表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/55

第十二話

 黒蛇とリサは船を降り、スルガの街へと。リサは今、まさに寝巻き! という恰好をしていた。黒蛇は外に連れ出した後、初めて自分の失態に気付く。


「……着替えは……無いよな。仕方ない、服買うか」


 なんだかデジャブだと思いつつ、黒蛇はリサへと手招きし自身の隣を歩かせる。


「な、なななんだか……デートみたいですね!」

「あ? あぁ、そうだな。手でも繋ぐか?」

「えぇ?! い、いきなりそんな……」


 顔を赤くし、リサは黒蛇の手を見つめる。しかし繋ぐ勇気は無いのか、そっと黒蛇の燕尾服の裾を摘まんできた。

 先日ワイルドに素手で食事をしていた割に、男と二人で歩くのには慣れていないらしい。黒蛇の脳裏に、かつて見殺しにした少女、ナギが過る。彼女も黒蛇に対して友好的であったものの、その態度は怯えた小動物のようだった。


「とりあえず服だな。温泉に行くにしても着替えはどの道必要だしな」

「温泉……? 温泉に行くんですか?」

「あぁ。ちょっと可愛い後輩の様子を見に……。そうそう、ここの温泉は混浴だが別に構わ……」


 突如、リサが固まり石のように動かなくなった。その顔は見る見るうちに赤くなり、体は小刻みに震え出した。


「……なんだ、見た目通り初心だな」

「あ、当たり前です! なんですか、いきなり混浴って! 男の子が見るアダルティな映像でも、もっと気の利いた展開しますよ!」

「なんだそれは……。まあ、嫌なら別にいい。劇団船のシャワーで我慢するか? 温い水しか出ないが」

「そりゃ……温泉には入りたいですけども……クロさんは羞恥心とか無いんですか?」

「人を何だと思ってるんだ。あるわけ無いだろ、そんな物」

「即答?! しかも皆無の方向性ですか?!」

「冗談だ。まあ気持ちは分かる。分かるが折角なんだ、少しでも入っておくといい。リエナも先に行ってるし、なんだったらヴァイレオットも呼んで……」


 その時、街の中から罵声が聞こえてきた。

 黒蛇は視線を声の方へと向ける。女性の悲鳴らしきものも聞こえてきて、何事かと怪訝な表情を。


「なんの騒ぎだ? こんな朝っぱらから……」

「ぁ、なんか怖い人達が……」


 黒蛇の視線の先、その大通りから十数人の男達がゾロゾロと現れた。見るからにチンピラ臭を漂わせる着物姿の男達。黒蛇は一瞬、この辺りを仕切っている極道、猫足組かとも思ったが……明らかに雰囲気が違う。


 するとその男達が籠を担いでいる事にも気が付いた。人を乗せて運ぶ類の籠。中は見えないが、何やら猫のような声で騒いでいる。


 まさか、と黒蛇は思う。あの籠の中身はミコトでは無いかと。

 しかしミコトがみすみす捕まる筈が無い。彼女ならば、チンピラなど一人で片付けてしまうだろう。何せミコトは“神化”した人間の一人。見た目の変化と言えば猫耳と尻尾が生えた程度だが、その身体能力は常人を超越している。並みの男が数十人束になって掛かろうが、ミコトを捕らえる事などまずできない。


「すまん、ちょっとそこの服屋で待っててくれ、すぐ戻る」

「え、ぁ、はい……」


 リサを呉服屋と書かれた店……昨日ヴァイオレットを放り込んだ店へと。黒蛇はそのまま男達の後を追い、様子を伺おうとする。しかしその時、燕尾服の裾を引っ張られた。

 

