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不死鳥と勇者と魔王軍

剣と魔法世界の配達事情

作者: 龍川歌凪

「おはようカムナガラ。さあ、いつものようにその柔らかな髪を梳かせておくれ」

「待て。まずは食事が先だろう……。朝餉あさげの準備は出来ているぞ。おいでカムナガラ……」


 歯の浮くような台詞を恥ずかしげもなく吐き続けるこの二人。普通の乙女ならば顔を真っ赤にして恥じらう事でしょう。ですが。


 髪って言うかたてがみですけど。

 朝餉なんて上品な物ではなく、ただの固形飼料の餌ですけど。


 だって私は人外種族の竜馬りゅうまなのですから。



 竜馬とは、馬に似た体つきを持つ為その名が付けられた、竜族の一種です。主に東の地域に棲息しています。

 竜にしては珍しく、鱗ではなく毛皮に覆われており、しかも毛先が結構長めです。それゆえに『モフ竜』などという別称――もとい蔑称があるくらいです。大変遺憾です。


 かつては人間達に多大な猛威を振るっていた私達竜馬。けれども300年前に魔王様が勇者に討たれてから、魔族は弱体化してしまいました。

 またそれだけでなく、人間の高位の魔法使い達は弱体化した魔族を『使い魔』として使役するようになったのです。それは竜馬においても例外ではありませんでした。

 私も最初は捕まるものかと頑張って抵抗していましたが、最終的には捕らえられ、そして竜馬を利用した配達会社、『リューマ宅配便』に連れていかれました。


 このリューマ宅配便では3名で1チームとなります。すなわち、

 荷台を引く『竜馬』、

 荷台から荷物を降ろしてお客様の家まで運ぶ『運搬者』、

 竜馬を操る魔法使いである『御者』、

 になります。この3名で配達に赴くのです。


 現在の私のチームは、まず運搬者であるツルキリ。髪を梳かせて云々と言っていたほうです。

 黒い髪と穏やかな褐色の目を持つ明るく元気な青年です。時折ちらりと見える八重歯が彼の面立ちにより幼い雰囲気を与えています。

 次に御者のフジシマ。食事がどうこう言っていたほうです。

 真っ白い髪に三白眼気味の赤い猫目が特徴の男性です。比較的口数の少ないお方ですが、私に対してはいっぱい話し掛けて下さいます。


 彼等は私と同様東方の国出身です。

 この会社は世界規模で進出している大手である為、転勤もグローバルなのです。

 私達の配属された店舗は、皮肉にも魔王様を打ち倒した勇者の故郷でもある、とある城下町。魔族にとっては忌むべき地です。


 ですがその事について、実は私、あまり気にしておりません。


 竜族は弱肉強食主義の強い種族です。強い者にしか従わない私達は、言い換えれば自分達よりも強いと判断した相手には絶対服従なのです。

 300年前、勇者は魔族の頂点である魔王様を倒しました。人間は魔族よりも強者である事を証明したのです。ならば人間に奴隷や道具のように使われても仕方がない事だと私は思うのです。まあ他の魔族達はどう思っているか知りませんけどね。


 私はこれまでに色々なチームに派遣されてきましたが、案の定チームメイト達は私を普通の馬、もしくはそれ以下の存在として扱ってきました。労働環境としては最悪ですね。

 しかし劣悪な労働環境という点では私達竜馬だけでなく、人間の従業員にとっても同様でした。いわゆるブラックな会社という奴ですね。その為これまでのチームメイト達は皆嫌気が差して退職してしまいました。半年持てば良いほうとまで言われている程です。

 色々なチームを転々とさせられた結果、最終的に行き着いたのがこの二人の元。

 彼等は『竜馬が好き過ぎてこの会社に入った』という共通の入社理由によりチームを組まされたそうです。

 好きな物に携わる仕事に就けただけあって、彼等は毎日生き生きと仕事をしています。企業理念を絡ませながら無理矢理志望動機欄を埋めている輩とはやはりやる気が違いますね!

