第二十二話
二十年前、ミシマ連邦、アルストロメリア、レスタード王国の間で戦争が勃発した。
戦端を切ったのはミシマ連邦。レスタード王国へと開国を迫り、出来ぬなら叩き潰すと一方的な要求を突き付けた。
レスタード王国は大陸一つを丸々領地とする巨大国家。しかもその大陸を包むように大結界が施され、何人も踏み入る事は許されない。その大結界は心血武装。国を一つ丸々包み込むという無茶な防衛装置。
白銀と呼ばれるそれは、触れるだけで生身の人間ならば消し飛んでしまう。だが例外が居た。
それこそが覚醒体。神化した人間が覚醒し、まさに神に等しき力を振るう。
ミシマ連邦は偶然覚醒体を作り出す事に成功し、それを白銀へとぶつけた。結果、何百年と維持されてきた大結界は消し飛び、レスタード王国の大地が露になった。
しかし覚醒体は暴走し、ミシマ連邦にも被害が出た。その時、その覚醒体を殺したのがマギスその人。
その時、まだ彼は心血武装を引き継いでは居なかった。しかし彼は覚醒体と向き合い、その命を奪った。
心血武装と同等の力を持つ者を、彼は白兵戦で打ち取ったのだ。
「……と、言うわけで奴は無茶苦茶厄介なラスボスだ。フットワークが意外に軽いから魔女よりもタチが悪い」
今オズマ達は砲撃音と地響きが鳴りやまぬメラニスタで、膝を抱えて縮こまっていた。
彼らが居るのは城塞の地下……ではなく、野菜などを収納する床下。今地下はただでさえ一杯だ。彼ら瀆聖部隊も中々に図体の大きな者は居るが、なんとかぎゅうぎゅう詰めに収まっている。
「デ……オヤジサン、こっからドウスル?」
「用意してた対策が一瞬で吹き飛ばされたからな。他ならぬお嬢さんに。敵は味方の中に居たか」
オズマがお嬢さん、と呼ぶのは現在マギスと戦っている覚醒体。秘密裡にミシマ連邦が研究を続けていたサンプル。オズマはその研究を後押しし、魔女から隠す為に瀆聖部隊で匿っていた。
「とりあえずお嬢さんが時間を稼いでいる内に、なんとかマギスの心血武装を封じなければな」
オズマの言葉に首を傾げる面々。あの無茶苦茶な心血武装をどう封じるのかと。
「オヤっさん、言っちゃなんだが……もしかしてエレメンツで囲うつもりか? んな事しても一瞬でぶち壊されるぞ」
牛のような頭に、屈強な体格をした男がオズマへと抗議する。彼もまた膝を抱えて縮こまり、ただでさえ大きな体がいい加減悲鳴をあげそうだった。簡単に言えば手足が痺れている。
その抗議にオズマは不敵な笑みを浮かべる。
「そうだな。心血武装は正直言って反則級の兵器だ。術者には大したデメリットも無く、無尽蔵に力を振るい続けられる。多少疲労感はあるだろうがな」
「ならどうやって……」
「マギスの性格は俺が熟知してる。それにあの心血武装には大きな弱点がある。何だか分かるか? ゼマ」
話を振られたゼマは鼻をポリポリと掻きつつ、一言。
「攻撃範囲が広い……?」
「正解だ。あれは巨大な戦艦や兵器を次々と召喚する物だが、攻撃範囲を絞ろうとしても中々上手くいかん……と前にマギスが言ってたような気がする。つまりだ、半分暴走してるようなもんだ。大群が相手なら問題無いだろうが、お嬢さん一人に的を絞ろうとするとかなり集中する必要がある」
あー、と渋々納得する瀆聖部隊員達。しかしマギスが言ってたような気がする、という言葉になんとなく不安を感じる。
そして同じように体を縮こませている巨大な虎の姿をした隊員は
「つまりは、マギス大佐が集中してる所を横から叩くって事? なんだか卑怯臭いわ。あっちは一人なのに」
「そういうな。それに横から叩くだけでは足りないだろうな。どうせ卑怯臭く行くんだ。とことん卑怯に行くぞ。ジスタ、頃合いを見てお嬢さんを回収しろ。残りは……」
その時、一際多きな衝撃が大地を揺るがす。その衝撃の正体はすぐに分かった。エレメンツだ。エレメンツが吹き飛ばされ、オズマ達が隠れる付近へと落下してきたのだ。
