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行方不明になった友人  作者: 本宮圭司
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出発そして調査開始

  車内は暖房がよく効いていてウィンドブレーカーを着たままだと汗が滲んで来るようだった。それを脱いでリュックサックにしまうともう他に物をしまえる余地は無かった。一時間も経つと車内にも人が増えてくる。

  最初の乗り換えまでまだ十分時間があるのでこれから向かう設来市についてネットが繋がる内に調べようと思い、スマートフォンを起動する。検索エンジンに設来市と打ち込み検索をかけるとトップに公式の観光案内が標示され、次にWikipediaのページが現れる。

  Wikipediaの情報によると設来市は人口7万人程度の市で山と田畑がその大部分を占めており、1982年に4つの町村が合併し設来市になったという。公式の観光案内のページを開くと自然の豊かさや景観の美しさなどをアピールし、特産品を用いたらしいお菓子を紹介していた。

  それらの情報を見るに設楽市はどこにでもある田舎の町という以外の印象を与えなかった。一体何故岡崎はそこにいたのかまるでわからない。白石が言うには「気がついたらそこにいた」

 と言っていたようだが気が付かない内に、無意識の内に何百キロメートルも離れた場所へ移動するなんてことがあり得るのだろうか。夢遊病患者は意識の無いままに歩き回ったりするらしいが気づいたら見知らぬ土地にいるなんてことはあり得ない。

  行方不明になる前日まで彼と会話をしていたが不自然な様子は見当たら無かった。やはり犯罪に巻き込まれたのだろうか?誘拐されて身代金を要求されるのか、あるいは変態に犯されているのか、臓器を抜き取られて海外で売り飛ばされるのだろうか。

  そんなゾッとする想像を膨らませている内に最初の乗り換えをする駅に到着した。降車して改札を通り、再びホームに並んで次の電車をまつ。時刻は7時20分でホームには部活に向かうであろうスポーツウェアの学生やスーツ姿のサラリーマンがポツポツ並んでいる。

  到着した電車に乗り込みまた30分ほど揺られていると岡崎の行方不明の理由について思索を巡らせるのにも限界がおとずれた。既にインターネットが繋がらない場所に来ており、車窓の景色を眺めるのにも飽きてしまった。眠気も全くなく要するに退屈していた。ある程度のコミュニケーション能力を備えた人間ならば、隣に座る白石と雑談をして退屈を凌げるのだろうが生憎自分は違った。しかし

「ねえ、親になんて言って来たの?」

 白石も退屈が限界に達したのかこちらに話しかけてきた。

「友達とユニバーサルスタジオジャパンに行くって言った。」

 向こうが会話をリードしてくれるなら、多少は会話も楽かもしれない。

「そんなんで本当に納得してくれたの?」

 彼女が若干可笑しそうにいった。

「いや、かなりモメたけどとにかく言い張って強引に納得させた。最後は怒鳴り合ってたけどな。」

 苦笑いしながら正直に語った。

「仁剛の御両親は厳しい人なの?」

「母親はそうでもないけど、父親は割と厳しい方だと思う。」

「そうなんだ。」

「そっちはなんて言い訳した?」

 質問を返す。

「自分探しの旅に出るって言ったの。私の親は放任主義らしくてよっぽとのことが無ければとやかく言わないから。」

「放任じゃなくて信頼されてるからだろ。」

 岡崎はよく白石のことを話していたので彼女のことはある程度しっていた。成績優秀で生徒会員の一人である彼女なら親もあまり心配しないだろうと考えた。

「そうかなあ。じゃあ仁剛は信頼がないの?」

「ああ。部活ばっかりで成績が悪いし、中学までは喧嘩をしょっちゅうやって親が学校に呼ばれてたからな。」

 本当のことだった。高校に入ってからはある程度落ち着いたが自身が短気な性格だった事に加えて周りにも気性の荒い者が多かったため、喧嘩の相手には事欠かなかった。また、身長こそ163cmと子柄だったが柔道で身につけた技術とフィジカルのおかげで負けることは少なかった。そのことが自身を調子付かせ、喧嘩に向かわせた。

