5 振られた相手との再会
年かさの騎士が御者に「進め!」と指示を出すと、馬車は騎士たちに守られながら動き出した。
しかし数メートル進んだところで、結婚に反対する竜人たちが前に立ち塞がって馬車を止める。
「どけッ、お前たち! こんな事をしても何にもならん! 結婚はもう決まった事だ!」
外で騎士が怒鳴っているが、竜人たちも負けじと言い返す。
「騎士のくせにバクスワルドの未来を案じていないのか! ダリオ殿下にはもっといい妃がいるはずだ!」
結婚反対! という大合唱が馬車を包み込む。彼らは結婚反対を訴えるだけでパトリシア様に危害を加える気はないようだったが、騎士と言い合ううちに興奮したらしい誰かが、ついに馬車に手をかけた。外から強く押されて馬車が僅かに揺れる。
「怖いわ」
隣で泣きそうになっているパトリシア様を抱きしめ、私も顔をこわばらせた。ミュラン側では国境まで付いて来てくれた騎士たちが心配しているだろう。
「触るな! 捕まえろ!」
騎士がすぐに馬車を押した竜人を拘束してくれたようだが、周囲で大人数が揉み合いになっているらしく、馬車の揺れは次第に激しくなっていく。誰かがまた馬車を押したのか、それとも揉み合ううちに体がぶつかってしまっているのか……。
「何なの!? 私が何をしたって言うのよ」
パトリシア様は体を縮こませて自分の体を抱きしめた。いつ結婚に反対する竜人たちが馬車に乗り込んでくるかと思うと私も怖い。さすがに他国の王族であるパトリシア様に手を出しはしないだろうが、私は殴られたりするかも。
――なんて、そんな事を考えていた時だ。
遠くから低く震える獣の咆哮が聞こえてきた。その声は一つではなく、複数ある。しかも段々こちらに近づいてくるようだ。
「きゃあ! 何!?」
パトリシア様が怯えて耳を塞ぐ。大気を震わせるその咆哮は、間近に迫ってくると馬車をもビリビリと細かく揺らした。小窓のガラスが割れそうだ。
「もしかしてドラゴンでしょうか?」
私は耳をつんざく咆哮の中で声を張り上げた。
「誰かがドラゴンに変化したのかも!」
結婚に反対する竜人たちか、騎士たちか、それとも両者とも姿を変えて喧嘩しているのかもしれない。けれどこんなところでたくさんのドラゴンに暴れられたら、私たちは馬車ごと潰されてしまう。
しかしその心配が現実になる前に、周囲はしんと静まり返った。ドラゴンの吠え声もやんでいる。
「どうなったの?」
パトリシア様がそう呟くと同時に、馬車の扉が外から開けられた。私は思わず身構え、パトリシア様の盾になる。
けれど中に入って来たのは、
「王女殿下、ご無事で――……」
金髪の王子様――もとい、私を振ったレイ・アライドだった。
騎士なのに王子みたいな容貌をしているなんて紛らわしい、と変なところに文句をつけてみる。
レイはパトリシア様の前にいる私を見ると、分かりやすく目を見開いて固まった。入って来た時はわりと冷静な顔をしていたのに。
「どうも」
私が他人行儀な態度で挨拶すると、レイは少し怒っているような低い声で言う。
「何故、君がここにいる」
「私はパトリシア様の髪結師なので一緒に来たんです」
「私が頼んだのよ」
パトリシア様が言うと、レイは目だけ動かしてちらりとパトリシア様を見て、またすぐに私に視線を戻した。そしてこんな事をのたまう。
「僕を追ってきた訳ではないんだね?」
普段はそんなに短気ではない私だけれど、その言葉にはさすがにカッとなって馬車の中で立ち上がってしまった。
「そんな訳ないでしょ!」
レイに未練があると勘違いされるのが嫌で、私は強い口調でこう続ける。
「あなたの事なんて、もうこれっぽっちも気にしていないから。私は仕事でバクスワルドに来たんです。自惚れないで」
そうして私がレイの事をじっと睨みつけた時だ。
「おい、レイ。王女は無事か?」
外から誰かの声がして、レイはハッと我に返ったようだった。私とパトリシア様を馬車から降ろし、パトリシア様をとある青年の前に連れて行く。
青年の短く刈り込まれた髪は銀色で、レイより背が低いけれど筋肉質だった。そして日に焼けている肌は若くて張りがある。
彼がバクスワルドの王子、ダリオ殿下だ。
