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異世界で使える心理学  作者: 板戸翔
異世界転移編
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ブロークンウインドウズ【前編】

「おばあちゃーん、お兄ちゃーん、お掃除終わったよー」


 魔術についてブロンズと話し終えた直後、ドタドタと上から降りてくる音が聞こえ、サーシャが診察室に戻ってきた。


「さ、ゆっくり休んできなさい」


「ありがとうございます」


 もう一度ブロンズに頭を下げて感謝を伝え、幸多はサーシャの後について二階へと登った。





「ここが、お兄ちゃんの部屋だよ。隣には私の部屋もあるから、何かあったらいつでも来ていいからね。ご飯ができるまでゆっくりしてて」


「うん、分かった」


 ガラタ医院は二階建てで、一階が診療所、二階は自宅という構成である模様。すでに外観や一階の広さで二階もそれなりの広さがあることを予想していたが、これから幸多が借りる部屋や隣のサーシャの部屋以外にも二つ、三つの部屋が他に存在している。

 しかも、今見せてもらっている部屋は六畳以上の広さ。ベッドはもちろん、机や本棚も悠々と置けるスペースがあった。他の部屋も同等の広さを備えていることがうかがえる。この国の地価、住宅事情は分からないが、少なくともガラタ家が貧乏というわけではなく、ブロンズがかつて王宮の専属魔術師として働いていたことは間違いないようだ。


「……あ、そうだ、サーシャ」


「ん? なになに? なんでも聞いて?」


 サーシャは、幸多が自分を頼ってくれることが嬉しいらしく、テンションを一段階上げていた。どの時代でも、またどの世界でも、女の子というのはしっかりとしたお姉さんぶりたい生き物なのである。

 元いた世界では、こういった少女の生態をどちらかというと鬱陶しく感じていた幸多だったが、この時はどこか微笑ましく思いながら、それを聞いた。


「サーシャはさ、僕のことが怖くないの?」


「んん? なんで? 助けてもらった人に怖いなんておかしいよ」


 まるで純粋なサーシャに、幸多は続ける。


「例えば、サーシャに恩を売ることでこうしてサーシャの家に泊めてもらうことを僕が考えていたかもしれないよ。どこの国の人間かも分からない僕に、なんか、違和感とか疑いとか、そういうのは思わないの?」


 問いかけに、サーシャは「んー」と少しの間考え、結果。


「思わない。お兄ちゃんはわたしを助けてくれたお兄ちゃんだし、どこで生まれたとか、そういうのは関係ないと思う」


「……そっか」


 つくづく真っ直ぐな少女だった。ブロンズはいい教育をしている。

 教育と言えば、


「そういえば、サーシャのご両親は? 一緒に住んでないの?」


 幸多はブロンズとサーシャ以外、この家の人間の姿を見ていなかった。今は働きに出ていて夜になれば帰ってくるのかもしれないとも思ったが、今から借りる部屋が『ソウヤ』という人物の部屋であることをブロンズが言った時に、もしかしてと思ったのだ。

 そして、その幸多の予想はおおよそ正解であった。


「えっとね、わたしのお父さんのソウヤ・ガラタとお母さんのリーシャ・ガラタは旅の商人をしていてね、今は別の国にいるの。わたしも実は最近まで一緒に色んな国を回っていたんだけど、これから行く国々はちょっと危ないからって、おばあちゃんと一緒に住むことにしたんだ」


「なるほど」


 見るからに異国人である僕をサーシャが全く恐れないのは、幼い頃から様々な人種の人々と出会ってきたことが関係しているのかもしれないと幸多は推察した。


 話すことが楽しくなってきたのか、サーシャは上機嫌に夢を語り出した。


「わたしね、もう少し大きくなったら、また世界中を回ってみたいと思っているの。お父さんとお母さんはね、二人とも自分の国を出てね、旅の最中で出会って結婚したんだって。すごいロマンチックだよね! 広いひろーい世界の中で結婚相手を見つけるなんて。サーシャも色んな国を旅して、いつかは素敵な旦那さんを見つけて、それで一緒に旅をしたいなーって思ってるんだ」


 ーーそうか……だから、ブロンズさんとサーシャの肌の色が違ったのか。


 サーシャの肌の色が褐色に対し、ブロンズはというと、この国ではメジャーな白い肌をしているのだ。なぜ血の繋がった家族で肌の色が違うのか幸多は疑問に思っていたが、旅先で知り合ったというお母さんがおそらく褐色の肌の人種なのであろう。


「いいね、素敵な夢だと思うよ」


「でしょー! へへ、この国でおばあちゃん以外とおしゃべりしたのはお兄ちゃんが初めてだよ。ねえ、これからも・・・・・わたしといっぱいおしゃべりしてくれる?」


「もちろん」


 すると、サーシャはやったーとぴょんぴょんその場を飛び跳ねて喜びを露わにした。サーシャもこの国に来たばかりで、これまで祖母以外話し相手がいないことに寂しさを感じて過ごしていたのかもしれない。それを思うと、サーシャの喜び具合には納得だった。


 「またね」


 サーシャが自分の部屋へと去った後、幸多も部屋へと入り、すぐにベッドへ横たわった。


「疲れた……」


 普段はあまり独り言を呟かない幸多であるが、この時ばかりは吐かずにいられなかった。

 部屋の天井をボーッと眺めていると、数十秒前のサーシャの言葉の一節が頭をよぎった。


「これからも……か」


 もしかすると彼女の中では、幸多は永遠に自分のそばにいるものと思っているのかもしれない。

 幸多自身、サーシャとブロンズ双方とも悪い印象は持っていない。自分のような訳のわからないやつに優しく接してくれている点は非常にありがたく感じている。頼み込めば、ずっと住まわせてくれるような気もした。