「滅茶苦茶しやがる……」
地上へと這い出るオズマ。すると予想外な事態が目の前に広がっていた。戦っていた筈の覚醒体である少女は、すでにマギスの手に落ちていた。首を捕まれ、高々と掲げられている。そして戦艦の上に立つマギスは、まるでオズマを挑発するように少女の太腿をハンドガンで撃ち抜いた。
「マジか、あいつ強くなったな!」
「親っさん! 関心してる場合か! 中枢基地から拉致ってきた二万人を突撃させよう! そうしよう!」
牛男の提案に溜息を吐くオズマ。お前は一体何を聞いていたんだと。
「それこそマギスの思うつぼだ。俺達だけでやるぞ。ジスタはお嬢さんを助けに行け、ゼマとアルダインは俺の援護だ。残りは各個突撃してマギスの気を逸らせ! 作戦コード、黒蛇だ!」
アルダインと呼ばれた女性。その姿は人間そのものだが、次の瞬間液状に変化。そのまま空気中に溶け込むように霧散する。ゼマも床下から対戦車ライフルを持ち出し、オズマを援護すべく駆け出した。
そして残りの瀆聖隊員達も、溜息混じりにそれぞれ行動を開始する。
※
“弱き人を救う為に俺は軍人になった。だが今俺は真逆の事をしている。不幸にも怪物と化した少女の首を締め上げ、その太腿に銃弾を浴びせた。俺はこんな少女を救いたくて軍人になった筈なのに”
巨大な力を振るう覚醒体の少女の攻撃は単調な物だった。
気体中の水分を凍らせ、それを落下させるという戦法。確かに物量は脅威だ。しかし俺には子供の遊びにしか見えなかった。
『あぁ……貴方、貴方なの? 私の……貴方なの?』
首を締め上げているというのに、少女の声は俺の耳に響いてくる。喉は動いていない。この少女は直接俺の頭に語り掛けているのか?
心血武装で作り上げた戦艦の上で、わざと身を晒し少女を高々と掲げる。勿論オズマをおびき出す為だが、さっそく動きがあったようだ。俺の右頬が、かすかに空気の流れの変化を感じ取る。
「来たか……ジスタか!」
少女を戦艦から投げ捨て、気配の感じる方へハンドガンの銃弾を数発撃ち込んだ。するとそこに保護色だった彼女が姿を現す。
「チィ! 相変わらず……勘のいい坊主ですたい……!」
ジスタは下半身が人魚のようで、上半身は人間。しかし鋭い牙と爪を持つ独特な姿。彼女の特殊な力は、空中を泳ぎ回り、尚且つその体を保護色に変化させれる事。まるで奇襲に特化したかのような神化を遂げた人間。
「動くなジスタ!」
「そんなわけにはいきませんたい!」
俺はジスタの下半身、魚の部分へと銃弾を撃ち込んだ。しかし大した傷は追っていない。鱗に阻まれてしまっている。
そのままジスタは戦艦の下へと飛び降り、空中を高速で移動。あの少女を回収していく。
ジスタは逃がすと厄介だ。あの奇襲に特化した能力はいつでも脅威になる得る。
俺はさらに上空に戦艦を生み出し、その砲撃でジスタを狙う。だがその時、俺の目の端に白と黒の珍獣が写った。
「ほいやぁー!」
「っく……! アリア警備隊総長!」
俗に言うパンダという名の動物。その姿をしたアリア警備総長は、巧な体術で俺へと飛び蹴りをかましてきた。こんな丸い体で何という身の熟し。まるでアクションスターのようだ。
「私の名前覚えてくれてたんか! マギス君!」
「忘れるわけないでしょう。ミシマ連邦内で最も美しいと言われた貴方の事は……」
そう、昔はとてつもなく美人だった。俺も危うく恋に落ちかけたが、ある日……この人はパンダになっていた。
「覚悟しいや! うちの可愛いお嬢さんに酷い事しおってからに!」
「あんな少女を覚醒させといて良く言う。大方、秘密裡に開発していたんでしょう」
「あの子は……私の作った饅頭を美味しそうに食べてくれる良い子なんや! そんな子に銃なんぞ向けおってからに!」
どうやら俺の言葉は耳に届いていないらしい。
