3 ネコのお願い『魚の骨』
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帰った僕を待っていたのは怒濤の質問攻めとお叱りとお仕置きと小塚い禁止。そして朝の荷台での買い出しを一人ですると言うものだった。そりゃあ今日は妹一人にさせてしまったからしょうがない。
質問にはほとんど真面目に答えられなかった。魔法でも掛けられたみたいに記憶にモヤが掛かって何も答えられなかった。僕に何したんだよあのネコ。
今はそれより眠い。徹夜ってこんなに辛いんだ。父さんが時々徹夜してるけど、将来僕もやらなきゃいけないのかな? できる気せんぞ。
それもこれも全部あのネコ達のせいだ! もう絶対付いてなんか行くもんか! アイツらに関わっちゃダメだ、またからかわれるに決まってる!
しかも今日は運が悪い。ネコの獣人に脅迫されて色々買わされて僕の持ち金を絞られ、そこをあの子に見られ、何だか柄の悪い人達に絡まれて路地裏でタコ殴りにされ、鳥の糞までくらった。何か恨みでもあるのか神様!? ネコの加護のお陰でほとんど痛く無かったけどさ! ネコの怨念に憑かれたりしてないよね?
特にあの子に見られたのが辛い。たとえ付き合ってなくとも思いを寄せてる相手に柄の悪い人達に絡まれてる姿は見せたく無い。僕みたいなヘタレでも! ヘタレでも!!
あのクロネコに付いていってから嫌なことばかりだ。グレるぞ?
などと愚痴を垂れながらも結局……
「やあ、遅かったわね?」
「早く仕事を終わらせないとまた寝る時間が削れちゃうよ?」
「ププッ、何その顔!?」
「金を絞られ、」
「暴力をふるわれ、」
「好きな子に醜態をさらしちゃって、」
「糞でもくらった様な顔してるよ!?」
「「「アハハハハハハハハハハハハハハ!!!」」」
相変わらず不気味なネコ達の広場に来てしまっていた。
だってしょうがないじゃないか。
裸で町中走り回ると脅されるんだもの! これ以上僕の生活を汚されてたまるか!
「ほっといてよ……」
ふてくされた顔で答える。言ってる事のほとんどが見て来たみたいに当たってるからなお質悪い。
いや、実際見てたんだろうな。ネコって何処にでもいるから。
「今日は魚の骨が欲しいんだ? 更に私が今回の案内をするわね?」
昨日の堅いクロネコと違って明るい感じだけど嫌な予感しかしない。しかし魚の骨? そこら辺のゴミ箱あされば出てくるんじゃ?
「新鮮な骨じゃないといけないから直接海に取りに行くわよ? レッツゴー!」
ちょっと待て。
ここから海までどれ程あると思って……
「加護を与えたから走って行くわよ?」
……………………マジ?
海。
僕の住んでる町から一番近くにある海まで馬で走って数日はかかる。
その道を今僕は走っている。
月の光がやけに眩しい。道はハッキリ見え、何処に何が潜んでいるかも判ってしまう。お陰でモンスターに遭遇せずにここまで止まらず走ってこれている。一刻も早く魚の骨を持って帰らなきゃならない。二日連続で親に迷惑掛けたら追い出されかねない。
だ、と、い、う、の、に!
「ハァ、ハァ、待ってよ~~~?」
何故お前が僕より遅い!?
今彼女は広場から出て人の姿になっている。どういう原理なんだ?
ネコを思わせる大きな青い目。年は見た目昨夜の堅いクロネコ女と同じ二十歳くらい。髪はネコの時と同じ白で頭の後ろでまとめている。服まで真っ白で月の光に反射してる。綺麗だけど目立つんじゃ無い? ちなみに海の方向が判らないから、彼女に案内してもらっていたのだが……
「もう疲れた~おんぶして~~?」
段々ムカついてきた。
明日の朝食にしてやろうか?
