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あ、小鳥  作者: 一滴
3/25

犬と冒険者と

読んでくれてありがとうございます!

 森。

 さして高くもなく低すぎる訳でもない木々の間を、俺は剣一本握ってひたすら突き進む。

 この時期は暑く森の中ってこともあり、ジメジメしててうっとうしい。

 こんな森の中で討伐依頼のターゲットを探すのは骨が折れる。


 俺はEランク冒険者だ。冒険者ランクはFからSまである。つまり下から二番目。弱いとか言うなよ? これでもゴブリン十匹くらいはやれんだからな。

 親がろくでなしだったせいで家を追い出され、そのまま落ちるように冒険者ギルドに入ったのが十才の時だったが、最初は本当に苦労した。

 特につらかったのは冒険者登録した帰りに追い剥ぎにやられてスッポンポンにされた事だな。そこら辺のネズミとゴキブリが這い回ってた布切れを羽織って路地裏で眠ようとしたが、夜ネズミに体をかじられ全く眠れなかった。次の日、他の冒険者に笑われながら依頼を受けて森に入り、そこら辺の小石を投げてゴブリンやスライムを倒しながら僅かな金を貯め、やっとこさ普通の服を買ったあの時の感動は死んでも忘れん。


 あーあ、あの鳥みたいに気楽に生きてぇな~。


 で、今日もそれとなく簡単で、多少稼げる依頼を取って森に潜った訳なんだが……何だあれ?

 目の前には犬。子犬とは言わんが大人とも言えない中途半端な大きさの犬が一匹傷ついてうずくまっている。

 その犬を囲って今日の依頼であるバブルウルフの子供達が蹴ったりションベンを掛けたりしてるな。それを犬はぷるぷると震えながら堪えていた。

 ……ナニコレ?

 苛められてんの?

 しばらく放心してたけど段々イライラしてきた。

 今日の討伐依頼対象だし、切り飛ばそう。

 バブルウルフは群れると厄介だが単体だとゴブリンとたいして変わらん。強いて言えば足が早くて攻撃を避け、その名の通り泡を吐く程度だ。逃げる時足を滑らせて転ぶことがあるが、気をつければ問題ない。

 対象ランクはDランクからだが俺には問題ない。要領を掴めばたいして問題ないモンスターだからな。子供だし。

 さて、この犬どうしよ?

 すでにぷるぷるがピクピクになってるな。

 ……しゃあ無い、助けてやるか。


 持って帰って洗ってやったらけっこう毛並みのいい可愛い犬になった。

 しかし困った。これ以上無いくらい懐きやがった。どこまでも付いてくる。

 あら、可愛い。

 でもトイレまで付いてくるな!


「お? 何だワンドッグ、子でも産んだのかー? ワハハハハハハハハハハ!」

「あら、かわいい~」

「ギャハハハハハハハハハハハ! ダッセー!」

「おいおい、いくら一人が寂しいからって子犬をつれ回すなよ~」

「てめえら……」

「ワンッ!」


 恥ずい。むず痒い。あとテメエは黙ってろ、犬ッコロ!

 町を歩く度にそこら中から声をかけられからかわれる。今すぐ回れ右して帰りたい。

 が、冒険者として生計をたてている俺としては今日何もせずに帰るのは今後の生活資金的にキツい。逃げずに仕事を取らなければ。

 この羞恥、最初に追い剥ぎにやられた頃を思い出すな。

 ちなみに俺はこの町だけだが『一犬(ワンドッグ)』って呼ばれてる。まあ、二つ名と言うよりアダ名に近いな。子犬ほど弱くなく、されどオオカミのように強くもない。それでも誘われない限りほとんど一人で依頼をこなしているから何時しかそう呼ばれるようになったってところか。

 別に一人が好きと言う訳じゃなく一人が気ままなだけ。何度かパーティーに誘われたし大人数で仕事をしたこともあるけど、何となく気が乗らなかったから全部断ってきたらいつの間にかそう呼ばれる様になっていた。


 羞恥心に耐えながら冒険者ギルドの扉を開ける。


「ワンッ!」

「お前は黙ってろ!」


 扉を開けたとたん、犬ッコロが鳴いた。

 『たのもー』って言ったように見えたのは気のせいだろうか?


