明かされる真実と再会
振り向くと確かにそこには昨日路地裏で死闘を演じたあの男が立っていた。
すぐにでも突進し、昨日のリベンジを果たしたい衝動に駆られたが、迂闊なことはできなかった。
どうすべきかわからずただ彼を睨みつけていると、男が口を開いた。
「君は多分おれのことを岡崎をさらった悪党だと思っているんだろうけど、誤解だ。むしろおれは彼を助けたいんだ。」
その言葉を聞いてますます混乱が激しくなった。昨日彼が仕掛けた攻撃の数々を思い出す。バックハンド・ブロー、肘打ち、膝打ち、挙げ句にスタンガン。そのどれもが人に大怪我を負わせるのに不足しない威力を持っていた。
「あんた、昨日おれに何したのかわかってんのか?」
とっさに言い返す。
「確かに昨日君を痛めつけたね。済まなかった。でも、元はといえば君がおれに疑いをふっかけて追いかけたのが発端だろ。俺だって始めは君を傷つける気は無かったんだ。」
「じゃあなんで岡崎の事を聞いてあんな反応をしたんだ!なんでスタンガンなんか持ってた?」
「それを説明するために今日は君等に会いに来たんだ。話を聞いて…」
そう言いかけた途端、男が膝から崩れ落ちた。一瞬何が起きたか理解できなかったが、男が倒れると後ろから角材を握りしめた白石の姿が現れた。
「ぐぅああぁあ、うグゥう、いっッ痛…」
男が呻きながら地面を這う。背中を抑えていることから恐らく白石はそこを角材で殴ったのだろう。
「ど、どうしよう…」
白石は顔面蒼白でそこに立ちすくんでいた。
「おい!そいつから離れろ!スタンガン持ってるぞ!」
白石に怒鳴った。
「も…持ってない…今日は話をしに来たんだ…し、信じてくれ」
注意深く男に近寄り、ジャージのポケットや腰のあたりなどを弄ってボディチェックしたが確かになにも持っていなかった。それでも信用できなかったので、倒れている男から3メートル以上離れたところから質問をした。
「なんで岡崎のことを知ってたんだ?」
男は倒れた状態から地面に腰を下ろした体制になって話を始めた。
「岡崎君が額田家の子孫であることは知ってるんだろ。」
「ああ。」
「『やぐたば』のことは?」
「災厄をもたらすってヤツだろ。」
「そうだ。」
「何の関係があるんだよ?」
「長い話になるが、辛抱して聞いてくれ。」
小さく頷いた。
「大昔このあたりに住んでいた人々は皆やぐたばがもたらす災厄を恐れていた。洪水や干ばつ、日照りとか山火事とかだ。そこで人々は生贄を捧げてやぐたばの機嫌を取り災厄をふせごうとし、30年に1度生贄を捧げることが伝統となった。だが明治時代に入ると近代的な思想が持ち込まれ生贄の伝統を廃止する声が多くなり、生贄は表向き廃止された。
しかし密かに生贄を捧げ続けた家系があった。それが額田の家系だ。額田の者たちは他の人々と異なる宗教を密かに信仰していた。他の人々がやぐたばを恐れていたのに対し額田家はそれを崇拝し、繁栄をもたらすと信じていた。
だがそれは誤りだった。やぐたばは災厄をもたらすことはあっても、繁栄など一切もたらさない邪悪な存在だった。それと同時にやぐたばは人々の信仰と生贄が無くなれば消えてしまう脆い存在でもあった。本来ならば明治時代に生贄の伝統が無くなれば人々はやぐたばの存在を忘れ去るはずだった。
しかし額田家がそうさせ無かった。密かに生贄を捧げたり、やぐたばを絵に描いて人々に広めたりして、その存在が消えるのを防ごうとした。
そんな額田家の信仰心も時代が経つに連れ薄れていき、昭和初期には生贄を捧げることもなくなっていたが人々の間に広く伝わったやぐたばの存在は消えなかった。
額田家が信仰心を失ったことに怒ったやぐたばは額田家の者を呼び寄せてさらうようになった。いわゆる神隠しっていうやつだ。それは今でも続いている。やぐたばはその存在がほとんどの知られていない今でも生きながらえているのは呼び寄せた人間の生気を奪っているからだ。岡崎も同様にしてやぐたばに呼び寄せられたんだろう。
それに気付いたのが俺たちの一族だった。名前は言えないがうちの家系は普通の人には見えない霊的なものを見ることができるいわゆる霊能力者の家系だ。戦後このあたりに移り住んできた俺の先祖はやぐたばはが消えない原因が額田家だと見破った。