しぶしぶおんぶして走る事更に数時間。
目の前には海。
馬で5日かかる距離を僕は数時間で走破してしまった。背中に彼女を背負って。加護って凄い。いくらあのムカつくネコから貰った加護とはいえ、何時も見ていた馬の数倍のスピードを出せる事はうれしい。
すごく胸がワクワクする!
テンション上がる!
「おかしいな~? 少なくとも一日かかると思ったのに?」
「…………何?」
「何でもないわよ~? さ、早く着いたんだしやることを早く済ませましょ?」
「……」
突っ込まないことにする。
浮かれていた心が一気に冷めた。さっさと済まして帰ろう。
それにしても海って初めて見た。聞いたことはあったしどういうモノかも知ってたけど、初めて見る海は夜であっても凄い。向こうの先までまっすぐ見える。ザザーンっていってる。でも青いって聞いてたけど黒いんだな。変な匂い。
「……ー」
「?」
何か聞こえた気がする。
「……」
気のせいかな?
「さ、魚を捕まえて食べよ?」
「食べるの?」
「食べないと骨に出来ないでしょ?」
「まあ、そっか。でも、どうやって魚獲るの?」
「もちろん巣潜りの素手で!」
「……獲れるの?」
「頑張ってね?」
「ハァ」
段々何やらされるのか判ってきた気がする。
加護でなんとかなるのかな?
そもそもどうやって入るんだ?
そのまま?
溶けたりしないよね?
服着たままで泳いでも大丈夫かな?
砂浜をまっすぐ進んで波の一歩前まで来たけど、最後の一歩が出ない。
「ホラホラ、さっさと行けー!」
ドンッ
背中を蹴られた。
バシャッ
顔面から海に突っ込んだ。
「がぼっぼはばばぼっは、ショッパ! ゲホッ」
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
聞いた通りショッパい! しかも開いてた目に染みる! こんな所に顔突っ込んで魚見つけて獲れってのか!? 無茶言うな!
「もー! 海に来たのも見たのも初めての僕に魚獲れる訳無いでしょ!」
「ヒー、ヒー。 た、多分なんとかなるんじゃない? 根性とかで、プックックッ……」
ネコの塩焼きにして食ってやろうか!?
「……~♪」
「!」
今度はハッキリ聞こえた。 間違いない。この海の近くで誰かが歌ってる。 歌詞の意味は判らないけど。
「「■~~……♪」」
しかも一人じゃない? 何人かで合唱しているのかな。こんな夜中に? 出来れば魚の捕り方でも教えてもらおう。
「「「……~~……■■~♪」」」
やっぱり聞いたこと無い言葉で歌ってる。種族が違うのかな? だとしたら危ないかな? 人間を見たら襲いかかってくる種族もいるらしいけど。
「「「「「■■~~……~■~♪♪♪」」」」」
数人どころじゃない。百人規模の大合唱だ。少し怖がりながらも、僕はいつの間にか歌ってる人達が見える所まで来てしまっていた。
そしてそこから見えた光景は幻想のように美しかった。背中から羽が生え下半身が鳥に見える一人の美女を中心に、百数十人の人魚が美女が立つ岩礁を囲って歌ってる。彼女達が声をあげる度に周りの世界が輝いて喜んでるみたいだ。
でも、見とれている場合じゃない。
だって『人魚』がいるんだもん! 男には絶対討伐不可能と言われている『討伐対象モンスター』! 何で男には倒せないと言われているのか知らないけど、絶対無理って言われてるんだから僕には無理でしょ!
気づかれる前に逃げないと。
回れ右してダッ……
「「「!」」」
……シュする前に見つかった!
「「「■■■~~!」」」
「ぎゃああああああ!」
追って来た! 何て言ってるかわかんないけど来た!
「男に討伐が不可能って言われる人魚だけど、実際の実力は昨日のゴブリンよりちょっと強い程度なのよ?」
あんのヤロー、いつの間にいなくなりやがった!
