いほど戦果を上げ続けた人物。しかし同時にその変人ぶりも風の噂で聞いている。
「……ありえなくは無いわ。相当な変わり者らしいから。でも彼が劇団船を目の敵にする理由はない筈よ。黒蛇がミシマ連邦の官僚を暗殺した時も、オズマは感謝してたらしいし」
「暗殺……か。どうしてこうなっちまったんだ……俺はただ、劇団として世界中を回れるっていうからこの船に乗ったんだ。なのに……」
ラスアは静かに、団長の傍へと。小指を摩りながら床に蹲る団長に寄り添う。
「ほら、もっと吐き出しちゃいなさい。そんな所、他の団員には見せられないでしょ?」
「……五月蠅い、俺はあんたの弟じゃない」
まるで黒蛇のような事をいうヴァレスに、思わず笑みを浮かべるラスア。
そうしてしばらくラスアはヴァレスに寄り添っていた。
だが唐突に、その時間は終わりを告げる。
飛行する劇団船の上空に、まるで雷鳴が轟いたかのような轟音が。
そして同時に甲板に鈍い音が。何かが落下したかのような。
「何だ?! ニア東国の追手か?!」
「……それなら最初から逃がさない筈よ。甲板に何か……行ってみましょう」
二人は操舵室を出て、甲板の方へと走る。
甲板には既に他の団員達の姿も。何かを取り囲むようにして集っている。
「おい、どうした」
団長の声に反応したヴァイオレット。
真っ青な顔で唇を震わせている。
「だ、団長……とんでもない物が落ちてきました……」
「一体なんなんだ……何が落ちてきたって?」
団長は他の団員を押しのけつつ、その落ちてきた物を見定める。
それは軍服を着た人間。しかし軍服は血にまみれ、どこに傷があるのか分からない程出血が激しい。
そして何より
「この軍服……それにコイツ……何処かで……」
ヴァイオレットは頷きつつ、団長へと回答を。
「ミシマ連邦の……マギス・バールです……」




