特魔1
「まずはここが主な競技場であるグラウンドです」
幸多とギバルドはシュルバの案内に導かれ、その場所を訪れた……と言っても数歩しか歩いていない。むしろ目の前に広がっている光景のため歩く必要すらないように幸多は思えたが、シュルバも案内すると言った手前歩かないわけにはいかなかったのかもしれない。
グラウンドは縦に約二十メートル、横に約五十メートルといったところで、まさしく広めの学校の校庭といった感じだった。雑草が刈られて丸裸となった大地の外周に何本も白線が引かれ、徒競走用のトラックもしっかり作成されていた。
「姫さまのご説明によりますと、日本ではこの会場の中心部で徒競走以外の競技を行い、徒競走はこの白線に沿って外周を走るらしいのですが、合っていますでしょうか?」
「合ってると思います。見たところ特におかしなところもなさそうだし」
というか、おかしなところを作る余地がない、何せ雑草を刈って線を引くだけなのだから。いくら異世界に運動会という文化がなくとも、さすがに動き回りやすい場所の認識に違いは起こらないだろう。
「いいんじゃないでしょうか? じゃあ次はあの大玉のところにーー」
と、幸多がシュルバに行先の希望を伝えたところで、
「おいおい、もう行っちまうのかよ寂しいな」
「!」
一秒、いや一瞬前までシュルバとギバルドの二人だけであった幸多の隣に、三人目の男性が立っていた。幸多は虚を突かれて後退し、ギバルドも慌てて戦闘体制を整えた。
「い、いつから……?」
幸多の問いに男性はにひっと笑い、
「今、たった今来たとこさ。あ、戦う気はねえから安心しな用心棒」
後半はギバルドに向けて言った。半袖短パンという服装もそうだが、パッと見た感じでは幸多よりも歳下であるように思える童顔の持ち主。だが、纏う風格のようなものが大人のそれを感じさせていた。腰にはナイフに近い短剣を二本さしており、武器を所持しているからもあるのかギバルドは未だ男性に対し殺気を放っていた。
「…………」
幸多が未だ起こった事象を飲み込み切れず呆けていると、男性は少し申し訳なさそうに後頭部をかいた。
「あー、悪かったな、ちょっと驚かせ過ぎたか。俺はスレイリ、特魔をやってるもんだ」
「!」
単語が聞こえ刹那、幸多は意識を完全に覚醒させた。
特魔。バルガスが隊長を務める対魔術師用に編成された部隊。
魔術という繋がりから、いつかバルガス以外の隊員に会ってみたいとも思っていた幸多にとってこの出会いは幸運に近いものであり、やっと会うことができたと目の前の存在に瞳を輝かせた。
「そうなんですか! えっと僕はーー」
「和馬幸多だろ? そんで隣はギバルド。話は聞いてるぜ」
幸多が自ら名乗る前にスレイリは言うと、片手を幸多に差し出した。幸多もその意図をすぐに読み取って片手を伸ばそうとしたが、ギバルドが制止させた。
「落ち着け幸多、まだ敵じゃないと決まったわけじゃない。特魔というのも嘘かもしれない」
「ほー、嘘ねえ。用心深いのはいいが敵か味方かを素早く見極める能力も必要だぜ? さてはお前、戦場に立ったことがないただの力馬鹿だな?」
「……なんだと」
ギバルドはこめかみをピクピクと痙攣させながらスレイリに詰め寄ると、スレイリは「悪い悪い」と両手を上に上げながら、
「すまねえ、悪気はねえんだが俺ってば昔から口が悪くてな、隊長からもよく怒られんだ。さっきも言ったように戦う気はねえから、な?」
必死に弁明すると、ギバルドは幸多の隣に戻り、それにスレイリも安堵の息を吐いた。
「あんがとな。俺が言いたかったのは、もし俺が特魔じゃない敵だったらそこのシュルバが黙ってないだろってことだよ。だよな?」
「はい、そこにいらっしゃいますのは正真正銘、特魔のスレイリ様でいらっしゃいます。どうぞ安心なさってください」
スレイリから振られたシュルバは、幸多たちに向かって冷静に説明した。それを受け、ギバルドはスレイリとシュルバを何度か交互に見てから、最後に幸多へと視線を向けた。幸多自身もしっかりと状況を鑑みた上でスレイリを本物の特魔であることを察していたため、ギバルドに向かって頷くと、ようやくそこでギバルドは警戒を解き、スレイリに訊ねた。
「……俺たちの名前もバルガスから聞いたのか?」
「そそ。俺を含めた全四人の隊員は皆知ってるぜ、すげー専属魔術師とすげー護衛が入ったってな」
「…………」
なんだかありえないくらいにハードルを上げられてしまっているなと幸多はたじろいだが、
「いや、俺がすげー護衛って、そんなんじゃねえよったく。持ち上げても何も出ねえぞーこのやろう」
対してギバルドは否定しながらも単純なまでに喜びを露わにしていた。
これからのギバルドとの接し方に新たな活路を見出したところで、幸多はスレイリに向かって、
「スレイリさんって、もしかしてこのグラウンドの……いや違うな、トラック部分、つまり徒競走の責任者のような立場だったりします?」
「……隊長か誰かから聞いたのか?」
「いえ、それ自体は聞いてないですけど、この運動会自体の目的の一つに特魔の存在意義を広めるためというのがあることは聞きましたし、さっきスレイリさん、僕らに『もう行っちまうのかよ寂しいな』って言いましたよね? これはスレイリさんがこのグラウンドを自分の居場所であるという印象を持っていなければ出てこない言葉ですから、そうだろうなって」
幸多が話し終えると、スレイリは少し目を大きく広げた。
「なるほど。いやー凄いな、推理で答えを導き出しちまうなんて」
「いや、こんなの推理とは呼べないと思うんですけど……」
手を左右に振る幸多だが、スレイリは引き続き賞賛する。
「謙遜しなくていいさ。情報量が膨大でそのほとんどを流しがちな日常生活で、小さな出来事、また言動に目を向けるのは意外とむずいもんだ。そんな中で必要な情報をしっかり保存できているのは一つの能力と言えるぜ? さすが隊長との知恵比べで引き分けたことはある。お前が期待通りの人間でよかった、こりゃ他の皆も喜ぶだろうな」
そう言って、スレイリは周囲を見渡したあと、再び幸多に目を向けた。
「お前の言った通り、俺は特魔の中で徒競走の担当だ。特魔はそれぞれ一人ずつ競技の担当を持っていてな、他の隊員も今準備に取り掛かってるはずだ。是非会いに行ってやってくれ」
「はい。僕らも一通り見て回るつもりでしたし、お声掛けしようと思います」
こうして、目的として新たに特魔の隊員に会いに行くことができた。