マジック・フラワー・ソード 中
翌日、二人がいつものようにモンスターを狩って夕方に教会の前まで来たとき、教会の前には見たことの無い変な形の馬車が置いてあった。
一見豪華そうに装飾品と花を贅沢にあしらえているように見えるが、センスが悪いし花が無理矢理取り付けられたようになっている。
嫌な予感がして教会の裏口に回り、こっそり中を覗いてみようとした瞬間……
「ふざけないで下さい!!!」
毎日聞いても慣れないであろうシスターの怒声が、全身の穴から入り込んで脳をシェイクしたかのような錯覚をさせた。
簡単に言って真っ白になった。緑髪の少年は体も真っ白になってる。
(うわ~。誰だ、シスターを怒らしたの?)
少し扉を開けて中を見ると、綺麗な服を着た太った男とシスターが怒鳴り合っていた。
「……出てい…………私が……」
「金は……と言って………」
「……ねで…………だって……んです!」
「…………じょうだ……こね…………するぞ、き……」
会話はよく聞こえないが、シスターがひどく怒っているのはよくわかる。
しばらく聞き取りづらい怒鳴り合いが続いた後、男が席を立ち扉が勢いよく閉められる音がした。
しばらくして扉を開けて中に入る、その前にシスターが二人をつかんで引きずり込んだ。気づかれていたらしい。
(ヤバイ。ばれてた……)
「ご、ごめんなさい」
「ハァー……、盗み聞きしていた罰です。目をつぶりなさい」
(ヤバイ、シスタービンタだ!)
昔からよく食らったシスターのお仕置きに、二人共体が条件反射で硬直し、ぎゅっと目を瞑る。
しかし、ビンタはいつまでたっても来なかった。
「……え?」
「ちょっ、シスター!?」
抱き締められていた。
今までどんなときでも、それこそ暗殺者が来たときでさえも毅然と立ち向かい、入ってきた全員を部屋に連れ込んでゆっくりお話しするだけで撃退した彼女が、こんなしおらしい姿を隠そうとしないのは初めてだった。
どうするべきか二人してあたふたしていると、いつから見ていたのか他の子供達が部屋に入ってきた。
「しすたー?」
「どうしたの!?」
「姉さん泣かせたのか!?」
「……元気、出して」
次々入ってきた子供達がシスターに群がり、頭を撫でたり抱きついたりと、あの手この手でなぐさめ始める。
「……大丈夫。大丈夫だから」
シスターは目元を拭って立ち上り、心配していた子供達の頭を撫でて微笑みかける。
その顔には、もう弱々しさはなくなっていた。
いつものシスターに戻った彼女は、緑髪の少年と共に少しだけ外出したのち、いつも通り夕食を作って、いつも通りに眠りについた。
その日は深夜にシスターと少年が黙って外出することはなかった。
しかし、皆が寝静まった夜遅く。
物音と気配がして少女は起きだした。
立て掛けておいた剣を持って部屋を出る。
誰か、ここにいるハズのない気配がしたからだ。
階段を降りる最中、その気配が窓を割って外へ逃げる。
(気づかれた?)
気配を完全に遮断したつもりだったのに気づかれたのは初めてだった彼女は、少し驚きながらも足を止めずに外へ走り出た。
(逃がさない!)
気配を追ってひた走る。
昼夜問わず、いつも霧がかかっている町は、道をしっかり覚えておかなければすぐに迷ってしまう。
しかし、少女はその並外れた五感と身体能力を持って、壁やゴミを掻い潜り、敵の気配を逃さず追跡し続けた。
敵は村の屋根の上を走っている。このままでは時間がかかると判断した彼女は、一気に終わらせようと足を止めた。
腰に抜いた剣を添え、全身の筋肉をバネの様に引き絞り、剣に集中させる。
息をゆっくり吸い上げ、吐くと同時に集中させた力を解放。
添えた剣から不可視の斬撃が飛び、なにかをえぐった実感を少女の手に伝える。
手応えありだ。
屋根から大人ほどのものが落ちた音が遠方に響く。
近づくと、真っ黒なフードの男が切られた腹をおさえて壁にもたれかかっていた。
「今すぐ治療すれば命は助かりますよ。死にたくなかったら教会で何をしていたか教えてください。それとも黙って死にますか?」
「……ゲフッ…………クク、やるね嬢ちゃん。でも、まだまだ爪が甘い」
「? ……ゲッホ!? コホッ、カホッ!」
男の周囲に霧より濃い煙が充満しだし、それを吸い込んだ少女は盛大にむせ返る事になった。
そして煙が消える頃には、男の姿は消えてしまっていた。
「し、しまった~! 逃がし…………ッ!?」
頭を抱えて悔しがる暇もなく、轟音と建物の壊れるバキバキという音が夜中に響き渡った。
(あの方角には、皆が……!)
