第五話:未来からの訪問者――天使か悪魔か――
「ただいま……」
捜索開始から三時間、必死の捜索も虚しく何の成果もないまま帰宅する攻司。
沈んだ表情のまま靴を脱ぎ居間に向かおうとしたその時――
「いだ〜〜! ――うぐっ!?」
という悲痛な声が攻司の鼓膜を刺激した。
「この声は……慎だな」
聞き慣れた牧村の悲鳴に特に慌てる様子もなく、ゆっくりと居間へと歩を進める。
ただ今回は幼い子供二人が居るため、その表情は少し緊張の色が混じっていた。
「……」
居間をドアを開け中を覗き込んだ攻司が絶句する。原因は当然中の状況によるものだ。
「わ〜い、はいった〜」
「ど〜んっ、どど〜んっ」
まず最初に目に入った光は大の字になって倒れていた。
その表情はうつ伏せになっているため読み取れないが、気持ちよくお昼寝という感じはしない。
そして奥に目をやると、ぐったりとした牧村の姿。
今し方落ちたばかりであろう、まだ温かい牧村に腕ひしぎ逆十字を決め続けている衛司。
技を決められている身体の上で飛び跳ねているあかり。
笑顔でハシャグ天使――が今は悪魔に見える。
「衛司君、あかりちゃん? 何をしているのかな?」
努めて笑顔で話し掛ける攻司。
その声に反応し二人の小悪魔、もとい天使が攻司に駆け寄る。
「パパ〜。……じゃんぴんぐ・あっぱ〜!」
「な!?」
笑顔で足元まで寄った衛司が突然アッパーを繰り出した。
身長が同じくらいならその拳は腹部から上を掠め顎を打ち抜くだろう。
しかし、ここまで身長差があると、腰から下――急所目掛けて一直線の殺人パンチになってしまう。
「っと」
その拳を難なく受け止め、苦笑いを浮かべる。
「な、何のつもりかな? 衛司君」
「あ〜あ、やっぱりパパにはきまらなかったか〜。あっちのおにいちゃんにはきまったのに」
あっちのお兄ちゃん――ぐったりとしている牧村の事だ。
どうやら衛司の繰り出す戦慄のアッパーが大事な所にクリティカル・ヒットしていたらしい。
牧村から発せられる『ご臨終』の雰囲気はこの為だった。
「ふっふっふ、十年早い。……あれ? ところであかりちゃんは?」
「パパ〜」
「なにっ!?」
衛司に気を取られ、完全にあかりのマークを外していた攻司が驚愕の表情に変わる。
その原因はあかりの猫なで声がした場所だった。
「おお〜、あかりすごいっ!」
「ひひ〜」
声の発生源、それは攻司の背中。
どうやら二人がやり取りをしている隙に背後に回り込み、脚を伝い背中までよじ登ったらしい。
――気付かない攻司もある意味凄い。
「くっ……二対一とはいえ、こんな子供達に……。一生の不覚だ」
「♪〜」
スポーツ選手が決勝戦で敗北したかの様に、ぐったりと倒れこむ攻司。
その背中には『背後を取った』というよりも『パパを捕まえた』という、幸せに満ち溢れた笑顔のあかり。
第三者から見れば奇妙な光景だ。
「……。何してんの?」
数分前と変わらず床で項垂れている攻司、その背中にしがみ付くあかり。
そして動かなくなった牧村と光。
牧村に至っては再び衛司に技を掛けられている。
そんな光景を目の当たりにしたミサは、二人の天使が気付くまでドアの前で立ち尽くすしかなかった。