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あ、小鳥  作者: 一滴
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騎士と雨と渇きと

 ある王国に妻と子をもつ仕事熱心な騎士がいた。

 彼は責任感が強く、自分を選んでくれた妻と産んだ娘を失わないように熱心に仕事をこなしていた。

 妻と娘にデレデレで、よく同僚の騎士に自慢話を聞かせるところがあったが、それも愛嬌の一つとして受け入れられていた。

 そのせいで仲間内から(ねた)まれたりもしているが、与えられた仕事を熱心にこなす姿は多くの人々に好感を持たれていた。


「ただいま」

「おかえり、ぱぱー!」

「おかえりなさい、あなた」


 家のドアを開けると同時に娘が胸に飛び込んでくる。

 小鳥のように軽くて暖かくて柔らかい。茶色くふわふわした髪と丸い目が印象的な元気な娘だ。

 それを家の奥から妻が笑っておかえりなさいと言ってくれる。

 騎士の彼よりイケメンで財力のあった別の男に言い寄られていたのに、断って彼を選んだ彼女はおっとりした娘と同じ茶色く長い髪をしている。

 とても温かで幸せな時間にその騎士の男は心底満足していた。


 そんなある日、上司が貴族からの指名依頼が来たと言って男を呼び出し仕事を頼んだ。

 娘も大きくなってきている。金が必要だったから仕事を二つ返事で了承した。

 仕事内容はある貴族の護衛だった。しかも何か訳ありなのか連れていく騎士の数は一人が限界らしい。

 貴族の相手はとても疲れる。

 ただの馬鹿だったり変な性癖を持った貴族など愚痴を言い出したら止まらない。とにかく全てを我慢して迅速に依頼を終わらせることに終始した。

 家に帰れば愛しい妻と娘が癒してくれると自分を慰め貴族についていく。

 この貴族の目的はどうやらお忍びの密会のようで門番を任された。


 しかし、貴族は騙されその偽物の密会に罠として引っかけられ殺されかけた。

 間一髪騎士が救いだしたが、助けた貴族が「騎士の男が自分を()めた!」と言い出し彼に責任を押し付けた。

 実はこの貴族が今回行った密会は非合法の取引で、襲われた際に罪が露見し逃げるために騎士を犠牲にしたのだった。

 当然騎士の男は無実だと言いはるが聞き取ってもらえず、何故か家から証拠品まで出てきてしまった。

 この貴族がこれまで、隙を見せたりヘマをしたとたんに、寄って集って蹴落とされる貴族社会で生き残ってきた一つの理由がこれ。彼はいわゆる偽証拠を作って狙った相手を突き落としたり犠牲にしたりする業にたけていた。


 全ての罪を被せられ、弁解も効果なく騎士の称号は剥奪。

 妻は証拠の無い尋問に耐えきれず死亡。

 娘は奴隷として売られた。

 奴隷の末路に良い話は全く聞かない。

 男は処刑前に自分の妻と娘の末路を自分を嵌めた貴族から聞かされた。

 その貴族は自分が嵌めた者が絶望に染まる顔を見るのも堪らなく好きだったからだ。


 雨が降っていた。


 男が今いるのは牢獄だったが、雨音は聞こえた。

 ザアアアアアアアアアアアアアと、音がする。

 自分の体温が落ちていくのが判る。

 胸の内にあった暖かいものが消えた損失感が全身を冷たく冷ました。

 男は絶望したのだ。

 それが、我慢しがたい怒りに変わるのにそう時間は掛からない。

 自分の誇りであった騎士の称号は消え、

 妻も娘も無くし、

 自分の命すらも、もうすぐ無くす。


 次第に怒りも我慢も殺意も理性も未来も何もかもが虚無感に飲み込まれ、心にポッカリ()いた空虚な穴が男に『渇き』を感じさせた。


 渇く、

 渇く、渇く、

 渇く、渇く、渇く、渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く


「ガア……グ……」


 男の頭にはもう妻の顔も娘の事も、貴族に対する怒りさえも渇きに飲み込まれ、『渇き』に対する耐えきれない飢えが男の頭と心を真っ黒に塗り潰していく。

 耳はいつの間にかそばにある人間の鼓動の音を掴んで離さなくなり、鼓動の音を聞くたびに喉と口が渇き、心臓が早鐘のようにうるさく痛いほど鳴り響き、体は痙攣(けいれん)しだした。

 目は既に血走って真っ赤になっている。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 男はあろうことか素手で腕と足の枷を引きちぎり鉄格子を食い破って目の前の貴族(いのち)に噛み付いた。

 今のこの男を止めるのに、鉄の足枷と牢屋の鉄格子では不足過ぎた。

 すぐに見張りが警報を鳴らすが、その隙に男が腰に下げていた剣を握り縦に両断し、その血を浴びた。


「ガワグンダヨオオオオオオオオオ!!!」


 男は牢屋の中の他の罪人達さえ年性別関係無く殺し回ってその血を浴びた。


「カバグ……ガアグ、ガワグアアア!!!」


 駆けつけた騎士達すらも斬り殺し、その中に混じっていた自慢話を聞かせた同僚の血も浴びた。


「ガアアアワアアアアアアガアアアアア!!!」


 町に飛び出し耳に届く鼓動に誘われるまま老若男女を殺し続けてその血を浴びた。


「ガアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 鼓動の音と渇きに突き動かされ、聞こえる鼓動を止め続けた。


「アアアアァァァアァァァァアァ!!!」


 雨が降る。


 感情を虚無感に呑まれた男が流すハズだった涙のように雨が降る。


 いつの間にか男の浴び続けた返り血は黒く染まり、降り続く雨と混じわり男の体を(まと)い出した。


 男が無くした騎士の姿へと。


 握っていた剣は、いつの間にか長さ2メートル近い長刀に、


 体全身は真っ黒な鎧に、


 顔を覆う兜の隙間から覗くその目は、真っ赤に染まっていた。


 その日、一日で一国の半数を一人で殺し回り、その後数十年間、残虐非道、神出鬼没、惨殺無敗の歴史を積み上げる狂気のモンスター『黒騎士』が生まれた。


 その後、雨と共に現れる神出鬼没の化け物であり、暖かくて柔らかい子供の命を求めて徘徊するモンスターとして恐れられ、子供の脅し文句にも使われるようになる。


『雨の日に悪い事をすると黒騎士に殺されるよ!』


 本当かホラ話か、滅んだ国の生き残りがあの日空で蒼い竜が笑っていたと言う話を聞くが事実かどうかは(さだ)かではない。


 その数十年後、黒騎士の前に二人の少年と少女が相対する。

読んでくれてありがとうございます

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