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大阪を歩く犬  作者: ぽちでわん
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新しい家

それからしばらくして、わたしはまた棚から出された。

台に乗せられ、ブラッシングされ、バリカンで毛を刈られた。

体をぐっしょり濡らされて、泡だてられて、ごおおおと風を吹き付けられた。

しゃかしゃかと顔あたりではさみが躍った。

「ばいばい。しあわせにね」


棚にもどされた。

きれいにされた後はいつもだけれど、落ち着かなかった。

下の棚の女の子は、その日は静かだった。


ちりりりんと音がして扉が開いた。

しばらくするとわたしはまた棚から出された。

首にゴムをまかれた。飾りがついていて、気になるったらなかった。


わたしが手の味を知っている女の人がいた。

まりーさんはいつもより、ちゃきちゃきしていて、他人行儀だった。

そしてわたしは段ボール紙でできた箱に入れられた。かわいくつくられているけれど、まあ言えば段ボール箱よ。


中でまるまっていると、ゆらゆら揺れた。

車の音が大きくて、むき出しの世界の中にいるんだと分かった。

それからやっと下におろされた。

ふたが開けられた。

まぶしいし、知らないところだし、戸惑っていると外に出された。

「下の棚の女の子」はいなかった。「新しくやって来た小さな男の子」も。

かわりに新しいおかあさんがいた。


わたしは新しいゲージに入れられた。

「ゲージは落ち着くところです。慣れるまではゲージで過ごさせてあげましょう。ゲージから出すのは最初は短時間で、すこしずつ伸ばして慣らせてあげましょう」

おかあさんが読んだマニュアルにそう書かれていたのだって。


ゲージにはソファと水と、トイレ代わりのシーツ。

ゲージの中はたしかに落ち着いたかな。まだ小さかったわたしはシーツの上で寝ていた。

ときどきおかあさんをながめていた。

ゲージの嫌なところは、距離を縮められないところ。

夜になると、おかあさんは階段を上がり、どこかに消えてしまった。

さみしくて、いやだった。「下の棚の女の子」も「新しくやって来た小さな男の子」もいなくなったのに、おかあさんまでいなくなった暗がり。


二日目からは、夜になっておかあさんが階段に上がりそうになったときからくんくん鳴いた。

しばらくずっと鳴いていた。

「鳴いても放っておきましょう。そうでなければ、鳴くと要求が通るということを覚えてしまいます。無駄吠え、要求吠えする犬にしないためには放っておくことです。犬は慣れる生き物です。そのうち鳴かなくなります。夜はゲージで眠ることに慣れさせましょう。一緒に寝ていると、わがままになったり、犬から病原菌をもらったりすることにつながります」

マニュアル本にそんなことが書かれているなんて知らなかった。わたしの何を知ってるの?と言いたい。


おすわりは、二日目くらいに覚えた。

まあ、きっちりできるようになるには一週間くらい要したけれど。

カリカリごはんを目の前に、おしりを押さえられて、何を求められているか分かった。座るとお皿を隠した手がのけられて、「よし」と言われるの。


「お手」はその後の一週間で覚えた。

カリカリご飯を目の前に、手をもって「お手」とされて分かった。

おかあさんが手を出したとき、わたしも手を出したら喜んでもらえるって。そしてごはんが食べられるって。


カリカリごはんはその頃、まだ足りなくて、わたしはおなかをすかせてばかりだった。

おかあさんはまりーさんからもらったのと同じカリカリごはんを、まりーさんに教えてもらっただけお皿にのせていた。

「あまり量をあげると、あげただけ大きく育ってしまうから」と言われたのだって。


けれどその後で切ったわたしの爪が、すかすかで中身がなかったから、おかあさんはびっくり仰天。

これでは足りていないんだと、小さく育てるには向いていない子なんだなと、大きく育つか小さく育つかは個体差があって、これじゃあ「小さく育つ」のじゃなく「栄養不良児に育つ」だけだと、カリカリごはんが大盛りに。

やっとお腹が満ちて、わたしはうれしかったねえ。

お手もおすわりもよろこんでやった。


シーツがトイレ、ってことも一週間くらいで覚えたけれど、シーツ以外のところではしちゃいけないってことに慣れるのにはもう少しかかった。

夜はひとりだってことにも慣れて、一週間くらいすると、たいていは鳴かなくなった。

丸くなって寝るの。そうしたら朝が来て、おかあさんがやって来て、ゲージの外に出してくれる。


けれどそのうち、おかあさんといっしょに眠るようになった。

「犬を飼っている醍醐味の一つを、自ら捨てることはないわなあ」

とおかあさん。

同感!

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