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神の国のシャングリ・ラ  作者: 海野
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第二話 その一

今回もお読みいただきありがとうございます。


またしても重たいお話ですが、とにかく世界観の説明が急務かなと思う次第です




「十七はさ、僕らは侵索士になれると思う?」


 僕に限らず、侵索士はたいてい天涯孤独の身である。


「そんなの決まってるじゃないか。候補生の中を探してみても、僕らほど優秀なのはそういないよ」


 それは至極当然のことで、僕らは母親の自然妊娠によって生まれたのではないからだ。遺伝子改良を施された生殖細胞同士を掛け合わせ、人工子宮の内部で養育する。人工的に自然妊娠と全く同じ環境を作り上げ、侵索士として求められる資質を持った子供を大量に生み出す。


「侵索士になったら、怪物と戦うんだよ。怖くないの」


 考え方次第では、侵索士全員が一つの家族ととらえることもできるだろう。生殖細胞同士を掛け合わせる人工知能を母とした、一つの大きな眷属たち。集団教育によって幼いうちから訓練に明け暮れ、他の侵索士候補生と競い合うことを求められる僕らの中には、必然的に落ちこぼれが発生する。そういう子供は侵索士育成から外され、内地でも外地でも軍の要員として雇われることになる。


「――僕は怖いよ。十七」


 侵索士たちが足を踏み入れる『禁書封土』とは、日本列島は本州中央・神州に存在する、一種の空間異常だと説明することができる。天地開闢以来存在するとされるそれは、いまや国民たちにとって公然の秘密となっていた。大日本帝国の今日までの発展の原動力は、あの地からもたらされる禁書の技術であることは、少なくとも日本人にとっては常識に近い。


 だが、国民にも知らないことはある。その一つがあの伽那久羅だ。空間内には防衛機構として、伽那久羅と呼ばれる生物兵器が闊歩している。侵入者を執拗に追跡し、そしてばらばらに引き裂く異形。僕らの装備はほとんど全て、奴に対する対抗手段として開発され、研究されてきた。


「十五が死ぬときは、僕も一緒だ」


 禁書封土へ禁書を回収しに行く任務は『禁土侵索』と呼称される。 禁土侵索とは神聖な職務だと、僕らは教え込まれる。大日本帝国を三〇〇〇年にわたって支えてきた、選ばれし者にしかできない責務。かの異界から禁書と呼ばれる情報を持ち帰り、そこに収納された技術を抜きだすことで、この国は世界に覇権を確立してきた。侵索士は現在八〇〇名程度が現役で活動しているが、その生存率は決して高くはない。


「……許してくれ」


 戦没者は神州の集団墓地に埋葬されている。もちろん大半の侵索士の亡骸は、そこにない。偽りの墓標に花を手向けると、僕はがっくりと膝を突いた。忌野十五の墓標の隣には、延々と続くこれまでの犠牲者たちが並んでいる。帝国が建てられて以来、常に消費され続けてきた人命の痕跡が、連綿とこの場所に刻まれていた。


「――三川班長」


 後ろから、聞き覚えのある声がした。僕は脱力してしまった身体をなすがままにして、振り返らない。六実言子は僕が置いた花束の隣に、十五が好きだった煙草を置いた。そこに置かれたのは箱であるのに、僕の鼻腔はあの懐かしい匂いを嗅いでいた。


「吸うのか、お前」

「まあ、たまには」


 曖昧な返事を寄越して、六実は僕の隣にしゃがんだ。嫌煙ではないが、積極的に吸うこともなかった僕は、点火器の持ち合わせもなかった。言い出せないうちに、僕の手へ箱と点火器の両方が渡され、思わず顔を上げた。


「あんたの考えていることは大体わかるよ」

「かなわないな」


 数度むせた後、ようやく親友の好んだ味が分かってくる。その間、隣の戦友は全くの無言を貫いた。その双眸は墓標に固定され、おそらくはそれではない何かを見つめている。僕の煙草の、最初の灰が落ちたとき、彼女は不意に言った。


「例の禁書、やっぱり中身は教えてくれないらしい」

「だろうな」


 回収された禁書は、すぐに僕らの手を離れ、書陵省は禁儀総局へ受け渡される。そこで内部情報を解析された禁書は、書陵省が持つ図書機――図書枢機院で永久に保存される。そして然るべき時に、然るべき情報が供与されるのだ。それは今回のあの禁書も同様で、死者の情報を記しているかもしれないそれは、永久に日の目を見ないのだろう。


「十五がよく言ってた。僕らはこの国の人を、最も幸せにすることができる仕事についてるんだって」

「僕も散々聞いたよ」


 彼の無邪気さは、時折、僕らに、僕ら自身の不純さを残酷に知らしめることがあった。彼は純粋にこの国のために禁書封土へ赴き、伽那久羅と戦い、そして無残に死んだ。書陵省は、今回の僕らの成果に勲章を出すらしい。合わせて十五たちの侵索班にも、遺贈という形で栄典が授与される。


 僕らは、言ってしまえば書陵省の子供だった。侵索士となることを僕らに運命づけた組織。大日本帝国最古にして最大の政府機関は、それだけの巨体を国民の目から隠し切ることが不可能なことをよく知っていた。


 公然の秘密。禁書封土と同じだ。帝国の最高権威である皇帝や、民意の代表者である内閣総理をも凌駕する超越的な権限の起源は、ひとえに彼らが禁書封土に関する知識を独占していることに発する。


 侵索寮はその中の一組織であり、そして僕らが所属し、帰属する唯一の居場所だった。


「四ツ田のところには」

「もう行ってきた。彼女らしい女がいたけど、あれは騙されてたな」


 ははは、と笑った僕は再びむせ返った。侵索士の身分を隠していたとは流石に驚きだったが、あの四ツ田ならやりかねない。女と快楽のためには文字通り命を投げ出す男だった。だが、少なくとも、奴にはここ以外に居場所があったということだ。


 六実が次の煙草に火を点けようとしたとき、急に視界表示が着信を示す。侵索寮の作戦管制官からだ。


「行こう。私たちの場所へ戻らないと」

「ああ」


 紫煙だけがその場に残される。


 仲間の死を悼んでいられる時間は、戦士たる僕らにとってあまりにも短い。





次回からはとうとう三川たちも動き出します。 

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