29 結婚式前日(3)
「メイナ! どこだ!?」
私はここよと声を張り上げようとしたけれど、その前にキリアンに手で口を塞がれた。
キリアンは眉間に深いしわを寄せて独り言を言う。
「いくら何でも早過ぎる。竜人って番の居場所が分かんの?」
「んー! んー!」
口を塞がれながらも私が必死で声を上げると、「ここか!?」と声がして扉が乱暴に蹴り開けられた。
「鍵がかかってるはずなのに。ほんと竜人て野蛮だ」
キリアンはチッと舌打ちして言う。
「メイナ!」
「やぁ、早かったね」
そしてレイに向き直ると、また余裕を見せて笑った。キリアンは私を捕まえたまま、人質のように前に立たせる。
暗い部屋の中で表情を確認するに、レイは明らかに激怒していた。さっき、パトリシア様の部屋でキリアンと相対した時も静かに怒っていたけど、今はそれよりひどい。怒りの炎が体から発散されているようで、肌がぴりぴり痛む。
キリアンもきっとその激しい感情を感じているだろうが、怯える事なく愉快そうに言う。
「また良い事考えた。メイナを傷つけるのはやめて、レイを殺そう。今はメイナの方が腹立つから」
私に殴られた事を根に持っているのだろう。私に腹が立つなら私を狙えばいいのに。
しかしキリアンは私の背を押してあっさりと解放した。
「メイナ」
レイは私を抱き止めると、私のはだけた襟元を直しながらこう言った。
「あいつを殺してくるから、ちょっと待ってて」
私にかけた声は優しいのに、目は本気だ。すごく怒ってる。
キリアンは心底楽しそうに言う。
「レイは剣で戦うの? 僕は魔法を使わせてもらうけど。君が剣を振り回すにはここはちょっと狭いから、戦いやすいように移動してもいいよ」
「その必要はない。――メイナ、あそこまで下がって」
レイは私を振り返ってそう言うと、私が部屋の隅まで移動したのを確認してまたキリアンを睨みつける。
「すぐに決着は着く」
「ろくに魔法も使えないのに余裕だね……って、おい――!」
私の目の前で、レイの体が大きくなっていく。レイに遮られてキリアンの顔も見えないけど、彼が今、目を見開いて驚いているであろう事は分かる。
「ここ部屋の中だぞ!?」
金色のドラゴンに変化したレイは、一直線にキリアンに向かって突っ込んでいく。元々距離が近かったから、キリアンには逃げる間も、魔法の呪文を唱える間もなかった。
本棚と本棚の間はドラゴンにとっては狭く、通れるギリギリだ。けれどレイは大きな翼が引っかからないよう真上に上げて、太い脚で床を蹴ったのだ。
「うぐ……ッ」
キリアンはあっという間にレイの大きな口にのみ込まれる。というより噛みつかれたのだろう、私からはよく見えなかったが、ドラゴンになったレイの口からキリアンの頭や手足が出ているのは見えた。しかも何か……骨が砕ける嫌な音がしたような。
そしてレイはそのまま本棚と本棚の隙間から抜け出そうとして体を動かした。本棚の隙間を無理やり抜けていくので棚に体は擦れているし、物は落ちるし、そのうち本棚も大きな音を立てて倒れてしまう。
「きゃっ……!」
私は安全な場所にいたけど、びっくりして小さく悲鳴を上げる。それに埃がすごいので手で口を覆った。
本棚が一つ倒れたのでレイは勢いよくそこを抜け、その先にあった窓へと突進していった。この部屋には窓は一つしかないが、その代わりに大きい。
レイはキリアンを咥えたまま窓に突っ込むと、分厚いカーテンごと硝子を突き破り、下へと落ちていく。
「レイ!」
私は転ばないようにして足場の悪い床を越え、窓に近寄った。危なくて覗き込めないが、この部屋はかなり高い位置にあるようだ。
城にいくつかくっついている塔のうちの、どこかの上階にいるのだろう。
「レイ!」
レイは勢い余って窓を突き破ったように見えた。大丈夫だろうか?
