第十五話:想い出の花――花――
テラスで寛いでいたオレは、悠希に誘われて庭の散歩に出ていた。
しばらく無言で半歩前を歩いていた悠希だったが、ガラス張りの花壇に差し掛かった所でピタリと止まる。
「……話ってなんだ?」
優雅な動きで振り返り、影のある笑顔を浮かべる。
「コウちゃん、周りの花を見て何か想い出さない?」
「花?」
改めて確認すると、様々な種類があると思っていた花壇には、二種類の花しかなかった。いや、色は青紫と白の二色だが、花の形は全く一緒だ。
「あやめ、だよな?」
「うん。この花から何か感じる?」
「……なんとなく悲しい感じがする」
その答えに満足したのか、そっか、と目を閉じる。
「――あ、悠希」
朝から色々あって、忘れかけていた事。それが今の状況とリンクして鮮明に蘇る。
「昨日夢を見たんだ。雪が降り積もった中に、小さなこの花――あやめが咲いてた。それを見てたら、突然悠希が現われて『大事にしてるんだね』って……。『これは何だ?』って訊くと、オレの中で眠ってるって言ってたんだ。たんなる夢の話だけど、悠希とあやめの組み合わせが同じだったからさ。悠希は何か心当たりあるか?」
オレの話を黙って聞いていた悠希が、遠い目をして口を開く。
「夢……か。うん、そうだね。想い出さないとね」
言葉を選んでいるのか、ガラスに遮られた空を見上げる。
「あのね、コウちゃん。これから話す事は、コウちゃんが自分自身で封印した、とても辛い過去なの。それでもいい?」
「……ああ、聞かせてくれ」
小さく頷く悠希は、いつもの柔らかな表情が嘘の様に引き締まっていた。
「――コウちゃんはね、一人の女の子の事と、ある事件を封印しちゃってるの。その女の子の名前は『藤崎あやめ』。あやめちゃんは――コウちゃん?」
悠希の言葉が耳に入るたびに、急激に心臓が高鳴り呼吸が困難になっていく。
「あや……め? ――う……うぁぁぁぁ!」
自分のものとは思えない声が、意志とは関係なく口から発せられていく。
頭が痛い。
全身が沸騰するように熱い。
「コウちゃん!」
悲愴な表情を作った悠希がしがみ付いた直後、視界が真っ暗になった。
「――あ、目覚めた?」
「……悠希?」
目を開けると大きなベッドの中にいた。傍らには疲弊した表情の悠希が座っている。
「大丈夫?」
「ああ――っつ!」
起き上がろうとすると頭に激痛が走った。
たまらず枕に頭を埋めると、今までに感じたことのない疲労感がある事に気付く。
「無理しないで休んでて」
「でも何か――」
「お願いだから……」
再び起き上がろうとするオレの肩を、片手で優しく制する。心配してくれているのは悠希だが、その哀しそうな表情はオレより重症に見えた。そしてふと目だけで悠希の首筋を見ると、紫色の筋が何本も入っていた。
「その首、どうしたんだ?」
訊くと驚いた様に首筋を隠し、目を逸らす。そしてなんとか搾り出したかのような言葉は、なんでもないよ、という回答拒否だった。
「さっきまではなかったよな?」
「あはは、ちょっと虫に刺されちゃって掻いちゃっただけだから」
明らかに掻き毟った痕じゃない。悠希自身も誤魔化しきれていないのが分かっているのか、いつもは後ろに流している髪を前に出し首を隠した。
追求を諦めようとした直後、自分の両手の違和感に気付く。
掌が熱い。
少し痺れもある。
「まさか……」
頭の中で結論が出るよりも先に、口から言葉がもれた。
「オレ、が……?」
悠希の首筋にあった紫色の筋。思い出してみると『何かで絞められた痕』というのが一番適している。
そしてオレの両手の痺れ。これも『何かを強く絞め上げた』という感覚が一番納得出来る。その結論を口にしようとするが、何故か意識が遠のいていく。
目尻いっぱいに涙を溜めている悠希の姿が、徐々に暗闇に閉ざされていく。
最後に『今はゆっくり休んで』という悠希の声とは違う、懐かしい声を最後に何も聞こえなくなった。
やっと更新したわけですが……短い(汗)とりあえず『想い出の花』は終わりです。次はその後の話をちょっと書いて、以前からやろうと思っていた『夢の終わり』の登場人物を出してみようと思います。