さっきの男が教会でやって何をしていたのか。
嫌な胸騒ぎを感じながら、少女は教会への足を早めた。
一方、少女が男を追跡するために教会を飛び出した後、緑髪の少年は声が聞こえた気がしてベッドから起きだしていた。
シスターが泣いた部屋から、聞き覚えの無い声のようなものが聞こえる。
『……い…いよ………苦…い……』
何かは知らないが、聞く者の心に悲しさを感じさせ、同時に苦しい気持ちにさせる声は、少年が部屋に近づくにつれて大きくなっていく。
『……や……だよ……………こ…な事…せないで……』
そして、部屋にたどり着いた少年は、一輪の光る花を見つけた。
初めて見る花が、部屋の机の上に置いてあった。
凄く綺麗な六つの花びらを持つ薄い黄緑色の花だ。
透き通るほど薄い緑の葉と、淡い青色の光を放っている。
でも、少年にはその花が苦しくて泣いてるように感じた。
そもそも何でここにあるのかわからない。
シスターと昼にここを出た後、こんな花は買っていないし、そもそもこんな花が売られているところを見たことがない。
他の子供達にしてもなにかを買うお金は持っていないはずだ。
『……ヤだ、イヤだよ! …すけて! ……』
しかも、その花が急に強い光を放ち出し、頭に響く声が悲痛さを増していく。
「大丈夫。魔力をわけてあげるから、安心して?」
黙って見ている気にはなれず、少年はいつも植物操作をするときのように、魔力を花に別けて状態を安定させようとした。
「……!?」
しかし、その花は少年から送られてくる魔力を逆に引っ張り、強引に急速に膨大な量を奪いだした。
しかも声はさらに辛く激しい悲痛なものになっていく。
『ヤダ、やめて! 今魔力を込めないで! 止めてえええええええ!!』
「!?」
『あああああああああああああアアあああアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』
魔力と、さらに精神力が同時に持っていかれ、花がひときは強い光を放ちながら急速に大きく成長するのを視界に納めた直後、少年の意識がプッツリと途絶えた。
「……………ンア!?」
さらに同じ時刻、魔力が急激に膨張する感覚がして変な声を出しながら飛び起きた赤毛の少年は、他の子供達が寝ている部屋にバキバキと音をたてながら侵入してきた植物に唖然とした。
「……んにゅ?」
「…………なに……? え、何これ!?」
「ちゃんと寝ないとシスターに怒ら……ええ!?」
「な、何これ!?」
「何なんだよいったい! 『ファイヤ』!」
植物に飲み込まれていく他の子供を守るため、この中で唯一魔法を使える少年は、すでに部屋の半分を飲み込んだ植物相手に、怒りを込めて火魔法を叩き込んだ。
バチン!
「え……オワアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
しかし、火を使った瞬間植物が弾け、その余波で後ろ向きに吹き飛ばされ、壁を突き破って遠くへ放り出された。
「…………何……これ……?」
そして、その惨劇を遠目から見ながらたどり着いた彼女から、辛うじて出てきた言葉は、それしかなかった。
男を取り逃がした後、急いで教会に帰っている途中に見たのは、教会全てを呑み込んでゆく数十メートルほどの巨大な木だった。
中には皆がいたはずだ。
「何だこのガキは? どけ、邪魔だ! ………………おお、ここまでか!」
「侯爵様、後は……」
「うむ、わかっておる。貴様らは邪魔なハエを叩き潰せ」
「はっ!」
見知らぬ男達が教会の前に現れた。