9 夜会(1)
バクスワルドに来て三日目。今日は夜にパーティーが開かれる。貴族など国の有力者たちを集めてパトリシア様をお披露目し、歓迎する夜会になるようだ。
「貴族たちも私の悪い噂を信じているかしら? 不安だわ」
「昨日、国王陛下や王妃様と会われた時、お二人の様子はどうでした? 冷たくされたりしましたか?」
朝、憂鬱そうなパトリシア様の髪を結いながら私は尋ねた。部屋には使用人のレベッカさんとモナさん、サリさんもいる。
パトリシア様は首を横に振った。
「いいえ、お二人は優しかったわ。王妃様は私の髪型に興味津々だったし」
「よかった。そうなればいいなと思って、ちょっと複雑な結い方をしてみたんです。どうなってるの? と気にしてもらえるように」
「そう、それで髪の事で少し話が盛り上がって緊張が取れたの。だけど今日はどんな髪型をすればいいのかしら。私も竜人女性のようにした方が印象がいいと思う? でも私の髪って、下ろすと爆発するのよ。まとめなきゃ綺麗に仕上がらない」
唇を尖らせて、自分の髪をくるくると指に巻きつけているパトリシア様。私は鏡越しにパトリシア様を見て言う。
「パトリシア様は竜人女性風の髪型をしてみたいですか? もししてみたいならやりましょう。私が綺麗に仕上げます。でもしたくないなら無理にしなくてもいいと思います。私は、髪型はその人の気分が上がるもの、かつその人に似合うものが一番いいと思っています。レベッカさんも昨日、パトリシア様にはミュラン風の髪型が似合うと言っていましたし」
「そうなの?」
私とパトリシア様が後ろを振り返ると、レベッカさんは少し照れくさそうにして視線をそらした。
「じゃあやっぱりミュラン風にするわ。でもバクスワルドに馴染む気がないと思われたら……」
「そこは髪飾りを使って、そんな事はないとアピールしましょう」
「髪飾り?」
「また夕方、夜会の支度をする時に持ってきますね。髪もその時、夜会用に結い直します」
私はそう言って、パトリシア様ににっこり笑いかけた。
そして夜。パーティーは城の一階の大広間で開かれた。外は暗いのに、大広間はたくさんのシャンデリアやランプで照らされ、着飾った貴族たちを綺羅びやかに浮かび上がらせている。
それに、前方から聞こえてくる穏やかなメロディーは一流の楽団による演奏だ。
そんな豪華絢爛な雰囲気の中、私は紺色のドレスを着て、大広間の隅の方で所在なく立っていた。
ちなみに髪はギブソンタックという毛先を内側に入れ込んでいく髪型にして、そのギブソンタックでできたまとめ髪の上にリボンをつけてみた。
今の季節に合うように、リボンは夏らしい水色で、光沢のあるサテン生地のものにした。
私はパトリシア様から「王妃様や貴族のご婦人たちに紹介する機会があるかもしれないから、一応会場に来ていて」と言われてここにいる。
パトリシア様の髪型をみんながどんなふうに見るか気になったし、ここに来る貴族たちの髪型も観察したかったから有り難いけど、でも紹介されるのは緊張する。
大広間にはすでに貴族たちが集まっていて、それぞれが談笑しながら国王陛下と王妃様、ダリオ殿下とパトリシア様の登場を待っていた。
竜人女性はスラリと細身で背の高い人が多いような気がする。目は切れ長な人が多いかな。レベッカさんと雰囲気の似た人がたくさんいる。
そんな彼女たちに似合う髪型は、可愛らしい〝ゆるふわ〟なものじゃない。自分たちでもそれが分かっているのだろう、やはり真っ直ぐな長い髪を生かしたシンプルな髪型の人ばかりだ。
「あの人はポニーテイルだけど、あれだけ髪が真っすぐだと髪を一つに縛るだけでばっちり決まるのね。髪を下ろしているあの人も、髪飾り一つつけるだけでおしゃれに見える」
真似してみたいけど、私ではあそこまで決まらないかも。やはり髪質が重要だ。