「……おい、呉服屋で待ってろと……」


 思わずリサだと思った黒蛇は振り返りながら言い放つ。しかしそこに居たのは別の少女。昨日、黒蛇を尾行し、マルコの接客をした少女だった。


「お前は……」

「待ってください、迂闊に手を……出さないでください」


 再び黒蛇は視線を男達が担ぐ籠へと向ける。


「……やはり、あの中身はミコトか?」

「はい……。事情は説明します、どうか……何も見なかった事にしてください」

「どういう事だ。お前等、猫足組の構成員だろ。組長の娘が攫われたんだぞ。何故黙って見ているんだ」

「ひとまず……店まで……」




 ※




 黒蛇は同じ過ちを犯さない。呉服屋に放り込んだリサを、ヴァイオレットのように街を彷徨わせるわけにもいかないため、先に回収しつつ店へと向かう。

 店とは勿論、ミコトが経営する遊郭。主に猫足組の構成員が遊女として在籍している店だった。


「浴衣なんて久しぶり……」

「中々似合ってるぞ」


 リサは可愛らしい水色の浴衣に身を包んでいた。その浴衣には猫の肉球が水玉模様に描かれている。


 そして二人は猫足組の構成員である少女の案内の下、遊郭の裏手から店の中へと。リサはここがどういった店なのか知らないため、ここが温泉? と首を傾げながら。


「……お連れの方はそちらの部屋でお待ちください」

「悪いが待っててくれ、リサ」

「ぁ、はい」


 リサはわけもわからず、畳の座敷へと上がり、襖を隔てた部屋へと。

 そして黒蛇と少女は店の奥へ。するとそこは空き巣にあったかのように荒らされていた。


「どうしたんだ、この有様は」

「……結論から言うと、調印書を奴等は探してて……」

「調印? 何の契約だ」

「この店の許可書のような物です。軍から正式に発行された物で……」


 成程……と黒蛇は事情を飲み込んできたと頷く。

 先程のチンピラ臭漂う男達は、その許可書を求めてこの店を荒らしに来た。しかし見つからず、代わりにとミコトの身柄を抑えたのだ、と。


「ちょっと待て、いくら何でもやられたい放題だな。お前等ならあんなチンピラ共、返り討ちに出来ただろ」

「それが……手出し出来ないのです。奴等のバックには偉い軍人が付いているらしく、危害を加えたら軍が粛清すると……」

「そんな馬鹿な話があるか。そんな見え見えの嘘でお前等は大人しくしてたのか? ミコトも何故……」

「嘘じゃ……無いんです。その偉い軍人、ミコト様を目当てに何度か店に……。その度に求婚を迫られていたんですが、ミコト様は組を預かる身だからと断っていました」


 黒蛇は荒らされた部屋を眺めながら、少女の話に耳を傾ける。

 ミコトは軍人に求婚されていた。しかしそれと店の権利書がどう関係してくるのか。

 

 いや、察しはついている。

 だが軍人がそんな手を、今この時代に行うだろうかと疑問に思う。


「まさかとは思うが……ミコトを手に入れる為に、店の権利を奪ってしまおうと……。しかし肝心の書類が見つからず、ミコトだけ攫っていったという事か?」

「その通りです……。書類は地下の隠し金庫に厳重に保管されています。あのチンピラ達は……ミコト様を返してほしければ、書類を持ってこいと……」

「完全に目的が逆になってるぞ。馬鹿なのか? しかしまあ……素直に軍に通報したらどうだ。これは立派な犯罪だぞ。ニア東国の軍人は潔癖症で身内でも容赦が無いからな。魔女に似て」

「そうしたいのは山々なのですが……通報した事がもしバレれば……」


 黒蛇は溜息を吐きながら踵を返し、部屋から出ようとする。

 そんな黒蛇の裾を掴み、留めようとする少女。黒蛇は振り向きながら「まだ何かあるのか?」と睨みつけた。少女はそんな黒蛇の瞳に、悔しさと怯えの混じった感情を覚えた。


「あ、貴方は……平気なんですか? ミコト様はずっと貴方の事を……」

「お前等には言われたくないな。軍が怖くて巣穴に閉じこもっているのはお互い様だ」


 その言葉に、少女は歯を食いしばる。怒りの感情を露にさせる。だが何も言い返せない。軍に逆らえば組が潰される、最悪殺されるかもしれない。そんな事を言い訳にしている自分が情けないと。


