1 ネコのお願い『笑い猫』
これから一週間だけ連続投稿します。
世界観は変わらないのでご安心を。
ただ時間軸はバラバラです。
産まれた時からネコが見える。
ふと目を向けるとネコがいる。
それは道の向こう、窓の向こう、草むらの中、木の上、夢の中。
毎日と言う訳ではなく、時々ふとした瞬間視界に写る。
その外見はいつも同じで真っ黒な体と金色の目をしていた。
そしてそのネコは、他人には見えない。
もう他人にネコが見えるか確認を取るのも諦めた。
僕が言うネコが見える人はこの町にも家族にもいない。
じっとしていてこっちをずっと見ているクロネコは、こっちが近づくとゆっくり歩いて去ってしまう。
僕は町のしがない飲食店で産まれた長男。まだまだ小さい子供だけど、これでも結構大きくなったんだぞ?(120センチ)
父が料理、母と妹が接客、僕は状況に応じて動く感じで店はなんとか回っている。大通りの外れにあるせいで中々客が来ないけど、夜になると常連客や他人の目を気にする客が結構来る。
朝は食材調達と仕込み。
いつもの仕入れ先に早く行っていい食材を調達するため朝は早くなければならない。
ベットから起き出して顔を井戸で洗ってから家の裏に置いてある荷台を準備して妹と一緒に向かう。まだ朝日が上っていない霧のたつ道を妹と一緒に荷車を引いて進む。
仕入れ先では僕たちが着くより先に、何人か他の飲食店や宿の人達が来ていてもうほとんど買い占められていた。彼らは寝るのも早いから起きるのも早い。
「あ、貧乏店の兄弟が来てるぜ!」
「ほんとだ。しかも荷台持ってきてる!」
「あははは! 貧乏~!」
高級料理店の買付は目利きを雇うけど、中小店は駆け出しの新人や子供を買い付けに行かせている。食材の良し悪しを見極める訓練になるから。
そして小規模店の僕たちとは違い、ほとんどの中小規模の店は馬車で買いに来る。家は馬を世話する余裕も金もない。
だから貧乏と言われるのもしょうがないと思っているけど、よく飽きもせずに毎回からかえるものだ。
「うるさーーーい! 家は必死にやってんの! 邪魔しないで!」
「やーめーろ!」
一々反応する妹を止める。
「でも……!」
「お前が反応するからアイツらは面白がってるんだ。無視しろ」
「うぅ~~~!」
納得行かない妹をなだめながら余った食材を買っていく。何時もの事だ。
すると、後ろから声をかけられた。
「おはよ、相変わらず仲が良いね?」
「お、おはよ。き、キミも、ね」
会えた時は何時も話しかけてくれる同じ小規模店の幼馴染みだ。
つい、ドキッとしてどもりぎみに返してしまう。
茶色の髪で自己主張の少ない顔をしている。僕たちと同じ荷台を引いていた。しかも一人で。しっかり者で優しくて、あっちの金持ち店より先に僕達に挨拶しに来てくれる。それが何の根拠も無しに心が勝手に浮かれて嬉しくなってしまう。将来こんな人と結婚できてらなと、つい考えてしまう。
告白する勇気も無いくせに。
ボーッと考え事をしているといきなり腕をつねられた。
「イテッ」
「デレデレしない!」
妹に肘の辺りをつねられて無理矢理会話を中断してしまった。
もう少し大目に見てよ。
「ふふ。じゃあ、またね」
「さようなら!」
「じ、じゃあね!」
ああ、もう少し話をしたかった。
妹は手を振っているけど、ほっぺがすごくプックリしている。家に帰るまでむくれっ面だなこれは。
何時もの事なのにいい加減勘弁してよ。
昼は仕込み調理と宣伝、店のオープンで忙しい。
父さんは朝から僕たちが買ってきた食材で仕込みを始め、母さんは接客。僕たちは机と椅子を並べて掃除して、店の準備。
そして僕は父さんの料理の練習。
そして客層が一番多いのが夕方から夜の間。
仕事疲れの騎士や冒険者が遅くまでいる。
騎士による何時も通りの上司の愚痴。
「また騎士長に仕事を押し付けられた! もううんざりだ!」
冒険者のくだらなくてスケールの小さい自慢話。
「ゴブリンなんざ相手になんねえぜ! もっと強え獲物を殺してえなぁ!」
心底つまんない。だって毎回同じ話ばかりだもの。
そしていつも通り仕事が終わった後。
家はそれなりの大きさのある二階建ての家をしていて一階が店、二階がそれぞれの部屋になっている。
店を閉めた後、ようやく自分達の食事をする。
客の余り物で。
「お兄ちゃん、ご飯出来たよー!」
客は毎日平均して15人は来てくれるからそれなりに稼げる。しかも夜遅くまで飲んだくれる客もいるからよけい自分達の夕食が遅くなる。
正直ウンザリする。
僕も学校に行きたい。
「またお兄ちゃんが学校に行きたそうな顔してる!」
時々思うが妹は心を読む力でもあるのだろうか?
