表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
行方不明になった友人  作者: 本宮圭司
3/5

情報収集とバイオレンス

  写真に写った民家の玄関に立ち、チャイムを鳴らそうとしたがボタンが見当たらない。仕方なく引き戸を何度か叩くとな中で人が歩く音が聞こえた。すぐにがらがらと音を立てて戸が開き中年の女性が現れた。見知らぬ訪問者に対して若干警戒しているように見える。

「お忙しい所失礼します。私達は行方不明になった友人を探しているのですが、少しお時間よろしいでしょうか?」

  以前家に来た営業マンの挨拶を参考にして女性に話しかけた。

「ええ、構わんけど。」

「ありがとうございます。では、この写真の人をこの辺りで見かけませんでしたか?」

  そう言って岡崎の写真が映されたスマートフォンの画面を見せた。彼が市内の柔道大会で入賞した際に記念撮影したものだった。

「うーん、見たことないねえ。」

  少し訛った話し方でそう応えた。

「そうですか。協力して頂いてありがとうございます。他にこの家に住んでいらっしゃる方はいますか?」

「ああ、お父ちゃんがおるねえ。」

「その方に話しを伺うことはできますか?」

「今は畑の倉庫で仕事しとるでえ行ってきい。向こうのあの倉庫だえ。」

  そう言うと玄関先に出て畑の方を指差した。その先には確かに倉庫があった。

  あぜ道を通って倉庫へ行くとそこでは先程の女性と同じ位の年齢に見える男性が軽トラックからオレンジ色のママチャリを下ろしている所だった。そのママチャリはベルトドライブ式で内装変速のブリジストン製だった。大きく凹んだタイヤを見るにパンクしているようだが、よく見ると施錠部分も大きく破損していた。こちらに気付くと、手を止めて言った。

「あんたら何なんだい。もしかしてこの自転車はあんたらが捨ててったのか?」

「いえ、全く身に覚えがありません。私達は…」

 一瞬、何か失礼なことをしたのかと思い怯んでしまった。

「そーかい。いや、うちの畑になこの自転車を捨ててったやつがいたんだよ。」

「そうだったんですか。ところで、お仕事中に申し訳ありません。私達は行方不明に…」

 とさっきと同じ文句を繰り返した。

「うん、いいけど。」

「この写真の人に見覚えありませんか?」

 男性は写真を見て少し考て応えた。

「あー、そういやあ先週ぐらいにそこの道をふらふら歩いとる変な男がおったって沼崎さんが言っとったなあ。」

「本当ですか!その沼崎さんの家の場所を教えていただけますか?」

  興奮して、つい声が大きくなってしまったが彼は快く沼崎家の場所を教えてくれた。礼を言ってすぐに教えられた所へ向かった。思ったよりも近い所だった。

  表札を確認し、チャイムを鳴らすと高齢に見える男性が出た。

 同様にして情報の提供を求めると男性は応じてくれた。

「えーと先週位になあこの辺を知らん若いやつがふらふら歩いとってなあ、この辺はみんな知り合いしかおらんし、そもそもあんな若い男はこの辺に一人もおらんでなあ。」

「その人の服装についてなんですが、学ランを着ていましたか?」

  岡崎が最後に見られたのは高校から帰宅する姿だった。

「あーそうだ。この辺に学生なんかおらんでえ、へんだなあと思ったわ。」

「どちらに向かって歩いていましたか?」

「あっちだ。」

  そう言って男性は今まで駅から自転車で走ってきた方をを指差した。

  その後沼崎家を後にして白石とこれまでに得た情報をまとめることにした。

  「岡崎は確かにここを通ったんだな。」

「ええ、落ちてたスマホと沼崎さんの話を総合して間違い無いと思う。」

「あの捨てられてたっていうチャリがあったよな。もしかして岡崎はあの自転車に乗ってここまできたんじゃないか?それでパンクしたから、捨てて歩いて行ったのかもしれない。」

「岡崎があんな自転車に乗ってるの見たこと無いけど。」

 確かに、岡崎は高校へは電車で通っていたし何度か彼と自転車で出かけたことがあったがいつもシルバーのチェーン式のママチャリに乗っていた。彼の家には何度も行ったことが有るがあんな自転車に見覚えは無かった。

