泥沼からの爆音小僧 下
「……ふへへへへ……」
「こらあああああああ! まだ説教は終わってないんだぞ!? なに笑ってやがるこのバカ息子が!」
「いってええええええええええ!」
脳天にゲンコツが落ちる。
それと同時に親父からの説教が苛烈さと音量を増やした。
だけどそんなもの知ったことじゃない。
興味ないし、どうでもいい。
俺は今それどころじゃない。
「今夜は飯抜き!」
そんなのいつものことだ。
「そして明日はドロウナギ狩りには行かず村長の説教だ!」
え?
ちょっと待って、それは困る!
「ええええええ、そんなのあんまりじゃんかあ!?」
「あんまりもくそもあるか! 明日は村長のところでたっぷりシゴかれてこい! それまでは狩りにも外にも行かさん!」
「ええええええええええええええ!?」
その後、どれだけ抗議しても全く折れる気配の無いまま、親父の説教は続き、俺は腹を空かせてクタクタになったまま床にぶっ倒れることになった。
「小僧、前にも言いましたよね? あなたはガンポーサを侮っておる、と」
おんなじ台詞。
「百年続くこのガンポル湖に最初に住み着き、それ以来ずぅっとヌシとして君臨し続けるガンポーサ様」
おんなじ話。
「我らはあのヌシ様から恵みをほんの一部づついただきながら暮らしてきました」
おんなじ説教。
「それをあなたは……」
おんなじ……
「しっかり聞けえええええええええ!!!」
「あだぁっ!」
ゲンコツが落ちる。
「……村長の前です。お静かに」
「す、すみません……」
親父が村長の隣にひかえるきれいな女の子に怒られた。
やーい♪
「……ギロリ」
「ふーんだ」
「このぉ……!」
親父が俺をにらむけどなんとも思わない。
もう慣れた。
そんな俺達を、とくに俺を見ながら年の取った村長は、一言いつもと少し違うことを言った。
「このままでは、ガンポーサが怒るかもしれん」
「アイツはいつも怒ってるよ?」
「こらっ!」
隣の女の子が片手を上げて静止を命じた。
親父が黙る。
そう言えばこの子誰だ?
俺とおんなじ位だけど初めて見た。
きれいな子だな……。
「しばらく、あなたが沼に近づくのを禁止します」
「ええええええええええええええ!?」
「黙ってろ……!」
「うっ……」
やべ、そろそろ本気で親父が怒る。
怖くはないけど、しつこい上にめんどくさいからなぁ。
しょうがない、黙っとこ。
でもしばらく立ち入り禁止か。
くっそぉ。
「話は、終わりです」
「帰ることを許可します」
村長の部屋を出た後、後ろから一人、あの女の子がついてきてこう言った。
「あなたは、災いを呼ぶ。少し頭を冷やさなければ大変な目に会いますよ?」
……と。
正直知ったことじゃない。
どうでもいい。
俺には考えがあった。
大人しく親父の説教を聞き流しながら家に帰り、夕飯を食べて大人しく寝た。
そして夜遅く、家を抜け出して沼地へ向かった。
「いつも……」
そうだ。
いつもいつも、俺達は逃げるだけだった。
「俺は……違う!」
あんな大きなヘビを、俺は指を鳴らすだけで苦しませることができる。
それも攻撃技じゃなく、ただのショック技でだ。
でもそれだけじゃあ、アイツは倒せない。
ダメージは無いからだ。
「でも、もう違う」
俺は攻撃技を手に入れた。
もう、逃げるだけじゃない。
「もう逃げない……!」
目の前には夜の沼地。
時間は夜遅く。
周りに邪魔物は無し。
「さあ、始めようぜ!?」
パーン、とこきみのいい音が沼地に響いた。
そして出てきた、沼地のヌシ。
「ガンポーサ……!」
「ギュイイィィィィィイアアアアアアアアアアアアアア!!!」
今まで何十回、逃げられ続けてきた騒音の元凶が一人と油断して、ガンポーサが雄叫びを上げながらこっちに突っ込んできた。
(伸びない?)
