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第十三話

 “人を殺すのが好きなわけじゃ無い。暴力も武器も、人を傷つける物は大嫌いだ、出来る事なら争いから目を背けて眠っていたかった。それでも軍に入ったのは勇気でも強さでも何でもない。ただ俺は弱くて弱くて、そうせざるを得なかっただけだ”



 スルガの街は世界でも有数の温泉地。

 しかし今俺が訪れているのは、温泉のお湯をタンクに詰めて、それをひたすら循環させているだけの……要はただの風呂だ。温泉の湯を使っているのだから温泉と言い張っているが、循環を繰り返しフィルターを通しまくれば当然薄くなる。


「あ、あの……本当に混浴なんですか?」


 受付で金を支払い、今まさに脱衣場の、のれんを潜ろうとした時、そうリサは確認を取ってくる。俺は鼻で笑いながらリサを無理やり脱衣場へと連れ込む。中では既に数人の男と女が裸になっていて、リサは俺に手を引かれながら片手で顔を塞ぐ。


「リサ、安心しろ。すぐに慣れる」

「それ、安心させるワードじゃないですよね?! もっと気の利いた事言ってください!」

「あそこに貸し水着がある」

「はっ! もっと早く言ってください!」


 リサはそのまま一目散に水着が束になって置かれている一角へと。

 温泉に来てまで水着を着るなど勿体ない。まあ、ここは温泉の湯を使っているだけだが。


 俺はそのまま燕尾服を脱ぎ捨て、身に着けている物をすべて外す。

 腰のハンドガンも燕尾服の下に隠すように。


「ってうわぁ! もう脱いでる!」

「あぁ、水着は決まったか?」


 リサは両手に白い水着を持っていた。白か。まあ、悪くない。


「あの、何か?」

「いや、先に行ってるぞ。というか風呂くらい一人で大丈夫だよな」

「え、えっ、ちょ、ちょっと待ってください!」

「なら早く着替えろ」


 俺はリサに背を向け鏡の前へと。

 そのままタオルを使い、長い黒髪を纏める。

 こうしていないとロクに風呂にも入れないとは。いや、別に入れるが髪が湯に浸かるのは嫌だ。


「うぅ、クロさん……」

「着替えたか? って、結局着ないのか、水着」

「だって着てたら置いてかれそうで……」

「待っててやってもいいが……折角の風呂だ。裸の方がいいと思うぞ。タオルで前さえ隠してればそこまで恥ずかしい事もないだろ」

「は、恥ずかしいですよ! っていうかクロさんも前隠して!」

「悪いな。タオルは髪に使ってるんだ」


 リサは顔を手で覆いながら、指の隙間から俺の顔を見てくる。

 すると何やら俺へと仕返しを思いついたのか


「クロさんって……そうしてると首から上、女の子みたいですね!」

「……で?」

「でって……何か無いんですか?! 女扱いするなー! とか!」

「別に無いな。男だろうが女だろうが俺は俺だ」


 そのまま俺は脱衣場から温泉のあるスペースへと。温泉では無いが。


「わ、露店風呂……? 天井が無い……覗き放題じゃ……」

「ここを覗く勇気がある奴は早死にする。周りを見てみろ」

「周り……?」


 リサは温泉に来ている面々を観察するように見渡す。

 そして気が付いたようだ。ここに居るほとんどが、背中に墨を入れている事を。


「え、え? や、やくざ……?」

「地元の極道、それの手下みたいなチンピラ、堅気も少しは居るが……」

「こっちの世界でも……入れ墨入れてたら温泉とかプールとか行けないんですね……」

「……こっちの世界?」

「あ、いえ、こ、こっちの話です……」


 どっちの話だ。まさかリサは……いや、まさかな。


「別に決められてるわけじゃないが……ここに居る連中は皆、公の場を嫌うんだ。要するにワケアリ者専用ってことだな。さあ、いくぞ」


 まずはかけ湯だ。銭湯の湯を桶ですくい、体へと。

 一杯だけかけ、そのまま俺は浴槽へと入る。


「ぁ、クロさん……私先に体洗ってきます……」

「あぁ、好きにしろ」


 リサはそのまま体を洗いに。

 俺はそのまま空を見上げながら、久しぶりの温泉っぽい湯を堪能する。

 もしかしたらこれが最後になるかもしれないと、毎回思いながら浸かっている。

 

