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異世界で使える心理学  作者: 板戸翔
隻眼の覇者編
12/24

魔術素

 幸多が王宮専属魔術師として働き始めて二週間が過ぎた。


「セラ、他に僕がやるべきことは?」


「えっと……あ、今日の分はすべて終わりましたね。では、専属魔術師としての仕事は以上です」


 時刻はこちらの世界ーー『異世界時間』で午後四時半となっていた。これは幸多が測って定めた時間ではなく、異世界でもしっかりと時間の概念は存在しており、二十四時間という一日、また三百六十五日という一年の長さも同じであった。時間だけでなく、衣食住や社会的慣習、人間の行動原理などありとあらゆる基本的な概念は元の世界と大して変わらないことが判明し、時差ボケの修正以外は特に適応に苦労することはなかった。

 まだまだ太陽が落ちる気配を見せていない時間に一日分の仕事を終えた幸多。初めの二、三日こそ慣れない書類整理などの作業に悪戦苦闘していたが、元々容量はいい方である幸多はすぐに順応し、二週間経った今では自分の仕事範囲に限ってはセラをリードして行動できるようにまでなっていた。


「じゃあ、お疲れ様でした」


「はいーーということで、よろしくお願いいたします、です」


 幸多の区切りの挨拶の後、セラはぺこりとお辞儀し生徒として日本語で話した。専属魔術師としての仕事を終えた後は、二時間の日本語教室の時間となる。二週間ほぼ毎日のようにセラは幸多の言われた通りに読み書きを練習しており、おかげで平仮名、カタカナ、そして小学校低学年レベルの漢字は自由に使えるようになっていた。ただ、幸多が何度指摘してもセラの変な敬語の用途は直らないため、幸多自身セラの愛嬌として諦めている。


「ーーありがとうございました、です」


「はい、お疲れ様。じゃあ、帰る」


 二時間後。日本語教室が終わった後、やっと幸多は王城を出ることが出来る。普通に歩けば徒歩五分の道のりを幸多は気持ち早歩きで進んでいき、三分強で『ガラタ医院』に到着。


「ただいま」


「おかえりーお兄ちゃん!」


 一階の診療所を抜けて二階へ上がると、今日も今日とて元気な様子でサーシャが出迎えた。


「お兄ちゃん、今日はなんじからお話しできそう?」


「んー、今日もいっぱい練習しておきたいからね。いつ終わるか分かんないかな、ごめん」


「きょ、今日はちゃんと起きてるから。だから、もし起きていたらお話ししてくれる?」


「うん、分かった。でも眠くなったら早く寝るんだよ?」


「はーい! やったー!」


 嬉しそうにぴょんぴょんその場を飛び始めたサーシャ。二週間が経過し、より一層幸多に懐いていた。ちなみに、サーシャは未だ幸多の部分的な記憶喪失を信じていて度々その具合を幸多に訊ねているため、幸多自身その設定を突き通すのがそろそろ辛くなってきている。


 サーシャと別れてすぐ、幸多は自分の部屋へ。『自分』と言っても正しくはサーシャの父親であるソウヤ・ガラタの部屋なのだが、ブロンズから「自分の部屋として好きに使っていい。何ならいらないものがあったら捨てちまいな」と言われており、流石に勝手に捨てることはできないが、部屋としては気に入っているのでずっと使わせてもらっていた。


 二週間前に異世界での就職に成功した幸多は、時間外労働である日本語教師の分も含めそこそこの月収をもらえることが分かったためガラタ医院の近所にある借家を借りることも考えたが、主にサーシャの強い要望により、引き続きソウヤ・ガラタの部屋を借りることとなった。


 幸多は荷物を床に置いてから、机の上のアスタリスクマークにも似た小さな鉄製のペンダントを手に取り、首に下げてベッドへ横になった。そしてそのまま瞳を閉じて精神を集中する。

 幸多は、二週間前よりブロンズから無期限の課題を出されている。


『魔術は体内に蓄えた魔術素マナを用いて発動する。つまり魔術を扱うために、まずは空や大地、また一本の花や雨粒の一滴にいたるまであらゆるものに宿る魔術素マナを集められるようにしなければいけない。魔術素マナは目に見えないから中々感じ辛いが、とりあえずこのペンダントを首にかけてある程度魔術素マナを集められるようになるまで練習しな。話はそれからだ』


