第3話 やったね健さん魔王が増えたよ
今日もお仕事だ。
轢き殺す、轢き殺す、轢き殺す。
あぁ、もう何も感じない。人を殺すことに何も感じない。
なんてね。とっくにそんなもん超越している。
もう10年以上轢き殺し続けてるしまあ多少はね。
『いやぁ鮮やかなドライビングテクニックですねえ。惚れ惚れします』
お前に惚れられても嬉しくない。そもそも未だに顔も知らない。声だけの存在だ。
『私のご尊顔が拝みたければ、こう、あれですね……もっと貢献しろって言いたかったんですけど十分貢献してくれてますね』
拝みたくないのでいいです。
『いやぁ、そう言われると逆に見せたくなりますね……いや、でも見せない方がこう希少価値が……?』
「お前ってバカだよね」
おっと声に出てしまった。
『バカ!? バカって言いました!? 私に!?』
「言ってないよバーァカ」
『ムキーーーーーーーー! もう許しません! 見てなさい!』
女神が吠えた瞬間、助手席が歪んだ。いや、空間が歪んだというべきか。渦巻く陽炎のようだ。
『おっらーーーーーー! 出でよっ世界救われちゃって勇者送り込んだ健さんを恨んでる魔王っ!』
「ギャワーーーーーーー!」
女神のキンキン声が終わると同時に悲鳴が車内に響き渡り、助手席にボテンッと何かが落ちてきた。
「な、なによぉ……なんなのよお……」
でんぐり返しに失敗したかのような格好で助手席にうずくまるのは黒いドレスに赤髪の少女だった。
『さぁ! 魔王よ! この無精髭の冴えない男があなたの仇です! やっちゃいなさい!』
「う、うぅ……魔族の連中に名ばかり魔王にさせられるし勇者にお城は奪われるしどうにか逃げてようやく安定した生活を送れるかと思ったらここどこぉ……」
そしてグスグスとひっくり返ったままで泣き出す魔王少女。
『あれ?』
「あれじゃねえよ。お前めっちゃ可哀想な子にさらに可哀想な仕打ちしてんじゃねえよ」
そこでようやく俺たちの存在に気づいたようで、魔王少女はあわてて体勢を立て直す。そして、俺たちを、というか俺とナビを交互に指差してから叫んだ。
「わっ、妾はイシュタリカ魔族領領主にして歴代最強と謳われる第23代魔王! 貴様ら何者か……場合によっては生きて返さんぞ!」
「いや、名ばかり魔王って言ってたじゃん。あと勇者に追い出されたんじゃん」
「えっ、あう、あう……ふぇえええん」
『何泣かせてるんですか……』
「俺のせいじゃないよね、お前のせいだよね」
「もうやだ〜ここどこぉ〜……」
どんどん混沌に堕ちていく車内。
「とりあえずこの自称魔王元の世界に返してやれよ」
『いや〜無理っす』
「は?」
『他の世界からはまあ肉体ごと持って来れるんですけど〜こっちの世界からは魂しか持っていけないんですよね〜。だからその子には死んでもらうしか無いです』
「やだぁ〜! 死にたくない〜!」
どうすんだよこれ……。
どうにもならないし泣き止まない。名ばかり魔王。さすが勇者に負けて逃げるだけはあるメンタルの弱さだ。
「おなかへった……」
「……まあこれでも食べて落ち着けよ」
俺は自分の昼食用にコンビニで買っておいたファ○チキを取り出した。
「ふぇ……ありがとう……」
おとなしくお礼を言ってファミ○キを受け取りもぐもぐと食べだす魔王少女。その瞬間、魔王少女の目が怪しく赤く輝いた。
「うわっ」
まさか魔力補給させてしまったのか……?
「おーいしーい! なにこれ! なにこれ! 妾もうこの世界に住む!」
ええ……。
「嫌だと言っても貴様についていきます! よろしくおねがいします! 元魔王です!」
……。
『よかったですね、美少女がパーティに加わりましたよ。この世界魔王も何もいませんけど』
「だれか助けてくれ」
「もう一個ください!!!」
こうして、仕事仲間が増えた。
仕事仲間というか荷物が増えた。