第八話:過去からの刺客――正体――
「――になるから、ここの答えは(x=3, y=2)になるの」
「なるほど、この公式使えばよかったんだな」
「光、こっちはどうやるの?」
「あ、うん。それは――」
「あっ、攻司。ボクのノートに落書きしないでよ〜」
部屋の中央にあるテーブルを囲み、がやがやと賑わう一同。
昼の出来事で光を護衛することになった攻司、光の部屋に攻司一人を潜入させるのは危険、
と違う意味で光の護衛のミサ、ミサを牽制するために攻司に連れられてきた牧村、
そして塾の講師のように勉強を教える光。
皆それぞれ光が狙われているのを忘れているかのようにマッタリとしている。
「っと、もうこんな時間か。そろそろテスト勉強やめないか?」
「え? じゃあこれからは大人の時間? まずは何する?」
「あんたは黙ってなさい」
息を荒げる慎の喉元にシャーペンを突き付け睨み付けるミサ。
殺気すら感じさせるその目付きに、さすがの牧村も茶化す事が出来ず苦笑い。
「攻司はどうするの?」
シャーペンはそのままにして、首だけで攻司に視線を送る。
「ん〜、そうだな……。夜は帰るよ。幸い光の家はオレの家から二〜三分だし。
何かあったらワン切りとかしてくれ」
「うん、ありがとう」
「はぁ〜よかった。泊まるとか言い出したらどうしようかと思ったわ」
「泊まったとしても何もしねーよ!」
――先程の煩い程賑やかだった部屋が一変し、嘘のように静まりかえった空間。
その中で一人、小柄な少女がたたずむ姿はどこか寂しげだった。
しばらく立ち尽くした後、小さくため息をつきベッドに腰を掛ける。
そこで本日三度目の、光曰く殺気が光を襲う。
しかも今回はそれに続き、くぐもった声が発せられる。
「目標確認。……私怨はないが死んでもらうでござる」
「――っ」
ヒヤリとした金属性の何かが光の喉元に突き付けられる。
同時に口を塞がれているため声は出せない。
「この世に何か言い残す事は?」
――にも関わらず、無茶な情けを掛ける謎の人物。
実際口を塞がれていなくても今の光では声は出せないだろう。
「――」
「ふむ、ではかぷぅ!?」
まさに光の喉元を切り裂こうとした刹那、現在の空気には相応しくない素っ頓狂な声が響いた。
「な、ななな!?」
「そこまでだ」
光の背後に居る謎の人物A。そのさらに後ろには先程帰ったはずの攻司が居た。
鋭い目付きの攻司は、右手でAの右手首を、左手でAの首元を制している。
「か、帰ったはずでは……。って、いたたたたた!」
握力80kgを超える力でAの首と手首を締め上げていく。
その威力はミシミシと骨が軋む音まで聞こえてくる程だ。
「隠れるならもっと上手く隠れるんだな」
「――で、何で光を狙ったんだ?」
「……」
光の部屋の中央には倉庫から引っ張り出されたロープで縛られたA、
それを先程と同じく怖いくらいギラギラした眼光で睨みつける攻司。
顔の殆んどは布で覆われていて定かではないが、露出している部分や声などはかなり若く見受けられる。
「コウジ君、ちょっと怖いよ。……ねえ、理由を話してくれないかな?」
「……」
プイッとそっぽを向くA。その仕草は身体が小さいのと合わさって子供の様に見える。
それを見た攻司は、はぁ、と大袈裟に溜め息をつき今度は優しい声で話しかける。
「なあ、もうやらないって言うなら今回は見逃してやるから。とりあえず理由を―― 」
「ハックション!」
小さな身体からは想像できないような、豪快なクシャミが攻司の言葉を遮る。
一瞬シンと静まり返った部屋だったが、その沈黙を破ったのは以外にも今まで口を閉ざしていたAだった。
「たはは、失敬」
「大丈夫?」
気を利かせた光が笑顔でティッシュ箱を差し出すと、キョトンとした顔でそれを見つめる。
次いで光の何かを促す視線に気付きロープを解く。
それによって自由になった両手で顔の布を剥ぎ、嬉しそうにティッシュに手を伸ばす。
「何と慈悲深い殿方と姫君」
「お、お前……」
「女の子?」
ツンと目尻が上がった大きな目と少し上向いた上唇に幼い顔立ち。
それは一見少年の様にも見えたが、時折見せる仕草と高く幼い声で少女と認識させられる。
「うむ、いかにも。それが何か?」
「……」
沈黙する攻司と光だったが、当の本人は一度小首を傾げ何事もなかったかの様に鼻をかむ。
そしてその沈黙が途切れる間も無く、今度は少女からこれでもかと言うほど典型的な腹の虫の声が響いた。
「お腹空いてるの?」
「たはは……」
ここまで単調できていますが、次話で急変します。
ちょっとありえない方向へ……(汗)
お時間がありましたら是非ご覧下さい。