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あ、小鳥  作者: 一滴
2/25

歌う者

二話目〰

修正アンド改正改造しました

 グツグツと煮えたぎるツボ。

 魔女が棒でかき混ぜながら


「イ~ヒッヒッヒ」


 と笑っている。

 この魔女、世間では一二を争うほど名の通った凶悪魔女である。

 今、彼女は自分専用の強力なバケモノを創ろうとしていた。ツボが煮えたぎり準備が整った魔女は様々なモノを放り込む。竜の爪、何かの鱗、紫色のクリスタル、ネバネバの液体、生きた鳥、骨、エトセトラ……


「イ~ヒッヒ『ボンッ!』……ゲホゲッホ!」


 しばらくグツグツ煮込んだ後、魔女はさらってきた女子供を生け贄に魔法を使い、ツボは大爆発した。様々な物と融合された魚は『セイレーン』に進化した。下半身が鳥、背中に翼、顔は絶世の美女。そしてその体に集約される力は上級種に届く、まさに魔女が望んだバケモノが生まれ落ちた。

 しかし、その魔女は鍋の爆発の余波に吹き飛ばされてすでに生き絶えていた。

 役目を与えられなかったセイレーンはその場をじっと動かなかった。元々上位種であるセイレーンは空気中の僅かな魔力で数百年は生きていける。命令するものも動く物もいない魔女のアジトでセイレーンは静かにたたずんでいた。アジトは爆発で半壊し、空が見えている。

 セイレーンは何も考えていなかった。


「チチ、チチチチッ」


 小鳥が入ってきてセイレーンの前で鳴いた。

 セイレーンは、なんとなく真似してみた。


「チチ、チチチチッ」


 鳥はセイレーンを見つめ、しばらくしてまた鳴いた。

 セイレーンは鳥が何を言っているか分からなかったが真似してみた。

 鳥は鳴く。

 セイレーンは真似する。

 いつの間にか鳥は二匹に、三匹に、まだまだ増えた。

 オオカミが来た。セイレーンにも鳥にも襲い掛からずその場に寝そべって尻尾をふった。

 様々な種類の鳥達や動物達が集って歌を楽しみだした。

 セイレーンはいつしかリズムを奏でていた。

 次第に木々のざわめきは伴奏になり、集まった動物達は足踏みでリズムをとり、鳥とセイレーンは歌った。

 綺麗な音楽と雰囲気が妖精達も呼び寄せた。

 空気が清んで綺麗になり、妖精達も歌い始めた。

 植物は喜び花が咲き乱れ、周りに甘い匂いを撒き散らし出した。

 匂いに釣られ、光る虫や色とりどりの虫、音を出す虫が集まり、周りは更に晴れやかに色鮮やかになった。

 いつの間にか鳥達に混じって純白の天使が紛れ込んで一緒に体を揺らしている。

 そして何時しか歌となって魔女のアジトはセイレーンを中心にした音楽会場になっていた。


 『楽しい』


 セイレーンの心は満たされていた。

 セイレーンはあまりにもかけ離れた存在同士が一緒に遊ぶ事を許してしまう魔法の歌を、とても楽しく、楽しく、楽しく、歌っていた。


 しかし、それも数時間程度で邪魔された。

 爆発を聞いた近くの都市の冒険者が調べに来ていたのだ。

 そして動物達の音楽会を見つけギルドに報告。その情報は都市の貴族の耳にも届いた。貴族は興味を持ち、その動物達とセイレーンを捕まえろと騎士に命令を出した。

 セイレーン達は楽しそうに歌っていた時に突然現れた騎士達に驚き、演奏を止めて警戒した。嫌な気がしながら。その根源である一番前に出てきている騎士の男が嫌な笑みを浮かべて剣を抜いた瞬間……。

 集まっていた生き物達は一匹残らず一目散に森の中に逃げ、消えた。さっきまで幻想と言うのも馬鹿馬鹿しくなるほどの神秘的な光景は、一瞬にして消え去った。


 残るはすっごく不機嫌そうにホッペを膨らませるセイレーンが1匹。


 気持ち良く歌っていた所にズカズカ入り込んで歌を止められたことが凄く機嫌を悪くした。胸は熱く、頭は忙しく、手足は震え、心は気持ち悪かった。

 簡単に言って、怒った。

 何となく、不機嫌を喉に集めて思いっきり大声を出してみたくなり、

 実行した。



「ヴァヴァヴァヴァヴァヴァッ!!!!!」



 空気どころか空間が振動し波打って音が爆発した。

 騎士達と一緒に音楽会場も跡形もなく吹き飛んだ。

 しばらくして耳から血を流しながら起き上がった騎士達が目を向けたときには、完全に破壊された瓦礫と、(めく)れ上がった地面のみが残っていた。あの咲き誇る花も、歌い踊る動物や虫達も、精霊も、天使も、セイレーンも、あの美しい音楽会は、跡形もなく消え去っている。残る者は、唖然とする間抜けずらの騎士達のみ。我に帰った騎士達は事の顛末(てんまつ)を貴族に報告。貴族は今度は冒険者に依頼を出した。