「ここだ! 大きな音がした。行くぞ!」
するとその時、レイを追って他の騎士たちが廊下を駆けてきた。
「こっちです! レイとキリアンが下に……!」
部屋に入ってきた騎士たちに私が訴えると、彼らは次々に窓の外に飛び出していく。そして空中でドラゴンに変化すると、翼を広げて地面に降りていった。
「大丈夫かしら……」
心配して私がそう呟いた時。
部屋にいた騎士たちが全員下へ降りたのと入れ替わりで、下から金色のドラゴンが飛翔してきた。
「レイ!」
レイは自分が破壊した窓枠に後ろ足を引っ掛けると、そこで人の姿に戻る。
「メイナ」
「レイ、大丈夫なの?」
私の前に立ったレイに言うと、レイは厳しい顔をしたまま「大丈夫だよ」と答えた。そして自分のマントを外すと、それを私に巻き付けながら、怒りを抑えているようなこわばった声で尋ねてくる。
「何された?」
ドレスの襟元がはだけていたから気になったのだろう。答えによっては再びキリアンのところへ向かいそうな雰囲気だったので、私は急いでこう言った。
「何も。服を引っ張られただけ。大丈夫よ。ところでキリアンは?」
「本当に?」
「本当よ。ねぇ、キリアンはどうなったの?」
「今頃、下で仲間に拘束されてる。噛み付いて体中の骨を砕いてやるつもりだったけど、色々尋問しなければならないし、半分でやめておいたから生きてるよ。逃げようとしていたけど、痛みで魔法が上手く使えないみたいだ」
「そうなの」
ちゃんと拘束されたと知ってホッとする。レイは続けた。
「牢も、魔法が使えないように術がかけられた牢があるから、そこに入れておくよ。昔、森人に頼んで術をかけてもらったらしい。森人は闇人と同じくらい優れた魔法使いだから」
闇人が悪魔なら、森人は精霊だ。彼らもまた人間とほとんど交わってこなかったので、魔力量が多く魔法の扱いに長けている。自然と共に生き、ほとんど森から出てこないらしいけど、善なる存在だ。
レイは説明を終えると、私をそっと抱き上げた。
「医務室に行こう。怪我を見てもらわないと」
「怪我は後で診てもらうわ。それよりパトリシア様のところに戻らないと。髪を切られてショックを受けておられるから。あ、でも先にレイや騎士の人たちにキリアンの事を話した方がいいかしら? キリアンはカザルスと繋がっていたのよ」
「話は後で聞くよ。それにパトリシア様には今、ダリオ殿下がついておられる。だから君はまず手当てを受けるんだ」
有無を言わさず、レイは私を部屋から連れ出した。抱きかかえられているので私はそれに従うしかない。
レイの眉間にはずっとしわが寄っているけど、それは私の事を心配するあまりなのかも。
移動している間、手持ち無沙汰な私はレイにこう尋ねてみた。
「キリアンが言っていたんだけど、竜人って番の居場所が分かるの?」
レイは何か他の事を考えていたのか、警戒する事なく私の質問に答える。
「近くなら結構正確に分かるよ。遠く離れると大体の方角くらいしか分からなくなるけど。それに近ければ匂いでもある程度は追える。竜人は元々鼻がいいけど、番の香りは特に強く感じるんだ。持ち物についた番の匂いで、失くしものを探し当てたりもできる」
「犬みたいね」
私がからかうように言うと、レイもやっと少し笑って答えた。
「そうだね。僕もそう思った。でも、今回みたいに魔法で移動されると匂いは追えないけどね」
前にキリアンが隠した髪飾りをレイが見つけ出してくれたのも、私の匂いを手がかりに探したのだろうか。
私はさらりと言う。
「私って、あなたの番なのね」
レイは思わず足を止めて、目を見開いて私を見た。
けれどすぐに取り繕って視線をそらし、また早足で歩き出す。
「違うよ。今の話は、僕と君の事じゃない」
と、それだけを呟いて。
でも、すでに私の中の疑念は確信に変わっている。なのでここでレイを問い詰めてもいいけど、今はパトリシア様の事も心配だし、明日の結婚式が無事に終わってからにしようと考えた。
そんな私の考えが聞こえたわけではないと思うけど、レイはちょっと冷や汗をかいていたのだった。