「パトリシア、よく来てくれた。しかし着いて早々こんな騒動……済まなかったな」
結婚に反対していた竜人たちは、何人かが縄で拘束されていた。けれど拘束しなくても、自国の王子を前にした彼らはすでに大人しくなっている。
「殿下」
パトリシア様はそっとダリオ殿下に近づき、ダリオ殿下はパトリシア様を慰めるように肩に手を乗せた。
「城でお待ちになっているはずでは?」
「いや、暇だったからレイたち近衛を連れてここまで来てみたんだ。だが、来て良かった」
「先ほど聞こえた咆哮は、ドラゴンに変化した殿下たちの声なのですか?」
「そうだ。馬で来たんだが、向こうの丘からこちらの騒動が目に入ったから」
丘の方へ目をやると、馬たちが主人を追ってのんびりこちらへ向かって来ていた。
ダリオ殿下は暴動まがいの行動を起こした竜人たちを見てから、改めてパトリシア様に言う。
「彼らの処分は適切に行う。どうか安心してほしい。だが、彼らも国の事を想うがあまりこんな行動を起こしてしまったようだ」
「その方たち、私の事を勘違いしているんです」
「ああ、君に関する根も葉もない噂を信じたようだ」
「一体誰がそんな噂を流しているんです?」
「分からない。調査は続けさせるが、少なくともこの中にはいないようだ。だがあまり気にしない方がいい。将来の王妃になるべく異国の姫が嫁いでくるとなれば、どうしても悪い噂が広まるものだ。性格の悪い姫だったらどうしようという国民の心配が、いつしか『性格の悪い姫が来る』という噂になる」
ダリオ殿下は白い歯を見せて、パトリシア様を励ますように笑った。
「気にするな。パトリシアの本当の姿が国民に知れるにつれ、噂は消えていく。国民もきっとパトリシアの事を好きになっていくだろう」
ダリオ殿下はまだ若さが目立つ年代だが、とても頼もしい王子に思えた。きっと歳を重ねていくと威厳のある人物になっていくだろう。
パトリシア様も少し頬を赤らめて「はい」と答えている。
「ところで――」
ダリオ殿下はそこで私の方を見ると、レイにこう言った。
「彼女は例の、お前の番〝だった〟女性じゃないのか? どうしてここに?」
「彼女は私の髪結師です。髪結師を一人だけなら連れて来てもいいと、許可はもらっています」
「ああ、そうだったな。なるほど、その髪結師が彼女だったのか」
レイは不機嫌そうな顔をしてダリオ殿下とパトリシア様の会話を聞いていた。私がレイの番だった時、レイが私に見せる顔は穏やかな優しい笑顔ばかりだったので、こんなふうに眉間に皺を寄せているのを見るのは初めてだ。
ダリオ殿下は何故かニヤニヤしながら、自分より二つ歳上の近衛騎士を見ている。
そう言えばレイはダリオ殿下の事を王子として敬ってもいるけれど、弟のようにも思っているって言っていたっけ。
ダリオ殿下もレイの事を兄のように思っているのか、二人の間に流れる空気は気さくなものに思えた。でも今はレイの機嫌がすこぶる悪いけど。
「良いことを思いついたぞ」
「やめてください」
ポンと手を打ったダリオ殿下に、レイが即座に言う。
「まだ何も言っていない」
「ろくでもない事を考えついたというお顔をされていましたので」
「そんな事はない」
と言いつつも、ダリオ殿下はいたずら好きの少年のような笑みを浮かべてこう続けた。
「レイをパトリシアの護衛にしよう」
「私を殿下の近衛から外すと? それにパトリシア様の近衛騎士はもう決まっているでしょう」
レイは片眉を上げて言うが、ダリオ殿下は相変わらず笑っている。
「お前をパトリシアの護衛につけるのは一時的な事だ。もちろんいずれは私の近衛に戻ってもらう。それに、確かにパトリシアの近衛騎士はすでに決まっているが、信頼するお前がいてくれた方がより安心だ。しばらくは彼らと協力して彼女を守ってくれ。パトリシアも、レイなら少しは馴染みがあるから、初対面の竜人ばかりが護衛につくよりいいだろう?」
「ええ、そうですね」
パトリシア様はそう答えつつ、私の方をちらりと横目で見た。
私は今、どんな顔をしているだろう。気持ちが全部顔に出ているとすれば、きっと『レイがパトリシア様の護衛になれば、私も彼と毎日顔を合わせなければならなくなる。そんなの最悪!』という顔をしているだろう。
本当、最悪だ。




