第十六話
“初めて劇という物を目にしたのは、軍に入ってから。母国の劇場前広場のベンチで、力なく項垂れている男に声を掛けた所から、黒蛇と呼ばれる俺と、そいつの物語は始まった”
ミコトと大佐の結婚式、その日取りが決まった。
団長の話では、三日後に行われるらしい。随分と気の短い大佐らしい。拉致して三日後に結婚とは恐れ入る。しかしこちらとしては好都合だ。これで一か月先と言われても、その間ニア東国に滞在するわけにもいかないのだから。
「黒蛇、三日以内にお前を一流の俳優に育て上げる……なんてことは出来ないから、とりあえずお前は演技しなくてもいいようにした」
相変わらず船の物置で、俺と団長はミコト奪還計画を練っていた。
それにしても何という頼もしさだろう。初めて会った時とは段違いだ。
「団長……あんた、変わったな」
「あ? なんだ、いきなり……」
「いや、初めて会った時の事をちょっと思い出して……」
「忘れてくれ……頼むから」
項垂れながら、団長は両手で顔を覆う。
そんなに恥じる事も無いだろうに。
「確か……前の団長が亡くなって、落ち込んで時にラスアから追い打ち食らったんだったか」
「言うな……。というかその話はどうでもいい、ミコトちゃんを奪う作戦の話だ、今は」
「そうだな。で? 演技しなくてもいいとの事だが、俺はどうすればいい」
「そのままだ。お前のセリフは一つだけ。ミコトちゃんを貰うって趣旨の」
確かに……演技もクソも無いな。そもそもそれが目的なんだし。
「それより、地元ヤクザは大丈夫なのか? 下手に邪魔されても困るんだが……」
「邪魔してくるだろうな。俺が煽っちゃったし」
「お前なにしてん」
「まあ、大丈夫なんだろ? ニア東国の……なんだっけか、最強の軍人四人衆……」
「四大四天王な」
「そう、それだ。四大って要るか?」
「要るから付けてるんだろ。でもなぁ、なんか不安になってくるのは俺だけか?」
まあ、そんな間抜けなネーミングされたらな。
最強と言ってる時点で怪しい。
「それで、俺がミコトを奪った後、どうする? ミコトもこの国に居るわけにはいかんだろうから、母国に連れていくのか?」
「そのつもりだ。このまま軍人の嫁に無理やりさせられるよりは……マシだろ。うちの国は神化した人間には寛容だし」
「しかし……ヤクザ達が納得するかどうか。ミコトの親父はともかく、遊郭の連中が……」
「納得も何も……ミコトちゃん奪われてる時点でそいつらに何を言う資格も無いさ。悔しかったら奪えばいい」
おう、なんか一段と強気だな、団長。
いつもそのくらい覇気があればいいのだが。
「どうした団長、何か気が立ってるな」
「別に……。お前がいきなり昔の事をほじくり返すからだ。もし遊郭の女性陣が邪魔するようなら……力で排除するしか無いだろうな」
「随分簡単に言ってくれる。ミコトが作り上げた戦闘集団だぞ。その辺のヤクザとは比べようもない。俺が船の護衛を頼むくらいなんだからな」
「随分弱気じゃないか。黒蛇ともあろう者が。そんなに強いのか? ヴァイオレットとミコトちゃんはどっちが強いんだ?」
「単純な腕力勝負ならミコトだ。だがいざ戦闘となれば……十中八九ヴァイオレットだろうな」
「なら問題ないんじゃないか? ヴァイオレットちゃんで勝てるんだろ?」
「……団長、知らないのか? アイツに白兵戦で勝てる奴と言ったら……それこそオズマ率いる瀆聖部隊に居るか居ないかってくらいだぞ。遊郭の護衛陣も、それなりに張り合ってくる」
「え?!」
やはり舐めてたか……。
いつもモニターと睨めっこをしてるのが多いせいか、ヴァイオレットがデスクワークしかしていないように思ってるんだろう。
「ヴァイオレットは、ガキの頃から鍛え抜かれて生き残ってる……いわゆるチャイルドソルジャーだったんだ。実戦経験は俺と大差はない。ただ俺が歳と階級が上ってだけで偉そうにしているが……いざアイツが本気で挑んできたら、俺は迷わず心血武装を使う」