  喧嘩をしなくなったのは父親の『教育』が効いたからだった。中学の卒業式の後、喧嘩で相手に足車をかけ地面に叩きつけて怪我を負わせたことを知った父親は強かに彼を叱りつけた。それでも否を認めなかった彼に対してまず顔面を殴りつけた。

  柔道において打撃は禁止されているがルール無しの喧嘩を繰り返して来た彼には多少の打撃への耐性があり、パンチ1つで心が折られることは無くむしろ父親に対する敵意を燃え上がらせた。この男を叩きのめしたい。噴出したアドレナリンが顔面の痛みを麻痺させた。

  柔道を始めたのは父親の勧めがあったからだった。柔道と空手の有段者であった父は武道が息子を強い男にすることを期待していた。実際強くはなったが、倫理観を欠いた強さほど厄介なモノはなかった。

  頭に血が登り、何も考えず父親に掴みかかった。その頃はまだ父親の方が身体が大きかったが、体格が勝る相手に対して有効な技を知っていた。相手の両膝裏を両手で掴み、肩で押して倒す双手刈と呼ばれる技を掛けようとした。だがいくら押し込んでも一向に倒れない。体格差以前に技術でも父は大きく勝っていた。姿勢を低くしてなんとか押し倒そうともがいていると父は肘を後頭部に振りおろした。鋭い痛みが頭に走り地面に倒れる。次の瞬間父は背中にのしかかり、腕で首を締め上げる裸締めで意識を落された。

  それ以来、一切喧嘩をしなくなった。

  現在、身長は169cm 体重72㎏と父親を凌ぐ体格ではあるが未だに恐怖心を抱いたままだ。

  そんな父親との思い出に浸っていると白石が口を開いた。

「でもそれって心配してくれてるってことでしょ。」

  確かにやり方はどうであれ両親は自分が道を誤らないよう尽くしてくれていることは確かだった。

「そうだな。」同意した。

  そういえば、岡崎の母親には何度かあった事があった。家に上がってゲームをしていたらお菓子やお茶を出してくれて優しそうな人だった。父親は仕事で帰りが遅いせいか一度も見た事がなかった。そんな家庭で衝撃的な事件があったことを彼から聞いたことがあった。

  包丁を持った男が家に押し入ったのである。彼がまだ幼かった頃なのではっきりした記憶は無いと言っていたが、男が夜中に窓を割って侵入した所、物音に気づいた父親が椅子でそいつを殴りつけて応戦し体に切り傷を負ったものの何とか倒し、警察に通報したらしい。

  男は一家の誰とも面識がなく金目当てだったのではないかと彼は話していた。

  彼が行方不明になったこととこの事件は何か関係があるのかも知れないと考えたこともあった。例えば出所した犯人が逆恨みをして復讐のために誘拐したとか。だが電話で「気がついたらここにいた」と言っていたのなら誘拐とは考え難かった。

  しばらくして、2番目の乗り換え駅に到着した。次に乗る電車で設来市にたどり着く。これだけ長い時間電車で移動するのは久しぶりだったため身体にかなりの疲れを感じる。首や肩を軽く回してもパキパキと音が鳴った。もうすぐ移動が終わると思うと少し気分が楽になる。

  最後に乗る電車はこれまで乗ってきたものよりかなり少ない車両数だった。車窓に目をやると広い水を抜いた田んぼに刈り取られたあとの稲の根本が並んでいる景色があった。

「やっと着くんだな。」

  思い切って自分から話しかけてみることにした。先程までの会話で白石は自分にとって話しやすい相手であることがわかったし多分向こうもそこまで自分に対して悪印象は抱いていないはずだ。それにこれから3日間行動を共にするわけだから、互いに話しやすい雰囲気を作っておいた方がいいと考えた。