「この家に産まれた以上、俺の店を継いで貰う。学校なんぞ必要ない」
「あなた。ごめんね、せめて学校は行かせてあげたかったんだけど……」
父さんは僕が家を継ぐ事を何故か確信してるし決っているらしい。母さんも諦めてるのか説得しない。
僕は正直店を継がず、自由に生きたい。もっと小さいときは冒険者に憧れてたけど、親がこんなんだし、僕自身冒険者に絶望し、なれるはず無いと諦めている。家を出るだけで僕は自由になれるけど、家を出る勇気は無い。毎日店に来る客は怖い人ばかりだし、外で生きる術を僕は知らない。
情けない自分がキライだ。せめて何か、この脈絡の無い人生に少しでも刺激が欲しいと考えながらも、結局何も行動しない。こんな僕が外で生きていけるか?
答えは決まっている。
絶対に無理だ。
あー、つまらない。
灰色だ。
灰色の人生だ。
「……あ」
まただ。クロネコが見える。
店の窓の向こうに月を背にして静かにたたずんでいる。
「……」
「あ、またお兄ちゃんがネコを見た時の顔してる!」
「またか。一体何なんだそれは」
「一回、医者に見せた方がいいかしら?」
言葉を覚えた時からネコがいると他の人には見えないネコの事を言い続けて来たから家族は皆知ってる。
どうせどうにもならないんだからほっといてくれよ。
夕食を終えて明日のために二階の自分の部屋でベットに横になる。
何時も通りの何時もの時間。何時もの就寝。
しかし1つ違った。
夢の中。
延々と続く道をネコに引っ張られて付いていく夢。
頭は何も考えられず、目は虚ろ、口は半開き。
随分だらしない。
でも何だか何時もの灰色の日常ではなく、すごく晴れやかで退屈しない、やるべきことやりたいことをしている時のような心が弾む忘れていた懐かしい感覚がする。
何時だったかな? 僕が心からワクワクして何かに打ち込んだのは。
次の日。
夢の事は忘れ、しかし何かやりとげたみたいな充実感を少しだけ感じながら昼を過ごした。あの子に会えなかった以外は何時も通りの日常だったけど少しだけ楽しかった気がする。
その夜。窓の向こう、二階の僕の部屋の窓にクロネコが表れた。
寝る前に見るとは珍しい。
「……」
「……」
いつもと同じだ。
あっちが僕を見つめ、こっちも見つめ返す。
じっとしている。
いつもと同じように。
何時もは僕が目をそらして仕事に打ち込むのだが、今日はじっと見つめてみた。
するとクロネコが、『ニヤリ』と笑った。
「!?」
何か、バカにされた気がする。
でもネコってあんなに綺麗にニヤリと笑えるんだ。知らなかった。
正直、凄く追いかけたい。
何か使命感みたいなものが僕の胸を駆り立てている。
どうしよう?
明日の朝も早く起きなきゃならないけど。
親にばれたら間違いなく怒られる。
皆心配するだろうな。
あ~、夜に変な人に捕まらないかな?
夜の町って初めてだからオバケとか出ないかな?
それでも……
「……!」
気付いたら、ベットから起き出してクロネコを追いかけて二階の窓から屋根の上に上がっていた。
退屈ないつも通りがとうとう嫌になったか、つい魔が差した。
その事を、僕はすぐに後悔する事になる。
そして遠くない未来、その事を僕は感謝する。
次回は明日
読んでくれてありがとうございました!