 ちなみにこの店舗の従業員は私達3名だけです。たった3名だけで城下町中の配達を任されています。上層部馬鹿じゃないの。


「――おいフジシマ。お前こそ待ちやがれ。俺達が朝起きたらすぐ顔を洗うように、カムナガラだって朝一番にブラッシングして欲しいだろうよ」

「人間の常識を彼女に押し付けるべきではない……。まずは……生き物の三大欲求の一つである『食欲』を満たしてやるべきだ……。それに……私の作った飼料は、毛艶に良い成分を調合してあるのだぞ……?」

「くっ、そ、そうきたか……!」

 狼狽するツルキリ。どうやらフジシマの勝ちのようですね。


 ――……私自身の意見としては、三大欲求『睡眠』を選択したいところなのですが。

 今日はたまの休日なのです。竜馬だって二度寝したいのです。


 ……とはいえ、これ程私の事を気遣って下さる方々は初めてです。


 かつてのチームメイト達はしょっちゅう私の餌やりを忘れていましたし、ブラッシングなんて一度もして頂けた事がありません。

 ……まあご飯に関してだけは、彼等も忙しさのあまり昼休憩が取れず、気づけば夕食の時間、なんて事はザラでしたので、私だけが被害者というわけでもないのですが……。

 手入れのされない毛並みはいつも薄汚れていてバサバサでした。モフ竜呼ばわりは不服ですが、竜馬にとってふわふわの毛皮は自慢であり誇りでもあるのです。


 ですが今は全盛期を遥かに凌ぐほどのキューティクルなのです。こんな高待遇の使い魔が他におりましょうか。お二人には感謝してもしきれないのです。

 おまけに彼等は私に名前を下さいました。今までのチームメイト達には『おい』、『竜馬』、『お前』、果てには『そこの』等と呼ばれていた私に、『カムナガラ』と名付けてくれたのです。……ちょっと仰々し過ぎて恥ずかしい気は致しますが。


 彼等が何故ここまで竜馬狂いなのかと言うと、実は特に深い理由はないのです。

 病的なまでに猫が好きな人、犬が好きな人、爬虫類や両生類が好きな人がいるように、彼等の愛の矛先は竜馬に向けられた、ただそれだけの事なのです。

 誓って魔獣に恋情を抱くような個性的な性癖の持ち主なわけではありません。それに私とて霊長類だのヒト科だのと呼ばれる存在に恋愛感情を抱く事など出来ません。

 それでも二人が大好きなご主人様である事に変わりはありません。

 けれど最近、この感情はただの主従関係による忠誠心とは違う気がしてきたのです。ならばこの感情は一体何だというのでしょうか――……?


 そんな事を考えながら餌を食べ終え、暖かな朝日を浴びながらブラッシングをして貰っていると、『それ』は現れました。


 音も無くふわふわと漂うようにやってくる、一羽の――折り鶴。

「……!あれは……」

「集荷依頼だ!!」

 フジシマとツルキリもすぐさま気づいたようです。


 リューマ宅配便では集荷依頼用の伝票に、魔力を折り込んだ魔法紙を使用しています。

 伝票としては珍しい正方形をしており、自分の住所を書き終わった後鶴の形に折ると、近くの店舗まで自動で飛んで行くのです。

 なお、この伝票はあくまで集荷依頼だけである為、正式な配達用の伝票は現地で改めてお客様に書いて頂く事になります。……何となく二度手間で効率が悪い気がするのですが。ここ改善すべき点だと思います!


