6 バクスワルドの王城にて
バクスワルドの王城は力強く荘厳な城だった。
灰色の石造りの建物で、有事の際には要塞にもなるようだ。ミュランの華やかな白いお城とは雰囲気が違うけれど、とにかく大きいので慣れないうちは中で迷子になりそう。
国境付近で一騒動あったけれど、私たちはその後、何事もなく城に到着する事ができた。
途中で何度も花嫁を見に来たらしい竜人たちの姿を道の端に確認する事ができたが、彼らは特にこちらに詰め寄って来たりはしなかった。
結婚に反対していないのかもしれないし、しているけどダリオ殿下がいるから「結婚反対!」とは叫べなかったのかもしれないし、どちらかは分からない。
「城に勤める竜人たちも、きっと私を嫌っているに違いないわ」
パトリシア様はダリオ殿下の前では笑顔をみせていたけれど、やはり心細いようで、城に入る前には私にそう吐露した。
「そんな事ないですよ。パトリシア様が嫁いでくる事を喜んで、歓迎してくれている人もたくさんいるはずです。ほら、外を見てください」
パトリシア様が馬車に乗ったまま入城すると、笑顔を見せたり拍手をしたりして迎えてくれる竜人たちも多かった。
みんながパトリシア様の悪い噂を知っていて、それを信じているわけではないのだ。
そして私たちは馬車を降り、ダリオ殿下に続いて城の中に入った。
「ここがパトリシアの部屋だ。今は日が沈んで分からないが、昼間は日当たりも良くて明るいぞ。今は夏だから少し暑いかもしれないが、バルコニーの扉を開ければ風が入る」
ダリオ殿下は自らパトリシア様を部屋に案内してくれた。パトリシア様のために用意された部屋は、城のいかめしい外観からは想像できないほど可愛らしく、豪華だった。
壁紙を花柄のものに張り替え、絨毯や調度品などもパトリシア様の好きそうなものに変えたのだと言う。これにはパトリシア様も喜んでいた。
「寝室は隣で……ああ、一ヶ月後の結婚式を終えるまでは寝室は別にしようと思う。衣装部屋は廊下を挟んで向かいの部屋だ。他にもいくつか部屋を空けたから、好きなように使ってくれていい」
「ありがとうございます、殿下」
「今日は疲れただろう。食事の用意をさせるから、食べたら後は休んでくれ。国王や王妃への挨拶は明日でいい」
使用人たちが食事の準備を始める一方、寝室や衣装部屋には次々にパトリシア様の荷物が運ばれていく。
そして一人の女性使用人に肩を叩かれた私は、私にあてがわれた部屋へと彼女に案内してもらった。
パトリシア様のお気に入りの髪結師と思われているからか、使用人が使う寮や地下ではなく、城の中にある一室を使わせてもらえるようだ。パトリシア様の部屋からはそれほど遠くなく、迷う事はなさそう。
「食事は使用人用の食堂で取ってください。一階の北側です。朝昼晩の食事の時間は決まっていないので、好きな時に行ってください。けれど夜遅くに行くと何も料理が残っていない可能性もあります。浴場も食堂の近くにあります」
「ありがとう」
説明を終え、蝋燭の灯った燭台を置いていってくれた竜人の使用人にお礼を言い、部屋を見渡す。広くはないけど良い部屋を与えてもらえて有り難い。
ベッドもすぐに使えるようにしてくれてあるし、文机や一人掛けの小さなソファーもある。けれどもちろんクローゼットには何も服がかかってないから、後で自分の荷物を取りに行かなくては、と考えた時だった。
「これ、君の荷物だろう」
後ろから声がしたのでハッとして振り返る。皮のトランクを二つに、大きな手提げ鞄を一つ持って扉のところに立っていたのはレイだった。
廊下には他にも私の私物が入った箱がいくつか積まれている。
日が落ちて薄暗い部屋の中で、レイの金色の髪と瞳が淡く輝いているのが見えた。
「どうしてそれが私のだって分かったの?」
私の問いに、レイは軽く肩をすくめただけで答えない。
「ありがとう」と、重い荷物を運んでくれた事には感謝しつつも、部屋で二人きりな事は気まずい。
しかも何故かレイはなかなか部屋から出ていかない。荷物を置いた後も部屋を歩き回って、窓やら暖炉、絨毯を調べたりしている。
「何してるの?」
尋ねてみるが返事はない。ベッドまで調べられ始めたのは何だか嫌だったので、私は眉をひそめて続ける。
「そろそろ部屋を出てもらっていい?」
するとレイはやっとこちらを振り向いて言った。
「君はずっとバクスワルドにいるつもりなのか?」
「……ずっとじゃないわ。パトリシア様がこの国に慣れるまで。期間限定よ」
「それは具体的にいつまで?」
「そんなの分からないわ。一年くらいと考えているけど、パトリシア様次第よ」
「一年も?」
顔をしかめるレイに、私も同じような顔をした。一年も私と一緒にいるのは耐えられないのかもしれないけど、私だって私の事を嫌っているレイの側にいるのは嫌だ。お互い仕事なんだから、そこは割り切って我慢してほしい。
「もう出て行って」
私はため息をついて、レイから顔をそらしたまま、彼の二の腕の辺りをそっと押そうとした。
しかしその手は二の腕を包む騎士服に触れる事はなく、代わりに私の手首をレイに掴まれる。
「出て行くのは君の方だ」
レイは私の方に一歩近づき、諭すように言った。顔の近さに一瞬ドキッとして離れようとしたが、力が強くてレイの手を振りほどけない。
「バクスワルドから出て行くんだ、メイナ」
私の後ろにある燭台がレイの瞳に映って、蝋燭の炎がその中で赤く揺れている。
「一年は長過ぎる。半年……でも長いな。一ヶ月後、ダリオ殿下とパトリシア王女の結婚式が終わったら出て行くんだ」
「どうしてそんな事――」
「いいね? 一ヶ月だよ」
レイはそう言うと、私の手を離して部屋を出て行った。
扉が閉まった後、私は側にあった鞄を一旦手に取り、いやこれは駄目だと考え直してから、結局ベッドの上の枕を掴んだ。
そしてその枕を、怒りのままにレイが出て行った扉に投げつける。
「どうしてそんな事あなたに指示されなきゃならないのよ!」




