第十九話:もう一つの世界――リンク――
「ふ〜っ、遊んだ〜」
辺りが夕暮れに染まる頃、オレ達は帰路についていた。カオリンとユイは後方でお喋り、ユイはオレに背負われている。ガラの悪い連中に絡まれて乱闘騒ぎがあった事なんて、遠い昔の事のように平和だ。
「結局ユイは最後まで起きなかったな〜」
「ああ、疲れてたみたいだからな。それに寝ててもらった方が静かで助かる」
「ふ〜ん。じゃあコウジは私に永遠に眠っててほしいわけ?」
「ん〜、永遠にっていうか、少なくともオレがいるときは静かに眠っててほしいな〜と」
「ふ〜ん。コウジは私が嫌いなんだ?」
「まあ、嫌いっつーか、苦手っつーか」
「そうなんだ〜」
……あれ? 周りを見るとさっきまですぐ後ろにいたはずのカオリンとユウがいない。今誰と話してたんだ?
「コウジの気持ちがよ〜く分かったわ」
まさか……。
「でも、さっきまで私が眠ってたから、今度はコウジの番ね」
「い、いやいや。まだ交代しなくていいよ」
「遠慮しないで」
その怒りを露にした声と同時に、首に回された手に力が込められる。
「ユ、ユイ。起きてたのか」
「まあね。いつまでもコウジに背負われてるのもかっこ悪いし」
華奢な身体からは想像できない力だ。このままだとマジで殺されかねない。
「じ、じゃあそろそろ降りてくれよ」
「いいわよ〜。ただしコウジを堕としてからね!」
「うぐっ! ギブギブ!」
「あはは、起きた途端これだもん。さっきの勇姿が嘘みたいだね」
「ユイとコウジは仲良しやな〜」
「どこがだ〜!? 二人して和んでないで助けて――」
「――ってな感じで、すげー疲れたよ」
あの騒がしい方々がいた世界を離れた翌日、オレは何事もなかったかの様に登校していた。隊長が昨日までの休みしかとってくれなかったからだ。
「へ〜、大変だったね。お疲れ様」
そしてその放課後、お馴染みのメンバーで近くの喫茶店に来ていた。悠希と沙羅は用事があって来てないけど。
「じゃあコウジって唯さんと知り合いなの?」
「いや、さっきも言った様にこことは世界が微妙に違うんだ。だからもしこの世界でユイ達に会っても、あっちはオレの事を知らない」
「な〜んだ。相変わらず使えない」
いつもより上品ぶった仕草でティーカップを傾けるミサ。小さく鼻まで鳴らしている。
「うるせー。オレがあっちで苦労してる間、のん気に遊んでたヤツが言うな」
「唯ちゃんや香織ちゃんのサイン欲しかったな〜」
光はともかく、いつも通りミサと慎は勝手な発言ばかりだ。改めて思ったが、ミサとユイってちょっと似てるな。まあ、ユイの方が何枚も上手だけど。
「お待たせしました。コーヒーとサラダパスタです」
「え? 誰か頼んだ?」
「ううん」
「あ〜、それこっち」
店員がオロオロしていると、右の席から声が響いた。……なんかどこかで聞いたことがある気がする。
「も、申し訳ありませんっ」
「あ、いえいえ」
ぎこちなく動く店員を何気なく目で追うと、隣の客に辿り着く。サングラスをかけ、黒のシャツとミニスカートを穿いた派手な女性だ。
「お待たせいたしました! コーヒーとサラダパスタです」
「はいは〜い。――ん?」
あ、目が合った。
「ん〜?」
な、なんだ? そのまま立ち上がってオレの目の前に……。
「な、なんですか?」
「攻司の知り合い?」
「いや、多分違う」
「コウジ?」
……そういえばこの声と仕草には覚えがある。
「コウジ。私の事知ってる?」
「え?」
サングラスを取りさらにズイッと身を乗り出す女性。
「……渡良瀬……唯?」
「えっ!? あ〜! 本当だ!?」
「あの唯さん!?」
「せいか〜い。元気してた?」
オレに向かって言ってるよな? おかしい、隊長の話じゃこの世界のユイはオレを知らないはずだ。一応確認しておくか。
「あの、渡良瀬さんとあった事ありましたっけ?」
「ふ〜ん、私を忘れたっていうの?」