「「「「「…………」」」」」


 ギルド内を言い様のない静寂が支配した。

 何だろう、この静寂。

 皆こっち見て固まってる。

 口が半開きのヤツもいるし。


「……プッ」


 時々一緒に仕事をする同僚が一人吹き出したのを皮切りに、


「「「ぎゃはははははははははははははは!!!」」」


 ギルド内のほぼ全員が腹を抱えて笑い出した。

 数人ひっくり返ってる。

 自分の顔が苦笑いになっていくのがよくわかるな。

 さぞ間抜け面なんだろう。


「……ククッ、漫才見せにわざわざ来たのか? クク」

「大成功だよ、最高だ!」

「プックク……懐いたのかその犬?」


 好き勝手言いやがって、ったく。


「森で拾ったらついてきちまっただけだ!」

「ワンッ!」

「「「ぎゃ~っはっはっはっはっはっはっは!!!」」」




 ……結局仕事にまで付いてきやがったし。

 見物に後ろから何人か付いてきてる気配がある。

 いい見世物とでも思ってんのかねえ? 追い返すか……?

 ……いや、ほっとこう。無駄な体力使うだけだ。

 森を進んでしばらくしたら目的のバブルウルフを四匹見つけた。さてどうするか。子供と違って迂闊にやると危険だ。しかも一匹じゃなく四匹もいる。群れたバブルウルフは面倒だ。今まで一匹のはぐれたバブルウルフを、鳴く暇も与えず倒すことで依頼をこなしてきたからランクが一つ上でもこうしてこなせてきた訳だが、群れたバブルウルフはダメだ。俺じゃ無理。他の標的を探そう。


「ヴァウッ!」

「ってちょっと!?」


 俺が腰を浮かした瞬間、犬ッコロが一匹で飛び出して行きやがった。何してんだ命知らず! 一匹での特攻はただの自殺志願者のする事だぞ!?

 隠れていた草むらから出たアイツはバブルウルフ達の目の前に立ちはだかった。


「アオォーーーーーーーーーーーー!」


 バブルウルフが吠えた。仲間呼ばれたな。

 でも、今アイツらはこっちに気付いていないしあっちの犬ッコロに気を取られてる。

 チャンスだ。特攻は役に立たなかったが、囮には十分だ。

 仲間が来る前に切り殺す!

 草むらから飛び出し目の前で一瞬だけ硬直した二匹を切る。

 残った二匹のうち一匹がこっちに向かって飛び掛かった。

 剣を盾にして殴り倒し、地面に転がった隙に飛び上がったもう一匹を空中で切る。

 最後の一匹。

 倒れた地面からはもう起き上がってる。

 こっちを警戒して迂闊に切りかかれない。

 俺は大きい依頼で成り上がった実力派じゃなくて、簡単な依頼の数で成り上がったEランク冒険者だからな。たいして特別な所なんて無いから迂闊な攻撃はできない。

 どうするか……


「ヴァウッ!」

「ギャウッ!」


 おお、犬ッコロがバブルウルフに飛びかかった!

 取っ組み合いになってるけどただ見ている訳にもいかんな。

 横槍失礼。

 バブルウルフの首に剣を突き立て戦闘終了。

 とっとと離れよう。


「行くぞ!」

「ワンッ!」


 討伐部位のキバを回収したらすぐに走り出す。

 しかし、


「ヴァウッ!」

「ヴォゥッ!」

「ガルルルルルル」


 げ、逃げようとした方向から現れやがった。

 こう言う場合で正面から戦うのは論外。

 よって、


「逃げるぞ!」

「ワンッ!」


 回れ右してダッシュ。

 そして後ろの方でコソコソ付いてきてた野次馬冒険者共にバブルウルフ達を押し付ける!