 だが、行為に甘え続ける訳にもいかない。それはもちろんガラタ一家に悪いという意味でもあり、また幸多自身にとっても。誰かにすがりつくだけの人生では、何も進歩を得られないから。進歩のない人間に『これから』など存在しない。

 そもそも、ずっとこの世界に自分がい続けるという確証すらどこにもない。もしかすると一度眠れば元の世界にいつの間にか戻っているかもしれないし、そうでなくとも一日、一週間、一年経てば、また世界は変わっているかもしれない。永遠なんてどこにもない。


 ゆえに、だからこそ。


 早く意味を見つけなければ。自分が元の世界を出て、この世界に来た意味を。たとえ一瞬でこの異世界を去ることになっても、永遠にその世界を生きていたと思えるほどに、確かなものを見つけよう。

 この幸多の中に芽生えた方針は、いつかの恩師に言われた言葉でもあった。


 それから幸多は思い出したかのように右手をポケットにしまっているスマートフォンへ。スマートフォンの電池は残り少なくなっており、(どうせ電気は通っていないだろうが)充電器も持っていないため、早く元の世界とこの世界との時差を合わせなければ、ああでも元の世界と同じ自転周期とは限らないから、そこは天文学に詳しい人に聞かないと……と考えていたところで、幸多は力尽きた。





 幸多が意識を戻すと、すでに陽は落ち、部屋は暗闇に包まれていた。当然に何も見えないため、まず幸多は手探りでスマートフォンを探し出した。


 ディスプレイが示した時刻は午前十時。元いた世界で考えると一晩眠ったことになるわけだが、それにしても自分が十二時間以上という長時間を眠っていたことを、幸多は案外心的ストレスを感じていたんだなと客観的に分析していた。


 そのまま、内蔵してあるライトを起動。電池は残り少ないが、電波の無い環境では使用用途も限られてくるため、出し惜しみはしない。


 ライトの明かりで部屋を照らすと、机の上に食器と食べ物らしきものが置いてあることに気付いた。近づいてみると、お盆の上にはコッペパンのようなものとスープ、そして添えられた置き手紙。


『お兄ちゃんが食べる頃には冷めちゃっていると思うけど、食べないよりはいいと思うので置いておきます。お腹が空いていたらどうぞ』


 無論日本語ではなかったが、サーシャの温かな優しさも含め、言葉の意味が幸多に伝わっていた。手紙を読み終えた途端、ぐーっと幸多の腹部が鳴った。ここで幸多は元の世界で昼食を食べて以来、食べ物を口にしていなかったことを思い出す。

 少々得体の知れない食べものに抵抗を感じていたが、そんなことも言っていられない。幸多はまずコッペパンのようなものを丸かじりすると、柔らかく口の中でほのかに小麦の香りが広がり、まさしくそれは元の世界のパンそのものであった。どうやら人間が食する料理というのは、あまり元の世界と変わらないようだ。空腹は最高のスパイスと言うが、幸多は今まで食べてきたパンの中で一番美味であると感じた。


 幸多はパクパクとあっという間に平らげ、次はスープと木製のスプーンを手に持った、その時だった。


「おい、お前ふざけんなよ!」「お前がふざけんな!」


 何やら外で人が争う声が聞こえ窓から外を覗くと、中年の男性二人が掴みあっている姿が月明かりの下かろうじて確認できた。

 こんな時間に一体何を争っているのかと傍観していると、端から男女二人組が男性たちの元へ。よかった、仲裁に行ったんだなと思って……いたが。


「お前ら何なんだよ!」「あんたが何なのよ!」


「!」


 なんと、喧嘩を止めるどころか、乱入してしまったのだ。

 人数が増え、争いは勢いを増す。その後も次々と乱入者が増え、言い合いだけでなく殴り合いを始める人々も発生。辺りはあっという間に怒号の嵐、地獄絵図となった。


 一瞬この世界の祭りか、はたまた儀式のようなものかという考えもよぎったが、その発想を飲み込むほどの異常な空気を感じ取り、幸多は部屋を飛び出し、一階へと降りた。


「その音は、サーシャと幸多のどっちだい?」


 すると、診察室ではロウソクの明かりで全身傷だらけの男性を治療するブロンズの姿があった。幸多はブロンズに近づく。


「僕です。あの、これは一体何の騒ぎですか?」


「そりゃこっちが聞きたいよ! まったく、時間外診療は翌日に響くってのにったく、くっそ」


 ブロンズは相当イライラしているようで、その後もいくつか悪態をついたのち、


「ただ、どうやら騒ぎはかなり広範囲で起こっているようだね。そうなると、魔術が絡んでいることも考慮する必要があるかもねえ」


 ごくり、と幸多は生唾を飲み込んだ。

 魔術。地下倉庫で出会った少女が幸多にかけたものや、今もブロンズが治療で使っているのと同じものが、この辺りの住民たちにかけられている。

 その規模や威力を再確認し、幸多の心臓ははち切れんばかりに鼓動を早めていた。

 衝撃的。恐怖もあるが、同時に高揚感が湧き上がっていることも否めなかった。


 中々男性の傷が癒えず、ブロンズは更に苛立ちを募らせてチッと舌打ちする。


「この分じゃ、治療が終わる前にきっと次の患者がやってくるね。原因への対処は『特魔』のやつらに任せるしかないか」


「……あの、ブロンズさん」


 「ん?」とブロンズが幸多に視線を向けた時、一瞬そこにいるのが幸多であることを疑った。

 目の前に立っていた幸多は、ブロンズが出会ってからの間の中でーーダントツに活力をみなぎらせていたからだ。

 


「その原因の対処ってやつ、僕にもできますか?」

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