「そ、そこまでなのか……。じゃ、じゃあ頼もしいじゃないか、ヴァイオレットが居れば……」
「遊郭の戦闘集団は全部で三十人前後。ヴァイオレット程じゃないが、それなりに鍛えられてる。もし奴等が本気で仕掛けてくるとしたら、正直……この船に乗ってる護衛陣で防ぎきるのは難しいだろうな。だからこそ俺は船の護衛を頼んだんだ。腕を買ってるからな」
「じゃあ……どうするんだ。本気で彼女達が攻め込んできたら……」
「だから、最強の四人衆が居るんだろう? 大丈夫だ、全て任せよう」
「お前、本当にそれでいいのか?」
※
ひとしきり団長と話した後、俺は劇団船の外へと出て煙草を。
火を付け、一口大きく吸う。そのままふと船首の方を見上げると、そこにはリサの姿が。
「ぁ、クロさーん。やっほぃー」
「おう。危ないぞ、そんな身を乗り出してたら」
「大丈夫ですよ、だいぶ体も治ってきましたし。グラントさんが、積極的に外を出歩けって……」
グラント……まあ、船医が言うならそうなのだろうが……。
「もうすぐ結婚式……なんですよね。クロさんが花嫁を奪うって」
「ああ。大役を押し付けられたもんだ」
「クロさんなら大丈夫ですよ。私を地下から出してくれた時も……カッコよかったんですから」
タバコを吸いながら、船首に居るリサを見上げながら、俺はそんな事は無いと手を振る。
そして気が付いた。誰かがこちらへと視線を向けているのが。
誰だ? 恐ろしく気配を消すのが下手だ。ミコトの配下ならもっと上手くやりそうだし、軍人が今こちらを監視すると言う事も無いだろう。
泳がせておくのもいいが……今はデリケートな事案を抱えている。
不安要素は少ない方がいい。
「リサ、ヴァイオレットを呼んでくれ。俺が呼んでたってな」
「え? ぁ、はい」
そのまま船内へと戻るリサ。それと同時に監視者も動いた。
まさかリサが狙い? そんな馬鹿な、何故……まさか、魔女だと気づいた?
俺は煙草の火を消し、吸い殻を携帯灰皿へ。
その数分後、ヴァイオレットが俺の元へと。
「どうしたんですか、黒蛇さん」
「見られてる。挟み込むぞ、ヴァイオレット」
「……分かりました」
視線は港周辺に放置してある軍のコンテナ置き場辺りから。
俺とヴァイオレットは街に行くフリをしつつ、視線の死角へと入るとそれぞれ散開。
コンテナの影を利用しつつ、少しずつ監視者へと近づいていく。
そして肉眼で……その男を確認する事が出来た。
着物姿、腰には刀。髪はボサボサで、前髪で目が隠れている。
なんというか……だらしない男だ。しかしその風貌とは逆に、異様な気配も感じる。
「……おい、そこで何してる」
俺は姿を晒しながら男へと後ろから声をかけた。
男は「やべっ」と零しつつ、コンテナの隙間から逃げようとする。しかしそれをヴァイオレットが塞いだ。俺とヴァイオレットに挟み込まれ、男は観念したように溜息を吐きながら、その場へと座り込んだ。
「何だ、お前。何が目的だ」
「……あー。何がっていうか……ちょっと……」
「ちょっとじゃ分からん。名前は?」
「……アギス。よろしく」
アギス? 何処かで聞いた事があるような無いような……。
「何を見ていた?」
「何? 何っていわれてもなぁ……アレが何なのか俺も良く分からねえし……」
「……アレとは何だ。素直に答える気が無いのなら仕方ない。ヴァイオレット、右腕を折れ」
「ちょ、ちょおおお! いきなり拷問?! 酷くない?!」
「黙れ。痛い目に遭いたくないなら質問に答えろ。ここで何を見ていた」
「だ、だから……さっき船に乗ってた女の子を……」
リサを? やはり視線はリサに注がれていたのか。
しかし何故……。
「何故あの子を見ていた?」
「何故って……ん? この気配……お前、もしかして心血武装もってるのか?」
思わず鍵が入っている懐を抑えながら、後ずさりしてしまう。
なんだ、こいつは。何故心血武装を知ってる。しかも今、気配と言ったか?