「……マルコは大丈夫か……? まあ大丈夫か。もう十八の男だ。昨日はちゃっかり楽しんだみたいだし……」

「なんだ、べっぴんだと思ったら……お前か」


 その時、俺に話しかけてくる壮年の男が居た。顔に斜めの傷が入っており、白髪が混じったオールバックの男が。

 当然のように体には墨が入っており、これまた当然のように体中に傷が。


「……意外とアッサリ会えたな。組長」

「お前に組長呼ばわりされる筋はねえよ」


 言いつつ男は俺の隣を陣取り、浴槽に浸かりながら顔をお湯で拭う。


「随分とゆったりしてるな。あんたの耳にも、もう入ってるだろ。ミコトの事は」

「あぁ。知ってるよ。だが今更……あのバカ娘がどうなろうが知ったこっちゃねえ。どっかの殺し屋に(うつつ)を抜かす奴にはよ」


 男は溜息を吐きながら、俺と同じように空を見上げる。

 その目は何処かギラついて見えた。これは……覚悟を決めた時の目だ。


「その割に今にも暴れ出しそうな勢いだな。あんたがミコトを助けれるのか?」

「何度も言わせるな。あんなバカ娘……どうなろうが知ったこっちゃねえ。軍のお偉方の嫁になろうがな」

「……そうか。なら話は早い。ミコトは俺が貰っても構わないという事だな」


 男の雰囲気が変わる。今ドスを持っていたら俺を刺しにきていたかもしれない。


「てめえ……何考えてやがる」

「あんたの前で覚悟がどうの講釈垂れる気はない。だが気合でどうにかなる相手でも無いだろう。あまり……(プロ)を舐めるなよ」

「良い度胸してんな。俺にそんな事言ってくる奴はお前くらいだよ」


 鼻で笑いながら、男は今一度顔を湯で拭う。

 そして拭った後の男の顔は……先程とは打って変わって余裕が無い様に見えた。


「おい、黒蛇……」

「公共の場でその名前は口にしないで欲しいな。で、なんだ」

「お前、ミコトの事どう思ってる」


 どう……とは、もしかして恋愛対象として……いや、そんなレベルの話じゃない。

 

「そうだな。ミコトがこのまま奴等のいいようにされるようなら……あんたらには悪いが、この街を巻き込んででもニア東国の軍を全滅させる。俺にはそれが出来る」


 無論、心血武装を限界まで展開させることにはなるだろうが。

 しかしニア東国にも心血武装はある。誰が引き継いでいるのかは知らないが。


 男は少しは俺の“覚悟”を汲み取ってくれただろうか。

 まあ、俺の覚悟など、この男のそれと比べれば薄っぺらい紙同然だが。


「つまりは……ミコトに惚れてるってことか?」

「さあな。しかしこのまま放ってはおけない、そう思った。どこかの軍人の嫁になるくらいなら、俺が貰い受ける。団長は喜ぶだろうな。ミコトは女優としても護衛としても有能だ」