「わ、私は……」

「悪いが温泉に行く途中なんだ。じゃあな」


 黒蛇はそのまま少女の前から立ち去ってしまう。

 一人残された少女は、ただ茫然と立ち尽くすしか無かった。

 

 今の自分ではミコトを救えない。

 一人でも軍に乗り込むのは無謀だ、そう自分に言い聞かせて、今もミコトの残した言葉に甘えてしまっている。


 ミコトは攫われる前、少女へとこう耳打ちした。


『黒蛇を信じるにゃ……』





 ※





 黒蛇はリサを連れて温泉街へと。そこへ近づくにつれ、だんだんと湿気が高くなるのを感じる。巨大な温泉街はスルガの名物。


「あの……良かったんですか?」


 リサは黒蛇の後ろ姿を眺めながら、その背中へと問いかけた。その問いに黒蛇は答えず、しかし立ち止まり、ミコトが経営する店の方角を眺める。


「リサ、例えばだ。お前が求婚されて、でもその相手が自分には勿体無いくらい輝いて見えたら……どうする」

「え? えーっと……」


 突然の質問にリサは頬を掻きながら考える。

 求婚されたはいいが、相手は自分には釣り合わない程の人物だと言う事だろうか。


「まあ、もっといい相手が居るから……とか言って逃げちゃうかも……」

「だよな……。それを今度は客観的に見て、どう思う」

「……ダサいです」


 黒蛇の胸に何かが突き刺さった……ような気がした。

 はっきりとダサいと言われた。確かにそうかもしれない。正直、黒蛇はミコトに対して恋心が無いと言えば嘘になる。しかし誤解が無い様に言えば、恋はしていないが、してもおかしくはないという状態。


 その考え自体が既にダサいと、黒蛇は項垂れる。


「あの、ミコトさん……って、攫われた人……ですか?」

「お前……立ち聞きしてたのか?」

「いえ、ちゃんと待てって言われた部屋に居ましたよ。私ちょっと耳がいいんで……聞こえちゃったんです」


 一体どんな聴力だと、黒蛇は渋々頷く。ミコトを助けてやりたいのは山々だが、何せ情報が足りない。まずミコトを攫った軍人はどんな人物なのか。階級は? どの程度の立場か? ニア東国の軍内でどれほどの影響力を持つ人物なのか? などなど。


 もしも黒蛇が暗殺し、ニア東国の軍によって捜査が行われれば確実に劇団船は容疑者として浮上するだろう。何せタイミングが良すぎるし、公演する予定も無いのに訪れているのだ。しかし黒蛇は心に靄が掛かっているのを感じる。


 あの時の少女、リサと同じ顔をしたナギを見殺しにした時の感情が湧き出てくる。


 あの時もそうだった。

 仲間が犠牲になる、だから助ける事は出来ないと見捨てた。


 しかしそれは事実かもしれない。

 言い訳だが起こりうる事。

 一人を見捨てれば大勢が助かる。


「馬鹿な……」

「……クロさん?」


 考え込む黒蛇の顔を覗き込むリサ。

 黒蛇はそのリサの表情を見て、ナギの事を思い出した。


 ナギは言っていた。医者になって沢山の人を助けたいと。

 しかしその夢は叶わなかった。自分が見殺しにしたせいで。黒蛇は心に刺さっている棘を、そう感じる。抜くことは出来ない。抜く気も無い。だが出来ない罪滅ぼしをしようと、リサをメラニスタから救った。


「いや、言い訳だ……清々しいくらいに全部言い訳だ」

「はい?」

「リサ、いくぞ……」

「え、あ、はい」


 劇団員を犠牲にはしたくない。

 だからと言ってミコトを見捨てる事も出来ない。


 ならばその変わりとなる生贄が必要だ。


 母国の魔女の言葉を思い出す。


『大切だと思える人には限りなく優しくしなさい。それ以外の人には限りなく残酷になりなさい。それが出来れば一人前だよ』





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