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時空を越えて  作者: 飛燕
20/21

第二十話:プレゼント――開かずの扉――

 時期が大分ずれてしまいましたが、この話の中ではバレンタインデーです。あまり活かしきれていない感はありますが……。話自体は二話構成になります。

「はい、光。いつも色々ありがと。これからもよろしくね」

朝の陽光が差し込む教室で、可愛らしくラッピングされた小包が受け渡される。

「わ〜、可愛い。ありがとう。じゃあ、私からも。いつも仲良くしてくれてありがとう。これからもいい友達でいようね」

 こちらも絵に描いたようなフリルの付いた小包を、照れ笑いを浮かべながら差し出した。

 今日は朝から似たような光景が泉稜学園で展開されていた。何故なら今日はバレンタインデー。本命、義理として女子から男子へ、友情の印と雰囲気的なもので女子から女子へと、チョコレートやクッキー等が渡されていた。

 自由をモットーとする泉稜学園ではそれらの行為が公認であるだけでなく、一時間目を自由時間にするまでに至る。そのため普段あまり話さない人同士も雰囲気に合わせお菓子交換を行なうため、ちょっとした交友パーティーにもなっていた。

「牧村君、受け取って!」

牧村の席にやってきた少女が顔を真っ赤にしてチョコを差し出す。

「あ、ありがとう。味わって食べるからね」

 そう言って受け取る牧村の机には既に山程のお菓子が積み上げられていた。同級生はもちろん、先輩や後輩からも渡された結果だ。本人曰く日頃の行いと生まれ持ったもののなせる業。

「うわっ、今年もすげーな」

 引きつった笑いで牧村の隣に腰掛けたのは攻司。

「あはは、嬉しいけど持って帰るのが大変なんだよね」

「去年は三往復したな」

「うん、今年もそれくらいかな」

「飯奢ってくれたら手伝ってやるぞ」

「じゃあ今年もよろしく〜」

 そんな一部の男子が聞いたらブッ飛ばされそうな会話をしていると、今度は攻司の後ろから小さな声が発せられた。

「ん?」

「この前は不良に絡まれているところを助けて下さってありがとうございました。ご迷惑でなければ受け取ってください」

「あ……ああ、あの時の。わざわざありがとう」

「攻司も隅に置けないな〜」

 牧村の言葉を気にしたのか、中身はクッキーですから、と言い残し小走りで去っていった。攻司のチョコレート嫌いは知る人ぞ知る情報らしい。

「こうちゃ〜ん!」

「桐生殿〜!」

 教室中に響き渡る大声で登場したのは悠希と沙羅。悠希は牧村がもらったどのお菓子よりもハートフルかつ巨大な箱を、沙羅は時代劇で見かけるような風呂敷を持っている。

「おう、おはよう。今日は休みかと思ってたよ」

「やだ、こんな大切な日に休むわけないじゃない」

「そうでござるよ。今日は隊長殿曰くばれんたいんでいでござるからな」

「さっきまで家で沙羅ちゃんと作ってたの。受け取って!」

「ああ、ありがとう」

「拙者のも〜」

「サンキュー」

 二人が自作のお菓子を渡すのと同時に、一時限終了の合図、つまり泉稜学園公認バレンタインデーの時間が終了した。





「じゃあ、お先に〜」

「うん、おつかれ〜」

 既に日が沈みかけた頃、文芸部室に残っていた数名が部室を後にする。現在部室に残っているのはミサだけだ。机の上には資料室から持ち出したドイツ神話の本が積み上げられている。

「あとちょっと……」

 大きく伸びをして手元の余ったチョコに手を伸ばす。そして何冊か本を抱えて席を立ち、不安定な足取りで辿り着いたのは資料室。手際よく本を戻していると、小さな声が漏れる。ミサの視線の先には資料室にある『開かずの扉』だ。錆付いたこの扉はいつ見ても誰が開けようとしても『開かずの扉』だった。しかし、今ミサの目の前にある扉は『開いている扉』になっている。何に使うのか全く分からない、一メートル四方の穴。好奇心からか吸い込まれるようにしてその入り口を潜っていった。

「うわっ……」

 その空間自体は真っ暗で何も見えないが、強烈な黴臭さとほこりっぽさがミサを襲った。口に手をあて顔をしかめながら空洞内を見回す。一仕切りそうしたが、特に何があるわけでもなく引き返そうとした次の瞬間――

「えっ」

 ギィという耳障りな音をたて扉が閉まった。

「ウソ……」

 僅かに資料室から入っていた光は完全に閉ざされ完全な闇になる。それでも覚束ない足取りで扉があった場所に辿り着くが、『開かずの扉』に戻ったそれは壁の一部であるかのように動く気配がない。

 しばらく途方に暮れていたミサだったが、何かを思いついたように羽織っていたコートのポケットを探る。そこから取り出したのは携帯電話。素早く開きボタンを操る。しかし――

「圏……外」

 もともと地下にある資料室。さらに密閉された空間で電波が入るはずはなかった。力なく弛んだ手からスルリと携帯が落ちる。

「――助けて! 誰かいないの!?」

 時刻は18時半を回り、ほとんどの生徒は帰宅している。それでも常駐の警備員か残業中の教師なら残っているはずだ。さらに文芸部室、資料室ともに電気はついているため、気が付かないわけはない。しかし、恐怖に駆られたミサにそんな思考回路は存在しなかった。ただ狂ったように叫び扉を叩き続けていた。





 静かな時間が流れていた。ミサが開かずの間に閉じ込められてから一時間程経過している。あれから助けを求め続けたが一向に人が来る気配は無かった。その間錯乱状態で暴れた結果、過呼吸に陥り部屋の中の埃や黴を吸い込んでしまっていた。当初は激しく咳き込んでいたが、今はその体力すらもなくなり、か細い呼吸をしながら横たわっている。冷え込む二月の室内、極度の緊張感と恐怖による体力の消耗は、華奢なミサの体には生命の維持も容易でない程過酷なものだった。

「お〜い、誰かいるのか〜?」

 そんな絶望的な状況の中、覇気の無い萎れた声がミサの耳に届いた。

「いるなら返事しろ〜」

 静かな資料室内に響く人の声と足音。恐らく見回りにきた警備員だろう。いくら弱っていてもそれくらいは理解したらしく、身を捩り自分の存在を知らせようとする。

「いないのか〜?」

 しかし、肝心の身体はもはや自分の意志では動かせないほど疲弊していた。僅かに唇を動かすが声すらも出ない。

「いないんだな〜?」

 足音と声がかなりの至近距離から発せられている。まさに壁一枚を隔ててすぐ近くに来ている。

「――っ」

 それが分かっていても出るのは僅かな空気だけだった。

「はぁ、単なる消し忘れか」

 また少し離れたところでため息混じりの声がした。そして――

「っ」

 電気が消される音とドアが閉まる音が響き渡った。その後はただ静寂だけがミサを包んでいた。

「うっ……ひっく……」

 完全なる絶望。その事実を叩きつけられた少女は小さく震え、力なく泣くことしか出来なかった。



 一つ前の『もう一つの世界』ですが、このプレゼントを挟んで続きを投稿しようと思っています。もしかしたらもう一つの話も挟むかもしれません。

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