6 ネコのお願い『小鳥』
最後のお願い
朝、何時もの時間に目が覚めた。
「何処だ、ここ?」
「あ、目が覚めた?」
隣で少し年上の女性が説明してくれた。
結構美人だ。
聞いた所、ここは国が管理する王都の治療室だそうだ。
そもそも僕が住む町は王都の下町であり、少し歩けば一時間程で王宮に着く。昨日の騎士達もそこから走ってきたんだそうだ。こんな所に来たのは初めてだから色々見て回りたいけどそうも行かない。
「あの、僕の他にここに連れてこられた人は……」
チョイチョイと指を指された方を見れば、包帯グルグルのヴォルと彼が横たわっていた。
後、これまた包帯グルグルのネコの獣人達。
あれ? あの女がいない。
「……」
「彼らは少し重症ね。骨が何本かいってるし第一まだ目が覚めない。ただ、そこのガンホークと少年は傷が浅いからもうすぐ目を覚ますと思うわ」
浅かったのか?
良かった。
「……そうですか」
「大変だったね」
「……はい」
「あのフード集団、まだ残党がいるらしいの。何度か国が取り逃がしてる凶悪商会らしくて、今回ネコの獣人を催眠術で操って貴方と彼をひどい目に会わせたらしいわね。騎士達が何人か捕らえ損ねたって言ってたから気を付けなさいね。家族にはもう報告してあるから大丈夫よ」
「…………はい?」
事情が違う?
どうなってるんだ?
「後、君の体なんだけど、面白いことになってるわね。首から絶えず体に生命エネルギーみたいなものが流れ込んで体が死滅と再生の循環を絶えず繰り返してるから身体能力が軒並み上がってるし傷も塞がってる。貴方の体、冒険者に向いてるわね」
どゆこと?
どうやって調べたの?
「私は報告があるから失礼するわ。もう歩き回っても大丈夫だから好きになさい。あ、でも珍しいからって勝手に出歩かないようにね?」
「……はい。ありがとうございました」
バイバイ、と手を振って彼女は部屋を出ていった。
「正気に戻ったみたいね」
窓に昨日の女が座っていた。
また、気づけなかった。
本当に何者なんだ?
でもまず言うべき事がある。
「……はい。ご迷惑おかけしました」
「別にいいわよ。あのネコ達に関わったらろくなことにならないし」
「ごもっともで」
「貴方が暴走したときの力、今後は絶対に使わないようにしなさい。一秒であっても使っちゃダメ。理性もタガも外れて体がその星の力に侵食されるわ。昨日の夜に大盤振る舞いしたせいで貴方の体の半分はもう飲み込まれていた。何か、硬い触手の様なモノが貴方の体を覆っていく様に見えたから」
「『猫化』よりも怖いですね……」
「フフ、ネコにならなくてよかったわね。あの時はもうだめかと思ったけど」
「……その事なんですけど別にネコ達は僕をネコにするつもりはなかったみたいですよ?」
「………………え? ウソ?」
「ウソではなく本当みたいですよ? 大笑いされました」
「んぎゅうぅぅうぅううぅぅうぅぅ!!」
地面に額を押し付けて身もだえして恥ずかしがっている。
かわいいけどさっきまでの雰囲気が台無しだ。
その後、またご馳走する約束をして家に帰った。家族は皆僕を心配してくれていた。本当にいい家に生まれたと感謝する。
店は今日も休みになっていた。
料理の開発をしようかな、何て考えてると招かれざる客が来た。
「……よう、クソガキ」
……何の用だ?
フード集団改め、凶悪商会!
正直しつこい! もう出番は終わったんだから引っ込んでてよ!
身体中傷だらけだ。あちこち服が破けて切り傷が見える。
5人か。
「テメエのせいで仕事仲間はほとんど捕まっちまった! 近いうちに処刑されるだろう! 俺達はもう終わりだ!」
家族が怯えてる。
確かに僕も少し前までなら怖くて動けなかっただろうけど、ゴブリンに追いかけられ、大きいガルーフォーンと走り回り、ヴォルと彼、黒水の翼女、そして町中のネコの獣人達と勢いとは言え蹴散らしてしまった今としては全く恐くない。
でもここで暴れられちゃ困る。
「そうなる前にテメエを殺して捕まった仲間に敵は討ったと教えてやる!」
「最後の足掻きだ!」
「ブッ殺す!」
正面から外に逃げるか。
「おい貴様ら! 家のバカ息子に何の用だ!?」
「私の息子に何するつまりよ!?」
「お、お兄ちゃんに、な、なに、何の用よ!?」
家族の言葉がくすぐったくてむず痒くて、でもすごく嬉しい。
家族には指一本触れさせてたまるか!