まあいい。
取り合えず怯ませる。
「サウンドショック!」
「ギュアア!」
「えっ!?」
ガンポーサがシッポを水面に叩きつけて波を作り、サウンドショックがその波の壁に掻き消された。
失敗!?
「でも……」
波を突っ切ってガンポーサが伸びてきた。
「俺にはまだこれがある! サウンドスパイク!」
音が飛んでガンポーサの目に直撃した。
新しく覚えた技は、サウンドスパイク。
その名の通り、音を鳴らして斬撃を飛ばす技だ。
狙い撃ちができるようになるまでちょっとかかったけど、お陰で小さい的にも難なく当てられるようになった。
偏屈ジジイはそれでも習得が早すぎるって言ってたけど。
ひとまずこれで、ガンポーサの動きは止まるはず。
「やっ………………え?」
何で、止まらないの?
痛いハズなのに、なぜ止まらない?
痛くないの?
何で、目の前に鋭い牙が……
「退きなさい」
「……え?」
村長?
「ヌシよ、どうかこれでその心をお沈め願えぬだろうか?」
なんでここに?
そもそもなんで魚で体を飾るみたいにたくさんくっつけて?
しかもなんでガンポーサの目の前から動かないの?
ガンポーサの顎が、まばたきするみたいに簡単に閉じた。
村長と一緒に。
「……」
ガンポーサは肉をたくさん食べたからか、最後に俺を一睨みした後、沼地の中に消えた。
「やはり、こうなりましたか……」
「…………………………え?」
いつの間にか、隣には村長の隣にいたきれいな女の子がいて、ため息を吐いていた。
「罰として、閉じ込めます。よろしいですね?」
「……はい」
え?
なんで親父も一緒にいるんだ?
「家を出るところから見ていた。いったい何度やめろと心の中で叫んだかわからん。大人しく言うことを聞いていてくれればよかったのだが。……仕方ない」
「……なんの話だよ? ねえ、なんの話をしてんだよ!? ちゃんと説明しろよ!」
「何度も……何度も何度も何度も何度も、耳にタコができるほど説明しただろうが!! 沼に悪事を働きすぎた者は、罰としてこの沼地に十日間閉じ込められるしきたりだと! お前は何一つ聞いていなかったからわからんのだ! しかし、たとえ知らずとも村長の命一つ犠牲にして助かったその命、せめて無駄にしないよう必死に生き延びてみせろ!」
どういう事だよ?
罰?
閉じ込める?
しきたり?
村長の、命?
「……ッ!」
「あっ! こら待ちなさい!」
「待て、バカ息子!」
「うるせぇ!」
サウンドショック!
「「ぴぎゃあああああああああああああ!!!」」
知ったことじゃない!
村長が死んだんだって、勝手にやったことだろ!?
俺のせいじゃない!
俺がやったんじゃない!
偏屈ジジイ。
俺、どうすればいいんだ!?
「ジジイ! はぁ、はぁ、偏屈ジジイ! ……え?」
小屋が、ない。
必死に走って森の中のあの偏屈ジジイの小屋があった場所まで走ってきたつもりだった。
なのに、偏屈ジジイがいない。
小屋ごといなくなっている。
毎日、ドロ仕事が終わった後に通っていた場所だ。
間違えるはずがない。
なのに、なんで?
どうして?
「このクソガキが!」
「もう逃がさんぞ!」
「村長を殺しやがって!」
後ろから追い付いてきた村の男達にはがいじめにさせながらも、俺は小屋のなくなった場所から目が放せなかった。
そのまま、引きずられるように、俺は沼地に戻され、十日間、幽閉されることになった。
今まで知らなかったけど、沼地の中心地には浮き島があり、俺はそこで十日間過ごさなければいけなくなった。
周りは危険な魔物の住まう沼地、さらに夜になればヌシの、あのガンポーサの動きも活発になる。
俺はもう勝てる気がしなくなっていた。
でも、一晩一人で考えて、ようやくわかったことがいくつかある。
「ジジイ、わかったよ」
あの偏屈ジジイ、俺にあの攻撃技を教えてくれる前に言ってた。
『責任は取らない』って。
「当然、だよな」
取り合えず、俺はまだ死にたくない。
というわけで、
「まずは、この十日間をどう過ごすかだな……っと。あ、小鳥」
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