『中級種セイレーンを討伐または捕まえ、持ってこい』

 報酬額は破格。

 上位種であるセイレーンの実力は中位種として設定され、冒険者を集めさせた。


 一方、セイレーンは森の中を走っていた。

 大声を出した後さっきまで美しい音楽会場だった場所はクレーターとバラバラになった瓦礫の破片で汚くムチャクチャになっていた。それを見て、歌を邪魔されたからといって大声を出すべきではなかったと言う後悔と、皆がいなくなった寂しさを感じたセイレーンはそこから逃げた。動物達が消えた森へ。さっきまで一緒に楽しく歌ってくれた者達を追いかけ森の中をひた走る。

 音楽会場をメチャクチャにしたことを謝りたい。そしてまた一緒に歌いたいと。

 しかし、セイレーンは己の実力を野生の獣達に見せてしまった。野生の獣は警戒心が強くなければ生き残れない。だが、今さっき生まれたばかりのセイレーンに理解できるはずもなく、セイレーンは森をさ迷い結局一日経過してしまった。


 そして逃亡生活が夜明けと共に幕を開ける。

 貴族が出した依頼を受けた冒険者達がセイレーンを捕まえようと殺到する。

 木陰で横になっていたセイレーンは自分に向かって放たれる殺気を感じ取り、無意識に体ごと首を横に倒す。何処からともなく飛来した矢がさっきまで頭があった場所に突き刺さった。


「うおおおおおお!」

「やああああああああああ!」

「おおおおお!」


 それをかわ切りに冒険者がよってたかってセイレーンを捕まえようと森から突っ込んできた。ある者は剣を振り上げ飛び上がり、ある者は槍で高速で突貫し、ある者は魔法を発動させてセイレーンに攻撃してきた。

 セイレーンにこの状況を理解できるほどの知識は無く、かといって大人しく攻撃される気はなく、そう言っても大声はそんなに出したく無かった。また楽しかったモノを壊しそうな気がしたから。しかしセイレーンがそう考えていても冒険者は止まらない。容赦無くセイレーンに攻撃する。

 はじめて向けられる殺意に怯えたセイレーンは、自分の頭を手で守り縮こまりプルプル震えながらつい、悲鳴を上げた。


「ヴャッッ!!!」


 目の前に迫った冒険者の攻撃がセイレーンを中心に弾かれた。

 セイレーンは自分に当たるハズだった攻撃が来ない事に不思議に思って涙目になりながら恐る恐る目を開けた。

 自分を中心に吹き飛ばされた地面と冒険者達。

 セイレーンは何が何だか判っていなかったが、今なら逃げられると思い走り出した。冒険者達は一瞬だけ驚いたがセイレーンが逃げ出すとすぐ体制を立て直し再度攻撃を再開した。さっきの現象を自分がやったと気付いていないセイレーンは逃げた。ただただ走って森を駆けた。

 冒険者は荒くれ者の集まりで、頭を使うことを嫌い力に頼りがちな者、落ちぶれた者、モンスターを倒す事に憧れる者、単に戦いたい者などなどが金を欲して集まった集団だ。国や個人の依頼や困りごとを片付ける『何でも屋』のような存在で、様は金のためには自分の持ちうる力をためらい無く行使する集団である。

 つまり容赦しない。(出来ないとも言う)