でも三人共アイツらの話聞いてたか? 目的ほとんど言ってたぞ?
まあ、いいや。挑発すればついてくるかな?
フフッ
「お前ら、俺に触れたことも無いくせに僕を殺すとかよく言えたね?」
「「「「「ア"ア"!?」」」」」
小さい腹黒悪魔×2に散々されたことをやればいい。
「散々邪魔してくれたけど、一度として僕を傷つけること出来なかったよね? 本当にあの騎士達からここまで捕まらずにこれた凶悪商会なの? 間抜け商会の間違いじゃない?」
「「「「「殺す!!」」」」」
いっせいに店になだれ込む前に、『柔軟』で集団の隙間から外に抜けて逃げる。
「な!?」
「テメエ、クソガキ!」
「待ちやがれ!」
ハハッ!
昼間からドタバタになるとはね!
「さあ、最後のお願いだ!」
「うおっ!?」
いきなり表れたシロネコに驚く。路地裏から出てきたシロネコにネコのまま依頼を出される。
依頼も昼間から!?
「最後のお願いは『小鳥』を追いかけて貰うよ!?」
どうせただの鳥じゃ無いんでしょ?
「そこら辺を飛び回る本当にただの小鳥を追いかけて、日が真上に来るまで見失わずに追いかけるんだよ!?」
……どゆこと?
「それじゃあ、頑張ってね~!?」
そう言ってシロネコは路地裏に消えていった。
小鳥?
ただの小鳥を見失わずに追いかけるの?
まず小鳥を見つけないと始まらないな。
「…………いた」
「待ちやがれクソガキ!」
「あ、忘れてた。ごめん」
「てめ、何処までもコケにしやがってー!」
「いやいや、実際とるに足らんし……」
「「「「「死ねーーー!!!」」」」」
ドカカカカカッ!
そこら辺に放置して終了。
さて、小鳥小鳥。
……いた。
空を飛ぶ鳥に道は関係無いから建物の壁や横の町に簡単に飛んでいく。
加護が効いてるから早く走れるけど昼間から町中をこのスピードで走り回るのは非常識だ。
あああ、ライバル店の何時もからかってきたやつらが目を見開いて驚いてる。
あの女の子の店はここから正反対の方にあるからまだ大丈夫。見られる心配なし。
小鳥が建物を挟んで向こう側に行っちゃった。道も路地もない。じゃあしょうがない。
建物を飛び越える!
結構な人に見られてるけど構っていられない。
屋根の上を疾走し、時には飛び移りながら小鳥を追いかける、が……
「……ン?」
小鳥は普通に飛んでいる。
ただ、その隣にいつの間にか真っ白な少し大きい鳥みたいなものが飛んでいる。翼があるから鳥だと言いたいけど人のようにも見える。
その鳥?がゆっくり降下してきて走る僕の隣に並んだ。
ニッコー、と歯を見せて笑う背中から羽の生えた、人間?
ただし目、唇、髪、翼、服、と言うか布、全てが真っ白だ。
純白だ。
白亜だ。
綺麗な作り物みたいな美貌を持つ子供だ。
でも、そんなことより僕の心は……
(ヤッパリ、ただ追いかけるだけじゃ終わらないのね?)
と言うゲンナリした気持ちでいっぱいだった。
正直この頃『翼』というものにいい印象が無い。
大声を出すもの、竜巻を起こすもの、拳骨を作るもの、体当たりするものと、この頃物騒な羽を持ったやつばっかりだ。
羽の生えた少女は羽を羽ばたかせ小鳥の隣に戻ってこっちを見た。
ニヤリ
……何かわからんが、おちょくってんのか?
そのまま小鳥と一緒に少女は飛んでいる。
相変わらず口元はニヤけている。
自分の方が小鳥に近いって言いたいのか?
「ならば、ッセイ!」
思いっきりジャンプして小鳥を挟んで少女の反対側へ。
あ、驚いた顔してる。
フフフ、思い知ったか!
しかし飛ぶことは出来ないからすぐ落下する。
また少女がニヤリとする。
……何かムカつく。
小鳥の方にもう一回ジャンプ!