「テメッ、俺達に押し付ける気か!?」

「げ、もう来た!」

「そっちは三人いるんだから大丈夫だろ? 見物料だ! アディオス!」

「ワンッ!」

「「「テメェェェェェエエエ!!!」」」


 その日、俺達は見事依頼を完遂し、その晩ヨレヨレになって帰ってきた同僚達に酒場で無理矢理奢らされた。


 その後、いくつか別の依頼をやってみたが、犬ッコロが意外と役に立つ。

 何でコイツ苛められてたんだ?

 走るの早いし、逃げたヤツの追跡とかお手の物だし、たまに金物を見つけたりしやがる。

 後、モンスターを引き付けて戦況を俺の都合のいいように引っ掻き回してくれるから戦闘が信じられんほど有利に楽に早くなった。

 同じ人間じゃないから気楽だし。

 仕事が少し楽しくなった。




 そんなこんなで一緒に暮らす内に何時の間にか数ヶ月過ぎていた。

 朝一緒に起きてまず毛繕いをする。

 気持ち良さそうだ。

 その後、朝食を一緒に食べたら依頼を受けに行く。

 数ヶ月のうちに俺の呼び名が『ベビーケルベロス』、通称『ベビケロ』になっていた。不自由はしないからほっといてたが、なんか()められてる気がするな。呼ばれる度にむず痒い。

 ちなみにランクはDになった。もうバブルウルフの群を狩れる様になったからな。

 コイツは今やギルドの愛玩動物になってる。最初は大爆笑されたが、日をおうごとに声を掛けてくる人数が増えてギルドは随分明るくなった。

 犬一匹でここまで変わったのか?

 そんなに簡単に人って変わるのか?

 気のせい、だよな?


「よしよし、肉食うか? 犬ッコロ」

「ハハハハ、見ろこの尻尾。竜巻起こしそうだぜ!」

「バーカ、犬が竜巻起こせっかよ。そんなバカよりこっち来い犬ッコロ」

「ワンッ!」

「うわ、フッカフカ! 毎日毛繕いしてんのかお前。羨ましいな」

「やめろやめろ! お前を毛繕いするなんざキモくてできねえ!」

「んだとコラ!」

「「「……確かにヤダ……」」」

「な、テメェら……」


 いや、本当に変わったのかも……

 受け付けに何時もの依頼を頼みに行くと、


「おはようございます。なるべくそのワンちゃんの隣に立たないようにしてください。癒し(ワンちゃん)が汚れます」


 この頃日常的に毒を吐くようになった受け付け嬢の毒舌女が息を吐くように毒を吐いた。本当にコイツは……

 何時だったかこの毒舌女に犬ッコロを撫でさせてやった時の顔面崩壊が衝撃的過ぎてギルド中がその話題で持ちきりになったことがあった。一週間はその話題で皆の酒がうまかった。当然俺の酒もうまかった。

 撫でられてた犬ッコロの次に間近で見ていた俺としてもスゴい衝撃だったからな。今でも鮮明に覚えてる。コイツのたるみにたるんだ顔。あ~酒がうまい。

 からかわれ過ぎてグレた毒舌女はしばらく引き込もってたらしい。ちなみに今その話題はコイツの前では禁句だ。コイツがSランク越えの鬼になる。

 だがいくらからかわれたにしろ俺に当たんなよ。

 『撫でたい』つったのお前だろうがよ。


「あぁ!? コイツはテメェのかよ!? 俺の立ち位置に一々毒吐くな! 毒舌女!」

「ハンッ、ワンちゃんと一緒に仕事できるだけでもありがたく思いなさいな、ベビケロ!」

「前々から思ってたけどそれ絶対悪口だよな!? 妙にカエルみたいなフレーズ混じっててイラッと来んだけど!」

「貴方はしょせんこのワンちゃんがいないと孤立する引き込もりなんですから少しはこの子に感謝なさい! そして私に貸しなさい! 今すぐ! むしろよこせ!」

「テメェ、本音はやっぱりそれかぁ! 絶対やるか!」

「さあこっちに来なさいワンちゃん! 美味しいお肉沢山ありますよ!?」

「物で釣るなこら!」

「さあ! さあ!! さあ!!!」

「ワンワンッ!」

「「はい、ごめんなさい!」」


 ケンカするなと言われたような気がするんだよな。

 何でだろう?