(ああ、でも楽しいな)
私は女性たちの髪を見ながらしみじみと思った。おしゃれをしている人たちを眺めるのは刺激になるし、心躍る。こんなに楽しい事はない。至福の時間だ。
「ふふ……」
笑みをこらえきれずに一人で笑っていると、ふと近くにいた男性と目が合った。
まぁ、男性というかレイだ。最悪だ。
レイはこちらに近づいてくる。私の事が嫌いならいちいち関わってこなければいいのに。
「一人で笑ってどうしたの? 不審だよ」
「分かってる」
私は口元を押さえて表情を引き締めた。
「みんなの髪を見てたらちょっと楽しくなっちゃっただけ」
「……髪を? ミュランで五日間、君と過ごしたけど、その時に思った以上に君は不思議な人だね」
と言うか、その時から「不思議な人」とは思われていたのか。
レイは一度会場を見渡し、よく分からないと言うようにまた私の方を見て尋ねてくる。
「みんなの髪型を見るのが楽しいの?」
「そうよ。努力しておしゃれしている女性たちは、まるで輝く宝石のようだわ。一人一人違う宝石で、同じものは二つとない。中にはまだくすんだ光しか放てていない人もいるけれど、その人に合った髪型に少し変えれば、キラキラ光り出すと思うの。――ああ、あそこのまだ若い、赤いドレスの女性を見て。彼女はもう少し華やかな髪型が似合うと思う。うーん、駄目だわ。見てたら髪を結いたくてうずうずしちゃう」
そう言って、私がぎゅっと目をつぶって彼女から顔を背けた時だ。
隣から、ふっ、と小さな笑い声が落ちてきた。
目を開けてレイを見上げると、彼はとても優しげな表情をして、目を細めてこちらを見てほほ笑んでいる。
まるで出会った頃のレイみたいだ。私の事を番じゃなかったと言い出す前の。
私はちょっとびっくりして言う。
「何?」
「何が?」
レイはほほ笑んだまま、少し首を傾げて尋ね返す。大広間の綺羅びやかな雰囲気と相まって、レイの美形度が上がっている気がする。
「いえ、笑ってるから……」
「笑ってる?」
自覚がなかったのか、レイは我に返ったようにさっと片手を口元に当てた。そして口元を隠したまま言う。
「別に何でもないよ。君の様子がおかしかったから。……そろそろ殿下たちが登場するよ」
そう言い残して、レイは会場の前方へと去って行ってしまった。様子がおかしいのはレイの方だと思うけど。
不可解な思いを抱いていると、楽団の演奏が止んで、それを合図に国王陛下と王妃様がこの大広間に姿を現した。貴族たちは拍手で迎えている。
続いてダリオ殿下とパトリシア様が登場すると、会場の拍手の音は一層大きくなり、パトリシア様は安堵の笑みを漏らした。
「まぁ、可愛らしい」
「けれど確かに少しわがままそうね」
側にいる貴族の女性たちが、そんな事を言っているのが聞こえてきた。パトリシア様の事を好意的に見てくれる人もいれば、噂を信じているのかそうでない人もいる。けれど初めはこんなものだろう。
女性たちは小声で続ける。
「パトリシア様は人間だけど、まるで花人のように見えるわね」
「小柄だし、華やかだものね。けれど例えでも花人は駄目よ。『異種族恋愛譚』的にはね」
「ああ、そうね。あの話の中では海人との話が好きだわ」
「私も。人間との話も好きよ」
二人の言う『異種族恋愛譚』が何なのかよく分からないけれど、そういうお話がバクスワルドではあるのだろう。
そして彼女たちの興味は、次はパトリシア様の髪型に移ったようだった。
「見て、あの髪――」
その次にどんな言葉が続くか、私は緊張しながら聞き耳を立てた。
「――素敵ね」
よし!
「いかにもミュラン風だけど、どうやって結うのか興味があるわ」
よしよし!
私は心の中で喜び、とある目的を持ってその貴族の女性たちにそっと近づいた。