 ちなみに私達は店舗に併設された寮に住んでいます。つまり24時間受付可能という訳ですね。つまり休日返上です。ド畜生です。


「あーあ、仕事入っちゃったかー。カムナガラ、悪いんだけど俺達と一緒に行ってくれるか?」

 使い魔の身である私が拒否など出来るはずないのですが、それでも彼等はいつも私に一言断って下さるのです。

 竜馬は顔の筋肉や舌の動きの関係上、人間の言葉を話せませんが、理解はしています。お二人はそれを知っているからこそ、こうも頻繁に話し掛けてきて下さるのです。

 ……もっとも、それを知っていてもこんなフレンドリーに話し掛けてくれる方々は今までいませんでしたけどね……。

 私は頷くように首を縦に振りながら「ギャウ」と一声鳴きました。



「この伝票の住所達筆過ぎて読めねぇ!なあフジシマ、この番地の数字って『9』かな?それとも螺旋を描きすぎちゃった『4』かな!?」

「走行中に話し掛けるな……見せるな……!」

 背後でガタガタと揺れている御者台の上で、二人がギャーギャー騒いでいます。


 御者は呪符をって作られた特殊な手綱により竜馬を操ります。手綱を通して心の声や頭の中のイメージを伝えるのです。

 ツルキリがフジシマに伝票を無理矢理見せたらしく、私の頭にも番地の文字映像が流れ込んできました。


 ……私としては球形に近づきすぎた『7』だと思います。


 そんなこんなで道に迷いながらもやっとこさ依頼人の家に到着しました(ちなみに住所はやはり『7』だったようです)。

 お客様の元へはツルキリが行き、私とフジシマは家の前で待っていました。すると程なくしてツルキリが戻ってきました。その腕にはジュースの瓶が一本入りそうな細長い小箱を抱えています。蓋部分には正式な配達伝票がばっちり貼られています。

 けれども俯き加減なツルキリの表情は明らかにどんよりとしており、まるで出先で財布を落とした人のような絶望的な顔をしています。元気が取り柄の彼が一体どうしたというのでしょうか。何だか嫌な予感がします……。

「皆、聞いてくれ……。今回の配達、速達の上に、なおかつ…」

 ツルキリは言いにくそうに一旦言葉を切りましたが、やがて決心したようにはっきりとした口調で言い放ちました。

「クール便なんだ……!」

「ギャウ!?」

「……なん、だと……」

 私とフジシマの間に戦慄が走りました。


 クール便……それは数ある配達業者の中でもごく小数の業者にしかおこなう事が出来ぬ高等技術。


 例えば炎の場合、魔法で小さな火種さえ出せば燃やせる物がある限り勝手に燃え続けます。

 しかし物を冷やすとなるとそうはいかず、終始魔力を送り続けなければならないのです。

 また、魔法には属性というものがあります。物を冷やす魔法は氷属性であるのに対し、うちの魔法担当であるフジシマの得意属性は雷属性。不得意な属性の魔法を使う場合は倍近い魔力を消耗するのです。


「届け先の住所は……となり街、か……」

 フジシマが伝票を覗き込みながら言いました。


 となり街は峠を越えた先にあります。

 また、となり街へのお届けの場合、通常ならばそこにあるうちの系列の他店舗に預けて配達してもらうところなのですが……。

「この住所、あの街の店舗の正反対だな。速達だし俺達が直接運んだほうが早そうだ……」


 はい残念。最後まで私達が運ぶしかないようです。


 私はフジシマのほうをちらりと見ました。すると私の言いたい事がわかったのか、私を安心させるように頷きました。

「大丈夫、心配するな……。なんとか頑張ってみせるさ……」

 流石東の国出身者は仕事熱心というか社蓄というか。まあどのみちNOと言えないのがうちの会社なんですけどねー。


「それに……ここをよく見てみろ……」

 フジシマは伝票の品名欄を指差しました。そこには『薬品』と書いてありました。

「まさか……病人の薬が切れてしまって、それで急いで配達依頼を……!?」

 成る程、それならば速達の理由がつきます。そしてならばなおさら一刻も早くお届けしないといけませんね。


 速やかに準備を済ませ、私達は店を後にしました。



 ガタゴトガタゴト。

 足場の悪い峠道を、私は慎重かつスピーディーに走行しています。

 螺旋を描くように続く上り坂は足を滑らせたら最後、そのまま崖下へと転落してしまう事でしょう。魔物の襲撃でもあればただでは済みません。全盛期よりも力を失っているとはいえ、魔物が旅人達の脅威である事には変わりないのです。