「またやってるよ」

「明日同じやり取りするに銀貨10枚」

「犬ッコロにそっぽ向かれて二人で絶望するに12枚」

「他の受け付けも交ざって、最後は一緒に怒られるに15枚」


 何時もの事だ。


 そして一緒に仕事をする。


ジャンプしろ(ピューピッ)!」

「ワオウ!」


 コイツは足の速さだけバブルウルフより早いから囮役として標的を誘導し、罠の前でジャンプさせ後ろの標的だけを一網打尽にするのがこの頃の狩りだ。数ヶ月も経てば慣れたもので、指示の種類も増え、成果は格段に上がった。

 怪我一つ無く俺達は帰路につく。

 それにこの頃は午前中に仕事を終わらせる事も増えてきた。

 金も貯まり一緒にゆっくり町を歩いて買い食いや武具の点検をする。


「おーい、ベビケロ! ソイツ撫でさせてくれたら装備の点検格安でやってやるぞ!」

「そっちの汚れた店じゃなくてこっちに来いよ! いい装備と交換してやんぜ!」

「ほらほらワンちゃんの大好物な骨付き肉よ! こっちおいで!」

「ワンちゃん!」

「犬ッコロ!」


 俺じゃなく犬ッコロへのアプローチの方が激しいことを若干不満に思いながら貯まった金で店を回る。町の奴等はこの頃金払いがよく可愛い犬を連れた冒険者として俺を覚えたみたいだ。時々こうしてサービスもしてくれる。まあ、コイツを撫でたいだけかもしれんが。

 後は借りてる宿で一緒にダラける。



 そんなある日、俺は指名依頼を受けた。

 依頼内容はめんどうだ。

 バブルウルフの数が増え出してるから、現状の偵察に俺と犬ッコロが指名された。

 なんでも犬ッコロの鼻が頼りらしい。俺はその飾り。

 出発するとき俺より犬の方が心配された。その事に俺自身が解せてしまっていることが解せん。


「クゥン」

「あ? いや、大丈夫。考え事だ」

「ワンッ」

「だから大丈夫だって」


 さっさと済ませて帰ろう。

 なるべく気配を殺して偵察を開始する。

 今は夜だ。

 風の向き、音、気配、様々な物に気を使わなきゃならないから何時もより疲れる。コイツも若干動きが固い。

 それでも進むこと数時間後、目の前に丸まって寝ている数十匹のバブルウルフの群れを発見した。

 スゴい数が集まっている。百に届きそうだ。

 呼吸のリズムが狂って「こひゅっ」って声が出ちまった。

 コイツらが目を覚ましたら大変だ。町にこの数で襲われると死人が出るぞ。

 俺達が受けた依頼は現在の群れの大体の数。つまり何匹いるかの確認であって駆除ではない。

 よってここは迅速に撤退する事が最優先だ。


 ゆっくり、ゆっくり、後退する。


 やけに自分の心臓の音がデカイくてうるさい。


 こんなときに地面の小枝とかを踏み砕いて音でも鳴らそうもんなら速攻コイツらの夜食にされちまう。


 最新の注意を払って、


 ゆっくり、


 静かに、


 後ろに、


 後退、


 を、


パキッ!


「っ!!?」


 お、俺じゃねえぞ!?

 振り向くと口を半開きにして眉を寄せた俺でもわかるほどのしまった顔をした犬が、小枝を踏んでいた。

 お前かあああああああ!


