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異世界で使える心理学  作者: 板戸翔
異世界転移編
11/24

もうちょっと

「ひ、姫様!」


 バルガスの姿が消えた直後、一人の兵士が発した悲鳴にも似た声に幸多が何事かと視線を向けると、セラがへろへろになって床にへなりと座り込んでいた。


「どうなされましたか!? 何処かお怪我でも!?」


「い、いえ……少し、腰が抜けただけです。問題ありません、皆さん下がっていいですよ」


「しかし、そんな状態の姫様を置いては……」


「だから大丈夫だと言っています。お気持ちは有り難いですが、早くこの部屋の外へ下がりなさい」


 玉座の肘掛けに手をついて立ち上がりながらセラが命令すると、兵士たちは「ハッ!」と揃ってあっという間に部屋からいなくなった。未だセラの足は小刻みに震えており、とても一人では歩くことができない状態であることが目に見えているのに、やはりバルガスといい兵士たちの忠誠は少し異常に幸多は感じた。


「あ、っとっと」


「だ、大丈夫ですか」


 事実玉座に座ろうと試みるもセラは危うく転倒しかけ、その様子を見ていられなくなった幸多が補助に回る。


「よい、しょっと。ふう、ありがとうございます」


 やっとの思いで玉座に腰掛けたセラは感謝の言葉を口にしつつ、「でも」と、


「私をこんな状態になったのは幸多さんのせいですからね。バルガスにあんないらない挑発するから」


 唇を尖らせて幸多を難ずる。それを受け、幸多は苦笑い。


「ご心配をおかけし申し訳ありません。ただ、あれは姫様の言葉を聞いての行動でもあったんですよ?」


「え、そうなのですか? 一体何でしょうか? 幸多さんに何か……」


「いえ、僕に対して言ったわけではありません。ゲームの前にバルガスさんへ言った『今はできる限り力を集める時期』というやつですよ」


 バルガスがなぜ勇者に頼るのかを問うた時にセラが返した言葉である。


「言いましたけど、それが何だと言うのですか?」


「だから、姫様がそうおっしゃったので僕はお互い辞めることのない引き分けを狙うことにしたんです。ただ、本当に隊長として相応しい人材なのか知っておきたかった気持ちがありまして、あのような引き分けの取り方をしたわけですよ」


「確かに起因は私かもしれませんが、最終的にはやはりあなたの興味本位な行動のせいじゃないですか! 大体、バルガスが隊長に相応しいかどうかを決めるのは私の役目です! いくら自分の仲間となる相手だとしても、そうした行為は今後禁止でお願いします!」


「は、はい……すいません」


 セラに怒鳴られた幸多はきゅっと縮まって小さくなった。それでもセラは「あともう一つ!」と説教の手を緩めない。

 他に何か悪いことしたかな、とまるで母親から怒られている子どものようになる中、セラは一層に声を張り上げて言った。


「言ったじゃないですか、年下と接するように私とお話していただけたら、っと!!」


「……え?」


「え? じゃないですよ! 何いつの間にか敬語に戻してるんですか、ちゃんとしてください!」


「は、はい! あ、うん!」


 ちゃんとするということが姫君相手にタメ口を使うことなんて一体どんな状況なんだと幸多は思いながらも、しっかり上司の言葉に従う。

 幸多はこれから王宮専属魔術師としてセラのサポートを行う。正確には違うのだろうが、上司と部下の関係に近い。幸多はこれまで貯金や奨学金などの手当てで生活してきたためアルバイトというものを経験したことがなく、上司という存在もいたことがなかった。

 幸多にとっての初めての上司。それがセラでよかったかもしれないと、なんとなくそう感じ、幸多は安心感のようなものを覚えた。


 幸多が返事をしてからもセラはじっと幸多のことを睨むように見つめていたが、やがて納得するとにこりと笑った。


「お願いしますね。それでは、中断していましたが専属魔術師についてのお話を再開しましょうか」


「……うん、お願い」


 未ださっきの余韻が残っていて気分が乗り切っていない幸多だったが、セラは構わず先に進める。


「幸多さんには明日から専属魔術師としてこの王城に勤務していただきます。先ほど交渉時にお話した通り私の仕事のサポートのため、一日の大まかな仕事のスケジュールは私の仕事次第で変わってきます。ただ幸多さんはまだ魔術を使えないため、一定の魔術を覚えるまでは書類整理といった作業が主な仕事となります」


「一定……というと、大体どのくらいの期間?」


「それはある程度魔術を扱えるようになるまでです。早く覚えればそれだけ専属魔術師としての本来の仕事を早く行うことができますし、逆も然り。覚えなければそれだけ雑務の時間が長くなると思ってください」