 とはいえ、この『私』が先頭を走っている以上、その辺の雑魚魔物が襲って来るなどまずないでしょうけれど……。


 なんて思っていたら。


 前方から馬の蹄の音が聞こえてきました。しかしそれはパカラ、パカラ、というリズミカルなものではなく、パカパカパカパカ、という絶え間なく続くどこか間抜けな音。

 フジシマから停止の指示を受け、私はその場に立ち止まりました。するとパカパカ音は瞬く間に視認出来る距離にまで迫ってきました。

「おい、あれ、スレイプニルじゃねーか!?」

「背に誰か乗っているな……」


 スレイプニル――8本の足を持つ巨大な馬の魔物です。

 どうやら背に人間の男性を乗せているようです。つまりこのスレイプニルもまた、私と同じ使い魔なのでしょう。


 彼等はさらに私達の近くまで迫ってくると、スレイプニルの背に乗った男が声高に言い放ちました。

「貴様ら、配達業者だな!?荷物を全部置いていきな!そうすれば命だけは助けてやる」

 成る程、この男はどうやら盗賊だったようですね。

 使い魔を使役出来るのは高位の魔法使いだけです。つまり彼は、かつては優れた魔法使いだったのでしょうけれども、何か罪を犯して破門されたか、はたまた人生に嫌気が差して盗賊に身を落としたのでしょう。全く世も末ですね。

「全部も何も、見てわかんねえ?荷台すっからかんなんだけど」

「な、なんだと!?」

 当然です。今日は本来非番だったのですから、例の薬品の小箱以外の荷物はありません。

 ちなみにあの薬品は今、荷台に座っているツルキリが抱えています。荷台がすかすか過ぎて直に置いておけないのです。段差に乗り上げようものなら吹っ飛んでしまいますから。

「ちっ、仕方ねーな。ならてめぇが抱えてるその荷物だけでも渡しな!」

 盗賊はフジシマの冷却魔法により青白い光を放っている小箱を指差しました。

「は!やなこった!お客様から預かった大事な荷物をお前なんかに渡すわけねーだろ、バーカバーカ」

「……ってめぇ……!どうやら死にてぇみてぇだな……!!」

 ……あーあ全く、ツルキリは顔だけでなく内面まで子供っぽいんですから。フジシマも肩を竦めて呆れています。


 ――……などと悠長に考えていたらスレイプニルが体当たりしてきました!


 そりゃ私達を一撃で倒すには手っ取り早い方法かもしれませんが、それでは荷物までボロボロになってしまうではありませんか!

 元高位の魔法使いのくせにそんな事にも気付かないだなんて、どうしようもない阿呆ですね!


 しかしそんな状況でもフジシマは冷静に私に指示を出しました。『跳べ』、と。


 私は空高く跳躍し、盗賊達の頭上を飛び越えました。

 私の着地後、ほんの少し遅れて私に繋がっている荷台が落ちてきました。車輪が地面に強かに叩き付けられて壊れ……るなんて事はありません。

 盗賊に荷物を狙われるなんて日常茶飯事ですから、荷台は魔力によりコーティングされた、とても頑丈な造りになっているのです。

「いてっ!?てめぇフジシマ!いきなりカムナガラを跳ばさせんじゃねえ!」

 ……どうやら荷台に乗っていたツルキリは反動で少々ダメージを負ってしまったようです。

「仕方なかろう。それより見ろ、やはり簡単には諦めてくれないようだ……」


 ――パカパカパカパカ。


 振り向かずともわかります。奴らが追ってきています。


 ――パカパカパカパカ。


 ……ああうるさい!