ってあ、いつの間にか太陽が真上に……
「時間?」
ドスンッと着地した場所は、ネコ達の広場だった。
呆然となる僕とネコ達。
そして、
「……フフフ、アハハハハハハハハハハハ!」
「プッ……ククク、アハハハハハハハ!」
「「「「「アハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」」」」」
ネコ達は笑い出してしまった。
どういうことかよくわからないけど、とりあえず……
「終わったんだけど?」
と、言っておく。
正直今回の最後のお願いは何の意味があったんだろうか?
ひとしきり笑ったネコ達は急に姿勢を正して僕の前に頭を下げた。
「え? 何?」
目の前で起こっている事が信じられない。
散々バカにしてきたネコ達が今、目の前でかしづいている!
「今まで、」
「ここまで、」
「この時まで、」
「我々の頼みを聞いていただけたこと、」
「この場を借りて深く感謝の意を示します。」
「「「「「ありがとうございました」」」」」
そう言って何時ものクロネコとシロネコが一つのブレスレットを持ってきた。
「これは我々の感謝、そして試練を特別な結果で突破した証に与えられる加護、『ネコの慈愛』」
「その意味は、我々の半分の権利を貴方が利用できる事」
ブレスレットを右腕にはめられる。
魚の骨を基準に、頭と尻尾の間に瞳が九つの一つの目玉。恐らくゴブリンの目玉10個を何らかの方法で一つにまとめ、その中心からあの蒼いガンホーク、ヴォルの20センチぐらいの羽毛が伸びている。更によく見れば、流れ星の光が魚の骨の中を絶えず廻り続けている。
僕が振り回され集めてきた物の集大成だ。
「我々は」
「獣人の」
「上位種族にして」
「空龍様により」
「ただの獣から進化した」
「古い」
「古い」
「種族です」
「また会いましょう」
「その時まで」
「さようなら」
「「「「「ありがとう」」」」」
「……ありがとう」
つい、お礼の言葉を口に出していた。
そして気づけば広場はもぬけの殻。
少し寂しい気持ちがした。
何故かはわからない。
だって僕はネコがキライだから。
でも、今だけはその言葉を飲み込んで感謝したい。
そんな、気分だった。
その後、夢を見ていたような気分で家に帰るとヴォルと彼が店の前にいた。
「もう大丈夫なの?」
「ああ」
「よかった。でも半日も経ってないけど治るもんなの?」
「俺とヴォルの体は少し特別だ。報告なんだが、俺はしばらくここに滞在することにした。また食べに来るからご馳走してくれ。金は持っていく」
「キュオッ!」
「……喜んで」
そう言って彼はヴォルと一緒に去っていった。
「私もしばらくここにいることになったわ」
ほんと毎回どっから表れるんだ彼女は。
鋭敏になったはずの僕の感覚でも捕らえられない。
「貴方が今後どうなるのか、私は監視することにしたの。貴方危なっかしいもの」
そりゃあ悪うございましたね。
「貴方の体に同化した流れ星のエネルギーとネコからもらった『猫化』がどんなことになるのか、見せてもらうわ」
本当にどうなるんでしょうね?
「私は対空龍部隊分隊長よ。貴方はうちの組織では『星猫』って呼ばれることになったから、覚えておきなさい」
「え? それ初耳……」
自分の知らない所で勝手に呼び名が決まっていた。
星猫。
何だか恥ずかしいな。
「ああ、そうそう。さっきこの店に押し入った凶悪商会の連中、そこの道端で寝てたらしいわ。だからさっき騎士達が連行して行ったから安心していいわよ。じゃあね」
そう言って彼女は去っていった。
それ、寝てたんじゃなくて僕がやっつけただけなんですけど。
「全く、彼女だけは我々の感知に引っ掛からないから厄介だね~?」
「しかし、何処か抜けている。そこだけが救いです」
「……」
「アハッ、消えたと思った? ざーんねーん!」
「貴方は私達の半分の権利を持った。しかし、その力と意味は、貴方はまだ理解していない」
「だから私達が貴方を監視し、」
「我々が教えます」
「貴方と、」
「一緒に、」
「「ね?」」
言いたい答は、決まっている。
「僕の感動を返せーーーーー!!!」
ネコを引き連れて帰ってきた僕を待っていたのは家族三人によるお説教タイムだった。
簡単に要約して『心配さすな、アホ!』ということだった。
いや、ほんとごめんなさい。
その後、ブレスレットを見た妹が欲しいと駄々をこねたり、ネコを見た母さんが見たこと無い程顔を緩ませたり、父さんがネコに怯えたりした。父さんネコ嫌いだったんだ……。何だか今まで以上にすごく気が合いそうな気がする。
それはそれとして、
何だか家族が今までと全く違う暖かいものに見える。
それだけでもネコのお願いを聞いたことはすごく嬉しく思う。
あの二匹には絶対感謝の言葉も顔もしたくないけど。
一人、家族を見て和んでいると、閉めたはずの店に入って来る一人の老人が現れた。
「失礼する。ここはさっき凶悪商会に襲撃された店かの?」
誰?