「てめえ……ミコトを護衛として船に乗せる気か」

「……面の皮が剥がれてきたな。無理するな。娘が可愛いなら可愛いと言ったらどうだ」


 悔しそうに顔を歪ませる男。

 そして自身の肩に刻まれた銃創を撫でる。


「……ミコトは……神化か何か知らねえが、他の子供とは違う子として生まれちまった。そんなアイツが近所のガキに虐められててよ……」

「おい、思い出話は他でやってくれ。話を進めていいか。俺がミコトを……」

「良いから聞け。あいつはな、本当の両親の顔を知らねえんだ。今でも俺が実の親だと思ってる」

「……? ミコトは養子なのか?」

「あぁ。神化したミコトを、実の親は殺そうとしたんだ。まともな未来が見えねえってな」

「……勝手だな」

「あぁ、勝手だ。でもな、あいつの親はミコトの事を誰よりも愛してた。愛しくて愛しくて仕方無かったんだ。だから……俺のところに預けに来たんだ」

「意味が分からん。愛しいなら自分で育てればいい」

「かー! これだから子供を産んだ事もねえ奴は……」

「あんたも無いだろ……」


 俺は男の真似をして、顔をお湯で拭ってみる。

 ミコトにそんな過去があるとは知らなかった。いつも明るくて、誰よりも輝いて見えたアイツが……。


「黒蛇、お前の言う通りだ、ミコトは可愛すぎる。あんな可愛いのに、猫耳まで生えてるんだ。可愛くないわけがねえ」

「いや、俺は可愛いすぎるなんて一言も……」

「それに加えて尻尾まで生えて、語尾には“にゃ”だ。もう最高だろ」

「あんた……大好きか」

「おうよ、大好きさ。だからお前の手は借りねえ。ミコトは俺が……」

「……そうか。なら俺とあんたでミコトを奪い合うってのはどうだ」

「……どういう意味だ」


 俺は湯から上がり、そのまま男に背中を向けながら


「そのままの意味だ。ミコトは俺が貰う。じゃあな」

「お、おい待て! 相手は軍の大佐だぞ! いくらお前でも……」

「大佐か。問題ない。俺はミシマ連邦の軍トップを殺した男だぞ」


 そのまま俺はリサの下へ。

 リサは体を洗い終わり、俺とは別の浴槽に浸かっていた。何やら震えながら。


「リサ、行くぞ」

「……も、もういいんですか? あの怖そうなおじさん……誰ですか?」

「知り合いだ。そこまで怯えなくても……別に取って食ったりしないぞ、あのおっさんは」

「は、はぁ……あの、クロさん体洗いました?」

「いいや。また劇団船で……」

「水勿体ないですよ! 勿体ないお爺さんが出ますよ!」


 なんだって?


「その長い髪もちゃんと洗わないと……私が洗ってあげますから!」


 そのまま俺は……何故か犬のようにリサに洗われるハメに。

 どこか緊張感を無くしそうになる。


 そして俺達が銭湯を後にする時、すでに組長の姿は無かった。





 ※





 劇団船へと戻ると、団長も同時に戻ってきた。

 国境警備隊に、ニア東国に入国した際の面倒な手続きの続きをさせられていたのだろう。

 その顔を疲れ切っているが、休んでもらう時間は無い。俺は団長をいつもの物置へと連れ込み、ミコトの事情を説明する。


「……で? またお前、勝手に厄介事に首突っ込んで……」

「すまないと思ってる。一応報告しただけだ。あとは俺が一人でやる」

「お前一人で軍に乗り込んで……その大佐とやらを暗殺するって? 馬鹿言うなよ。んな事してもしバレたら戦争になるぞ」

「そうなったら……すまん、謝る」

「おい」

「とにかくだ。もし何かあっても、猫足組が尻を持ってくれる。それくらいの恩は売ってある」

「地元のヤクザになにが出来る……。っていうかお前が死んだら俺が魔女様に殺されるんだ。あー、もー……」


 団長はそのまま立ち上がり、クイクイっと人差し指と中指で俺に何かジェスチャーを……あぁ、煙草か。


 俺は胸ポケットから煙草を一本取り出し、団長に咥えさせ火を。


「はぁー……花嫁の略奪か。それなら……俺にいいプランがある」

「団長?」

「厄介事は慣れっこだ。今、国境警備隊で小耳に挟んだんだが……近々、軍のお偉いさんが結婚式をあげるらしい」

「……ちょっと待て、なんでそんな急に話が進んでるんだ。今朝ミコトは攫われたんだぞ?」

「気の短い男なんだろ。まあそこでだ。俺達は劇団だ。それも世界を股にかける超有名な」

「……だから?」

「俺が軍と掛け合って、その式の盛り上げ役を買って出てやるよ。その方が色々と都合がいいだろ?」

「いや、しかし暗殺するんだぞ?」

「暗殺は諦めろ。ミコトちゃんを奪うだけだ。そうなると地元ヤクザが邪魔になるかもしれんな……」


 団長の中で既に計画は進んでしまっている。そして何故か笑みを浮かべている。疲れすぎてどうかしてしまったのか、と思いたいが、団長の中で花嫁を奪うというワードが壺に入ってしまったようだ。恐らくその頭の中では既に劇のプログラムが組まれている。


「黒蛇、今回限り……お前は俳優だ。いいな、拒否権は無い。この船の代表者は俺だ」

「……仰せのままに……」



 こうして女を結婚式で奪うという……なんとも王道的な劇が開幕する事となった。


 



毎日投稿はここまでとなります。

続きは週一話〜二話ペースで執筆していきます。


引き続きお楽しみ頂ければ幸いです。


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