昨日のクロネコ女みたいに解説始めやがって!
助けてよー!
「ちなみにネコの加護を与えられた者って水に触れる事に嫌悪感を抱きやすくなるからね? 君は海に入りづらくなっているのよね~?」
ふざけんな!
海に入りづらかった理由はそれか!
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
笑ってる、笑ってる。笑っているよあのヤロー!
やっぱり今回も楽しんでやがるな!?
「お?」
心の中で愚痴ってたらいつの間にか人魚達が追って来なくなった。砂浜の一歩手前で。陸に上がれないのか?
ふー、助かった。
「後、ここから早く離れてくれないかな~? ちょっと危ないのがいたからなるべく早くね?」
バサッ
「え?」
目の前に降り立つ一人の美女。
頭の上に……お椀?が乗っている。
そしてその大きく息を吸い込んで膨張した胸を見た瞬間……
「ヤバッ!」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「……う!?」
空気が破裂した。木々がなぎ倒され砂浜が扇状に吹き飛んだ。僕も吹き飛んだ。とっさに耳を塞いだお陰で耳は大丈夫。だけど地面に落下して全身打撲だ。全身が痙攣して動かない。むっちゃくちゃ痛い。また目の前に背中から羽を生やした美女が降り立つ。
何かこの上なくすっごい不機嫌そうな顔をしてるんですけど。
何で?
「ズウウオオオオオオォォォォォォォ……!」
「い!?」
と思う間もなく空気を吸い込んで胸が膨張した!
もう一発!?
「ガアアアアアアアアアアアア!!!」
もう一回宙を舞う僕の体。何処が幻想的だよ! 思いっきり物騒な大声攻撃食らわして来るじゃん!
あ、魚が海の上にプカプカ浮いてる。大音響にやられたか? ヒデェ……。
って追い討ち!?
「ガアアアアアアアアアアアア!!!」
その後、間髪入れずに何発も降ってくる大音響の衝撃波を何とか避けるが、時々食らって宙を舞う。もう数えきれない回数吹き飛ばされた時、ふと視線を向けると。
「あ?」
なぎ倒された木々の間に耳を塞いでうずくまるネコ女の姿。
あんなところにいやがったな!?
……何かブツブツ言ってる。
「も……しか……あ…ク……コ達、わた……騙し……」
何言ってるか知らないけど、悪態ついてる様に見える。
ってあっ、来た!
「ズウウオオオオオオォォォォォォォ……」
……あれ? ネコ女気づいて無いのか? このままじゃ巻き添え食らうぞ。
知らせるべきか?
……でも、ほっとこうかなぁ。多分死なないだろうし、僕がやるんじゃないし、だいたいこんな事させてる天誅とでも思って一発イッといてもらうというのも……
「……ォォォォォォォォッ!」
溜めが終わった。アイツはまだ気づいて無い。
僕は……………………~~んんんあああああもう!
ほっとけない!
加護の身体能力に任せて彼女に突っ込む。一気に周りの景色が後ろに流れ、風が肌を薙ぐ。そのまま彼女を小脇に抱えて戦線離脱!
「ガアアアアアアアアアアアア!!!」
さっきまで僕がいた場所が凪ぎ払われた。けど、その時にはもうとっくに僕は回避済み。
危なぁ……
小脇には顔が真っ赤のネコ女。
恥ずかしいのか?
恥じるより感謝しろよ?
「……あれ?」
いつの間にかあの鳥女がいなくなってる。何発も大声出してスッキリしたのかな?
でもなぜか他の気配も感じる。何で?
とりあえず今のうちに浮かんでいる魚を三匹取って早くここから離れる。人魚もいなくなってるし。さっさと帰ろう。かなり時間が経ってるから早く帰らないと。
今、行きと同じ様に彼女を背負って帰り道を走っている。
周りは所々木々が生えており、しかし森の中というわけではなく、平地が八割の、地面に凹凸が少ない遠くまで見通せる土地だ。
そこを走っている最中……
「にゃぁ……」
「……え?」
にゃあって言ったか、コイツ?