「だいたい岡崎の家からここまで400km以上離れてて山を幾つも超えなきゃ行けないのに自転車で来るなんて無理なんじゃないの?」

「いや、サイクルロードレースじゃあ1日に何百kmも走ったり山を幾つも超えたりするのは普通のことだしあいつだって相当な体力があるから、何日かかければ不可能じゃない。それにあの自転車は鍵が壊されてた。盗んだのかもしれないだろ。」

  以前に岡崎とその他の友人をとで50kmほどのサイクリングをしたことがあったが皆がヘトヘトになっているのに彼は一人涼しい顔をして先頭を走っていた。その気になれば何百kmも走れるだろう。それに自転車についている鍵はハンマーや石などで何度か叩けば容易に壊すことが可能だ。別に壊したことがある訳では無いが通っていた中学校に荒れた性格の生徒が多く、鍵を壊されて自転車を盗まれるなんてことは日常茶飯事だった。

  ただ、彼が他人の自転車を盗ようなやつとは思え無いが。

「うーん、彼がどうやってここまで来たかは一旦保留して、どこに向かっているのか考えない?」

「確かに、どうやってここまで来たにしろここからは歩いて行ったことは確実だからな。」

「彼は駅の方へ歩いて行ったんでしょ。なら駅に戻りながら途中で聞き込みをして行けばいいでしょ。」

「そうだな」

 駅へ戻りながら途中にある家や店に聞き込みをしていった。結局ほとんどの人は見ていないと言ったが、個人経営の小さな雑貨屋に尋ねたところ、岡崎と思われる人物が店を訪れたという。

「ドアのチャイムが鳴ったからね。店に出たらボロボロの学生服を着た男の子がパンとペットボトルの水を持ってレジに来たんだよ。会計が終わるとお釣りも受け取らずにすぐに出てったけど、一言も喋らなかったし気味悪買ったね。」

  店主はそう語った。

  その後尋ねた家では高齢の女性が一人で暮らしていた。特に情報は得られなかったが行方不明の友人を探していることを話すと。

「あんたたちは偉いねえ。外は寒くて大変でしょう、上がんなさい。熱いお茶出すから。」

  最初は断ろうと思ったが、早朝から何時間も電車に揺られて、次は自転車で走り回って聞き込みをしてかなり疲れており、少し休みたいと言うのも本音だった。

「ありがとうございます。」

 二人はそう言って厚意に甘えることにした。

  家に上がると和室に案内され、ちゃぶ台の脇に座布団を敷かれそこに座るよう言われた。しばらくそこで待っていると熱い緑茶が運ばれてきた。

  それからしばらく世間話をしていると、今年は天候不順で農家はどこも大変だったという話になった。

「東部さんのところなんか去年の半分も収穫が無かったって」

「それは大変でしたね。」

「そうなの。やぐたばさまが怒ったのかねえ」

「『やぐたばさま』って何ですか?」

 話によると『やぐたば』とはこのあたりに伝わる伝承で、凶作や天災をもたらす存在であり子どもをさらうという言い伝えもあり、昔は子供が言うことを聞かないと「やぐたばさまが来るぞ」と言って叱っていたらしいが今ではほとんどの知る人はいないという。

  「子供をさらう」と聞いて一瞬岡崎のことを連想してしまったがすぐにあり得ないと考えた。昔からオカルトの類いを信じたことは無かったし、テレビの心霊番組等もすべてヤラセだと考えていた。

  家に上がってから既に30分ほど経っていたので適当に世間話を切り上げ、お礼を言って再び自転車に乗り駅へ向かった。

  行きは1時間で済んだが帰りは何十軒もの家に聞き込みをしながらだったため、駅前へ着くのに4時間以上掛かり、時刻は5時を回っていた。二人とも疲れ果てていたが何件か有力な目撃情報を得ることができ、その成果が気分を高揚させていた。

「飯食うか。」

  情報を集めること夢中になっており昼食を食べていなかったので空腹は極限に達していた。

「賛成」

「あの蕎麦屋でいいよな。」

 そう言ってたまたま目についた蕎麦屋の方を向く。

「うん。」

  店に入ると店内はやや空いていた。夕飯時としては少し早いからだろうか。

  メニューを見るとうどんがあったためそれを注文した。白石も少し迷った挙げ句結局同じうどんに決めた。

  疲れのせいかうどんが運ばれて来るまでの間ひとことも喋らずその後は夢中でうどんを啜った。一日中寒さに晒されていた身体に汁の暖かさが染みる。

「この後どうする?ネカフェのナイトパックまでまだ時間あるけど。」

  白石が言った。駅近くのネットカフェにナイトパックを利用して泊まることは事前に決めてあった。それが一番安く済むからだ。しかしナイトパックは夜9時以降で無ければ利用できず、現時刻は6時だった。