 8本足が奏でる不協和音、その破壊力たるや凄まじいのです。


「待ちやがれてめぇら!」

「待てと言われて待つ馬鹿がいるかよバーカ!」

 ツルキリがお決まりのやり取りをした事により、敵の怒りボルテージはますます上がったようでして、「もう許さねぇ!」だの「ぶっ殺す!」だのと吠えています。それに呼応してスレイプニルの速度も上がったようです。

 駿馬として名高いスレイプニル。普通の馬ならば即座に追いつかれてしまう事でしょう。


 しかし。


「な、なんでたかが宅配便の使い魔に追いつけねーんだよ!?」


 私はぐんぐん彼等との距離を広げていきました。


 ふふん、当然です。

 私は竜馬界のサラブレッド(竜『馬』だけに)。生まれついてのエリートたる私は、全盛期の頃は東の地域を支配する四天王の地位を魔王様から賜った程なのです。スレイプニル程度に負けるはずがないのですよ!


「くそ!ならば……!『大地よ隆起せよ』!」

 盗賊が高らかに叫ぶや否や、前方の地面がまるでモグラが這うようにボコボコと盛り上がりました。そして次の瞬間、巨大な岩盤が進路を阻むように地の底からせり上がってきました。どうやら彼は地属性の魔法の使い手であったようです。

 ただでさえ道が狭い上にスピードを上げに上げまくっている私は、急に止まる事も避ける事も出来ません。このままでは岩盤に正面激突してしまいます!

「俺に任せろ!」

 背後からツルキリの声がしたかと思うと、彼の体は荷台を飛び出し、前方の岩盤目掛けて跳躍していました。そして。


 渾身の右ストレート!!


 彼の重い拳が岩盤に炸裂し、岩盤は激しい破砕音と共に砕け散りました。


 ――が、今なお止まる事の出来ない私。案の定、地面に降り立とうとしたツルキリに衝突してしまいました……!ごめんなさいツルキリ……!


 「ぎゃ!」という短い悲鳴と共に宙に舞い上がった彼ですが、空中でアクロバチックに態勢を立て直し、くるくると回転しながらタイミング良く荷台に着地しました。

「おい、ツルキリ貴様、大事な荷物を荷台に置きっぱなしにしていくとは何事だ……割れたらどうするのだ……!」

「てめー少しは俺の体の心配もしろよな!」

 ……どうやら彼は無事だったようです。そして彼の抱えていた荷物も荷台に置いていたので無事だったようです。(彼ごと轢いてしまったのではないかと、実は私も内心ひやひやしていました)


 ツルキリは別段大柄なわけでもなく腕も細いのですが、驚異的な怪力と頑丈さを有しています。

 十数年前、東の国にて武術大会が行われました。その時屈強な猛者共を物ともせず優勝を勝ち取った一人の少年がいました。その少年こそがこのツルキリなのでした。

 今や伝説と化している彼ですが、「あれは若気の至りだった」、とは本人の談です。現在はただの配達員として慎ましく暮らしています。


 ――それにしても、使い魔を操りながら魔法を放つとは、敵ながらなかなかやりますね。戦闘を長引かせるのは得策ではないでしょう。幸い敵はツルキリの馬鹿力にびびって呆然としています。

