第二十一話:プレゼント――For you――
「これで最後だな」
一つだけ灯った教室で攻司が呟いた。両手には牧村の戦利品が詰まったビニール袋が握られている。
「うん、本当にありがとね。ど〜んとラーメンでも奢るよ」
同じく両手が塞がっている牧村。実に三往復に及ぶ輸送の末、ようやく最後のお菓子に達していた。
「じゃあ明日の昼な。……ん?」
「どうしたの?」
「あそこって何かの部室だよな。まだ残ってるやつがいるのか」
向かいの棟の一つだけ灯りがついた部屋を顎で示す。
「あ、本当だ。あそこは文芸部室だね」
「よく分かるな」
「ボクにとっては必須情報だからね……文芸部室って事はミサちゃんが残ってるのかも」
「ああ、そういえば小説が大詰めとか言ってたな」
「よし、会いに行こう」
言葉と同時に歩きだす牧村の後を、やっぱりなと呆れながら付いていく攻司だった。
「あれ?」
程なくして文芸部室に着いた二人だったが、そこに意中の人物はいなかった。それどころか人の姿もない。
「いないな。ただの消し忘れか?」
「ううん、これミサちゃんのバッグだよ」
そういってバッグに付いた白い兎のキーホルダーを指差す。
「じゃあたまたま席を外してるだけだろう。ちょっと待つか?」
「もちろん! まだミサちゃんからチョコもらってないし」
結局それか……と生欠伸をしながら椅子に座った。
その後部室内の本をパラパラと捲り時間を潰していたが、ミサが帰ってくることはなかった。携帯で連絡を取ろうにも電話は繋がらない。それを不審に思ったのか、二人の表情が徐々に曇っていく。
「何かあったのかな……」
「捜してみるか」
まさに二人が部室を出ようとした瞬間、くたびれた警備服を着た初老の男が姿を現す。
「なんだ、君達だったのか」
攻司達と何度か面識があるその男性は小さなため息を交え頭を掻いた。
「ああ、すいません。もうちょっとしたら帰ります」
「はいよ。あ、まだ資料室は使うのかい?」
「まだ?」
「あれ? 資料室を使ったのは君達じゃないのかい?」
二人で顔を見合わせ警備員に首を振る。
「そうか、電気がついていたんだが……。まあ、他の生徒か教師だろう」
「資料室には誰も居ませんでしたか?」
「ああ、呼び掛けて見回ったけど誰も居なかったよ」
「……」
目を閉じ何かを考え込む牧村。その様子を気にしながらも攻司が口を開く。
「資料室の鍵を貸してもらえませんか?」
「利用時間はとっくに過ぎてるんだが……まあ、頑張ってる君たちに免じて特別に貸そう」
「ありがとうございます」
攻司に鍵を渡し、使い終わったら宿直室まで来てくれ、と言い残し部室を後にした。
「慎、資料室に行こう」
「うわっ、さみ〜な」
資料室の扉を開けての第一声がそれだった。その寒さが危機感を高まらせたのか、生唾を飲み込み歩を進める。それぞれがミサの名前を呼び歩き回るが、その姿を発見することは出来ない。
「ここにはいないみたいだな」
「うん……」
落胆したように項垂れると偶然一つの扉に視線が行った。
「攻司」
「ん?」
「ここだ……この奥にいる!」
人差し指でビシッと『開かずの扉』を捉える。
「そこは開かずの扉だろ。ミサに開けられるわけがない」
「いや、でもいる! こう――何か感じるんだ!」
最初はありえない、と半ば呆れていたが、牧村の真剣さが伝わったのか小さく頷きノブに手をかける。
「うぐぐぐ〜っ!」
「頑張れ攻司!」
「ぐぅ〜――ぷはっ、ダメだ。びくともしない」
変色した手をプラプラさせ大きく息をつく。今度はボクがと力を込めるが、攻司と比べて極端に力がない牧村では全く歯が立たない。
「全然ダメだ〜」
力なく座り込む牧村の後ろでは攻司が目を瞑って精神を集中させていた。
