第2話 異世界だからって童貞が捨てられるわけじゃない
『今日もお仕事頑張りましょうね〜』
朝。トラックに乗り込むと同時にナビが勝手に起動する。のほほんとした声で話しかけてくるが無視だ。俺は朝は低血圧なのだ。
そもそも人を轢き殺すお仕事って何だ。
『お金はちゃんと振り込んでるじゃないですか』
そういう問題じゃねえよ。そもそもそれも運送会社クビになったからなし崩しにお前が振り込んでるんだろう。
『ほんとですよ〜』
「お前が轢き殺させたせいだろうがよ!」
つい声が出てしまう。普段は脳内を勝手に読んでくるので会話する必要も無いのだが、俺の天性の突っ込みの才能はたまにこうやって発揮される。
『いや、だってね? 本来は神になったんですからあなたは天国でも何でもどこでも暮らせるわけです。ご飯だって要らないし。お金なんて要らないじゃないですか』
「いるよ。俺は人間やめたくないし普通に暮らしたいだけなんだよ」
『そんなもんなんですかねえ。まあいいですけど、とりあえず今日は交通事故に遭う予定の人が……ええと、26人ですね。そのうち異世界に行ってもなんとかなりそうなのは12人。ちゃっちゃといきましょう』
「代わりに俺が轢き殺すことで全部轢き逃げ扱いになるって考えるといたたまれないよなあ」
『代償に世界は救われてるのでセーフですよ。そういえばなんですけど3年前に轢き殺した山口さん、魔王倒したみたいですよ』
「はっや!」
『まあ時間の流れが違いますからね〜異世界は』
「なんだかんだでもう何年も轢き殺し続けてるけど案外世界救うまで行けた奴って少ないよね」
『そりゃそうですよ。まだ完結してないものもあるしエタっちゃったのもあるし』
「今のは聞かなかったことにする」
俺は頭を抱えつつエンジンをかけた。そして、ギアをファーストに入れてゆっくりと発進する。なんだかんだで動かし方は普通のトラックと一緒だ。
『んじゃ、時間になったらワープさせますんで〜。ええと、2時間後かな?そんなもんですね』
適当なものである。とりあえず俺はコンビニに寄って朝飯を買うことにした。
二時間後。
俺は順当に神の餌食になったサラリーマンらしき男を轢き殺した。ちなみに、本来轢き殺す立場になるはずだった居眠り運転の軽自動車は遠くの方で電柱に激突していた。よかったな、加害者にならなくて。
サラリーマンらしき男は……。
「あ、あぁ……まだ俺童貞なのに……死ねねえ……」
そう言って死んだ。大丈夫だ、安心しろ。異世界人生が待ってるぞ。
『あ、今の人もう世界救いましたね』
「はえーよ!」
『時間の流れがアレだったんですよ。ちなみに童貞のままで老衰で亡くなりました』
「早すぎるし残念すぎる」
異世界に行っても必ずしも成功するわけじゃない。結局はその人次第なのだ……。
せっかくの勇者が失敗作だと異世界サイドも大変だ。
『まあ失敗したらまた送り込むだけなんですけどね〜』
その分俺の仕事が増えるんですけど。
俺はため息をついて、次の事故現場予定地にワープした。