「…………ウウゥ……」


 や、ヤバイ!


「逃げるぞ!」

「ワンッ!」


 隠密行動を捨てて俺も犬も全力で逃げ出した。


「ガウッ!」

「グルルルル」

「アオォォォォォォォォォーーーーーーーー!」


 本格的にやつら目を覚ましやがったな。

 後ろからサクウルフの息づかいと走って追ってくる気配がする。



「……………グウウウオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォ~~~~~ーーーーーーーーー……………………」



 スゴい太くてやけに長い遠吠えが聞こえた。

 これってもしかしてバブルウルフの上位互換がいるんじゃ?

 こりゃあランクB以上じゃないと殲滅は無理だな。

 なるべく早く行かなきゃ追い付かれるか。


「足を止めるな! このまま逃げ切るぞ!」

「ワンッ!」


 もし本当にバブルウルフの上位互換がいるとすれば遭遇するのは極力避けなきゃならない。

 まず勝てる気しないし、正直逃げ切れるかも不安だ。

 バブルウルフだけならなんとか逃げ切れると思うが。


「ワンッ、ワンッ!」

「え!? 何!?」

「ギャウ!」

「ヴァンッ!」

「グルルルル……」

「げ、」


 追い付かれた。

 パッと見8匹いるな。

 だが、ここで戦ってたら後ろにいるかもしれない上位互換に確実に追い付かれる。

 ここは、逃げの一手だ!


「突っ切るぞ!」

「ワンッ!」


「「「アオォォォォォォォォォーーーーーン!」」」


 バブルウルフ達が一斉に吠える。

 リーダーに場所を知らせたのか?

 いよいよ早く逃げなきゃヤバイかも、なんて考えてたら進行方向に巨大な影が降ってきた。


「は?」

「……キュゥゥン…………」


「グルルルルルルルル!」


 あんまりにもあんまりな事態に思わず足を止めちまった。

 周りのバブルウルフが吠えた数秒後、上から縦3メートルはあるんじゃないかってぐらい大きいオオカミが降ってきやがった。

 体に青いスジが浮き出て脈打ってる。

 夜のせいで見えずらいが目だけは真っ赤に光ってる。

 冗談だよな?

 知らないモンスターだが、大きさといままで見てきたモンスターとは一線を画す威圧感から、少なくとも『中位種』以上なのは確実。

 ようはBランク冒険者のパーティーで相手にすべき化け物ってことだ。


「グルルル」


 オオカミが唸り声を上げ、体の模様が激しく脈打った。

 ヤバイ、何かする気だ!


走れ(ピューッ)!」

「ッ! ワンッ!」


 急いで犬に指示を出しながら向きを変えて駆け出す。

 とりあえず諦めるのは死んだ後だ。

 とにかく生き延びろ!

 走……


「おあっ!?」


 足が滑った!?

 何てこった!

 バブルウルフの泡に滑って転んだ!

 あまりに目の前のオオカミが衝撃的過ぎて注意を怠った!

 ヤバッ!


「グァウッ!」


 もちろん後ろのオオカミがそんな隙逃す訳もなく、後ろから何か来ると認識した瞬間、背中に衝撃。

 全身の水分が粟立ち、全身に全く同時に打撃を打ち込まれた感覚がした。

 肺の中の空気が吐き出され胃が激しくかき乱されて一発吐いた。

 そのまま地面にぶっ倒れる。

 今コイツ、何しやがった!?