しかし、見破ることはできてもやぐたばの神隠しを止めることはできなかった。また俺たちの一族はやぐたばの恐ろしさにも気付いていた。それがこのまま生きながらえて力を蓄え続ければ、将来大災厄を引き起こしかねない存在だった。
そこで一族は強硬な手段に出る事にした。額田の家系を根絶やしにすることだ。30年前の一家惨殺も一族の犯行だ。」
「岡崎の家は昔刃物を持った暴漢に押入られれたことがあった。それもなのか。」
「そうだ。まあ失敗に終わったがな。あと彼の親戚が設来で殺されたのもそうだ。」
「じゃあやっぱりあんたも岡崎を殺す気で…」
「違う!おれは一族の裏切り者だ。」
「裏切り者?」
「ああ。いくらなんでも家系を根絶やしにするなんて明らかにに倫理に反することだ。おれは一族に反旗を翻して額田家の人々を一族から守るために行動している。」
「ならあんたがここに来たのは岡崎を守るためなのか?」
「そうだ。今は一族の奴らが彼を狙っている。俺たちの一族の能力を使えばやぐたばに呼び寄せられている人間の場所を見通すことができる。奴らより先に彼を見つけないといけないんだ。おれが昨日あんな反応をしたのは君らを危険に巻き込むのが怖かったからだ。」
「じゃあなんでスタンガンなんか持ってたんだ。」
「一族は裏切り者を許さないからだ。もしおれが捕まれば間違いなく殺される。護身のためだよ。」
「なら、あの強烈な打撃もそのため?」
「ああ。ムエタイを10年やってた。」
「そうだったのか。」
つまり、無実どころか協力者にもなり得た人物に疑いをふっかけて追い回し、関節を砕こうとした挙げ句に背後から凶気で殴りつけたと言うわけだ。
「疑って本当に申し訳無かった。」
「申し訳ありませんでした!」
事実を知った二人は謝るしか無かった。
「いや、おれもちゃんと説明すべきだったしスタンガンはやりすぎた。済まない。」
和解は成立した。
「にしても、あの十字固は怖かったよ。」
男が笑いながら言った。
「つい夢中でね。そっちこそあんな強烈な打撃は親に殴られて以来だったな。」
「君等の名前は?」
「おれは仁剛。」「私は白石です。」
「おれは本名は言えないが鈴木って呼んでくれ。」
自己紹介の後で本題に入る。
「それで、岡崎が今どこにいるかわからないのか?」
「今は設楽市内にいるということしかわからない。彼がもっとやぐたばに近づけば鮮明に彼の場所を見通すことができるはずだ。」
「一族の奴らに先にを越されることは?」
「おれは一族の中でもトップクラスの霊能力者だ。おれの方が先に見つけられるはずだよ。多分。」
「足はあるのか?」
「ああ。レンタカーを借りてある。」
自転車を車に積み込み、車内で鈴木が岡崎を見つけるのをまった。
突如鈴木が叫んだ。
「あ!み、見えた!見つかったぞ!」
そして急発進する。
「何なんだよ!」
「岡崎の場所が見えたんだよ!急がないと奴らに殺されるかやぐたばに食われるぞ!」
そう言いって恐ろしい速度で車を走らせた。
車は山道を走っていた。ここに来るまでにどれだけ道路交通法を犯してきたのか数えきれなかった。信号無視、速度超過、一旦停止無視、免許を持っていなくとも男が危険な運転をしていることはわかった。今でも制限速度40km/hの道を60km/hで走っている。
シートベルトをきつく締め鈴木のドラテクと運を信じるしか無かった。
「岡崎君は今山の中にいる。もう少ししたら車を降りて山を歩くよ。」
「わかった。」
暫くして車が止まった。シートベルトを外し、ドアを開ける。
「ついて来て。」
そう言って鈴木はかろうじて道と呼べそうな林業用の道を歩き始めた。足場が悪く落ち葉で滑りやすくなっており注意しなければすぐに滑り落ちてしまいそうだった。木の枝が張り出しており手で払いのけながら山を登る。普段アスファルト舗装の道しか歩かないとはいえ普段から下半身を鍛えているのでなんとか男についていくことができたが、白石はかなり後方に置いて行かれていた。
「白石がついて来てない!」
鈴木に言ったが、スピードを落とすことは無かった。
それから2時間ほどひたすら歩き続けると尾根に達した。道らしきものができており先程よりも歩きやすい。尾根伝いに歩いていると先に人が見えた。鼓動が高なる。かなり離れていたがそれが岡崎だとわかった。
「おい、岡崎!」
大声で彼の名を呼んだ。しかし反応は無く、あるき続けていた。足を早めて彼に追いつこうと走り始めた。その時背後から物音が聞こえた。