 私達は今のうちに走り去ることにしました。

「……ハッ!ま、待て!!」

 我に返った盗賊が再び追い掛けてきました。いい加減しつこいのです。

「くそ、スレイプニル!もっと速く走りやがれ!」

 バチィッ!という電気の弾けたような音と短い馬の悲鳴。おそらく手綱から服従魔法を掛けられたのでしょう。


 私やあのスレイプニルが付けている手綱は、ただ単に御者の指示を伝える為だけのものではありません。

 手綱を付けられた相手と無理矢理使い魔の契約を結ばせ、さらに躾と称して手綱から雷撃魔法を放ち、徹底的に服従させるのです。


「下衆が……」

「おい、お前!使い魔は大事な仲間だろ!?お前の為に頑張ってくれてる仲間になんて酷い事しやがんだ!」

「使い魔が仲間ぁ!?ハッ、馬っ鹿じゃねーの!使い魔はオレ達人間の道具に決まってるだろうが!現にてめぇらだってそこの竜馬に手綱付けてんだろーが!」

「……っ!」

「ぐ……!」

 押し黙る二人。けれど。


「ギャウ!ギャウワウギャウ!!」


 私は黙っていられませんでした。例え言葉が通じないとわかっていても。


 ――彼等は服従魔法なんて使いません!

 ――彼等はいつだって私の事を大事にしてくれます!

 ――私に指示を伝えてくれるこの手綱は私と彼等との絆そのものなんだから……!


 私達は所詮ただのチームメイト。


 恋愛なんて呼べる程小綺麗な物ではなく。

 友達なんて呼べる程ありきたりな物ではなく。

 家族なんて呼べる程あたたかい物ではなく。


 あくまで仕事上のドライな関係。


 でもだからこそ、上層部の愚痴を言い合ったり、お客様からのクレームに皆で頭を抱えたり、週末には各々好きな飲み物で乾杯しながら互いに労ったり。


 ずっと苦楽を共にしてきた――仲間。だからこそ築かれた、至高の絆……!


 この絆があるからこそ、私は二人を信じてただひたすら前を見て突っ走る事が出来るんだ……!



「ハハハ、その竜馬も『その通りだ、いつも奴隷扱いしやがって』って言ってるぜ!」


 そんな事一言も言ってません!!

 ……うわーん、人の言葉を紡げぬ私には、この想いを届ける事は出来ないのです……!


“大丈夫だ、カムナガラ……”

 ……耳と手綱から、同時に静かで穏やかな声が聴こえてきました。

「俺達の為に言い返してくれたんだよな、ありがとな」

 荷台からも優しい声が響きます。


 届いた……伝わった……!

 言葉が紡げずとも、手綱のような意思を伝える道具が無くとも、彼等は私の想いをわかってくれた……!


「……さて、奴にはきつく灸をすえねばなるまいな……」


 バチバチ。

 火花が散るような音。私はこの音を知っています。これはフジシマの得意魔法――……!


 バチィッ!!バリバリバリ!!


 大気を切り裂く凄まじい轟音と、それに掻き消される男の悲鳴。


 ここでようやく『止まれ』の指示があり、私はゆっくりと停止しました。

 後方を見遣ると、盗賊が地面にぐったりと倒れていました。


 そう、盗賊の男だけが。


 男の周囲にはまだパリパリと紫色の電気の筋が走っています。

 また、彼のいくらか前方では(恐らく私同様すぐには止まれなかったのでしょう)、スレイプニルが困惑した様子で右往左往しています。

「ふん、雷撃魔法を食らう苦しみ……少しはわかったか……」


 ……そう、フジシマが放つ紫色の特殊な雷は、狙った相手にだけ攻撃する事が出来るのです。その為スレイプニルが巻き添えになる事はありませんでした。

 使い魔を御しながら冷却魔法と雷撃魔法を使うなんて出来るはずがない、と普通の人々は考えるでしょう。現にフジシマは私への指示とクール便だけでもかなりの魔力を消費していました。

 しかしいわゆる『魔力の大量消費(足りてないとは言ってない)』というやつでして。


 元四天王である私を御するにはそれなりに秀でた能力が必要です。

 これまでに私の御者となった者は幾人かいますが、その中でも彼は抜きん出た魔力の質と量を有していました。王宮魔導士として召し抱えられてもおかしくない程です。


 ……ツルキリといいフジシマといい、なんでこんな所で宅配便の配達員なんてやっているんでしょうね。(脳内の二人が「そこに竜馬がいるからさ☆」と申しております。)