「……キュゥゥ~…………」


 犬ッコロが側に寄ってきて頭を擦り付けたり、力をいれて立たせようとしてくる。

 こんな状況で他人の心配するな、逃げろ。

 そう口笛を吹こうとしてもうまく空気を吸い込めない。

 さっきの攻撃か。


「ヴァウッ!」


 オオカミが吠える。

 それだけで言い様のない悪寒が背筋を這い廻る。

 全身が痛いうえに、肺が気持ち悪い。

 倒れた体を必死こいて持ち上げようとするが、痛くて持ち上がんない。


「……クソ…………ッタレ……がぁ……!」


 なんとか仰向けになるも、怖すぎるオオカミの顔が見えるようなっただけだ。

 ザク、ザク、とオオカミが近づいて来る音が発狂しそうな程嫌な想像を思い起こさせる。

 死が近づいて来るとか、自分を食い散らかすシーンとか、犬ッコロが食われるシーンとかが一瞬で頭の中を駆け巡って落ち着かない。

 どっちにしろ死ぬイメージしか浮かばない。


「ガルルルルルルルルル!」

「ワンッ! ワンワンッ!」


 犬ッコロがオオカミに向かって吠えるが、全然効果がない。

 そもそも大きさが違う。

 いいから逃げろっての。


「グァウ!」

「キャンッ!」


 オオカミが前足で踏みつけただけで犬ッコロは地面に縫い付けられた。

 何で逃げなかったんだよ。

 結果なんて考えるまでもないだろ。


「……ち、くしょ………ぉ」


 頭の中が死で埋め尽くされる。心臓がうるさい。落ち着かない。全然打開策が思い付かない。どうする!? どうする、どうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうすりゃあいい!?


 まだ死にたくねえ!!!



「ククッ」



 笑い声が聞こえた。

 いつの間にか仰向けに倒れた俺の隣に一人のバンダナを巻いた女性が立っていた。

 本当にいつの間に!?


「グァウッ!」


 彼女を確認した瞬間、オオカミが地面に押さえつけてた犬ッコロを解放して引き下がった。

 何だ?

 わずかに震えてるようにも見える。


「触らぬ神にたたり無し。さあ、どうする?」


 その女は一言一言ゆっくり口を開いて忠告した。

 その顔は柔らかかった。

 しかし、


「グルルルルルルルル!」


 オオカミの全身が脈打った。

 さっきのやつより大きく。

 そしてオオカミは大きく後ろにのけぞった後、勢いに乗せて口から水のムチを吐き出した!

 俺の背中を叩いたのはそれか!


「…………残念」


 彼女は本当に残念そうに手を持ち上げ、オオカミに向けてデコピンの構えを取った。

 って、は?

 デコピン?



ズッパアアアアアアアアアアンンン!!!



 瞬間、空気が爆発して森が震えた。

 俺の意識は一瞬で吹っ飛ばされた。

















「………………ん、んあ? い"っつ!」


 目が覚めると同時に頭痛が頭を刺激する。

 何があったんだっけ?

 周りはすっかり朝になっている。


「……」


 本当に何があった?

 昨日はたしか偵察の依頼が……ああ!?

 オオカミは!?

 周りを見渡すも、森の中に妙に開けた道が開いているだけだ。


「ワンッ!」


 声がした方に目を向けると犬ッコロが嬉しそうに尻尾を振りながら顔を舐めてきた。


「無事、だったか……」

「ワンッ!」


 元気そうだ。

 あのデコピン女はいない。

 あのオオカミも。


「生き、残った……」

「クゥゥ~ン……」


 脱力する。

 実感がわかなかった。

 あまりにもいろんなことが俺を置き去りに起こりすぎてついていけていない。

 偵察に出たら半端ない数のバブルウルフを見つけ、ミスって起こし追い回され、中位種なみのオオカミが現れたと思ったら、終いにはデコピン女による爆音気絶。

 破天荒だ。

 …………でも、


「ク、クククッハハハハハハハハハァッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」


 なんだか可笑しくて、笑わずにいられない。

 命がいくつあっても足りない夜だった。何度も死を想像した。絶望する暇さえない程の怒濤の時間だった。

 だが、俺は生き残った。

 犬ッコロも一緒に。

 それがたまらなく、


 嬉しい!


「俺は、生きてるぞおおおぉぉぉぉ!!」

「アオオオオオオオォォォォォォン!!」

読んでくれてありがとうございました!

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