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第十九話

 ヴァイオレットが極道『猫足組』の構成員を相手に、大立ち回りをしていた頃。

 ニア東国の国境警備隊の網を潜り抜け、一隻の漁船が不法入国を果たしていた。

 船員は数名。見るからに漁業に携わっていますと言わんばかりの、屈強な男達。だがその中に、一人だけ白スーツの男が混じっていた。


「いやぁ、すみませんねぇ、乗せてもらったばかりか、お食事までご馳走してもらって」

「いいってことよ。それなりの金は貰ってるしな」


 白いスーツの男は常に笑顔を浮かばせながら、今は船の上で採れた魚を塩焼きにして食べていた。片手には酒。まるで旅行か何かを楽しむ観光客のように風を浴びながら、新鮮な魚料理をつまみに酒を嗜んでいる。


「美味いか? それ」

「えぇ、とても美味しいです。母国ではもっぱら肉料理が主で……魚なんて食べたのは数年ぶりですね」

「そりゃよかった」

「ところで、よく国境警備隊の網を潜れましたね。何か仕掛けでも?」

「企業秘密……と言いたい所だが、まあいいか。大した事じゃねえ、この船、エレメンツなんだ」


 男は感心するように数度頷く。

 そのまま塩焼きを完食し、一気に酒を煽った。


「それはそれは……確かにエレメンツならば機雷やセンサーの位置の特定など容易い。しかし人の目も当然あるでしょう?」

「人の目っつったって、大抵はカメラ越しさ。こいつはそれも一気に乗っ取っちまうのよ。デジョンシステムの監視なんざ……エレメンツにとっちゃザル同然だしな」

「成程。なかなかお詳しいようですが、元々は何のお仕事を?」

「それは……言えねえよ。生まれはアストロメリアだけどな」


 常に笑顔を浮かべている男は、懐から名刺を取り出し手渡した。

 その名刺には、アクゾーン社の社名と男の本名が書かれている。


「……あんた、アクゾーン社の人間だったのか?」

「えぇ。どんな組織にも私のような者は必要なんですよ。本当は空路で正規の方法を使用して入国するつもりでしたが、気まぐれに今回この方法を取ってよかった。貴方のような方に出会たんですから」


 男は満面の笑みを浮かばせる。胡散臭い笑顔を。


「また、よろしくお願いします。何かお困りの事があれば連絡下さい」




 ※




 一方、ミコトの結婚式はもうじき始まるという時、黒蛇はやっとヴァイオレットとマルコが入れ替わっている事に気が付いた。そしてヴァイオレットの様子を護衛陣から報告され、大きく溜息を。


「死人が出てなければいいが……。というかマルコ、お前よりにもよってなんでヴァイオレットに……」

「すみません……」

「まあすんだ事はいい。しかし俺の期待を裏切ったんだ。それなりの報復を覚悟しろよ」

「ほ、報復?! ビンタ一発とかで済まないんですか?!」

「済むわけないだろ。メイド服、良く似合ってるじゃないか。今後は女装して任務に当てさせる事も出来るな……」


 勘弁してくれと項垂れるマルコ。今二人は式場に設置された舞台の袖で待機していた。もうじき、前座の公演が開幕し、その後ミコトと大佐の結婚式が始まる。


「それよりミコトはどんな様子だった?」

「酷く……意気消沈しているというか……今にも自殺しそうな顔してましたよ。リエナさんはその顔見て怒りだして……」

「まあ、あの女(リエナ)ならそうだろうな。他人に感情移入しすぎるんだ、昔から」

「はぁ……。それで、これからどんな劇が始まるんですか?」


 黒蛇はマルコへとかいつまんで説明する。今回上演される劇は団長が即興で書いた物で、そのあらすじは貧しい貴族の娘が王族に見初められるという者。しかし娘には既に恋しい相手がおり……


「その相手が黒蛇さんですか」

「みたいだな。最後の最後でミコトに向かってこういうんだ。俺の元に戻ってこい……ってな」

「なんか団長が好きそうな感じですね。あれ? じゃあ結婚式始まる前に奪っちゃうってことですか?」

「何もかも順調に行けばな。すでに軍の警備に俳優陣と護衛も混ざってる。何かイレギュラーな事があれば報告が来る手筈になってるが……既に起きてるしな。ヴァイオレットが猫足組の構成員を全滅させちまうとは……」