いきなり店に入ってきたのは杖をついた腰の曲がっていないフードのじいさんだった。
「あーすまんな。店が閉まっておるのは知っておるのだがどうしても話をしたい事があってな」
歳を感じさせない芯の通った声で話す。
本当に何の用なんだ?
「貴方は、まさか……」
「……賢者様?」
ン?
知ってるのか父さん母さん?
「あーその呼び名は嫌いでな、やめてくれ。それよりさっき小鳥を追いかけておったのは君か」
いきなりご指名ですか!?
「あ、えっと……はい」
「君、うちの学校に来る気はないかな?」
「え!? …………あ、」
……しまった! 親がいるのに喜んでしまった。
家を継ぐとは言ったけど、まだ学校は行きたかったからつい……ごめんなさい。
でも、僕自身も決めたんだ。ここを継ぐって。だから堂々と言わなきゃ。
「……すみません。僕はこの店を継ぎたい。だから……その……」
「別にこの店を継ぐのは学校を出てからでも遅くはない。それに学費なら気にするな。贅沢は出来んが標準の待遇までなら学費を免除する」
「え? でも、」
「それにな、ここの店について少し調べたが学を積めば金をかけずにもっとよい稼ぎも出来るぞ?」
「…………」
「まだ、納得出来んか?」
「進言をお許しください賢者様。息子にはここを継ぐことをこの家ではずっと前から決めております」
「……ふむ、貴様はもうすぐ働けなくなるのか?」
「……は?」
「今すぐにこの子に家を継がせなければならぬのか? そうしなければ死んでしまうのか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「ならば、子供に権利と時間ぐらい持たせてやれ。いい稼ぎといい料理のやり方。学校では沢山学べるからの」
「私も行っていい!?」
「こ、こら!」
「うむ、よいぞ」
「やったー!」
「すみません。質問させてください。何故そこまで家の息子を誘うんですか?」
「フフ、町中を走り回る姿を見てな、彼は何か世界に波瀾と変化を与えてくれる気がしたんじゃ」
あれよあれよと入学の手続きが済まされてしまった。
父さんも母さんもしまいには何も言わなくなってしまっていた。
町中で小鳥を追いかけさせたのってこのため?
視界の端で二匹のネコがニヤリとした。
うぉー、お礼言いたくねぇー!
賢者様?が帰り僕が料理の伝授の時間の後、学校へ行く準備をしていた。
……のだが、
ウザい。
ネコが、ウザい!
本当にウザいんだよこのクソネコ!
料理と仕事をしている時だけは何もしないでいてくれるけど、それ以外だと事あるごとにちょっかいかけやがって!
エサに難癖つけたり、椅子に座って休んでるとき耳をかじってきたり、お腹に乗ったり、頭に乗ったり、父さん怖がらせたり!
今も学校へ行く準備をしているのに頭に乗ったり、肩に乗ったりしてくるし!
ただ、家族といるときは絶対喋らないんよな。
徹底してる。
「フフフ~良かったわね? 学校に行けて」
「しかし我々の権利の説明と、それに伴う行事もあるので苦労は2倍でしょう」
「勘弁してよ……」
「そうはいきません。そのブレスレットを持っている限り、貴方は我々の全権代理者の一人になっていますから」
「……どゆこと?」
「そのブレスレットはね、説明した通り我々の権利の半分を貴方が自由にできると言う信頼の証なのよね?」
「もちろん我々はただの操り人形ではないので貴方の意見に我々が賛同できなければ無効になります」
「死ね、とか?」
「うん。端的に言えば、そう言う我々が嫌がることだね?」
「質問ならいくらでも答えてあげられますが、どうしても言えないことや言いたくないこともあるので全ては答えられません」
「微妙な権利だな。……じゃあ、何で沢山の情報を知ってるの?」
「全部は話せないけど、我々は見ただけで情報を多少手に入れられるのよね? 全部じゃないけどある程度は」
「ただし、あの『水烏』の女性だけは見ても情報を引き出せません」
「どうやってるのか、いつの間にか我々の視界から消えちゃって追いかける事も監視する事もできないのよね?」
半分くらい僕もネコになっているから、その『水烏』の彼女が接近しても気づけなかったのかな?
