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第十八話

 ミコトの結婚式当日、スルガの街は何処か活気と、そして殺気に満ちていた。殺気を放っているのは勿論ミコトの実家である極道の者達。それぞれが武器を携え、式場へと赴かんとしていた。


 その内の一人、ミコトの義理の父であり、組長でもある男。

 先日黒蛇に挑発されたはいいが、彼は迷っていた。黒蛇はミコトを助ける気でいる。それもニア東国の大佐を暗殺してでも。


 もしここで自分が下手に介入し、それが失敗に終わってしまわないだろうか。

 男は黒蛇の腕を買っていた。暗殺者として。その仕事ぶりを直接見た事は無いが、黒蛇の経歴ならある程度知っていた。元々アストロメリアの軍人であり、ミシマ連邦の官僚を暗殺した男。


 それだけでもどれほどの人物か、素人でも想像に容易い。だが男はもっと、直感的に黒蛇の実力を感じていた。


 あの目だ。あの目は相当の修羅場を潜り抜けてきた者の目。

 だが修羅場を潜ったからと言って、実際に腕っぷしが上がるわけでは無い。死ぬ思いをしたからと言って、人間は強くなれるわけでは無い。精神的には頑強になったりもするだろう。だが所詮、この世界は技術と知識が物を言う。いくら根性があるからと、素人がプロに叶う筈も無い。


 それは男も重々承知していた。所詮自分達はゴロツキ。訓練を受けたわけでも、ましてやミコトのように神化し、身体能力が強化されているわけでも無い。黒蛇に言われた通り、訓練を受けた軍人には逆立ちしても敵う筈もないと分かっていた。


 だが退くわけにもいかない。ミコトが無理やり嫁にされると聞いて、組の構成員は殺気だっている。ここで何もしないとなると、暴走し単独でも式場へ突入するだろう。そうなれば死ぬのは確実だ。ならば少しでも生存の確立を上げなければならない。即ち、数で物を言わせ、ゴリ押しでミコトを奪う。


 もはや策など、はなから無い。あるのは殺気だった構成員をコントロールし、少しでも生き残れるよう取り計らう気概だけだった。それだけでも怪しい事この上ないが。


 極道の男達は隊列を成し、まるで大名行列のように表通りを堂々と歩く。

 正面から式場に突入し、ミコトを取り戻す。ただそれだけの為に。


 スルガの極道『猫足組』総勢百六十余名。全員が全員、殺気を表に晒しながら歩いていると、彼らの目の前に一人の少女が立ちはだかった。


 ミコトが経営する遊郭、その護衛及び遊女の少女。

 マルコの相手をした、あの少女だった。


「……お待ち下さい、龍吾様」


 少女は白い着物に身を包んでいた。まるで今から切腹でもするかのような装い。

 その姿を目にしたミコトの義父、龍吾は立ち止まり、隊列へと手を掲げ制止させる。


「何の用だ。お前、ミコトの所の遊女だな」

「アカネと申します。どうか……身をお引き下さい。ミコト様は……あの方に託して下さいまし」


 その言葉に構成員達は口々に罵倒の言葉をアカネへとぶつける。

 だが龍吾は再び手を掲げてそれを黙らせると、静かに、しかし鋭い刃のような殺気を含んだ声で、アカネの要望を拒否する。


「できねえな。一人娘が攫われたんだ。それを赤の他人様に託すなんざ、極道以前に人としての道を外してるとは思わねえか」


 アカネは龍吾の鋭い目線、声に膝から力が抜けそうだった。しかし問題はない。そう言われると分かっていたし、覚悟を決めてここに立っているのだから。


「では……今ここで私を切り伏せて進んでくださいませ。私はここを、一歩も動きません」


 その場で立ちふさがるアカネ。龍吾もそのアカネの姿を見た時から、そう言いだす事は予想していた。大して面識も無い少女。しかしその頭にはネコミミの被り物。遊郭の、ミコトにより近しい者は皆その被り物をしている。それはミコトは一人じゃない、私達が居る、という意思の表れ。


