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フィーカスのショートショートストーリー

妹が妙にイナゴを食べさせたがる

作者: フィーカス

「はい、お兄ちゃんおいしいよ」

 妹と二人だけの食卓。その妹が箸であめ色の物体をつかんでいる。

「妹よ、それを俺に食えというのか」

 あめ色の物体を、俺は口に入れるのを拒否したかった。

「好き嫌いはダメだよ。大きくなれないよ?」

「いや、それが嫌いだからと言って大きくならないとは思わないのだが」

 栄養源なんぞ、食卓に並んでいるだけでかなりあるのに、わざわざそれを選択しようとは思わない。

「もう、おいしいのに」

 妹はぽりぽりと箸でつかんだあめ色の物体を口に入れて食べる。

 確かにおいしそうな顔をしているが、だからと言って食べようとは思わない。


 

 食卓に並んだ、祖母が作ったというイナゴの佃煮。

 つい数日前までは元気に田んぼをぴょんぴょんと飛び回っていた、ばったのような生き物の変わり果てた姿。

 ほとんど昆虫食がない日本だが、稲作が活発であるために、イナゴに限っては食用として捕獲されることが多い。

 しかもこいつは稲を食い荒らす害虫であるため、害虫駆除にもなり一石二鳥だという。

 そんなイナゴを大量に捕まえ、糞を十分に出した後にぎざぎざした部分を取り除き、水洗いしてたっぷりのお湯で長時間煮込み、砂糖や醤油で味付けしたものが、このあめ色の物体である。

 もはや鮮やかな緑色をしていきいきと飛び回っていた頃の覇気はないが、じっと見ていると今にもこちらに飛んでくるのではないかというほどの無念さを感じる。


 好き嫌いというのは、小さい頃のトラウマが原因になることが多い。

 特においしくないものを口にしたときは、その食べ物を「おいしくない」と認知するために、以降その食べ物が嫌いになってしまうというパターンが多いだろう。

 他にも、その食べ物を食べた際に嫌なことがあり、それを思い出して食べられない、ということが多いのではないだろうか。


 だが、そういう小さい頃の思い出で好き嫌いになるのと、こいつはまるで格が違う。


 まず、見た目からして食べ物であるかが疑わしい。

 もちろん祖母が作ってくれたものだし、イナゴの佃煮というものが存在することも知っている。

 そして、実際妹も食べている。


 が、口に運ぶ勇気がまず無い。

 というか、口に運ばせようという意思がこいつらから見られない。

 たしかに砂糖醤油味の甘辛い味が口に広がり、おいしいのかもしれない。

 しかし、所詮は虫だ。たまに飛んでいる虫が口の中に入って飲み込んでしまうことがあるが、あれは苦い。

 きっと、イナゴとてそうに違いない。

 そう思うと、やはり口に入れることを躊躇してしまう。



「お兄ちゃん、ほら、一つ食べてよ。栄養満点だよ」

 今度は栄養面で攻めてきたか。

「いや、栄養は他で取るから」


 確かにイナゴは貴重なタンパク源であり、カルシウムも豊富なのだろう。

 戦時中はイナゴで飢えをしのいでいたらしいし、海が遠い地域では重宝されたのだろう。

 だが、たんぱく質なら肉や魚で十分だし、百歩譲って野菜の大豆もある。

 カルシウムとて、牛乳一杯で十分だ。

 わざわざイナゴに頼ることはない。

 肉や魚はおいしいことは分かっている。


 もちろん好き嫌いはあるだろうが、俺は肉も魚も好きだし、大豆も納豆以外は食べる。

 だが、イナゴの味は未知数だ。危険だ。下手をすれば、体が拒絶反応を起こす可能性もある。

 栄養を取るためならあまりにリスキー。よって、俺は口にしたくない。



「……お兄ちゃん、お願いだから食べてよ」

 とうとう妹からお願いされてしまった。しかも半泣き状態である。

「妹よ、何故そんなにもイナゴプッシュなのだ?」

 これだけイナゴ推しするなら、何か理由があるのだろう。

 思い切って妹に聞いてみた。

「あのね、お兄ちゃん……」


 妹の話によると、妹の友人もどうやら好き嫌いが激しかったらしい。

 ことごとく栄養がある食材が嫌いで、栄養豊富なイナゴも勧めてみたらしい。

 が、友人は当然のように拒否。

 そんな状態が続き、栄養の偏りが原因で入院してしまった。

 何とか治療を行っているものの、自分で歩くことすらできないらしい。


「だから、お兄ちゃんにはそんな風にはなってもらいたくないの」


 そんな話を聞いたら、普通は「好き嫌いが原因じゃないか」「イナゴ関係ないじゃないか」と思うだろう。

 しかも、いかにも作り話っぽい、怪しい話。どう考えても、イナゴを食べさせるための罠。


 だが、俺は真剣に話す妹の顔を、涙をこらえながら離す妹の顔を見て、俺まで涙が出てきた。

 その話が本当かどうかは別として、兄の体を気遣う妹に、思わず感動してしまった。


 いいだろう、イナゴよ、俺の口に入るがいい!



 とはいうものの、やはり自分から手を付けるのは少し抵抗がある。

 そこに、

「はい、お兄ちゃん、あーん」

 妹がイナゴをつかんだ箸を差し出した。

 まったく、あーんをしてもらえる女が妹だけとは、われながら寂しい男である。

 妹のあーんに応えるべく、目を瞑って口を開ける。

 妹はそっと俺の口に、イナゴを入れる。それを確認すると、もぐもぐと口を動かしてみる。



 ……こ、これは……

 何だこの食べ物は!? てか白飯がとまらねぇ!

 タッパーに入れられたイナゴの佃煮を一つ、また一つと箸でつかんでは口に入れる。そして、白飯をかっ込む。

 世の中にこんな食べ物があったとは……。


 それから、タッパーの佃煮がなくなるまで、毎日イナゴの佃煮を食べ続けた。

 なるほど、やはり食わず嫌いとはよくないものだ。

 これからは見た目が少し悪くても、まずは口に入れてみるとしよう。




 一ヵ月後、食事の偏りが原因で入院してしまった。

 やはり同じものを食べ続けるのは良く無いらしい。

 今回学んだことは、食わず嫌いをなくすことと、栄養バランスは重要ということだった。

 自転車で田んぼ道を走っていたときに、ふとタイトルだけ思いついたのです。

 曲にしたら面白そうなのですが、作曲の才能がないのでやめました。


 実際にイナゴの佃煮を食べたことは無いのですが、砂糖醤油味なので意外といける……はず。

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― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして。 楽しく読ませていただきました。 好き嫌いと同じくらい、同じものだけを食べ続けるのは体に悪いですね。 イナゴは栄養豊富そうなので、その分バランスが崩れるのも早かったのでしょうか。…
[一言] 笑わせてもらいました!w イナゴおいしいのに、姿そのままだからダメなんですかねー この話を読んでイナゴを食べる人が 増えるといいと思いましたよ。 ちなみに僕はよく兄妹でイナゴの足だけ食べて…
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