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時空を越えて  作者: 飛燕
16/21

第十六話:Break1――想――

「今日も休みかぁ」

 泉稜学園二年A組の教室の一角で、牧村慎がため息混じりの声をもらした。その視線の先には、一時間目が始まる前の賑わうクラスメイトを通り過ぎ、窓側の最後方――桐生攻司の席があった。

 その席はここ数日間利用される事無く、どこか寂しげにたたずんでいる。それをジッと見つめる牧村に、茶色い髪を腰の辺りまで伸ばした小柄な少女(少年)――緋村悠希が軽い挨拶を交わす。

「コウちゃん、まだ心の整理がつかないんだね」

「……もう四日になるね。昨日も連絡は取ってないの?」

「うん、そっとしておいた方がいいかなって」

「そっか」

それだけ会話を交わすと、牧村と同じ様に攻司の席に目をやった。静かに時が止まっているそれは、依然として動きだす気配がなかった。





 泉稜学園から電車を二本使い、一時間程で辿り着く七里ヶ浜。その砂浜には先程話題に出ていた攻司が、生気のない虚ろな表情で座り込んでいた。両足を伸ばし、ぼうっと江ノ島のシルエットを眺めている。時折前方の水平線や、攻司の心を反映したかのような薄暗い空に視線を移すしては、深いため息をつく。朝からこれを延々と繰り返していた。





 それから数時間が経った今、砂浜には依然同じように攻司が座っていた。その横に五百ミリのペットボトルが置いてあるのを除けば、数時間という時を感じさせないほど代わり映えのない光景だ。

 既に放課後と呼べる時間だったため、先程から高校生らしき少年少女が攻司の前後を走り抜けている。状況はもちろん、それ以外にも決定的に内なる『輝き』が違う。そんな高校生を視界の隅に入れながら、倦怠感漂う手つきでペットボトルを口へ運ぶ。すると、ちょうど砂浜を歩いていた女性と目が合った。

「……」

その女性は何を思ったのか、小走りで攻司へ近づいていく。対する攻司は一瞬動こうとしたが、小さくため息をつき、近づいてくる女性をただ眺めていた。

「こんにちわ」

「え? あ……こんちわ」

 あまりに普通の言葉をかけられ、拍子抜けしたかの様に気のない挨拶を返す。対する女性は小さく息を切らし、無邪気な笑顔を浮かべ、攻司に合わせるようにしゃがみこむ。

「何してるの?」

 ワンピースを着ていたため、攻司の位置からは間違いなく見えていたが、女性は気にする事無く喋りだした。逆に攻司は視線を青い空に漂わせ明らかに狼狽えている。

「う、海を見てました」

「ふ〜ん……で、今は私の下着を見てるんだ?」

 その言葉を聞いた途端、爆発したように攻司の顔が紅潮する。それを見て子供のような笑い声をあげ、攻司の頭をポンポンと叩いた。

「ごめんごめん。あまりにもキミが真面目な顔して嘘つくから、ちょっといじめてみただけ」

「……冗談キツイっす」

 少し拗ねたようにポツリともらす。

「で、本当は何をしてたの?」

「……」

「あ、教えてくれないんだ? じゃあ、私が当ててあげる」

 そう言って少し疲労感を覗かせる攻司の瞳を覗き込む。対する攻司はぼうっと女性の瞳を見返すだけだった。

「ふむ、自分探しだね?」

 その言葉にビクッと跳ね上がり、驚愕と不信が入り交じった表情で女性を見回す。

「あ、また見た?」

「……見てません」

 ここ数分のやり取りでいくらか慣れたのか、今度は特に焦る様子もなく抑揚のない声を返した。

「まあいいけど。で、さっきの反応は図星だよね?」

「……」

「隠さなくてもいいじゃん。まあ、平日のこんな時間に海岸にいるのは大抵自分探しをしてる人だよね。あ、でも学校はどうしたの? サボり?」

「まあ……お姉さんは?」

「お姉さん?」

 その呼ばれ方が余程意外だったのか、腕を組み小さな声で、お姉さん……おねえさん……オネエサン、とイントネーションを変え反復する。

「あの?」

「いや、いい! その呼び方!」

「え?」

「だって親戚のおチビちゃん達からは『お姉ちゃん』とか『由貴ちゃん』って呼ばれてるし、弟なんか『姉貴』とかボソッと呼ぶからさ〜。髪は銀色に染めてて目はカラコン入れて真っ赤。そりゃ〜可愛げがないわけよ。まあ、そんな弟が急に『お姉ちゃん』とか呼んだら、それはそれで恐いけど。とにかくその『お姉さん』って呼び方は新鮮なわけよ。いや〜、お姉さんはいいな〜」

 コロコロと表情変え、最終的に照れ笑いを浮かべる女性とは対照的に、少し困惑した表情をしている攻司。その顔を見て小さく笑い、わざとらしくコホン、と咳払いをして向き直る。

