第九話:過去からの刺客――強襲――
「……」
「ふわ〜……」
攻司と光の視線を受けながら怒涛の如く口にご飯を詰め込む少女。
その頬は、リスかハムスターの様に膨らんでいる。
そして改めて少女を見ると何やら普通のファッションでは考えられないものを着ていた。
そう、例えるならば『忍者』の様な……。
「身体の割によく食うな」
「もががんぐ」
「……口の中の物を飲み込んでから話してくれ」
無言でコクコクと何度も頷き、忙しなく口を動かし何とか飲み込む。
そして差し出されたお茶を飲み、一息ついた後で再び喋りだす。
「いや、育ち盛りでござるから」
「育ち盛り? いくつなんだ?」
「十と四つでござる」
「若いな……。名前は?」
「沙羅」
「その服は?」
「これは忍び装束。結構着心地も良いでござるよ?」
「何で光を狙った?」
「任務だったから。……あ」
満腹でご機嫌になった沙羅が笑顔で攻司の質問に答えていった。
しかし、最後の質問は明らかに失言だ。
当然それを聞き流すはずはない。
「任務? 誰から受けた?」
「う〜……」
目を瞑り唸り声を上げる沙羅だったが、
攻司の鋭い目付きに気付き観念したかの様に溜め息をつき言葉を発する。
「御主――」
「ん、桐生だ」
「ふむ、桐生殿には敵わぬな。全て話すでござるよ」
沙羅が話した要点は以下の通りだった。
まず事の始まりは沙羅を拾ってくれた殿方(流石に名前は伏せていた)が目標の誘拐命令を下した。
目標を絵で見せられた沙羅は夜中のうちに行動を開始し、目標の屋敷内に侵入した。
しかし、そこで見た事の無い光に包まれ突然回りの景色が変わった。
その異常に多少は動揺したが、すぐさま任務を思い出し再び目標を探した。
そこで見付けたのが絵とそっくりな少女――今この部屋に居る光――だった。
あとはただ任務を続行しようと、光の周りでチャンスを伺っていた。
「――という具合でござるよ」
「誘拐命令って言ってたけど、光を殺そうとしてなかったか?」
「いや〜、一度言ってみたかっただけでござるよ」
「ほんとか〜?」
ヤンキーが相手を威嚇するかの様に睨みつける攻司。
当の沙羅は小首を傾げ笑顔を向けている。
幼馴染を殺されかけた事で敵意を剥き出しにしている攻司に対し、沙羅は攻司を気に入った様だ。
「――ま、いいや。それよりその見た事もない光っていうのが気になるな」
「あの……」
先程から攻司と沙羅のやり取りを黙って見ていた光がおずおずと口を開く。
「ん? どうした?」
「沙羅ちゃんは私達が下校してる時から尾行してたんだよね?」
「そうでござるよ?」
「でも私が視線を感じたのは……もっと前からだったよ?」
「え? ……お前嘘ついて――」
再び険しい表情へと変わる。その怒りの矛先は勿論沙羅だ。
しかし、その言葉を言い終わる前に、凄まじい鳥の鳴き声の様な響き渡った。
「な!?」
「何!?」
「っ!? 伏せろ!」
攻司の叫ぶ様な声に素早く反応し床に大の字になる沙羅。
一方の光は言葉の意味が理解出来ないのか、頭の上に『?』マークを浮かべ沙羅と攻司を交互に見ている。
それを見かねた攻司が光に跳びつき、床に張り付く。
その直後眩い閃光と共に、攻司達の上を何かが掠めていった。
「大丈夫か?」
「う、うん」
攻司の顔が息のかかる程近くにあることに気付き、顔を真っ赤にする光。
一方の攻司は光の無事を確認すると沙羅の方にも声を掛ける。
「無事でござる。これも桐生殿のおかげでござるよ。でも……」
「何だ? ……げ」
「どうしたの?」
異変に気付いた光が恐る恐る攻司と沙羅の視線の先を確認する。
それを見た光は今までの赤信号の様な顔を一瞬で青信号に変えて見せた。
「ウソ……」
皆の視線の先、天井。正確には天井があった位置。
そこにあるはずの屋根が跡形も無く消えている。
呆然とする三人を現実世界に戻したのは、またもピョロロロという鳥の様な鳴き声だった。