 龍吾にとって、アカネには感謝こそすれ、斬り伏せる理由など皆無。

 だが斬らねばならない。ここで退く事は出来ない。ここで退いたとしても、構成員達は構わず式場へと突入するだろう。そうなれば指揮など取れない、ただの烏合の衆に等しい。


「その覚悟、見事」


 龍吾は腰の刀を抜くと、たんたんとアカネの前へ。そのまま袈裟懸けに……刀を振るった。


 誰もが鮮血を目にする……筈だった。

 アカネ自身も、自分の血の海が広がる物だと思っていた。


 だが刀は止められた。寸前のところで、軍の赤いジャケットを着た女によって。


「……っ! だ、誰だ!」


 龍吾は本能的にその女から距離を取る。

 あの目だ。黒蛇と同じ目をしている。黒蛇と似た雰囲気を纏った赤いジャケットの女に、龍吾は背筋が震えた。殺気が全てこちらに向けられていると。


 下手をすれば、ここで百六十余名、全員が殺される。その女によって。


「てめぇ……」

「……失礼。わたしぇあ……わたくしは……」


 誰もが「噛んだ……」と突っ込みたかった。だがそれは許されない。その殺気は尋常ではないからだ。


「わたくしは……某は……拙者は……」


 一人称で悩んでいるようだった。

 大半の者は肩を落とし、龍吾も呆れるように


「慣れねえ言葉を無理やり使わなくていい、お前、名前は? 劇団員か?」

「えっ、ぁ、はい。ヴァイオレットと言います。本当はアカネさんを止めに来たんですが……朝ご飯が美味しすぎて遅刻してしまいました。なので予定を変更して……」


 次の瞬間、構成員達は背筋が震える。

 まるで喉元に刀を突きつけられたかのような……強烈な、非常に分かりやすい殺気。もっと言えば未来を見た。自分達の喉元へと突き刺さる刀が、まざまざと。


「予定を変更して……貴方達を皆殺しにします」


 一瞬、龍吾の目の前からヴァイオレットが消えた。姿勢を低くし、迫ってきたヴァイオレットに気付いたのは、鳩尾に拳がめり込んだ時だった。


 その瞬間、組長の意識が飛ぶ。

 人間は鳩尾を強打されたからと言って、映画やドラマのように気絶する事は無い。せいぜい悶絶し、体の自由が利かなくなる程度だろう。人間の意識を奪い取るのは容易ではない。それこそ柔道の締技や、クロロホルムなどの技術や薬品が無ければ。


 しかしヴァイオレットは組長の鳩尾を強打し、意識を刈り取った。それは全くの予想外な痛みによる物。人は強烈な痛覚を感じると、まず意識をシャットダウンする。それが続けば今度は死を選ぶ。鞭などの拷問器具で人を殺害するのは容易い、というのは有名な話だろう。


 その拳はヴァイオレットなりの、怒りの表れだったのかもしれない。

 技術も戦術も、ましてや体作りもしていない人間が、軍人に挑もうとするその姿勢、その物に。


「……組長……! てめぇ……舐めてんじゃ……」


 一人の男がヴァイオレットに挑みかかろうとした。

 そしてお決まりの口上を並べようとした時、つい言葉を忘れてしまった。

 ヴァイオレットの、その無機質な、まるで機械か何かで構成されているかのような表情を見て。


「……舐めてんのはどっちだ……」


 ヴァイオレットの声はそこまで大きくはない。

 だが構成員達の耳には、はっきりと聞こえた。その不気味な、組長以上に殺気を乗せた声が。


「いつもそう……やる気、気合、根性、どれかあれば戦場で生き残れると思ってる奴が居て、そんな奴の尻拭いをさせられてきて……」


 まるで幽霊のように、足音一つ立てずに淡々と歩み寄ってくるヴァイオレット。極道たる男達は動けない。


「数で攻め込めば勝てると思ってる……。多人数で仕掛ければ、どんな屈強な男でも倒せるという……ファンタジーを信じてる」


 一歩一歩、近づいてくる。

 まるで恐怖映画のように、淡々と、距離を詰めてくる。


「一体、誰がそんなファンタジーを作った? 草食動物が大人しいって誰が決めつけた? 飴玉をくれるお婆ちゃんが優しいって、誰が……誰が決めつけた?」


 そして目の前まで迫ってきた。

 男達は戦慄する。ここに来て、後悔しだす者も。


「死ぬ思いでやれば勝てると思ってる……なら死ぬ思いって……何? 特攻するだけで勝てるなら、軍人なんか要らねえんだよ……。あまり……軍人(プロ)を舐めるなよ」



「……やれ、やれぇぇぇ!」



 約三十分後。スルガの往来で百六十名の男達が悶絶する光景を、誰もが呆然と眺める事となる。


 それをやったのは、たった一人の女。


 赤いジャケットを着た、女。





 ※





 “僕は弱い人間だ。黒蛇さんに叩き伏せられてから、それは重々承知していた。でも厄介な事を、まさか同じくらいの歳である彼女に押し付ける程に弱いとは知らなかった。だから今のこの現状は、僕への罰なのだろう。そう、受け止めよう”