「ふむ、さっきの質問に答えましょう。お姉さんはね、逃げてきちゃったんだ」

 妙にあっけらかんとした表情が演技なのか、本当に軽く言っているのか分からない攻司は、探るように控え目な声で質問を口にする。

「何から、ですか?」

「医者から」

「医者?」

「そっ、病院のこわ〜いお医者様から逃亡してきました。しかし、この逃亡が後にとんでもない事になるとは、この時は知る由もなかったのです……」

 あまりよくないナレーションの様な口調に、はぁ、とため息の様な声をもらす。続いて女性の目を見て口を開く。

「手術――ですか?」

「しゅじゅちゅ……手術、かなぁ? まあ、そう言えなくもないかな。恐くて逃げ出したいっていう点は一緒かも」

 女性の妙な言い回しに深く踏み込んでいいものか、と考えた様だが、結局会話の流れに従い質問をする。

「それは手術しないと治らないものなんですか?」

「そうだね、キミが言う手術をしないと、時間と共にお姉さんの身体を蝕んでいっちゃうな」

「じゃあ……」

「うん、今逃げても意味ないね。でもさぁ」

 そこまで言うと態勢を崩し、攻司の横に深々と座った。そして大きく伸びをして、そのまま寝そべる。

「分かってても勇気が足りない時ってあるよね? そういう時ってどうしてほしいと思う?」

 一度青空にポツンとある雲に視線を逸らし、応える。

「誰かに背中を押してもらいたい……かな」

「大正解」

 ほっ、と腕で勢いをつけて起き上がり、攻司の背中を軽く押す。

「キミは違うのかな?」

「オレは……」

 バツの悪そうな顔をして目を閉じる。しばらくそうして、再び力のない瞳を見せる。

「そうかもしれません」

「じゃあさ、見ず知らずのお姉さんに話してみない? 誰かに話すと楽になるよ〜」

「分かりました」

 即答する攻司にあらら? と間抜けな声で応える。それを見て小さく笑い、先程女性がそうしたように、わざとらしくコホンと咳払いをする。

「自分だけ秘密って言うのもなんか嫌ですから。オレも話してみます」

「おっ、律儀だね。よ〜し、お姉さんにドンと話してみなさい」

 はい、と頷き江ノ島のシルエットに視線を移す。

「まあ、話すと言っても、正直自分でもよく分からないんです。ただ――」

「ただ?」

「自分の中にもう一人いる、そんな不思議な感じがするんです。現にこの前も気付いたらベッドの中にいたし、ずっと前にも数日間記憶がなかったり……。でも、おぼろげにその時の感触が残ってるんです。この前は――」

 唇を噛み締める攻司を宥めるような、心配するような表情で見守っていた女性。そんな表情を一瞥し、再び目を閉じる。

「友達を傷つけてしまったみたいなんです」

 その言葉を聞いた女性は、先程までの表情を崩し、厳しい顔つきに変わる。

「ずいぶん他人事の様に言うんだね」

「え?」

「『みたい』って言ったけど、全部キミがやった事だよね?」

「はい……」

「だったら、そんな言い方はないと思うな」

 少し驚いた様に女性の顔を見る。そしてその真剣な表情に何を思ったのか、目を細め、自分の掌を見つめる。

「そうですね。その通りだと思います。記憶はおぼろけなんですけど、確かに残ってるんです。両手に何かを強く握った感覚と、友達の首筋にアザが……」

「その辺が曖昧で歯痒いんだね。でも、私はそれでもいいと思うな」

 表情だけで、どういう意味? と先を促す。

「今のキミも、友達を傷つけちゃったキミも、キミであることに変わりはないんだから。それを受けとめる覚悟を持っていれば、今のままでもいいと思うよ。あ、自分を探そうと努力するって意味でね。焦らずに本当の自分を見付けだせれば、万事解決!」

「……」

 しばしの沈黙。その間攻司は焦点の定まらない目で、江ノ島のシルエットを眺めていた。

「やってみます」

 そう言って向き直った攻司は、ここに来るようになってから失われていた、輝きを放っていた。

「うん、いい顔になった。じゃあ、お姉さんも覚悟を決めないとね」

「上手く言えないですけど……応援してます」

「ありがとう。それじゃあ私は行くね。あ、キミも学校はちゃんと行くんだぞ?」

 人差し指で攻司の鼻を押して言う。

「はい」

 力強く頷く攻司に満面の笑みを返し、今さらだけど、と前置きをして口を開く。

「私の名前は森永由貴もりながゆき。キミは?」

桐生攻司きりゅうこうじです」

「コウジ君だね。あ、私の事は親しみを込めて『ユキ姉さん』と呼ぶように!」

「了解っす」

 乾いた笑いを漏らし立ち上がる攻司を、うわぁ、と感嘆の声をあげて見上げる。

「コウジ君ってそんなに背高かったんだ。さすがに最近の子は発育がいいねぇ」

「ユキ姉さんだって最近の子じゃないですか」

「う〜ん、その割には発育がイマイチ……あ、今エッチな目で見たでしょ?」

 首を大きく左右に振る。

「あはは、シャイだね〜。ま、いいや。そろそろ戻ろうかな」

 服に付いた砂を払い、コウジ君は? と首を傾げる。

「オレは――この辺を思いっきり走ります」

「おお〜、青春だね〜。よし、それじゃあ私も!」

 言うや否や陸上選手顔負けの動きで駆け出す。

「ほらほら〜、負けたらジュース奢りだよ〜!」

 突然の奇行に唖然としていたが、その声を聞くと嬉しそうに顔を引き締め、既に百メートル程離れている由貴を追い掛ける。

「オレは負けません! ところでどこがゴールですか?」

「私の歯医者まで〜」

「それどこっすか!? オレに勝ち目ないじゃないですか!」

「あはは、ジュースいただき〜!」

 夏休みに開放された小学生の様に走る二人。それは燦々と輝く太陽にも負けないほど、眩しく輝いていた。

 今回は間奏みたいな感じでしたが、次回からはまた違った話を投稿していきます。クロスオーバーで野球とか書いてみたいなぁ……。先に短編に近い連載や夢の終わりのその後を書くかもしれません。

 どうなるか未定ですが、お時間がありましたらのぞいてみて下さい。

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