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結婚する理由

作者: 海 潤航

あまり先ではない未来。


日本では少子高齢化が急激に進んでいた。


日本政府は、何年も前からこの問題に取り組んで来たが、なかなか効果を出せないでいた。



内閣特別調査室少子化対策班の会合。


「みんなに集まってもらったのは、緊急事態だからである」


大臣が重々しく話し出す。


「現在わが国の出生率がついに、マイナスになってしまった。これは国家存亡の危機である」


会議室には10人ほどの官僚と関係者が、暗い顔をして座っている。


「今までも、できる限りの事はやった。みんなにも協力してもらってあらゆる手を打ったつもりである。しかし、年々結婚する率は下がっていく一方だ」


副大臣が口を出す。


「こうなった以上、今までとはまったく違った切り口で対策をたてなければならないのだ」


副大臣の声も切羽詰っている。


「・・・であるから、今回は今までと違う分野の方たちに集まってもらったという事である」


大臣は、参加しているメンバーの顔をにらみつけた。


会議室に気まずい沈黙が流れる。


その沈黙を破った若者がいた。


「私に計画があります」


「ほう、始めて見る方だが、君はどの方面の人かね」


金髪のロンゲ、ノーネクタイで髭を生やしている若者は答える。


「心理学者のイサムと言います。この少子化問題は、日本人の晩婚化や未婚の人たちが増えてきている結果だと思うんです」


「そのとおりじゃ。それで・・」


「若者たちを結婚するように仕向けるんです」


「その方法はどうするんじゃ」


心理学者のイサムはにやりと笑った。


「ここまで来ると、正攻法では若者たちを結婚させることは出来ません。そこで少し非合法の手を使うのも仕方がないでしょう」


「非合法の手はいかん」


副大臣が間髪をいれずに口を出す。


「まてまて、副大臣。もう少し話を聞いてみよう」


「ありがとうございます。非合法といっても犯罪ではありませんし、みんなが非合法だとわかる事はない方法です」


「ほう、そんな手があるのかね」


「はい、あります。しかしこれがマスコミに知られると厄介な事になるでしょう。ですから、ここに出席している方の中で、口の堅い方だけに話したいと思います」


大臣は少し考え込んでいた。


「副大臣、この心理学者のイサム君とやらは信用できるのかね」


「大臣、資料によると若者を対象にした心理学では、アメリカやヨーロッパの博士号を持っていると書かれています」


「うむ、分った。この会議が終了したら、わしと副大臣と君だけで話し合おう」




会議が終わり、心理学者のイサムは大臣室で話し込んでいた。


三人でひそひそ話をしている。


ヒソヒソ・・・


大臣は突然悲鳴を上げた。


「君、いくらなんでもそれはまずいだろう」


「大丈夫です。現在の日本のITの技術力を持ってすれば可能ですよ」


副大臣も怪訝そうな声を出す。


「たったそんな事で、若者たちは結婚するのかね。腑に落ちん」


「いえ、今の若者たちの心理を知り尽くしているからこそ、この案を話したんです。そして、たとえ失敗しても誰にもわかりません」


「うむ、確かに誰も気づかないだろうな。なあ副大臣」


「そうですが、こんな事で本当に結婚する若者が増えるんだろうか」


心理学者のイサムはにっこり笑って答える。


「やってみる価値は十分ありますよ」


大臣と副大臣は顔を見合わせた。


「そうだな、駄目で元々だ。やってみるか」


「そうですな、やってみましょうか」


イサムは親指を立てて楽しそうに言う。


「グッド、そうこなくっちゃ」


大臣と副大臣は、心配そうに親指を立てる。


「グッドか・・」


「オッケー、やりましょう」




それから1年後、ジワリと結婚率が上がり始めた。


それと同時に出生率もあがり始めた。


二年後、三年後と緩やかな上昇曲線を描き始めている。


政策は成功したのだ。





大臣室に3人集まっている。


「イサム君、大成功だな」


「でしょう。これからもこの政策を続けていけば、健全な数字になっていくでしょう」


イサムは得意げである。


「しかし、最初イサム君の方法を聞いた時は、まったく信用できなかった。


まさか、SNSをハッキングして、ノーグッドの数値を上げるなんて良く考え付いたね」


イサムは急にまじめな顔になった。


「この方法は、私が思いついたのではなく、心理学者なら誰でも知っていることなんです。


若者が結婚しない理由の一つに、ネット社会に原因があります。


特にフェイスブックをメインとするSNSは、擬似的友達関係を作る事で、世界中に広まりました。


そして画期的だったのが、あの「いいね」だったんです。


何かを投稿すると、いっせいに「いいね」が貰えるんです。良くても悪くても「いいね」の評価があれば、若者は満足します。


たとえ、それが仮想であっても、報酬系のレスポンスとなり、ドーパミンを絶えず潤滑し、孤独から救われていたのです」


「うむ、結局そうだったんだな。私たちの時代と違うのはそこだったんだ」


大臣、副大臣も大きくうなずく。


「若者たちをはじめ、いろんな年代の人たちは、SNSの「いいね」に救われていたんです。


これは悪い事ではないんですが、この結果、結婚・出産というリスクに向かう飢餓感が薄れていたんです」


「そうだな、結婚も出産もリスクだからな」


「結婚は孤独だからするんです。それはいつの時代もそうなんです」


大臣も何か思い出したように話す。


「私も、学生時代貧乏で孤独だった。その時目の前に現れたやさしい女性を恋してしまった。


彼女だけが理解者だったからだ。確かに寂しさから、恋愛を求めたのかもしれん」


「そのとおりです。例え錯覚でも孤独は結婚へ走るきっかけになるんです」


副大臣が口を出す。


「そこで、ノーグッド作戦を考え付いたんだな」


「そうです。若者が投稿する。そして「いいね」をもらう。


その時ハッキングしたSNSに、「ノーグッド」の数値を「いいね」と同じくらいにつける。


こうすれば、「いいね」の報酬系の刺激を「ノーグッド」で打ち消せると思ったのです。


「もともと「いいね」の刺激には実体がないですが、「ノーグッド」の数値は実態があるように思えます。


投稿しても投稿しても、「ノーグッド」がつけば、みんな孤独になっていくのです。


しかし、その「ノーグッド」のつけ方が難しかったですね。いかにも自然についたように見せなければいけなかった。これは日本人のプログラマーが優秀でした。


話題に上らないように、密かに自然にやってのけたので成功したようなものです。


この効果のおかげで、若者は元の孤独に戻ったんです。


まあ元々孤独なので、正常に戻ったんでしょう。


しかし、女子にてきめんに効果が現れたのは意外でした。


婚活パーティーの調査で、結婚率がぐんと上がったのです。もう少しクールだと思っていたのですが、孤独に免疫がなかったからでしょう」



「結婚率が上がれば、子供も出来る。


SNSはまだ続いていくでしょうから、今度は子供自慢の投稿が増えるでしょう。


その時は「いいね」を余分につけるようにプログラミングすれば、未婚の人たちへの刺激になるはずです」


「なるほど、これで人口問題は解決に向かい始めた。ありがとうイサム君」




「人は孤独から抜け出す為に懸命になる生物です。孤独こそ命の根源なのかもしれませんね」


「一人で生まれ、一人で死ぬんだ。だからこそ人生にはリアルな仲間が必要だな」


3人とも、大きくうなずいた。

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