 まさか自分の人生の中でメイド服に袖を通す時が来るとは思わなかった。

 結局僕は、遊郭の女性達の事はヴァイオレット……いや、ヴァイオレット様に押し付ける事となってしまった。


 今僕は式場の一室、ミコトさんの化粧に付き添いとして来ている。リエナさんに綺麗に化粧をしてもらって、完全に女装して。


「お綺麗ですよ、ミコト様」

「ありがとにゃ……」


 リエナさんはミコトさんに化粧を施し、綺麗に仕立てていた。ドレスも既に着せていて、真っ白なそのウェディングドレスは見る者を魅了する。誰もが口をそろえて言うだろう、綺麗……だと。


 だが状況を知っている僕らからしてみれば、その言葉は凄惨な物にしか聞こえない。無理やりに拉致され、軍人の嫁にされるなど悲劇以外の何物でもない。


 ちなみにミコトさんは、まさか僕らに奪い返されるとは思ってもいないだろう。

 リエナさんは完璧にメイドに成りすましている。金持ちに、ただコキ使われるだけのハウスメイド。根暗そうな表情で、それでも精一杯笑顔を作って仕事を全うしようとする……という設定。


 そのメイドにリエナさんは完璧に擬態……いや、演技していた。

 事実、ミコトさんも幾度となく公演でリエナさんの事は知っている筈だ。だが気付く素振りさえ見せない。今はそんな事を気にしていられないというのもあるかもしれないけど、それでも思っていいはずだ。どこかで見た顔だな、とか。


「ではミコト様……式までしばしお時間が御座います。それまで……話し相手は要りますか?」


 リエナさんの言葉に、ミコトさんはゆっくりと頷いた。


 僕らの任務は、ミコトさんの意思確認。

 ミコトさんは黒蛇さんに奪われた後、僕らの国へと赴く事になる。当然だ、ニア東国の軍の大佐に目を付けられ、結婚までするという状況。そんな所から逃げ出して、のうのうとこの国で過ごす事など出来ない。


 それは即ち、今までこの国で過ごしてきた日々を捨てるという事。家族との別れ、友人との決別、慣れ親しんだ土地には、二度と踏み入る事は許されない。


 もしミコトさんがそれらを捨てる事は出来ない、という固い決意があるのならば、残念だけど僕らは大人しく国へ帰る事となる。


 でも本当に? あの黒蛇さんなら、ミコトさんの気持ちなんて知るかー とか言いながら問答無用で奪い去るのが容易に想像出来る。


「……私は……どうしたらいいにゃ……」


 ミコトさんはそう零した。

 その言葉に、あたかも事情を知らない風に首を傾げるリエナさん。


「どういう……事ですか? 軍のお偉い大佐との婚礼なのに、ミコト様は先程から浮かない顔ですが……」


 ミコトさんは……うっすらと笑顔を浮かべる。

 でも決して、その笑顔は本来の彼女の笑顔とは程遠い。僕は先日、遊郭で迎えてくれる彼女と対面している。それは営業スマイルだったかもしれないけど、アカネさんを僕にあてがった時、満面の笑みで


『よろしく頼むにゃ!』


 とムチャ振りしてきた。

 その時の笑顔は欠片も見られない。


「私は……生まれてきた時から人間じゃないにゃ……。だから……自分の幸せにゃんて……願える筈も……無いんだにゃ」


 そう、その笑顔は諦めの表情。

 もうどうなっても構わない、という……。


 その時、リエナさんが突然退室した。


 って、ええ?! 


 ちょ、おま……なにして……


「し、しつれいしますっ!」


 僕はお辞儀しつつ、リエナさんを追いかけ退室。

 するとリエナさんは怒っていた。鬼のような表情を浮かべている。


「やるわよ、マルコ」

「え、何を……」


「もうあの子の気持ちなんて知ったこっちゃ無いわ。こんな土地、あの子の周りも何もかも許せない。何が何でも奪い去るわよ」



 あぁ、黒蛇さん以上に厄介で強引な性格の人が……ここに居た。



 

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