物好き貴族の拾いモノ
私は貴族だ……とは言え、もういい齢も過ぎた独身オッサンの身で、しかも位はそこまで高くもない身だが。
あと、若い頃からよく『物好き貴族』と言われていたな。
よくわからないものを拾ったり、気まぐれに金を使って理解に苦しむ事をしたりして、一人で笑っているからだろう。
昨日も木の下で大の字で寝転がって一日中寝てしまった。
まあ貴族らしくない事は自覚している。
やめるつもりもないが。
親戚や知り合いはいるが、私の奇行に愛想をつかして半ば勘当に近い形で私をとある辺境の村の小さな別荘へ飛ばした。
とは言え、幸い金にも食うにも困らず、むしろ喜んで気ままに過ごさせてもらっている。
メイドや執事は雇っていないが、村の者達もよい人が多いから、時々世話になっている。
そして今回もその物好き貴族の名に恥じない物好きなことをやってしまった。
「……ここ、どこ?」
子供を拾った。
屋敷の裏に倒れていた、まだ年端もいかない男の子だ。
ここがどこかわかっていないらしい。
しきりにキョロキョロと興味深げに回りを見て、ソワソワと世話しなく周りを見回している。
捨て子かと思ったが、意外と元気があるな。
気まぐれと、少しの好奇心でここにおいてみるとしよう。
「私の家の裏庭に倒れておった君をここまで運んだだけだよ。私は君の面倒を見たいと思っているんだが、どうかな?」
「……うん、お願い、します」
抵抗すると思ったが、意外にもその子はすぐ了承した。
水浴びと食事をさせると、なかなかに整った顔をしている。
将来は化けるかもしれんな。
一緒に寝るかと聞いてみたが断られた。
こりゃ残念。
一日が経った。
少年は私より早起きだ。
しかも私のために朝食を作ってくれていた。
まだ小さな手だが、しっかり料理を作れている。
かわいいものだ。
しかも手馴れた感じがある。
料理店の息子だったのかな?
味もいい。
そもそも捨て子なのだろうか?
「君はどこから来た?」
「……ずっと遠く」
「親はどうした?」
「……」
「……聞かれたくない、か」
「……」
「これからどうするか決めているのかい?」
「…………ここに……置いて欲しい」
声は小さくか細かったが、固い意思を宿した瞳でそう言った。
そして私自身にも、親元へ戻るよう説得する気はなかった。
彼を手放す気が無いというのもあるが、本人がそれを望んでいるのなら好きにすればいい。
子供は自由でなければな。
二日経った。
住人が一人増えただけでここまで日々が愉快になるとは思わなかった。
少年と送る一時一刻がとても興味深く面白い。
少年はチョコチョコと屋敷の中を走り回り、私が物好きで拾ったものを眺めては一喜一憂し、逐一私に聞いてきた。
これは何?
この石は?
この時計は?
このペンは?
このビンは?
この草は?
この骨は?
この剣は?
想像以上に小さな子供の質問に付き合って、それに答えるのは面白い。
こちらなんぞおいてけぼりに、矢継ぎ早の遠慮なしに質問攻めにしてくる。
こんなに一日が長く感じたのはいつ以来かな?
一週間経った。
彼はいったい何者なのだろうか?
やれることが多いのも学習能力が高いのもそうだが、何より魔法が使える事が驚きだった。
魔法は適性がなければ使えず、たしか一つしか属性が使えないのではなかったか?
なのにこの少年はどうやら使える魔法が一つだけではないらしい。
水を一瞬でお湯にしたのは驚いた。
将来どうなるのか、楽しみだな。
五年経った。
少年はずいぶん大きくなった。
私の背丈を追い抜き、近頃は剣を握って、近くの町で泊まり込みの冒険者をしている。
気のいい友もできたらしい。
一緒に村の冒険者ギルドで依頼を受けて魔物を退治しているそうだ。
多少危険ではあるだろうが、数日に一度のペースで顔を見せに来てくれるから、元気で充実しているのはわかる。
男はヤンチャでなくてはな。
突然、彼が帰ってこなくなった。
何かあったのかと、何日も心配し、とうとう昔の縁をたどって調べてもらった。
たまには貴族の縁も使えるらしい。
私がなけなしの金で頼み込んだ時の血縁者達の間の抜けた顔は傑作だったな。
送られてきた情報によると、彼は隣国の王都に冒険者の仕事で行き、そこで大立回りを演じたらしい。
なんでも二つ名が付いたとか。
元気でやってるようで、とりあえずは安心。
しかし、無事であることがわかると、今度は寂しくなってきた。
いままでは十日も間隔を空けずに顔を見せてくれたのに、今は音沙汰なし。
彼と暮らしていた時と比べ、拾い物は、増えた。
寂しさを感じる度に、物が増えた。
しかし、寂しさは一向に積み重なってゆくばかりだ。
物が増えても、寂しさは埋まらない。
物好きに捨ててあるものや、目が留まったものを持ち運べるだけ持ち込んで、気に入ったところにソッと置く。
しかしそれが何になる?
『キサマがこれまでやって来たことは全て無駄だ!』
そう何度も親や親戚に言われてきた。
それに対して、私はいつも曖昧な笑みを浮かべるだけだった。
何かあるんじゃないか?
そこらへんに落ちている物にも、何か意味があるんじゃないか?
ただただ存在するだけなど悲しすぎる。
私の時間をあの少年が埋めたように、何か、この老人一人を満足させられる程度の何かが。
しかし、今は答えが出ない。
「……これでは、邪険にされても何も言えんな。……いや、元から何も言い返せてなどいなかったか」
拾うこと。
非生産的な行動。
無価値で無意味で無駄なこと。
「そもそも、なぜ私は物を拾って飾る事が好きなのかな?」
答えの出ないままさらに数年後、彼が妻と子を連れて、再びここへ顔見せに来てくれた。
嬉しかった。
同じくらい、物置小屋みたいになっている我が家が恥ずかしかったが。
その子供が、あの時の彼と同じようにあれは何? これは何? と聞いてくる。
こんなに一日が長く感じたのは、あの日以来だ。
違うところがあるとすれば、あの日の子供は大きくなり、妻と子を持つ立派な男になっていることと、私が少し老けたぐらいかな。
「そうだ。あの時、裏庭に傷だらけで倒れていたこの子を拾って、よかった」
今ならそう思える。
お陰で私はこんなにも温かで幸せな一時を過ごせているのだから。
答えなんぞ、すでにあった。
この時のために物好きな事をしていたのだ。
となれば、
「うむ、悪くない」
小鳥が近くでチチチ、と鳴くのを聞きながら、私はそう思った。