白石が追いついたのかと思って振り返るとそこには緑色のパーカーを着た若い男が立っていた。
「こいつが例の一族の奴か?」
鈴木に聞いた。
「そうだ。こいつが岡崎を殺そうとしている奴だ。」
「こんな所で何をされているんですか。」
パーカーの男が落ち着いた声で話しかけてきた。
「友達を助けにきた。」
「そうですか。そちらの方は?」
そう言って鈴木の方に視線をやった。
「おれはお前らの悪行を止めに来たんだよ。」
鈴木はそう言ってスタンガンを取り出した。
「悪行?私に言わせればあなたの裏切り行為こそ悪行です。」
「人殺しに勝る悪行なんてあるかよ。」
鈴木がそう言い捨て男に詰め寄る。オーソドックススタイルのファイティングポーズを取り右手にスタンガンを構えた。
仁剛も姿勢を低くして構えをとった。
男はポケットからフォールディングナイフを取りだす。
鈴木が言った。
「仁剛、先に行って岡崎を止めろ。こいつはおれがやる。」
「いや、2対1で戦った方が絶対に有利だ。二人で…」
「いいから行け!間に合わなくなるぞ!」
意を決して走り出す。鈴木があの男に勝つことを祈りながら、必死で岡崎の後を追いかけた。息が切れ足が震えだし、限界を感じながらも気力振り絞って走り続けると、再び岡崎の姿が見えた。無我夢中で足を動かす。ようやく追いつき、肩を掴むが彼はそれを振り払って歩き続けた。
気がつくと辺りは薄暗くなっていた。腕時計を見るとデジタル文字盤が点滅し、次々にデタラメな時刻を表示している。岡崎が立ち止まると彼の身体は宙に浮き始めた。逃がすまいと彼の足にしがみつく。空中に黒い物体が現れたと思ったらそれは穴だった。穴から触手のようなものが出てきて岡崎の体を引きずり込もうとする。必死に彼の足を掴んで踏ん張るが、彼の身体は徐々に穴に入っていく。すでに身体の8割は見えなくなっていた。足を掴んでいた手も痺れてきた。触手のようなものを引き剥がそうとするとそれは手に巻き付き、仁剛までも穴に引きずり込んだ。穴の中には奇妙な感触の物体が満ちており、ところどこが蠢いている。右手にはまだ足が握られていた。体を引き寄せ大声で呼びかける。しかし彼は呆けた表情を浮かべ全く反応がなかった。左手に握り拳を作り顔を殴打する。一発目で少し驚いたような顔をした。2発、3発と打ち込むと真顔になった。
「仁剛?」
岡崎がようやく正気を取りもどした。
「おまえ何やってんだよ!」
仁剛が怒鳴る。
「た、助けて…」
「だから今助けに来てんだよ!」
そうは言ったもののここからがどうしたらいいのかわからない。確かなのはここがヒトの住む世界では無いことだ。
途方に暮れていると遠くから人の声が聞こえた。声のした方を見ると鈴木がこちらに手を伸ばしていると。それを掴もうとするが一向に届かない。それでも体をバタつかせもがくと少しずつ近づくことができた。鈴木の手を掴むと物凄い力で引っ張られ、気がつくと穴の外、元の世界に叩き出されていた。しかし穴からは触手が這い出しこちらを狙っている。隣には鈴木が立っていたが、身体のあちこちに血の染みがあった。
「お前ら無事で良かったな。」
鈴木が言った。
「悪いが、おれはここでお別れだ。」
「え?どういうことだよ。」
「おれは今から『向こう』に行ってやぐたばと戦うんだよ。そしたもう戻ってこれない。」
言っていることが全くわからないまま呆然としていると。
「じゃあな!」
と言ってい鈴木が穴に飛び込み、穴は消えた。
岡崎と顔を見合わせる。
「帰るか。」
「そうだな。」
二人で山を降りると途中にパーカーの男が転がっていた。脈を調べたが止まっていた。どうやらあのとき食らった電流は大分加減してあったようだ。さらに行くと白石がうずくまっていたが、岡崎を見るなり抱きついて涙を流していた。
山を降りたところに停めてあった車には鍵が挿しっぱなしになっていた。岡崎はアシスト自転車に乗り、白石はその荷台に乗った。
当初の目的であった岡崎の発見は達成することができた。だが仁剛は鈴木のことが大きな心残りとなっていた。帰りの電車で肩を寄せ合って眠る白石と岡崎を横目に、どうすれば鈴木を取り戻せるのかを考えていた。
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