 逃げるセイレーンの足に矢が刺さった。逃げる背中に雷が落ち、炎に焼かれた。その翼に槍が剣が短剣が突き刺さった。ジャラジャラと鎖の音も聞こえる。

 それでも倒れる事無くセイレーンは森の中をひた走る。途中で背中にある翼の動かし方を理解でき空に飛び上がるも、魔法の雷をくらって撃墜された。

 セイレーンはある程度の体力はあるが、心はまだ強くない。

 セイレーンの心は殺気に満ちた追いかけっこに削られていく。時間が経つ毎に冒険者の罠は巧妙に、セイレーンの感情は暗く冷たくなっていった。しかし何度も命が危なくなりながらもセイレーンは反撃が出来なかった。大声1つ使っただけでセイレーンは一人になり孤独になった。もし、もう一度使ってしまったら今以上に自分が孤独になるのではないか? そんな気がして大声を出せなかった。自分の体が上級種、いわゆる町一つどころか国一つ単体で相手取る事も可能なハズのセイレーンは、心一つで戦う事ができなかった。しかしその底無しに近い体力のお陰で冒険者の手を逃れきり夜まで持ちこたえた。

 さすがに冒険者も夜になると自分達の危険が大きくなる。狩る側がいつ狩られる側になるかわからない森では下手に動かず冒険者達は野宿を始めた。

 セイレーンは後ろの冒険者が追ってこなくなってもしばらく走り続けていた。

 その日の夜は雨が降った。どしゃ降りの雨は土を滑らせセイレーンは見事にスッ転んだ。


「バビャッ! ウ、ウウゥ……ゥゥ~~~……」


 泥と雨と涙と鼻水と唾液でベトベトになりながらセイレーンは顔を上げ近くの木に寄りかかり、雨から逃れるために縮こまって寒さに耐えようとした。

 寒い。

 冷たい。

 凍えそう。

 雨に濡れて体は冷め、心も冷たくなっていく。

 心は寂しさと哀しさに冷たく凍っていく様だった。

 そういった擬似的な冷たさがセイレーンの心を満たしていった。

 セイレーンはジッと耐えることしか出来なかった。

 いや、知らなかった。

 思い付けなかった。


 次の日も、朝早くから冒険者達の追いかけっこは始まりセイレーンは逃げ続けた。

 次の日も、その次の日も、

 日をおう毎に冒険者の数は増え続けた。セイレーンが捕まらない事に貴族が業を煮やし報酬を増やしたからだ。冒険者側に被害が出ていない事からセイレーンは『生まれたて』と判断され、その情報を聞き付けた他の貴族もセイレーンを捕まえろと依頼を出し、依頼は増え、報酬も増え、その結果冒険者は芋づる式に増え続けた。

 逆にセイレーンの休む時間は減り続けた。昼夜問わず襲われ続け、傷は増え、疲労は溜まり、心は冷たく凍っていった。


 いい加減体の傷が限界に近くなり、自分を追いかける冒険者の実力もいよいよAランクが混じり出したある日。

 おいしげる草を掻き分けた時、不意に視界が晴れた。

 そこでは、たき火を前に鍋をつつく男と少女がいた。

 二人とも背中に盾、小脇に剣を置いている。

 少女はいきなり表れたセイレーンに驚き、背中の盾と小脇に置いていた剣に手をかけ引き抜いた。


「待て」


 セイレーンは一瞬ここまでかと諦めかけるが、男が少女を止めた。


「……セイレーン。しかも『生まれたて』か」

「ねえ、何で戦わないの? コイツスッゴい強いよね?」

「はぁ、いいかげんそのバトルジャンキーな性格をどうにかしないと早死にするな。早くどうにかしなければ」

「うっさいジジィ」

「俺にまだ一撃も当てられないヤツが何言ってもムダじゃいボケェ~」

「ブー!」


 セイレーンは動かなかった。

 いや、動けなかった。目の前の二人からは殺気を感じなかったからと言うのもあるが、何より二人の纏う雰囲気が澄んだ小川の水の様に柔軟で、風の様に静かで、大樹の様に力強く、しかし奥には自分以上に強く獰猛(どうもう)な獣のごとく荒れ狂う力を感じたからだ。

