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異世界で使える心理学  作者: 板戸翔
隻眼の覇者編
14/24

隻眼の訪問者

「大丈夫ですか幸多さん!」


 隻眼の男が姿を消してすぐ、セラは涙目で幸多に頭を下げた。


「申し訳ありません、私の不注意で幸多さんに怖い思いをさせてしまって。私の【視線外しの魔術】の副作用を全く考えていませんでした。すぐに幸多さんへ【視線外しの魔術】をかければよかったのですが、気が動転してしまって……頭が、真っ白に……」


 ぽろぽろと大粒の雫を瞳からこぼしながら、セラは自分の行動を悔やんでいた。

 そんなセラへどのような言葉をかけていいか幸多はその場であたふたしていたがーーぽん、とセラの頭に手を乗せた。


「……幸多さん?」


「あっ」


 セラがきょとんとした目で幸多の顔を見上げた途端に手をどけると、目を泳がしながら幸多は、


「とりあえず、落ち着いてくれないと困る。僕は大丈夫だから」


「あ、す、すみません!」


 セラはすれ違う人々の視線が自分たちに集まっている気がして慌てて再び頭を下げる。


「いや、そうじゃなくて」


「あ、そうですよね私見えてないですし、すみません……ってこれをやめろってことですよね。じゃあえっと……帰りましょうか、もう」


 自分自身に嫌気がさしたセラが先ほどまでの活力を失った瞳で言うと、幸多は首を振って否定する。


「そうでもない、そうでもないんだ」


 どうすれば自分の言葉の本意が相手に伝わるのか必死に頭を回し、口下手は話す。


「僕はその、これでいいと思うんだ。セラがミスした時に僕がフォローするっていうのは……仕事的に。今も一応勤務時間だし。……だから」


 やはり上手くは話せない。それでも、幸多はセラへと手を差し伸べると、


「僕はこれからもセラをサポートする。セラは仕事として、僕に街の紹介を続けて。教えて欲しい、この街のことを」


 ーー教えて欲しい。


 この時、初めて幸多は人に教えを乞うた。何でも一人で行い、親切に近づいてくる相手も面倒に思って避けてきた自他共に認める欠落者が、教えて欲しいと口にした。それは街の紹介というほんの些細なことだ。比べれば、ブロンズに弟子になりたい旨を伝えようとしたことよりも小さな価値で、ちっぽけな一言。

 だが幸多がブロンズを師匠に構えようと思ったのは、魔術を知るための『教科書』を仕入れることと同じような感覚で、まさに図書館の地下倉庫で本を読み漁るかつての幸多と変わらない作業の一幕と言える。だからこそやろうと思えば自分一人ででき、別にやらないでも特段困ることはない街の把握を、あえてセラという一人の人間の浅はかな知識に頼ろうとした今の発言は、間違いなく元の世界にはいなかった新しい・・・幸多・・によるものだった。


 どうやら異世界への転移という非日常的現象は、幸多へ心理学の実践の場以外にも何か大きなものをもたらしているようだ。



「幸多さん……」


 セラは双眸に残っていた涙を指で拭き取って、


「分かりました。ではこの後も案内します。行きましょう!」


 セラは前に出していた幸多の手を取り、二人はセラ先導のもと再び街を巡り始めた。





 それから二人は様々なものを見て、触れて、時に買って、食べ物であれば食べた。幸多が初めて来た時に見つけた針の生えたトマトは『パジュバリ』という植物の果実で、針をとって食べると見た目通りのトマトの味がした。他にもいつの日か聞いた覚えのあるクロアの実は、喉を痛めた時に食べる薬のような役割のある木の実であることを幸多は知った。


「あ、ここは幸多さんの世界でいう魚屋さんですよ」


 そうして十数軒市場のお店を回った後に、セラいわく魚屋に着いた。と言っても、店頭は果たして魚と呼べるのか分からないヌメヌメした生き物たちでごった返しており、普段あまり物怖じしない幸多もこれには生理的拒否反応を覚えた。


「そ、そうなんだ……あ、でもこれ」


 魚屋の威力に一歩後退していた幸多だったが、大きなザルの上に無造作に積み上げられた生き物たちの中に、まるでダイヤモンドでできているかのようなキラキラと半透明に輝く渦巻き型の貝が見え、恐る恐る手を伸ばし小ぶりのそれをつまみ上げた。


「すごい……」


 太陽にかざすと、貝は更に煌めいて虹色に光って見せた。まだまだお金はあるし、これも買っていこうかと幸多が思った直後、


「こ、幸多さんそれを持ってはダメです!」


 焦った表情のセラに「え、何で?」と返そうとしたところで、今まで半透明であった貝が突然どす黒く染まったかと思うと、同じ色をした液体を貝の出入口の部分から放射し、幸多の頭から浴びせた。


「うわあ!」


 慌てて幸多は貝を投げ捨てたが、すでに上半身は余すところなく真っ黒に塗りつぶされ、下半身もほとんどの部分が黒い液体に侵食されていた。当然顔面は黒でびっちょり。目を開けようとしても黒い雫が髪の毛から垂れてきて中々開けられなかった。


「あー、やってしまいましたね」


 あららとセラは苦笑いを浮かべながら説明する。


「今幸多さんが持っていたのは『クラージャス』という名前の貝で、人の体温などで急激に温度が上昇したことを貝自身が感知すると墨を吐く習性があるんです。本体の体長は五センチほどですが一日に一リットル以上の墨を吐くことも可能で、本体が死んでしまった後も貝の中に詰まっている限り墨を噴出し続けるので、子どもたちの間で水鉄砲感覚のおもちゃとしても流通しています。墨に毒はないので安心してもらっていいですが、目に入ると少ししみてしばらく前が見え辛くなりますよ」