「アリア警備総長! オズマは何処だ! オズマを出せ!」
「やかましいわ! パンダの爪の餌食となれや!」
鋭い爪が俺を襲う。彼女はかつて、ミシマ連邦内で行われた格闘技大会でチャンピオンに君臨している。その体術は侮れない……が
「うわぁ! 戦艦の上ツルツルやん! 毛がすべ……あぁっ!」
どうやら場所が悪かったようだ。
まるで滑り台で遊ぶ子供のように、戦艦から落下していくパンダ。
ま、まあ彼女ならこの高さから落ちても問題ないだろう……いや、何故俺は彼女の心配などしているんだ。相変わらず調子を崩される。
「っく、これもオズマの作戦の内か? なんて卑怯な」
まだ瀆聖部隊は残っている。それぞれが厄介な能力や実力を持ち、決して侮れない者達。
一番厄介なのは、それの指揮を執っているのがオズマだという事だ。あの男は何を考えているのか分からない所がある。
「次は何が来る……」
奴等は各個で俺に突撃してくる。それは俺の集中力を欠くという目的があるのだろう。
恐らく俺の心血武装、夢幻艦隊を最大限利用させなくする為。
「舐められたもんだな……そっちがその気なら……まずは瀆聖隊から潰す」
夢幻艦隊で召喚出来る物は、何も巨大戦艦だけではない。今俺が持っているハンドガンを始めとする、ありとあらゆる銃器を召喚する事も出来る。
俺は右手にアサルトライフルを出現させる。そして後方に四本脚と呼ばれる兵器も。
こういった起動兵器は人が操縦しなければ意味を成さない。それを解決したのがエレメンツの存在。人が操縦せずとも、命令通りに動く機械兵達。
俺はエレメンツを出現させることは出来ないが、そもそもこの夢幻艦隊は俺の意思通りに動く。それは勿論この四本脚も同じだ。
「おりゃぁー!」
その時、今度は巨大な虎の背に乗った瀆聖部隊員が。虎の上に乗る彼は、牛の頭に人間の体を持つ。まるで魔女様がかつて話してくれた、ミノタウロスという架空の怪物のように。
「そこまでだ! マギス大佐! お命頂戴する!」
「バルワーか。相変わらずマッチョだな」
牛男、バルワーは虎の背から飛び降り、そのまま戦艦の上へと着地。
「ククク、戦艦の上で戦おうなんざ、この心血武装の意味もへったくれも無いぜ。これを落としちまえば、アンタも死ぬんだからな!」
「そう、その通りだ。だが肝心な事を忘れているぞ、バルワー軍曹」
俺は戦艦を大きく傾ける。俺自身は心構えが出来ている上に、予め傾いても問題無い位置取りをしている為“あんな風に”落下したりはしない。
「あぁー……手足が痺れて……」
あっさりと落ちていく牛男。それに続いて巨大な虎も落ちていく。
俺はその様子を冷たい眼差しで眺めていた。いつからこの小説はコメディに鞍替えしたのか。
「もっと、まともな奴も居たはずだが……」
「呼んだか?」
その瞬間、俺の背筋に走る強烈な寒気。
背後から聞こえたその声に、俺は即座に四本脚をけし掛ける。だがそれはいとも簡単に真っ二つに切断された。
来た。ついに来た。俺が最も憧れ、最も恐れた男が。
「随分と余裕があるじゃないか、マギス。面白かったか? 我らが瀆聖部隊の“舞台”は。……なんつって」
ひどすぎる親父ギャグを繰り出しながら、そいつは俺の目の前に立つ。
銃器が溢れかえる戦場で、あろうことか刀を背負って戦う男。
「オズマ……!」
心血武装を展開し、更に複数の戦艦を生み出す。
そしてその全ての照準を、目の前の男へと向ける。
「っく……」
「どうした、さぞ戦いにくいだろ。お前の心血武装はそもそも、対人兵器じゃないからな。レスタード王国の心血武装持ちの女の方が、もっと手強かった。俺が仕留めきれなかった最初の相手だ」
「黙れ……魔女の名の元、お前を粛清する」
かつて憧れた男へ
かつて恐れた男へ、俺は銃口を向ける。
時計の揺れる振り子は、ゆっくりと動きを止めた。