 これは幸多が二週間前にブロンズから言い渡された言葉である。

 どうやらペンダントは魔術素マナを体に感じさせやすくする効果があるらしく、確かにペンダントをかけて集中している間は全身に暖かいエネルギーのような何かが触れている感覚があったが、中々それらを体の中へ『集める』という行為に移すことができないでいた。


「……ふう」


 精神集中を始めて二十分。ぐったりした様子となった幸多は一先ず休憩をとることに。魔術素マナを感じることはかなり体力を使うようで、思うように魔術素マナを集められないまま体力切れという展開を繰り返していた。この訓練を始めて、一日中魔術素マナをコンスタントに集散させて人々の治療を行うブロンズがいかに凄いかということを改めて感じさせられていた。


「…………」


 休憩中、幸多は意味もなく天井を見つめながら、魔術師としての自分の未熟さを噛みしめる。二週間経っても進歩という進歩が感じられない自分に悔しさと苛立ちを覚え、早く訓練を始めなければと思い再び集中しようと試みるも、体力を回復し切れておらず一分も経たずに終わった。


 早く、早く魔術を使いたい。その先にある景色を見てみたい。

 はやる思いは募るばかりで、迷子になっている気分であった。


 そして、そんな幸多の様子を数センチ開けた扉の隙間から静かに見守る人間が一人。


「……何をしていらっしゃるんですか、姫様?」


「!」


 突然背後からの声に、覗き込んでいたセラはビクッと体を震わせて振り返ると、呆れた様子でブロンズが後ろに立っていた。


「しー、静かにしてください。幸多さんにばれてしまうじゃないですか」


「しー、じゃないですよ人の家に勝手に入り込んでおいて。相変わらず【視線外しの魔術】の腕前は一級品ですね。気配に全く気が付きませんでしたよ」


「なら、どうして私が来ていることが分かったのですか? 来ていると思ったから二階に上がってきたんでしょう?」


「勘ですよ。丁度患者がいなくなったところでしたし、確認するとしたら今かなと思いましてね。姫様が魔術を解除してくれていて助かりました」


 ホッホッホとブロンズは得意げに笑った。それに対してセラも先ほどのブロンズ同様呆れ顔となる。


「まったく、流石に王宮専属魔術師として長年私をサポートしていただけはありますね。それで……」


 ベッドに横たわる幸多に視線を戻し、ブロンズに訊ねた。


「そんな元専属魔術師から見て、今の専属魔術師はどう思いますか?」


「はっはっは、聞くまでもないではないですか。姫様が今見ている通りですーー」


 ブロンズは笑顔を保ちながら、その単語を口にした。



「ーー天才・・ですよ。十年、いや百年単位で一人生まれるかどうかのレベルですね」



「やはりそうですか」


 ブロンズの発言に、セラも疑うことなく納得していた。


「通常、どんなに上達が早くても魔術素マナを感じられるようになるまで最低一年はかかります。それを二週間ですでに疲弊するほど感じることができているなんて……目の前で起きていることですがにわかには信じ難いですね」


 ブロンズもセラの言葉に賛同する。


「暗示をかけて上達を早めるために何の効果もないペンダントを効果があると偽って渡していますが、それにしても上達速度が速すぎる。姫様は、どうやらとんでもない逸材を見つけてきたようですねえ」


「……本当、そうみたいですね」


 和馬幸多という世界の希望が眩しく映り、セラは目を細めて微笑んだ。

 その状態で数秒見つめた後、瞳に力を込めると、


「それでブロンズーー先日の騒動の首謀者について、何か分かりましたか?」


 今回のガラタ医院訪問の本題をセラが切り出すと、ブロンズも重みのあるシリアスな表情で頷いた。


「幸多が綺麗に塗りつぶしたため分析に時間がかかりましたが、魔法陣は『シャフライトの陣』。魔術師が遠距離から魔法陣へ魔術素マナを転送し、空き家の『悪影響』を増幅させることで大規模な魔術を発動させていたようです」


「どこの魔術師によるものかは……?」


「残念ながら、魔法陣だけでは何とも」


 ブロンズがそう言って頭を下げると、セラは強く首を横に振る。


「とんでもない、引退した今も力を貸してくれるあなたにはとても感謝していますし、申し訳なくも思っています。ですが、魔術師がこの街へ直接害をなしてきた今、事態は急を要しています。すぐにまた次の手を打ってくるでしょう。その前に何としても対策をとる必要があります。引き続き今後もよろしく頼みます」


「はい、もちろんです」


 嵐が近づいてきている事に、二人は街で唯一危機感を抱いていた。

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