「いや、僕だってそこまでしちゃうなんて……!」

「あまりヴァイオレットを舐めるなよ。頭に血が昇ると暴走するタイプなんだ、アイツ」


 その時、袖に待機していた二人の耳に、多人数の人間の足音が聞こえてくる。どうやら入場が開始されたらしい。黒蛇は袖から覗くように、入場してきた人間を確認する。


「ほぼほぼ軍の関係者……まあ当然か。お、ミコトも入ってきた……中々ドレス似合ってるな」


 マルコはそんな感想を零す黒蛇に対し、不満を持つ。

 ミコトに対して黒蛇はどう思っているのだろうか。ミコトは確実に黒蛇に惚れている。それに対して黒蛇には恋愛云々の感情は持っているのだろうかと。


「あの、黒蛇さん的にはどうなんですか? ミコトさんを……その、好きなんですか?」

「……マルコ、俺はな……いい女は大抵好きだ」

「うわ、最低だ」

「ミコトはいい女だ。強いし芯もしっかりしてる。眩しすぎて直視できないくらいにな。そんな女が泣きそうな顔で結婚式を迎えるんだ。男なら奪いたくもなるだろ」

「つまり……恋愛感情は無い……と?」

「恋愛感情が無いと女を助ける事も許されないのか? まあ、お前に分かりやすいように、しいて理由を言うなら……動かずにはいられない、それだけだ」


 マルコは黒蛇の事を、軽い態度で女を愛でる男……と見ていた。だが動かずにはいられないと言われた時、何か黒蛇の感情の一端を理解できたような気がした。


「黒蛇さん……不器用って言われません?」

「自覚はしてるよ。さあ、雑談タイムは終わりだ。お前も位置につけ、何か起きた時、リエナを守るのはお前の役目だぞ」

「……了解です」


 マルコはメイド姿のまま、式場の隅で待機しているリエナの元へと。

 袖に残った黒蛇は、そっと懐に忍ばせている鍵を、燕尾服の上から押さえる。

 それは心血武装。魔女の心臓を材料に作られた、究極とも言って差支えのない兵器。


「もう……目の前で女に死なれるのは勘弁してほしいだけだ、俺は」


 黒蛇の脳裏に、かつて見殺しにした少女の顔が浮かぶ。

 リサと瓜二つの姿をした、あの少女の事を。





 ※





 一方、リサは劇団船の船医室で、グラントと共に暇を持て余していた。

 今回リサと船医であるグラントに出番はない。二人は退屈を持て余すように、駄弁っていた。


「私も見たかったなー……黒蛇さんの劇」

「まあ、今回はレアケースだからな。もう二度と見れないかもしれない。しかし事と場合によっては式場が戦場になる。触らぬ神にたたりなしという奴だ」


 その言葉を聞いて、リサは違和感を持っていた。

 この世界が異世界だという事は気づいていた。自分は元居た世界から飛ばされたのだと。


「あの……グラントさん、今のことわざって、誰から聞いたんですか?」

「あ? 誰からって……誰でも知ってるだろ、そのくらい」

「そうなんですね……そういえば、私の事を魔女様みたいって誰かが言ってましたけど……」

「あぁ、まあ……いい機会だから……もしかしたら記憶が戻るかもしれん。魔女について教えてやろう」


 リサは記憶が無い、という事になっていた。

 それはリサ本人の自己申告による物。実際、リサは鮮明に覚えている。かつて自分はただの女子高生だったという事を。


「いいか? この世界は七人の魔女によって支配されている。このニア東国にも魔女が居て、そいつが国の基盤を作り人々を先導し……まあ小難しい話はいい。とりあえず魔女が一番偉いんだ」

「私も……その魔女になっちゃったってことですか?」

「その話は誰にもするなよ。俺達の国に帰ったら、実際の魔女様に会わせてやるから、それまではな。まあ、魔女になったかどうかの基準……って言ったらどうか分からないが、一つは心音だ。君の胸からは一切心音がしない」


 リサは自分の胸を押さえ、鼓動を確かめようとする。

 確かに何も感じない。しかし自分は確かに生きている。


「なんで……魔女には心音が無いんですか?」

「……心血武装という物がある。強力な兵器だ。魔女の心臓はそれに使われている。昔話によれば……魔女は自分の心臓を抉り出し、武器に変えて世界を救ったって話だ」

「……でも私、そんなグロテスクな事は……」

「そのあたりも魔女様に聞けばいい。それと……太腿に紋章があるだろ。焼き印や入れ墨とも違う。それは魔女になった証だと言われている」

「……私みたいな子って他にも居たんですか?」


 グラントは眼鏡を直しつつ、腕を組みながら


「言っていいかどうか分からないが……一説には、神化した人間は魔女になりそこねた……と言われている。つまり君は、一旦は神化しかけたというわけだ。メラニスタを襲った連中も、ミコトちゃんも……神化した人間だ。彼らは皆、もしかしたら魔女になっていたかもしれないな」





 

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 黒蛇さんは、いかにも活劇のヒーローぽい脳みそなんですね。罪作りな(^_^; リサと、魔女の秘密が少しづつ明らかに。 でも、まだまだミステリアスですね。 色々想像できて楽しいですよ。 マルコ…
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