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第一話

 “過ちが罪だと言うなら裁かれましょう。しかし何処の誰が過ちを犯したと、我々に知らせてくれるのでしょうか。無知は罪だと、誰が我々を裁いて下さるのでしょうか”


 優雅な街並みだった。

 木造と石造りの教会が立ち並び、噴水や市民の為の広場や公園が俺の視界に入る。

 そして街の中には見るからに優雅な、ああ、きっとこの街が優雅に見えるのは、煌びやかなドレスを着たご婦人や、口ひげを生やした壮年の男がスーツで決めているからだ。

 

 しかし、そうも珍しい光景でもないだろう。

 何故、この街は特別優雅だと感じてしまうのか。

 人が発するオーラだけが原因では無いだろう。確かに金持ちは多そうだが、俺達は様々な街を見て歩いてきた。この街を特別優雅だと感じてしまう原因は他にあるはずだ。


 ふと視線を感じ、そちらへと目を向ける。

 すると少し離れたボロ屋の屋根の上に、優雅な街並みの住人とは対照的な身なりの者達が居る事に気が付いた。


 そうか、この街が優雅だと感じてしまうのは、優雅とは程遠い街が隣り合わせに存在しているからだ。


 そこはスラム街のような街並み。見るからに今にも崩れそうなボロ屋と、ゴミで溢れた路地裏がはっきりと見て取れた。対照的な街並みが並んでいるからこそ、いっそ優雅さが際立つのだろう。


 するとボロ屋の屋根に上っている子供が、こちらへと手を振ってきた。

 俺は腰まである長い黒髪を風に乗せながら、燕尾服姿で営業スマイルを浮かべる。そしてその子供へと小さく手を振り返した。


「あらあら、可愛い。素敵なお客様ね」


 その時、そんな声が真後ろから聞こえてきて、俺は咄嗟に手を下ろした。

 声の主は俺と同じ船に乗る俳優の女性。真っ白なドレスに身を包み、ブロンドの長い髪は綺麗にセットされ、見る者をファンタジーの世界へと誘うかのような雰囲気を醸し出している。


「こんな所に出てきていいのか、目玉の女優が」

「あら、サービスよ。挨拶の前に少し顔を出して、あの子達が喜んでくれるならそれに越したことは無いわ」


 その女優も子供達へと手を振る。すると俺の時よりかなりテンションが上がっていた。屋根の上で立ち上がり、両手を激しく振っている。危うく屋根の上から落ちそうになって、少し胆を冷やした。しかしなんとか周りの人間が慌てて抱きかかえてくれた。


「あら、危ない。控えた方が良さそうね」

「そうしてくれ。目玉が今出てきたら、肝心な時に囮として使えなくなる」

「ひどい言い方。貴方は貴方の仕事があるでしょうけど、私は私で必死なのよ」


 それは悪かった、と零しつつ、俺と女優は船の中へと引き返す。

 空を駆る船、劇団船の中へと。




 ※




 俺達はいわゆる劇団。世界各地へ空を駆り、行く先々で劇を披露する集団。団員は裏方と俳優を合わせて百名程。しかしその中には、俺のように劇とは縁のない人間も混じっている。

 

『まもなく開場致します。スタッフは各々の持ち場へ』


 船の中に響く無線連絡。女優は足早に、ドレスの裾を摘まみながら舞台へと向かう。


「じゃあね、しっかりね」

「お互いにな。まあ、あんたの心配なんてしてないが」

「あら、心外ね。そんな安心感ある演技してたつもりないんだけど。私もまだまだね」


 去り際、そんな事を言ってくる女優の背中を見送りつつ、俺は船の中から街の中央に聳える城塞へと目をやる。そこには世界遺産のような古めかしい城が建造されていた。しかし警護しているのは騎士ではなく、サブマシンガンで武装した軍人。


「違和感が拭えないな……まるでテロリストだ」


 それを言うなら俺達とてテロリストだろう。なにせこの劇団船には、劇に使う道具に交じって本物が紛れ込ませてある。当然、入国する際に積載物のチェックはされるが、もともと劇の小道具として見た目が武器の物が溢れているのだ。その中に本物が混じってようが、誰も一つ一つチェックなどしないだろう。


「そろそろ時間か」


 俺は俺の仕事を遂行すべく、劇団船の裏から人目を避けて出て、そのまま城塞へと侵入するタイミングを見計らう。そのタイミングは、先程の女優が舞台前の挨拶をする、その時だ。いくら警護の人間が百戦錬磨の兵士であっても、その女優から目を離す事など出来ない。あの女の魅力は老若男女を釘付けにする。

 