「いや、忘れたんじゃなくて、会ったことありませんよね?」
少なくともこの世界ではテレビか雑誌でしか見たことがない。
「コウジにしてはいい度胸じゃない。それにその言葉遣い、喧嘩売ってる?」
「え?」
確かにユイは丁寧語を嫌っていたし、それを使うと怒った。しかしそれは飽く迄あっちの世界での話でこっちではどうかしらないし、ユイの口振りは過去に同じ事を言ったように聞こえる。
「また締め落とされたいわけ?」
「締め落とす!? 攻司! まさか唯ちゃんとプロレスごっこを!?」
さっき話しただろう、と突っ込むのも面倒だ。それにしても……完全に記憶が繋がってる。
「ご、ごめん。オレ急用思い出したから帰るね」
「え?」
「あ〜! コウジのクセに生意気〜」
驚く光や不満を露にするユイの相手をしている場合ではない。とにかく隊長に報告するべきだ。何か嫌な予感がする。
「そんなことより、こっちで一緒にお茶でも――」
「邪魔!」
「ごふっ!」
確かに隊長は『この世界と攻司が行く世界は、世界そのものが違うから記憶が繋がることはない』と言っていたはずだ。それが現に起きているという事は、何か普通じゃありえない事が起きているはずだ。オレはその方面の知識はないに等しいから、飽く迄『はず』でしかないけど。
「やっほ〜、コウジ。どこいくの? 乗せてってあげよっか?」
ちょうど大通りに差し掛かったところで、道路側からさっき聞いたばかりの声が耳に届いた。
「げ、ユイ……何でついてきてるんだよ?」
「だ、だって……私ね、コウジのことが――」
「へ?」
何故か頬を朱に染め目をそらす。間違いなく美人の部類に入る女性のいじらしい仕草に、嫌でもドキドキしてしまう。
「……嫌いだから」
「は?」
「嫌いだからイジメてあげるの。簡単に逃がしてたまるもんですか」
……やっぱりコイツはオレが知ってるユイだ。あの世界と何一つ変わらないサディスト。
「百歩譲って構ってほしいのはいいけど、ユイは仕事あるんだろ? 最近ドラマの撮影とか入ってるらしいじゃないか」
「構ってほしいじゃなくて、構ってあげてるの! それにあんな仕事はどうでもいい。今日もあの監督が色目使ってくるから出てきちゃった」
「おいおい……」
確かゴールデンタイムの主演だったよな。他の女優は主演になるために、涙ぐましい努力をしているはずだ。それを簡単にすっぽかすとは……なんて罰当たりな。
「そんなことより早く乗ってよ」
「ん〜、じゃあ頼む」
それにしてもなんつー車だ。赤いスポーツカー(名前は分からないが、多分凄い車)かよ。ユイにはピッタリだけど。
「よし、じゃあどこまで?」
「じゃあ姫野駅まで」
「オッケー。舌噛まない様にね」
「え? 舌? ――っ!?」
突然身体にかかる強烈なG。一瞬パニくったが、すぐにユイがアクセルを踏み込んだためと分かる。さすがスポーツカー、馬力が違う。
「ユイ! 公道でとばし過ぎだ!」
「こんなの全然ふつーよ。何ならもっととばそーか?」
「い、いや、いい! スピード落とせって!」
「聞こえなーい」
「ノー!」
不覚だった。ユイの性格+スポーツカー――見るからに危険な組み合わせだ。それに乗った時点でこうなることは確定していたんだ。嗚呼、生きて到着するかな……。
その後グロッキーになりながらも隊長のところに辿り着いたが、結局核心に迫る情報は何も得られなかった。隊長本人は事態を把握していたみたいだが、オレには一切教えてくれない。
ただ、収まらない胸騒ぎと隊長の表情だけがこの事態の継続を示していた。
この話はずっと前に投稿していたものと勘違いしていて、最後に妙な間隔が出来てしまいました。読みにくい、かつ理解し辛い事になって申し訳ありません。
次は空白の数ヶ月の間に書いていたものを編集し、新たな話を投稿しようかと思っています。お時間がありましたら、そちらの方も併せてご覧下さい。