鬼
闇朧にぽつりと“忍影”が浮かび上がる。
忍影は芒を一直線に駆けると、抜き放った月白をこの世に晒した。
――迸る旋風。
それは、芒を真紅へと瞬く間に染め上げた。
血を啜る忍影はまさしく――“鬼”であった。
鬼は己が得物を片腕で払うように鮮血を吹き上げると、それを鞘の中へと静寂を極めるかのように収めた。
「――斬り捨て御免」
鬼の双眸が朱に閃く。
その双眸はまるで邪な妖にでも憑りつかれたような危うき瞳であった。
が、それもこの無常ならば、致し方あるまい。
時は――戦国、世は乱世。
“足利”が失墜したが故に、生まれたこの――定め。
鬼は酔っていた。
否、酔わざるを得なかった。
今しがた、鬼はとある生命を己が手で始末したのである。
生命は――朋であった。
最も近しき同胞であり、最も信頼に置けるまた同胞であった。
故に、始末したのだ。
この先、鬼には朋など必要ない。
必要あるのは、運命を乗り越える為の試練。
鬼は骸に念仏を唱えると、その首を掻っ捌いた。
鬼は喰らう。
血を……、肉を……、魂を……。
鬼の陣羽織は疾うに真紅に塗れていた。
が、これまた天の定。
鬼は――呪われていた。
それは妖などと言う甘美な呪詛ではない。
むしろ――逆、“妖刀”という類であった。
鬼は龍の病に罹っていた。
それは、刀剣を握った時からであろう。
その瞬間から、鬼は人を斬らざるを得ない衝動に憑りつかれた。
鬼は与奪をしなければ、生きてはゆけぬ。
故、鬼は人を襲う。
只管に破壊し、殺戮し、蹂躙せしむ。
「だから、貴様は――鬼なのだ」
ふわり。
漂うように一人の“童”が鬼へと歩み寄った。
鬼の瞳は狼の如し、眼光を放っていた。
が、童は臆さない。
僥倖と言った具合に童は頬の糸筋を緩めた。
鬼も嗤った。
初めてみせる鬼の笑顔はふと狂気を孕んでいた。
「貴様はそれでも、狩りを止める心算は毛頭ないのであろう?」
「止めぬ」
「そうか」
童は残念そうに瞼を伏せた。
「妖刀に憑りつかれた者を殺す使命、しかと承った」