「君達が僕の耳を噛んだのは?」
「マーキングです」
「いわゆるこれは私達のモノっていう印ね?」
「お気に入りとも言います」
「ただし定員二人までなのよね?」
「昔三人以上が一人の人間を気に入った事があったんですが、人間の方が発狂したのでそれ以来二人までに決まりました」
…………………………………………………。
「…………次の質問だけど、君達ネコって獣人より上位種なんだよね?」
「はい。それどころか人間よりも上です」
「……ウソ?」
「嘘じゃないわよ? 第一、君達より先に自我が出来上がった種族だしね?」
「君達ほんとに何なの?」
「称号で言うなら『裏猫』、自称で言うなら『遊び猫』です」
「具体的な数で言えば約2億年前に生まれた種族ね?」
今、人間が聞いてはいけない真実を聞いた気がする。
「……あれ? じゃあネコの獣人も後から産まれたの?」
「それは、」
「教えて、」
「「あげられませ~ん♪」」
ウゼー!
「冗談です。ネコの獣人も我々より後に産まれました」
「人間よりもずっと後に、ね?」
次の日の朝。
僕はすごく久しぶりの気分で家の荷台を引いていた。今僕は一人で荷台を引いている。妹がいなくても全く問題ない程筋力が上がったからだ。妹には店の掃除と準備をしてもらっている。ネコ達? 知らんな。
しかし、心はこの七日間を思い出していた。
終わってから思い返すと、今までの一生以上にこの七日間は激動の毎日だった。満足感と少なくない喪失感がする。
間違いない。
僕はこの七日間を認めたくないけど楽しんでいた。全く退屈しない非常識な毎日を楽しんでいた。
だからネコ達の脅しを言い訳に毎晩広場に顔を出し、文句を言いながらも従い、今、間違いなく悪くない思い出として、嬉しい記憶として思い出している。
「あ、久しぶり! 元気だった!?」
だから実に5日ぶりに、しかも急に話しかけられてビックリした。
そして彼女の顔を見て思わず笑ってしまった。
「フッ、クククッ……」
「え? 何? 顔に何か付いてる?」
その普通の反応と普通の自己主張しない普通の顔に、僕はすごく安心してしまった。
よく思い返せばこの6日間、えらい美人を見てきた物だと思ったからだ。ネコ二匹の人間状態、セイレーン、人魚、あの神出鬼没の分隊長、騎士の女の子、王都の治療室の女性、羽の生えた少女。皆、平民が見れるような高貴の存在のような人達……いや、人じゃないのもいるけど、そんな人達ばかりだったからだ。
「ごめん。何でもない。安心しただけ」
「そう? それならよかった。……何だろう? 何か変わった?」
確かに、今ではしっかり彼女の顔を見てどもらずに会話できてる。
「そうかもね」
「ふーん。まあ、元気でよかったよ」
「うん。あ、そうだ! 僕、学校に行く事になったんだ!」
「え!? 本当に!? 学校に行ける小規模店の子供はいないと思ってたのに!」
「色々…………あってさ」
「そっかーいいなー……。じゃあ学校の話、たまにでいいから聞かせてね。会えて嬉しかったよ」
そう言って彼女は去っていこうとする。
その彼女の背中には、何か喪失間が漂ってるように感じた。
声をかけると心が叫んだ。
何を言えばいいかなんて二の次だ。
とにかく引き留めて何か言わないといけないような使命感がする。
あの夜、ニヤリと笑ったネコを追いかけるか迷ったときみたいに。
でも、僕の体は、動かなかった。
愕然となった。
あの時は動いたのに。
あれだけ出来るようになっても声をかけることすら出来ないのか!?
僕は自分に幻滅した。
体はどれだけ強くなっても、本当の僕はネコのお願いをされる前から何も変わって無いのか?
今自覚した。
僕は調子に乗ってた。
自分には力があるんだと自惚れていた。
僕はゴブリンを殺し、あの大音響を掻い潜り、ガルーフォーンと戦い、星の力を持ち、悪人を容易く叩き伏せられるからって。
調子に乗ってたからこそ落胆も大きい。
声をかけることさえ出来なかったから。
……いや、違う。
動け。
そうだ。
行動しろ。
行動したら以外と何とかなってきたじゃん。
なら、何事も、大丈夫。
どうなるかなんて、行動してから考えればいい。
今どう行動するべきか。
答は、決まっている。
前に足を出して、もうずいぶん遠くなっている彼女の背中に、声を……
「……ねぇ!」
明日はサイドストーリー