一番早く正気を取り戻した攻司が、すぐさま声のした方に顔を向ける。
「と、鳥?」
天井の先、空を旋回する怪鳥の様な物体。
「か〜くご〜!」
それに唖然としている攻司の横で、復活した沙羅が飛び苦無を取り出し投げつける。
それに気付いた怪鳥がいとも簡単に苦無を払いのける。
「あれ?」
「お、おい。何か怒ってないか?」
「ふぇ?」
攻司の言葉を証明するかの様に、緩やかに飛んでいた怪鳥が沙羅目掛けて一直線に急降下する。
それに気付いた沙羅は、さも当たり前かのように苦無を構える。
「え!? 受け止める気なのか!?」
「いかにも」
自信満々で鳥を見据える沙羅。
「バ、バカ! やめろ! お前じゃ無理だ!」
その表情に圧倒されながらも必死に説得する攻司。
光はというと、あまりの異常事態に呆然とするばかりで、全く口も身体も動けないでいた。
そんな二人を尻目に、依然自信に満ちた表情で急降下する怪鳥を待ち構える沙羅。
そして――
「ぐっ」
鼓膜が破れる程の轟音と、家全体が揺れる衝撃から光を抱きしめる様にして庇う攻司。
振動が収まり怪鳥が落ちたと思われる方へ目をやると、隕石でも落ちたかの様な大きな穴が開いていた。
その光景に落下地点にいた沙羅を想像したのか、攻司の顔から血の気が引いていった。
「さ、沙羅……?」
ヨロヨロと立ち上がり、穴を覗き込む攻司。瓦礫まみれの一階に絶句し、下唇を噛み締め目を伏せる。
しかしその次の瞬間、この空気をぶち壊すどこか間の抜けた声が響き渡る。
「ほわわわわ〜!?」
「沙羅!?」
攻司の呼びかけに答える間も無く、瓦礫の中から飛び出した怪鳥が攻司の目の前を通り過ぎ急上昇する。
沙羅はというとその怪鳥の腹部に苦無を刺したまま、一緒に上空へと運ばれていた。
「お〜い? 大丈夫か〜?」
再び空高く舞い上がった怪鳥。
沙羅は攻司の呼びかけに答える余裕も無く、必死に苦無を抜こうとしている。
「ぬぬぬぬ〜! ――あっ、抜けた!」
パアッと眩しいくらいの笑顔を浮かべる。
しかしそれもつかの間、唯一の怪鳥との繋がりであった苦無を抜いてしまったため、一気に降下する沙羅。
「うっひゃ〜!」
「沙羅〜!」
再び顔を青白くさせる攻司。もうダメかと思われたその時。
「な〜んてね。忍法、ムササビの術!」
そう言ってどこかから取り出した風呂敷のような物を広げ、
手と足で器用に簡易パラシュートの様な形にする。
そのためか、落下速度が大幅に下がり、しぼんだ風船が落ちる様な感じになる。
「ふっふっふ。どうでござったか?」
ふわふわと攻司の目の前に着陸した沙羅が小さな胸をこれでもかと張る。
「す、凄いな」
「へへへ〜。……ん〜、それはそうと、あの鳥さんは中々厄介でござるな」
「何がだ?」
ほら、と先程突き刺した苦無を攻司に見せる。その苦無は何の異常もない、ただの苦無だった。
しかし、この場合は正常な状態が異常というか、あまりにも綺麗過ぎる。
「血が付いてない?」
「うむ。拙者は確かに突き刺したでござる」
「どういうことだ? ……それにしてもやけに周りが静かだな?」
確かに攻司が言った通り、辺りはシンと静まり返っている。
天井を跡形も無く吹き飛ばした閃光、床の壁が抜ける程の衝撃と轟音――おまけに沙羅の大声。
どれを取っても野次馬の心を擽るには十分な音だったはずだ。
「確かにオカシイでござるな〜」
「あ、また降りてきそうだぞ」
上空の怪鳥が徐々に旋回の速度を上げていく。
それを見た攻司がチラリと自分の手首に付けているリングを見る。
「これを使ってみるか……」
そう言って目を閉じ、精神を統一していく――
一つ前の後書きでも書きましたが、後半から今までとは違う世界に……。
少しずつ格闘(?)やアクションシーン等の描写を練習していきたいと思っています。
次話以降も脱線など多々あると思いますが、よろしくお願いします。