 書類整理といった仕事をはっきりと雑務と言い切ったセラ。幸多が雑務という言葉に露骨に嫌悪する顔を見せると、


「まあ、勤務中は書庫の整理をししてもらいつつ魔術についての本が読める時間を設けようと思っていますし、ブロンズという優秀な師匠も付いていますからそう長くはないでしょう。なんせ、前の勇者様を鍛えたのもブロンズですからね」


「! そうなの?」


「ええ、専属魔術師であったブロンズは当時若くして史上最高の魔術師と言われていました。彼女に預ければきっと凄い魔術師になると思い彼女の元で鍛えさせたところ、のちに英雄となる程の高みに到達いたしました。だから、幸多さんもきっと凄い魔術師になれますよ!」


「へえ、そうなんだ」


 正直『凄い』魔術師なんかにはあまり興味がなかったが、自分の師匠の話を聞けたことを幸多は有益に感じていた。


「ん? なんか今の口調、自分がブロンズさんに勇者を預けたみたいな感じだったけど……」


「……あ、あれー? そんな感じに聞こえましたかねーオホホホホー」


 変な感じにはぐらかしたセラを幸多は不審に思ったが、気のせいとして流した。ブロンズが若い頃、また勇者が世界を救っていない頃にすでに生誕しているとなれば、少なくとも五十歳は越えていなければならない。目の前の少女がそのような年齢であるとは思えなかった。


「あ、そ、そういえば、他にもう一つ幸多さんに頼みたい仕事がありました!」


 早く話を変えようという意思がセラの言葉に表れていたが、幸多は突っ込まずに話を進める。


「もう一つ?」


「ええ、そうです。幸多さんにはーー私の日本語の先生になってもらいたいのです」


「……なぜ?」


 当然幸多は疑問に思った。この世界では不思議なことに、言語自体は分からなくても意味はしっかり伝わるようになっており、だからこうして幸多も異世界の住人と会話が出来ている。よって、わざわざ日本語を覚える必要などないのだ。

 セラはその疑問に対し、


「この世界では『世界共通言語認識』が自動で発動しているため、あらゆる国や文化のもとに生まれた人々も、物心ついた時にはどのような言語を用いても意思の疎通ができるようになります。ですが幸多さんの世界は別、様々な国や文化の違いで言語における意思の疎通は大変困難です。確かにこの国にいる分には必要ありませんが、私が幸多さんの世界に転移した時は、幸多さんの国であれば日本語を使う必要がありーー私の日本語はまだまだ不完全で、勉強しなければなりません、です」


 最後の部分だけ日本語で言った。


「なるほど」


 世界共通言語認識についてはすでにこの場で体感していることであるため置いておき、幸多はセラの話に納得した。つまり今後日本へ転移する時のためにもっと日本語を覚えておきたいということだ。たとえ【受け入れの魔術】を使って自分の言葉を無条件で受け入れさせたとしても、言葉の意味が通じなければ意思の共有までは出来ないのだろうと、幸多は魔術を受けた経験から推察した。


「そ、それに……幸多さんと日本語で会話もしてみたいですし……」


「ん? 何か言った?」


「い、いえ! 何でもありません!」


 セラは挙動不審となりながら否定する。さすがに少し気になった幸多であったが、本能がこれについても詮索するなと伝えてきたため深く追求はしなかった。


「以上で簡単な説明は終わります。詳しいことはまた明日実際に仕事をしながら説明していきますね。ここまでで何か分からないことはありますか?」


「いや、特にないから一先ずブロンズさんの所に帰る。まだ弟子になるにあたっての説明を受けてないし」


「そうですか。ではブロンズには『よろしく頼みますよ』とお伝えください」


「分かった、じゃあね」


 別れの言葉を告げて幸多は部屋を出て行こうとしたが、セラが呼び止める。


「幸多さん」


「何?」


「訊かれないんですねーー元の世界に戻る方法を」


「…………」


「私が自由に世界を行き来できる人間であることを知って、自分もそうなれるとは思わなかったのですか? そうなりたいと、日本に帰りたいと、願わないのですか!?」


 セラの声音は、罪悪感にかられ悲痛なものとなっていた。セラ自身、幸多の意志を尊重していたとはいえ、この世界に引き込んだきっかけは他ならぬ自分であるために後悔している面もあるのだ。

 幸多はぽりぽりと後頭部をかきながら、


「だってセラ以外に無理なんでしょ、自由に行き来するなんて。僕を転移させる時に『魔道の書』を読ませたのもそれが理由。魔道の書は読んだら無くなっていたし、恐らく使い捨てのものなんだよね? 転移はできるけれど回数は限られている。まあ、もしかしたらまだ魔道の書は残されているかもしれないけれど……」


 にひっと感情の乏しい幸多らしからぬ心底楽しそうな笑顔で、言った。


「とりあえず、もうちょっとこの世界にいてみたいかな」


「……そうですか」


 セラは幸多の笑顔に初めどのように返していいか迷っていたが、数刻の間ののち静かに笑って見せた。


 こうして、幸多の王城初訪問は終了した。

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