「あー、成程。その反応で大体分かったわ。もしかして本当に……あの子は魔女なのか?」
「……何の話だ。それより、お前は何者だ」
「俺か? さっきも言っただろ、俺はアギス。このニア東国の魔女、スミレ様の側近よ」
「……! 魔女の側近?! まさか……お前みたいな男が……?」
「ひでえ言いようだな。あの劇団はたしか、アストロメリアの船だったな。じゃあお前が……」
「ヴァイオレット、首の骨を折れ」
「ちょ、ちょおおお! なんでいきなり殺害?! ひどくない?!」
「黙れ、首の骨折ったくらいで人は死なん。少し動けなくして海に捨てるだけだ」
「それ殺してるよね?! 間違いなく死んじゃうよね?!」
魔女の側近、そしてアギス。
間違いない、この男は……ミシマ連邦の心血武装持ちの、あの男の……
「お前、ミシマ連邦のマギスの兄か」
「あれ? アイツの知り合い?」
「話した事は無い。まさか兄弟そろって魔女の側近とは……何故俺が心血武装を持ってると分かった」
アギスと名乗る男は、興味深そうに俺を観察してくる。
前髪から覗くその目は、一見フザけていそうで……しかし鋭い光を放っている。
「成程成程。アストロメリアの心血武装持ちは……まだまだ若いか」
「殺すぞ」
「ぎゃああ! お、おちつけ若いの。こんな所で心血武装同士でぶつかり合うか? 船が吹き飛ぶぞ」
そんな事は分かっている。
別に心血武装さえ展開させなければいい。鍵を持った瞬間、腕を追って奪えば……
「物騒な事考えてるのは分かったよ……あー、なんだっけか。心血武装持ってるの何故分かったって? そりゃお前、匂いだよ。心血武装っていうのは魔女の心臓を材料にしてるんだ。使えば使う程……血の匂いが体に沁み込んじまうのさ。まあ、俺は気にした事はないがね」
「なら質問の続きだ。何故あの子を見ていた」
アギスは頭を掻きながら、不満そうに口をへの字に曲げる。
「もうちっと、年上に敬意を払えんのかねぇ、最近の若いのは……」
「ヴァイオレット、頭を撃ち抜け」
「ぎゃああああ! 分かった、分かったから! なんていうか……魔女の気配を感じたんだよ。でも、ありえねえし……なんかモヤっとして気づいたらここで見てたんだ」
魔女の……気配?
コイツ、自分の気配は消せないくせに、そんな事には敏感なのか?
魔女の気配など、俺は感じた事は……
「あれ? なにその顔。ちょっともう、今のは笑うところだぜ?」
「確かにな。魔女なんぞここに居る筈も無い。それで……ニア東国の魔女の側近が何故スルガに居る。ただの観光ってわけでも無いだろう」
「あー、まあ魔女様の我儘……っていうか命令を受けてやってきたのよ。なんか神化した娘と、それを嫁にしようとしてる軍の大佐を消してこいとか何とか……」
その時、ヴァイオレットがハンドガンのセーフティーを外す。
もう殺る気マンマンだ。しかし、とぼけているように見えて、この男はかなりの手練れだ。しかも心血武装持ち。ここで戦闘になるわけにはいかない。
しかし……この男とここで出会えたのは、ある意味では幸運かもしれない。
「取引しないか」
「あ? 何の……」
「娘の方は俺が始末する。お前は大佐の方を頼む。お前、女に手出し出来ない質だろ。さっきからヴァイオレットには殺気を向けてないしな」
「あらら、バレてたか。まあ、俺も本気で娘を殺そうとはしてねえよ。俺はただ、魔女様に機嫌を直して欲しいだけなんでね」
「俺達はその娘を拉致する。そのために障害になりそうな奴を抑え込んで欲しい。出来るか?」
「あのなぁ、そんな一方的な取引があるか。俺になんの得があるっていうのよ」
「得ならあるだろ。魔女が機嫌を直してくれる。魔女の癇癪は時に自然災害を超える。それを治める手伝いをしてやるんだ。問題無いだろ」
「それを言われるとなぁ……じゃあ俺からも条件出していいか? 一個だけ」
「言ってみろ」
アギスはヴァイオレットを横目で見つつ
「この子と温泉入らせてくれ」
「ヴァイオレット、撃っていいぞ」
「ぎゃあああ! 冗談! 冗談だから! 分かった、お前の条件で乗ってやるよ!」
思わぬ所から戦力を得ることが出来た。
信用出来るかどうかはさておき、今はミコトを奪うのが優先される。
しかし俺は違和感を覚えていた。
魔女の気配、それを正確に感じることは出来ないが、母国の魔女と似た雰囲気を持つ女性を俺は知っている。
これは気のせいなんだろうか。
それとも……
ミコトの笑顔が、頭から離れない。