 しかし後ろの冒険者は止まらない。

 セイレーンの後ろからまたしても矢が飛来する。

 しかし狙いは外れて男がつついていた鍋に当たる。

 鍋は横倒しに中身がぶちまけ食べられなくなった。


ブチリ


 と何か切れてはいけないようなものが切れる音が、二つ響いた気がした。

 耳が発達しているセイレーンは確実に聞き取った。

 上位種であるセイレーンの感覚が何かが自分の横を通り抜けたような反応をする。

 音すらしない一瞬だった。

 後ろを振り向くと、いつの間にかセイレーン以外の冒険者は全て倒れていた。Aランクまでいたはずの冒険者達は二人の人間に瞬殺|(死んでない)された。


「「……メシ」」


 冒険者達の屍|(死んでない)の上で二人は怒りに震える。

 セイレーンは冒険者達の殺気でもここまで恐ろしい気配は感じたことがなかった。それがただ単に自分達のご飯を台無しにされただけという理由で生まれた怒気だったとしても。

 その二人の後ろ姿にセイレーンは数日前の自分の姿を視た気がした。

 そして、そこにセイレーンが恐れていた孤独と、大切なモノが壊れた姿は存在しない。

 『気に入らなければ攻撃していい』という事をセイレーンは知った。

 心を凍らせていた冷たさが黒く染まっていく感覚がする。

 しかし、


「ていっ!」

「アウッ!?」


 気づいた時にはセイレーンは男に手刀を落とされていた。

 ようするにチョップだ。

 男と少女はセイレーンを見て眉毛をハの字にしている。

 訳がわからなかったセイレーンは理由がわからない二人の行動にイラつき、今まで溜まっていた鬱憤(うっぷん)を目の前の二人に向けた。


「ズロオオオオオオオオォォォォォォ………………」


 大きく、大きく息を吸う。

 自分が今まで耐えてきたモノを吐き出すために。

 男はいつの間にか後ろの少女と場所を交替していた。

 しかし、今のセイレーンには関係無い。

 溜めた空気(いかり)をとにかく目の前の二人に解き放った。


「ヴァヴァヴァヴァヴァヴァッ!!!!!」


シュファンッ…!!


 変な音がした。


「フゥーーー、」


 見ると少女は引き抜いた剣を振り抜いた形で息を吐いていた。


「まだまだ甘いな。切った音に濁りがあるぞ」

「わかってるよお父さん! 一々言わないで! メッタ切りにしたくなる!」

「そんなナマクラ剣技じゃ一生ムリじゃいボケェ~」

「ブウゥゥゥゥーーーッ!」


 何でもない様に二人は立って会話している。

 後ろの木々は無事。

 地面もめくれたりしていない。

 セイレーンの大声を間の前で至近距離で切って完全に防いだのだ。


「……で? もう終わり?」


 目の前の少女はそう言う。

 セイレーンはその言葉の意味がわからなかったが、何となく自分の事を軽く見られた気がして更に攻撃しようと考えた。


「ヴァッ、ヴァッ、ヴァッ!!!」


 今度は三回に分けて大声を出した。

 しかし少女は盾を使わず全て剣で切り払った。


「……フッ」


 鼻で笑われた。

 セイレーンには、もちろん意味などわからなかった。

 ただものすごくイラッと来た。


「ズロオオオオオオオオォォォォォォ………………ヴァヴァヴァヴァッッ!!!!」

「うっるさー」


 愚痴りながらも少女は全て切って防いだ。

 しかしそれはセイレーンも想定済み。


「ヴァッッ!!!」


 一撃を少し小さめに出し、残しておいた声を吐き出した。

 たとえ小出しの声でもセイレーンの声には魔法が乗っている。まともに食らえば肉どころか骨も持たない。

 それでも、


「ムダッ!」


 あろうことか少女は盾で声の衝撃波を叩き潰した。

 瞠目するセイレーンに少女はニヤーっと笑いながら、


「で?」


 と、聞いてきた。

 セイレーンの中でも、何か切れてはいけないものが切れた。


「ズロオオオオオ……」


 息を吸う。

 さっきよりも多く。


「いや、もう待たないし」


 しかし少女はセイレーンが息を吸う行動中に盾で殴りかかった。


「ゴヒュッ!?」


 まさか息を吸っている最中に攻撃されるとは思っていなかったセイレーンは少女に怨めしそうな視線を向ける。セイレーンが喋れたら「ズルイ!」と言っている事だろう。


「いやいや、戦場で敵は待たないから」


 そう言って少女は更に剣で追撃してきた。

 セイレーンは翼を使いたかったが傷だらけで使えないまま、少女にメッタ切りにされた。

 結局、セイレーンは少女に一撃も当てられずに倒された。

 セイレーンは上位種である。その実力は国一つ相手にできるほど。しかし、いくら強い体と能力を持っていても使い方も経験もない状態では中位種にも劣る。赤子が伝説の聖剣を持っていてもどうにも出来ないのと同じように。