「腰が痛くなっちゃった。」

「俺も」

「エコノミー症候群になりそう。」

「えこのみー…何ソレ。」

「長い間同じ姿勢でいると血の巡りが悪くなって血管が詰まったりすること。死んじゃうことも有るらしいよ。」

「へえ」

 そんな雑談をしているとアナウンスが目的の駅への到着を知らせた。荷物をまとめて忘れ物が無いことを確認しドアの前に立つ。ドアが開くと冷たい空気が流れ込んで来るのを感じた。

  改札を通り駅の構内を見渡すと市内の地図が掲示されている。

「あれで写真の場所を確認しとこう。」

 地図を指差して提案する。写真から特定されたのは加園町という町だ。

「あった!ここじゃないかな。」

  先に見つけたのは彼女だった。予めプリントアウトした地図と見比べても一致した。加園町は駅から12km程離れた市のはづれにある町だった。

「バスで行くの?」

  白石が尋ねる。確かに駅から加園町まで通っている公共交通機関はコミュニティバスだけだった。しかしそれも3時間に一本しかなく今から2時間近く待たなければならない。

  しかしその点については事前に別の方法を準備してあった。

「いや、バスは使わない。チャリで行く。」

「自転車で?」

「そう。駅前に市営のレンタルサイクル店があってそこで1日千円でチャリを借りられるからそれを使う。」

「そんなに自転車で走れないんだけど。」

「おれは毎日片道10kmをチャリで通ってるし、それに電動アシスト付きのヤツも借りられるから問題ない。それにバスなんか待ってたら日が暮れるぞ。」

「わかった…」

  白石は渋々といった表情でうなずいた。確かに女子が10km以上を自転車で走るのはきついかもしれないが、田舎での移動をすべて公共交通でしていると時間がかかり過ぎるのも事実だ。

  レンタルサイクル店に入り説明を受けたあとで料金を支払った。レンタルサイクルを借りるのは意外と面倒で名前や生年月日、出身地、借りる理由を記入する必要があった。

  手続きが住んで自転車を押しながら店をでる。白石は1日千八百円の電動アシスト自転車を借りていた。電動アシスト自転車の方が楽なのはわかっていたが金を節約したいのとアシスト付きを使う男は女々しいというイメージがあったので普通のクロスバイクを借りることにした。

  地図で経路を確認し白石を先導して自転車を漕ぎ出した。普段はママチャリに乗っているのでcannondale製のクロスバイクの軽さに驚きつつ国道を走る。途中にいくつか急な坂道がありそこではアシスト自転車に乗った白石に追い抜かれることに若干苛立ちつつ1時間ほどで加園町に着いた。

  写真の場所は大清水通りの109-4という住所のなのでそれをグーグルマップで調べようとしたがネットは繋がらなかった。適当な民家を訪ねて見当をつけてそこへ向かう。

  送られて来きた写真は何十回も見て目に焼き付けてあった。周囲の景色を注意深く見ながら自転車を走らせると生け垣の有る家が見えてきた。さらに近づくとその家の屋根は赤かった。それはあの写真に写っていた民家の特徴と一致した。その民家は周囲を田んぼに囲まれている。

「ここだ。」

  そう言うと白石もうなづいた。

  自転車を降りて写真が撮影された地点を探す。スマートフォンを起動し景色と見比べながら歩いていくと全く同じ景色が見える場所を見つけた。

「同じだよな。」

 白石に確認すると

「間違えなくここだね。」

 と応えた。

「とりあえず、あの家の人に岡崎を見なかったか聞こう。」

「そうだね。」

  そう言って歩き出そうとしたとき、彼女が叫んだ。

「待って!」

  驚いて振り向くと彼女に視線は下を向いていた。その先には見覚えのある青いスマートフォンが側溝の中に落ちていた。何度も見たことのある岡崎が使っていたものだ。

「これ、岡崎のだよね?」

 そう言ってスマートフォンを拾い上げる。

「そうだな。」

  1つの重大な手がかりを見つけられた。だがそれは言いようのない不安感を覚えさせるものだった。




 

 





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