ちょっとかわいかった……
「~~~~!!」
「……」
噛んだのかな? 恥ずかしそうに背中に顔を埋めてきた。可愛かったけど突っ込まないでおこう。
「……ハァー。火をつけるから止まってくれない?」
「……」
息を吐いて落ち着いたかな?
早く帰りたいけど、おとなしく従おう。
「必要なのは魚の骨。だから今焼いて食べちゃいましょ?」
「……うん」
相手はもう落ち着いてるけど、こっちは気まずい。
彼女は懐から火石を取り出して火を付けだ。火石は人間が火を使うために絶対必要なものだ。石一つで薪と火の役割を果たす。ビー玉サイズで一時間。火は水を掛ければ消え、燃え尽きれば炭も残らない。旅の必需品であり、キッチンの常装備だ。
そこらで取ってきた木の棒を一匹残して二匹の魚に刺して焼き上げる。香ばしい、いい臭いがする。少し海の臭いがした。
「……」
「……」
双方無言で魚が焼き上がるのを待つ。空の星は輝き、周りは静寂に包まれ、魚が焼ける臭いと音だけが周りを満たす。
「焼けたわよ?」
「うん……ありがと……」
何て言ってあげたらいいんだろ。
なんて考えつつ、焼けた魚に食らいついた。
「!? うまああああああ!」
美味い! スッゴク美味しい! 魚なんて馬で5日かかる距離を海から町まで持ってくる間に腐っちゃって食べられない。たまに湖から輸入されてくるけど、まず高くて手が出ないし、そもそも他の店に大半買い占められるから家が手にいれる事なんて今まで無かった。もちろん食べたことなんて無い訳で。
鱗が無い魚だ。かぶりついたら皮が焼けて固くなった部分がパリッといって中身の肉汁が溢れてくる。さっぱりしていて、でも独特の臭みで濃い味が口に溢れかえる。時々内臓が苦かったり骨が固かったりするけど、そんなの関係なくもう無心にかじりつく。
「フフフ」
「ン?」
いつの間にか隣に彼女が座っていた。食べてる姿を見て楽しんでたのかな? 恥ずかしい。
ペロッ
「ちょっと!?」
「フフ、ごめんね? あの大声を出すくそったれは『セイレーン』って言ってね、本来あんな場所にはいないはずなのよ。我々ネコは大きな音が苦手なのよね? だから危ない所を助けてくれてありがとう。助かったわ」
「……うん」
「最後の一匹はあげるわね? 親にあげれば多少機嫌がとれるでしょ?」
「ありがとう。でも広場の他のネコ達にはいいの?」
「ネコはたくさん魚を食べすぎると具合悪くなるし、アイツらは今度お仕置きしないといけないから♪」
「何で?」
「ちょっ……されてね」
「え、何て?」
「何でもない」
食べ終わった後、骨を袋に入れてまた走る。走っている最中にまた右の耳を軽く噛まれたり首を舐められたりしたしたけどそれ以外はモンスターに遭遇することもなく帰る事ができた。広場から出る時、ネコ達が『発情したネコの臭いがする!』とか言って騒いでたけど全力で無視して家に帰った。
良かった~、今日は朝が来る前に家に帰れた。ちょっと体がベトベトするけど二日連続で徹夜とかクマができる。
さあ寝……
……………………………………!!?
「ーっはぁ! ハァ、ハァ、ハァ……」
ベットに沈み込んだ瞬間に眠ったけど、むっちゃくちゃ嫌な夢を見た気がする。
もう忘れちゃったけど。
眠ってすぐ飛び起きてしまったな。
しかも……
「お兄ちゃん!? いつまで寝てるの!? 買い出しの時間とっくに過ぎてるよ!?」
妹が起こしに来た。
また、ほとんど眠れなかった……
読んでくれてありがとうございました。