 セイレーンは自分がずっと我慢していた力が通用しない事が理解できず、いや、どういう事なのかわからずその意識を手放した。




 それからしばらくして、セイレーンは目を覚ました。

 パチパチと薪が鳴っている。周りは完全に夜だ。

 セイレーンは自分の体が包帯だらけなのに気づく。


「起きたか」


 隣に男が座っていた。

 手にはいい匂いがする湯気が立つスープを持っている。


「娘の修行のお礼だ」


 そう言って男はセイレーンにスープを渡した。

 セイレーンは意味を理解することは出来なかったが目の前の焚き火の向こうで少女がスープを掻き込んでいる様子を見て真似してみた。


「ピャッヒュプ!」


 いきなり口の中に熱々なスープが入ってきて思わず変な声を出しながらスープを吐き出してしまった。


「ブッ、あははははは!」

「クククク……」


 笑われている事をセイレーンはむず痒く感じた。

 でも、大声を出す気にはなれなかった。


「ふー、ふー、ふー……」


 少女がスープに向かって息を吹き掛けている。

 セイレーンはジト目で見ながら取り合えず真似してみた。


「…………フー、フー」


 ゆっくり少女がスープを飲む。

 セイレーンは恐る恐るスープを傾けてスープを飲み込んだ。


「ッ! ~~~!!」


 温かかい。

 ほんのり甘い。

 美味しい。

 優しい味。

 体の芯まで染み渡る。

 ホッとした。

 本当に久しぶりに心が温かくなった。


「ッ! ~~ッ! ~~~…………~~ッ…………」


 いつの間にか(ほお)を涙が伝っていた。

 上手くスープを飲み込めない。

 上手く息が出来ない。

 上手く鼻が通らない。

 苦しい。

 何でなのか、また訳がわからなくなった。


 でも、すごく心地良くて温かい。


 セイレーンは夢中でスープを掻き込んだ。

 気づいた時にはスープは空になっていた。


「……(シュン)」


 涙は止まっている。

 でも、あったものが無くなった。

 そんな喪失感を感じていると、


「ほれ」


 男が笑顔でスープを注いでくれた。


「まだあるから食いたいだけ食え」


 男がそう言って笑ってくれた。

 セイレーンはまた訳のわからない、でもとても大切で暖かくて気持ちのいいものが胸を満たして、またボロボロと泣き出してしまった。

 セイレーンは生まれて初めてお腹一杯になった。


 そしていつの間にか、セイレーンは初めて気持ちよく眠った。




 次の日、セイレーンは目を覚ました。

 周りにはセイレーンしかいなかった。

 あの盾と剣を持った男と少女がいない。


 目の前にはスープが入ったお椀がポツンと置いてあった。

 湯気が立っている。


 セイレーンは起き上がり、スープをゆっくり、ゆっくり、一滴残らず飲み込んだ。


 昨日と同じ、優しくて少し甘い味がした。


 セイレーンの頬をまた、涙が流れた。


 わからない。


 セイレーンを置いていった理由も、


 スープを置いていった理由も、


 セイレーンの胸を心を満たすこのわからない気持ちも。


 悪い気分じゃない。


 なのに、初めて飲んだ時よりも、その涙は止めるの時間がかかった。


 もう会えない。


 わからない事だらけなのに、それだけはセイレーンは自然と理解していた。




 お椀を頭に被る。

 そこ以外にしっくり来る場所が無かったから。

 お椀を被ったセイレーンは顔にうっすら笑みを浮かべながら森を歩く。

 小鳥達や動物達、植物、昆虫、精霊達と歌ったあの歌を口ずさみながら。


 もう一度、歌いたい。


 セイレーンは望む。


 温かい、もう二度と凍らないであろう心を踊らせながら、セイレーンは大きく息を吸った。

おまけ


 セイレーンが寝入った後。


「お父さん」

「……ん?」


 少女が男に声をかける。

 セイレーンについてだろう。


「何だ?」

「寝てるセイレーンにイタズラしないでよ?」

「ブッ!」


 セイレーンは裸だった。

 単に服の概念を知らないだけだ。

 ちなみに今はちゃんと布を被せている。


「は!? せんぞ、俺はそんなこと。したら母さんに殺される……」

「……どうだろうね~」

「……何でそう思う?」

「昔お父さんが寝てる母さんの部屋に入っていく所を見たから」

「!!!?? い、何時から気づいてた?」

「……二年前ぐらいからかな?」

「ぬうううあああああああああ!!!」

「シッシッシッシ……勝った」

「お、お前まさか覗いたりしてないよな!?」

「え? シテナイヨ?」

「………………んんんんぬううううううううううううううおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああ!!!」

「シッシッシッシッシッシッシッシッ……」


 セイレーンは朝まで目を覚まさなかった。



読んでくれてありがとうございました

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