『皆様、大変お待たせ致しました。ご鑑賞の際の注意点をいくつか告知させて頂きます』


 人々の意識が劇団船の甲板に設置された舞台へと向く。

 そしてお目当ての女優が姿を現した時、もう完全に俺の存在など、誰も気にも留めなくなっていた。




 ※




 ―数日前


 その依頼が俺達の元へと舞い込んできたのは、酷い嵐の夜だった。空を駆る船は航海などままならず、たまたま近くにあった造船ドックへ避難させて貰っていた。


 団員達は難を逃れたと安心し、ドックの人間達へせめての礼として酒をふるまっていた。なにせ金を受け取ってもらえなかった。船乗りとして助けるのは当たり前だと、海の男達は酔いながら熱く語っていた。俺も彼らの武勇伝を肴に、一緒になって酒を飲んでいた。


 そんな中、我らが団長は嵐で足止めを食らったと、次の公演先である、かの国へと連絡を取っていた。演劇指導以外は腰の低い団長は、無線を弄りながらヘコヘコと(こうべ)を垂れている。


「はい、はい、申し訳ありません……嵐に巻き込まれ……え? 話が違う? いや、生憎……この嵐の中で航海は無理が……ぁ、はい、申し訳ありません……」


 そんな団長を見て、海の男達は鼻で笑いつつも、けなそうとはしなかった。

 総勢百人規模の団員を、たった一人で纏めあげる男。それだけで我らが団長の器量の高さは計れるという物。

 

 しかしドックの男達はそんな事は知らない。だが団長の態度と、それを目の当たりにする団員達の雰囲気が全てを物語っている。誰もが団長を信頼し、敬愛していると。


「お前さん達、何処に行くつもりだったんだ? この辺りだと一番近い街は……メラニスタ辺りか」


 屈強な体付きをしたドックの男へと、俺は酒を一口含みながら頷く。

 

「あぁ。次の公演先はそこだ。俺は行ったこと無いが……どういう街なんだ?」

「生憎、俺達は近づきたくもねえ。なんていうか……胸糞悪い街さ。魔女の支配下に置かれてないから、王様気分の貴族達が好き勝手やってる」


 この世界は七人の魔女によって統治されている。世界には七つの国しか存在せず、それ以外は国として認められない。魔女無くして国を名乗れば、他の魔女達から潰されるのは目に見えているからだ。


「まあ、でも最近妙な噂も聞くがな」

「噂?」

「あぁ、メラニスタには有名な学者がいてな。そいつが魔女を開発してるんだとよ」


 魔女を開発?

 それはつまり、八人目の魔女を作り出そうとしているという事か。

 だが我が国の魔女はそんな事、一言も言っていなかったが。


「それが本当なら……もうとっくに他の魔女に潰されていそうな物だが……」

「あくまで噂だからな。それに魔女を作り出すなんて……出来るはずもねえ。奴らは異世界の産物だ。オリジナルの住人に何が出来るよ」


 確かに。

 魔女と呼ばれる者達は元々こちらの世界の住人ではない。デジョンシステムの暴走で、崩壊寸前だったオリジナルと呼ばれる俺達の世界を救った英雄的存在。魔女達は異世界の住人なのだ。そんな存在を、オリジナルの人間が何をどう足掻こうが作り出せるはずが無い。


「はぁ……叱られた……めっちゃ叱られた……」


 その時、無線を終えた団長が俺達の輪の中に入ってきた。俺は団長にグラスを持たせ、酒を注ぎながら「ご苦労さん」と労う。


「ありがとう。もう参ったよ。お詫びの印にリエナを嫁に出せとか言い出して……」

「それは災難だったな。うちの目玉女優を嫁にとは。身の程を知らないとはこのことだな」

「全くだよ。そんな事したら我らが魔女が怒り狂って突撃してくるっていうのに……」


 元々、この劇団を作ったのも母国を統治する魔女。子供のような見た目だが、まぎれもなく世界の統治者の一人。そして俺の育ての親でもある。


 団長は酒を煽りつつ、ドックの男達と面白おかしく会話しだした。

 俺は少し涼しい風に当たろうと、人口密度の高い場所から避難する。


 ドックの小窓から空模様を見上げ、まだ嵐は止みそうにもない、そう思っていた時、一人のエプロン姿の女性が話しかけてきた。


「あの……少しよろしいでしょうか」

「あぁ、はい、何か?」

「実は内内に、お話したい事が……」


 この雰囲気、ベッドへお誘いされているわけでもなさそうだ。


「どうされましたか」

「……もし違っていたら申し訳ありません。貴方は……黒蛇ですか?」


 その瞬間、地獄耳の団員達の空気が微かに変わった。

 黒蛇、それは俺のコードネーム。煌びやかな劇団の影に隠れ潜みながら、裏で要人の暗殺などを手掛ける……早い話が殺し屋だ。


「……ご婦人、貴方には縁のない名前でしょう」

「いえ……私はずっと、貴方と出会える時を待っていました。どうか助けて下さい……私の姪が、メラニスタに幽閉されているのです」

「幽閉……?」


「はい、先程……貴方方が話されていた魔女を開発するという話です。私の行方不明の姪が、かの地で幽閉され、連日拷問を受けていると……ある知人を通じて知らされたのです。どうかお願いします。あの子を……私の姪を、助けてください……」




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