「とりあえず自転車を返して、後は駅の周りで聞き込みだな」

 本音ではもう疲労が限界でさっさと寝てしまいたかったがこれまでに集めた情報で岡崎はまず間違いなくこの近くにいるはずだと確信した。もう少しの頑張りで彼を見つけられると思えば疲れなど気にしている場合ではなかった。

  自転車を返しに行ったらスタッフに何を目当てにここへ来たのかと聞かれたので行方不明者を探していると言い写真を見せて何か知らないか尋ねたが情報は得られなかった。

  駅前の通りで道行く人に手当たり次第に声をかけたが岡崎を見たという人はまだ一人もいなかった。目の前を中年の男性が通りかかったのですかさず声をかける。上下に黒いジャージを着ており、長い髪を後でたばねてるといった外見だった。

「あのすみません、私達は行方不明になった友人を探しているのですが…」

 そう言って説明すると、男性少しの驚いた様子でいろいろと質

 問してきた。

「どこでいなくなったの?」

「△△県□□市で一週間前にです。」

「何でここで探してるの?こんな遠い所で。」

 少し面倒だったがこれまでの経緯を説明した。すると明らかに動揺した様子で

「へ、へえ。わ…悪いけどおれは見てないなあ。」

 そう言って去ろうとしたが、あまりに様子がおかしかったので素直にその言葉を信じられなかった。

「本当に何も知らないんですか?」

「知らねえよ!」

 そう怒鳴って男は走りだした。一瞬迷ったがすぐにあとを追った。やましいことがなければあんなリアクションをとるはずがない。男は中年にしてはかなり速く走っていた。身長は目測で174cmほどで身長ではやや負けていたが痩身に見えたのでウェイトでは自分の方が上だろうと考えた。それに加えて柔道の技術を身につけた自分なら服さえ掴んでしまえば投げるなり締めるなり好きにできるだろう。父親のことが頭をよぎったが友の危機の前では些細な問題だった。通りから路地に逃げ込んだが見逃すことはなかった。フィジカルトレーニングの一環として普段からダッシュやランニングに取り組んでいたので男との距離は見る間に縮まっていき、ついにジャージの端を掴んだ。

  男は足を止めた。勢い余って背中にぶつかる。すかさず背後から首に腕を回し締め落しにかかるが、男は背後に向けて強烈な肘の連打を放った。肘が肋骨に突き刺さり、思わず首を絞める腕が緩む。それを見逃さず腕を振りほどかれてしまった。次の瞬間男はバックハンド・ブローを放った。頭部に男の拳を叩き込まれたが痛みこそすれども失神したり戦意を失うことは無かった。バックハンド・ブローは体重を載せ難いパンチであることに加え、アゴや頬ではなく硬い頭部に当たったことが幸いした。

  男の身体にしがみつく。先程の肘打ちやバックハンド・ブローからしてこいつは間違いなく打撃系格闘技の経験者かあるいは現役のファイターだ。だが打撃技が威力を発揮するのは適切な間合があるときだけだ。しがみついて間合を潰してしまえば打撃は怖くない。

  そんなことを考えていると男は膝で脇腹を殴打し始めた。かなり痛いがこれはチャンスだった。膝で撃つ際には片足になるのでバランスを崩しやすい。男が右足を上げた瞬間右足で相手の左足を刈り地面に倒した。馬乗りになり腕を掴んで腕挫十字固をかける。最も有名な柔道技の1つであり最も実用性の高い関節技だ。完全に決まった。俺の勝ちだ。

 そう思った瞬間今まで感じたことのない衝撃が身体に走った。

 男はスタンガンを腕に押しつけていた。十字固から脱した男はもう一度スタンガンの電流を浴びせて去っていった。

 失禁し路地裏に横たわりながらこんなことを考えていた。

 スタンガンを携行してるなんて、あの男は100%クロだ。あいつが岡崎の行方不明の黒幕なんだ…次は…勝つ…

 そこへ駆けつけた白石は絶句した。



読んで頂きありがとうございます。よければブックマークや感想、レビュー等をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