「さて、ちょっといいか?スレイプニル」

 ツルキリはスレイプニルに近寄ると、その手綱を手に取り、ブチリと引きちぎりました。

 ……本来、使い魔化の道具というのは力ずくでどうこう出来る物ではないのですが、彼の常識知らずな馬鹿力はそれを可能にしています。

 そしてそのままくつわを外してやりました。

「よし、これでお前は自由だぞ。もうこんな奴に従う必要は無いぞ」

 そう言いながら、ツルキリは倒れている男を一瞥しました。男はぴくぴくと痙攣しながら気絶したままです。これならしばらく目覚める事は無いでしょう。少なくともスレイプニルが逃げおおせるまでは。

 スレイプニルは戸惑ったように何度か男と私達を交互に見つめていましたが、やがてお礼と思われる一鳴きを残して去っていきました。


「……さて、俺達もそろそろ行くか」

 そうですね、フジシマの魔力も流石にそろそろ限界でしょうし、何よりご病気の方をいつまでもお待たせするわけにはいきませんものね。

 私達は再び峠道を走り出しました。



 配達先の家は商家の方々が軒を連ねている住宅街にありました。

 この辺りに住んでいる方々のお屋敷はお貴族様程豪奢な物ではありません。恐らく使用人も一人いるかいないか、といったところでしょうか。

 依頼人の家も例に漏れず、ツルキリがノックをすると、中から質の良い生地のワンピースを着た、十代半ばくらいの少女が顔を覗かせました。恐らくこの家のお嬢さんなのでしょう。

「こんにちは。リューマ宅配便です。お荷物をお届けに上がりました。ご住所とお名前にお間違えございませんか?」

 ツルキリはいつもと打って変わって丁寧な口調で挨拶すると、荷物に貼られた伝票をお嬢さんに見せました。

 童顔で普段はくだけた口調の彼ですが、そこはやはり社会人、きちんと敬語で対応出来るのです。

 お嬢さんは伝票を確認すると大きく頷きました。

「ええ、間違いございません。良かったわ、お薬が届くのを今か今かと心待ちにしておりましたのよ」

 やはり病人の薬が切れてしまったのでしょうか……。

「早速今日にでも使おうかしら、この変身薬」


 ――……はい?


「変身薬、ですか……?」

 ツルキリが目をぱちくりとさせていると、お嬢さんは「ええ」と事も無げに頷きました。


 聞けば、お転婆なお年頃真っ盛りなお嬢さんはしょっちゅう街で遊び歩いていたそうです。これについに我慢ならなくなったお父上は彼女に外出禁止を言い渡したのでした。

 しかしそれに黙って従うお嬢さんではありません。

 彼女は知り合い経由で、ある高名な魔法使いに変身薬の作成を依頼し、親が不在である今日に荷物が配達されるよう手配したのでした。これでいつでも猫や小鳥に変身し、二階の自分の部屋からこっそり抜け出したり戻ってきたり出来るわけですね。


 ――何故でしょう、今日一日分の疲れがどっと押し寄せて来ました……。



***



「なぁなぁ、この文字『B』かな?それともちょっと歪な『R』かな?」

「だから走行中に伝票を見せるなと言っているだろう……!」

 ……私には数字の『13』に見えます。


 今日も今日とて私達は配達に東奔西走しております。


 四天王だった頃の私が今の私を見たら、どう思うでしょうか?


 情けないと嘆かれるでしょうか?

 ……それとも、幸せそうだと言ってくれるでしょうか……?



 世界は今日も平和です。






挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)

ストーリーを作った後キャラの設定を考えるのも良いですが、キャラを作った後ストーリーを作っていくのも好きです。そうやって出来た3名です。お読みくださりありがとうございました&お疲れ様です。

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