「……うん、夜みたいに真っ暗。何も見えない」


 ゴシゴシと手で目元を何度も擦っても、暗闇から抜け出すことができない。


「水で目元についた墨を洗い流せばすぐに戻りますよ。ただ……」


 セラは深刻そうに幸多の墨だらけの服を見つめ、


「服についた墨も洗えば落ちますが、乾くまでに着る服を用意しなければなりませんね。城に戻れば代わりの服がないこともないですが、せっかくですし今から洋服店に行って王宮専属魔術師として相応しい服装を購入しましょう!」


 そうして、幸多が店主に水が入った桶を用意してもらって顔を洗い、商品を投げ捨ててしまったお詫びとしてクラージャスを専用のコルク栓で閉めた状態で買い取った後、二人は市場の近くに店を構えていた洋服店へと向かった。


「!」


 店内に入った瞬間、幸多は絶句した。店内では服の一つ一つがハンガーに掛けられていたりまた棚にたたまれて陳列されており、場所によってはマネキンと思われる木製の人型に服が着せられたりしていて、まるで元いた世界の洋服店そのものの内装であった。もっとも内装だけで服の種類や量は現代日本と比べ大分乏しく見えるが、それでも市場の店と比べるといくらか文明が進んでいるように思えた。


「私がこの洋服店をプロデュースしたんです」


 不思議そうに周囲を見渡す幸多の様子を読んで、セラは言った。


「私が勇者探しのために何度も日本へ転移していた時、ついでに幾つか日本の街を散策し、そこで見聞きした情報をこうして例えば洋服店として反映したりしているのです」


「そうか、だから日本の洋服店とどこか似たような感じに……」


「はい。もっとも、元の技術の進展具合が大きく異なるので見たままの情報だけでは真似るのも限界がありますし、いきなり先端技術を取り入れても文化の壁などですぐには適合しません。実際この世界では一般市民の間では家庭裁縫が主流のため、値段を抑え市民の方々に合わせた服装を多く置いているにもかかわらず、客層のほとんどは貴族階級となっており、とても街全体にこの店が浸透しているとは言えません。ただそれでも、取り入れることによって少しでもこの国、この世界の文明社会が進んで生活が豊かになればと、出来る限り再現できそうな部分は伝え、この街で実験を行っています」


 自由に転移ができて、尚且つ街の全権限を握るセラにしかできない実験の内容に、幸多は黙って頷いていた。この実験の行き着く先が全く想像できず、考えることすらもできなかったためだ。


「では、早速幸多さんの服を探してみましょうか。そうですね……これなんかはどうでしょう」


 セラは服が並べられた棚からまず市民の主流服であるチュニック型の上着と長ズボンを選んで幸多に渡すと、


「では、一先ずこれを試着室で着てみてください」


「え、試着室もあるの?」


「ええ、ありますよ」


 セラが指をさした先に、入り口がカーテンで遮られた個室が見えた。近付いてカーテンを開けると、中にはしっかりと全身鏡も壁に取り付けられていて再現度は完璧だった。


「じゃあ、着てみる」


 幸多は店員に一言かけてから試着室へ。やがて着替え終わり、試着後の姿をセラに見せると、


「うーん、ちょっと違いますかねー。じゃあこちらはどうでしょうか」


 ササッと別の服を持ってきて再び幸多に試着させたが、


「違いますね。じゃあこっちで」


 三度試着させて、


「こっちはどうでしょう」


「…………」


 それから幸多は、実に四十分の間何度も何度も試着させられ、


「うん、これがいいでしょうね」


「……うん、いいと思う」


 疲れ切った幸多はやっと終わったという安心感でいっぱいになっていた。最終的に幸多の服装はクリーム色のワイシャツに、サスペンダーが付いたチノパンのような生地の茶色長ズボンという、この世界では比較的上流階級向けながらも落ち着いたものに決まり……もう二度とセラと洋服店に入らないことも決めた。





「中々似合ってますよー」


 にこにこと満足げに顔を崩しながらセラは言った。今は王城への帰宅途中、これでもう五回目である。


「セラってさ、小さい時人形に服を着替えさせたりするの、もしかして好きだった?」


「はい、とっても! 毎日のようにお気に入りの女の子の人形の服を着せ替えて遊んでいました」


「……でしょうね」


 幸多は納得して、ぐったりと脱力。最後の洋服店でえらく疲労が溜まった気がしたが、仕事上の上司であるセラがリフレッシュした清々しい顔をしているのでそれだけで良しとした。

 さて、午後の仕事も早く終わらせて今日も魔術素マナを集める練習をしなきゃと幸多が心の中で気合を入れた後、見えてきた王城の正門前に一人の人物が立っているのが見えた。何やら城の兵士と話し合っている様子で……。


「……あれ!」


 近付いていくにつれ、門の前に立っているのが見知り相手であることに気が付く。


「幸多さん、あの男性は」


「うん、間違いない」


 セラの中でも該当する男。その男は片目を失明している、つい一時間前に出会った人物だった。


「あれ、お前!」


 隻眼の男も幸多に気が付いて手を振る。


「何だ、こっちに向かってきたってことはお前この城の人間なのか?」


「あ、はい……まあ」


「そうだったのか! 何だよ何だよ、俺ってば道端で王子様助けちまったわけか!」


 そう言ってガハハハと豪快に笑う男。王城の人間で、しかも襲われた当時は違う服装だったとはいえ今は上流階級向けのものをまとっているため、どうやら勘違いを起こしたらしい。


「あ、いやーー」


「じゃあよ、命の恩人の頼みを一つ聞いてくんねえかな?」


 だが幸多が訂正する前に、興奮して完全に自分のペースを突き進む隻眼の男は、言った。



「俺を、あんたの護衛に雇ってくれねえか?」

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