「それってリングの……?」
目を開け小さく頷く。そして鋭い眼光でノブを捉えると、左足を壁へ両手をノブへと添えた。
「オォォォー!」
気合いの籠もった声と共に、開かずの扉からミシミシと軋む音が鳴る。
「いっけー!」
「――おわっ!?」
金属が千切れる音が鳴り響き、開かずの扉と攻司が回転しながら後方に吹っ飛ぶ。
「いってー」
「ミサちゃん! いる!?」
ポッカリと空いた穴に駆け寄り、懐中電灯で照らすと横たわった人の姿が露になった。
「ミサちゃん! しっかりして!」
バタバタとそれのもとへ辿り着き、埃塗れの身体を抱き起こす。しかしミサの反応は薄く、僅かに目蓋を開けるだけだった。
「攻司! 救急車呼んで!」
「――任せろ!」
痛んでいるにも関わらず言葉と同時に起き上がり、出入口へと走っていった。それを確認した牧村は、冷えきったミサの身体を強く抱き締める。
「もう大丈夫だよ」
「まき……むら?」
「うん」
「牧村……っ」
すっかり枯れはてたかと思われたが、牧村の姿を直視すると堰を切ったかの様に大粒の涙があふれ出る。
「怖かったよね」
「うっ……っ」
声にならない声を上げ牧村の胸へ顔を埋める。対する牧村は無言で優しく抱き締め、頭を撫でていた。
「ちょっと衰弱してるけど、すぐ元気になるって」
「うん……」
病院の一室に運び込まれ点滴を受けてはいるが、先程と比べ大分生気が戻った表情をしている。今部屋にいるのはミサと牧村。事態を知って駆けつけた光や一緒に居た攻司は、二人に気を遣ってか、容態が安定して早々に帰宅していた。
「明日には退院出来るみたいだから、今日はゆっくり休んでね」
「うん」
「じゃあ、そろそろ帰るよ。お大事に」
「うん……」
上着を羽織る牧村を見つめ何かを言いたそうに口を動かすが、それが声に出ることはなかった。そんなことを何度か繰り返しているうちに、牧村の身仕度が整い、別れの挨拶と共に歩きだそうとしていた。
「牧村っ!」
先程まで瀕死の状態であったとは思えない程大きな声が病室に響く。
「え? 何?」
「あ、あの……」
呼び掛けはしたものの、それ以降の言葉が出てこない。視線を泳がせ何とか口にしたのは、カバン取ってという言葉だった。不思議そうにしながらもミサにカバンを渡す。
「これ……あげる」
「え?」
ミサのカバンから出てきたのは、可愛らしくラッピングされたお菓子――チョコレートだった。
「ボクにくれるの?」
「……ぎ、義理よ、義理!」
爆発したかのように顔を真っ赤に染めそっぽを向く。
「うん、義理でも嬉しいよ」
「それと……」
「それと?」
「ありがと」
依然顔は真っ赤だがいくらか落ち着いた雰囲気で牧村の目を見る。
「もうダメかと思った……ここで死んじゃうんだな、って」
「大丈夫。何があってもミサちゃんはボクが助けるから」
「……」
真直ぐな牧村の視線から逃れるように目をそらす。
「今日のミサちゃんはいつもと違うね。やっぱり疲れてるのかな?」
「そ、そうかも……」
何とか絞りだした声で応える。それを見て小さく笑い先程渡されたチョコレートをヒラヒラさせた。
「これ、ありがとね。後でゆっくり食べさせてもらうよ」
「うん」
「じゃあ、今度こそ帰るよ。明日も来るから」
「うん、ありがと」
バイバイと言い残し病室を去った。その背中が見えなくなっても顔を赤くしたまま視線を動かさなかった。しばらくそうしていると、突然我に返ったように慌てて布団を被る。
「〜〜っ!」
そして病室で一人、本日何度目かになる声にならない声を上げ悶え続けていた。
次の話は何にするかまだ決まっていません。どれを編集するか、他の短編を仕上げるかで迷っています。後者の方が若干有力かな……。