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髪結師は竜の番になりました(やっぱり間違いだったようです)  作者: 三国司


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8 番という存在

「私たちに自分の知識や技術を教えていいのですか?」


 パトリシア様の髪を結い終えた後、私に続いて部屋を出たレベッカさんは、廊下でそう声をかけてきた。

 私は笑って言う。


「もちろん。あなた方は私をどう見ているのか知りませんが、私はこの『王女付きの髪結師』という地位に固執するつもりはありません。パトリシア様がこの国に馴染んで幸せにやっていけそうだと確信できたら、この国から出ていくつもりですし。ですから私が持っている知識や技術はなるべくお伝えしたいのです。レベッカさんたちのように真っ直ぐな髪を持つ人たちからすると、パトリシア様のお転婆な髪は扱いにくいでしょうから。ところで、結局パトリシア様の髪型をミュラン風のまとめ髪にしてしまったのに、いいんですか?」


 いつ文句を言われるかと何気にビクビクしていたのだが、レベッカさんは最後まで私が髪を結うのを黙って見ていた。


「ええ……。パトリシア様にはああいう髪型が似合っているように思えたので。竜人の女性は長くて真っ直ぐな髪を自慢にしている人が多いですが、パトリシア様の髪を真っ直ぐにするのは難しそうですしね。髪質やその人の雰囲気によって、できる髪型や似合う髪型は違ってくるんだなと思いました」

「ええ、そうですね」


 私は頷きを返した。レベッカさんはちょっと頑固な人なのだろうかと思っていたけど、違ったみたいだ。

 レベッカさんは少し表情を和らげて言う。


「あなたはいつか国に帰るという事なので、私たちもメイナさんの技術を習得できるように努力しますが、パトリシア様の髪の事は基本的にあなたに任せます。何事も、専門家に任せるのが一番ですから」


 そう言って、レベッカさんはサリさんとモナさんを連れて廊下を去って行った。

 彼女たちとはこれから良い仕事仲間になれそう、と嬉しくなっていると、


「彼女と良い関係を築けたみたいだね。気難しい女性だと思っていたけど」


 後ろから急に声をかけられて、私はびくっと肩を揺らした。振り返ると、そこにはレイがいた。


「驚かせないで。足音が聞こえなかった」

「驚かせたかったわけじゃないよ。君の耳は竜人と違って鈍いから」

「私にケンカを売りに来たの?」


 レイをひと睨みして朝食を食べに行こうとすると、去り際にレイはこう言った。


「今の話を少し聞いていたんだけど、レベッカたちが君の技術を習得するまでには時間がかかるかもしれない。だから僕から女官長に言って、ちゃんとした髪結師を一人雇ってもらうよ。そうすれば君は早く国に帰れる」

「パトリシア様がこの国に馴染むまでは帰らないわ」


 私は歩きながら振り向いて返す。けれどレイも引かなかった。


「王女の不安はダリオ殿下が取り除く。すぐに馴染むよ」

「もちろんそれならそれでいいのよ、私は」


 冷たく言って私はまた前を向き、レイから足早に離れたのだった。



 レイと殺伐としたやり取りをした後、使用人用の食堂に向かうため、中庭の側を通る回廊を歩いていた時だ。


「おはよう、パドル。今日は朝から会えて嬉しいわ」


 先ほど別れた使用人の一人、モナさんが中庭で知らない男性に駆け寄っていくのが見えた。短い茶色い髪の青年で、騎士服を着ている。


「モナ、おはよう。城の警備に回っていて、こうやって時々モナと出くわすと僕も嬉しくなるよ」


 モナさんにパドルと呼ばれた騎士は、駆け寄ってきた彼女を大事そうに抱きとめた。


「モナは時間は大丈夫?」

「あまり大丈夫じゃないわ。これからパトリシア様の朝食だから、またすぐ行かないと」

「そっか、残念。まぁ僕も仕事中なんだけど。ところでパトリシア様はどんな方だった?」

「まだよく分からないわ。でも最近聞いた噂通りの、最悪の王女様ってわけではなさそう」


 そんな会話をしながら、二人はお互いを抱きしめ、二人でいる事が幸せでたまらないというふうに笑い合っている。お互いの事が大好きなのだろう。仕事に生きると決意した私には目に毒な光景だ。ちょっと羨ましい。

 二人はしばしの逢瀬を楽しみ、お互い仕事に戻っていく。

 モナさんはこちらの方に歩いてきたので、つい立ち止まって幸せそうな恋人たちの様子を眺めてしまっていた私に気づき、「あ」と声を上げた。

 モナさんはうふふと笑って言う。


「やだ、見られちゃいましたね。すぐに仕事に戻りますから、レベッカさんには言わないでくださいね」

「ええ、もちろん。彼は恋人?」

「そうです。でも普通の恋人じゃありません。私たち、番なんです」


 モナさんは幸せそうに目尻を垂らして言う。


「番……」

「番って知ってます? 竜人には時々『運命の人』が現れるんです」

「ええ、知ってるわ。パトリシア様が、結婚した後にダリオ殿下に番が現れたらどうしようって心配しておられたから」


 レイに番だと言われた事があるから知っているという事実は、あえて言う事でもないと思って伏せた。

 けれどレイの事を思い浮かべながら、私は続ける。


「本当の番というのは、あなたたちみたいに見るからにいちゃいちゃして……というか仲睦まじいものなのね。傍目から見て、すぐに愛し合ってると分かるくらい。いつも相手の側にいたい、相手に触れていたいって思うんでしょう?」


 二人を見ていると、やっぱり私はレイの番ではなかったんだと改めて思う。

 だって本当の番なら、その相手に冷たく接する事なんて無理に違いないから。少なくともあのパドルという青年は、何か事情があったとしてもモナさんに冷たい態度は取れないだろう。

 私の言葉に、モナさんは少し大人っぽく笑って答える。


「そうですね。いつも側にいたいと思います。でもいちゃついてるだけが番ではないですよ。番に向ける愛は、もっと深いんです。相手の幸せを一番に考える、そういう愛です。相手が幸せなら、自分は辛い思いをしてもいいと思えるような」


 なんだろう、朝日がモナさんに降り注ぎ、彼女の穏やかな表情と相まって聖母様のように見える。祈りでも捧げておこうか。

 モナさんは続ける。


「さっきの、ダリオ殿下に番が現れたらという話ですけど、もしも本当にそうなって、殿下はまだ気づいていないけれど相手の女性は殿下が自分の番であると気づいたとします。そうしたらその女性はどうすると思います? ダリオ殿下は人間の王女との結婚が決まっているけれど、名乗り出ると思いますか?」

「名乗り出るでしょう。番というのは相手の事を狂おしいほど求めるのなら、黙っていられないと思うわ」

「私はそうは思いません。きっと名乗り出ないと思います。自分がこのタイミングで出ていけば国同士の諍いにも発展するかもしれないし、なにより殿下が苦しむだろうから。番というのはそういうものです。何より相手を想うのです。……なんで祈りを捧げてくるんですか?」


 きょとんとしてこちらを見てくるモナさんに、私は胸の前で手を組んだまま答える。


「モナさんがとても器の大きな、崇高な人に思えたから」

「もう、からかわないでくださいよ! メイナさんってやっぱり変わってる!」


 モナさんは「てへっ」と笑って去って行った。

 番って、すごいなぁ……。

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